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2020
08.02

天色の空 2

夕暮れと一緒に雨が降り出した日。
ビルが建ち並ぶオフィス街にある喫茶店で手紙を出した男性を待っていた。
私はその男性の顏を知っている。でも相手の男性は私の顏を知らない。
そんなふたりの待ち合わせの方法として、昔なら目印として胸に何かの花を挿すことをしたかもしれない。でも私がその人に伝えたのは長い黒髪という外見だけ。だがその人は店に入ると真っ直ぐに私に向かって来た。

つまりそれは、店内を見回してすぐに私が手紙を出した人間だと気付いたということになる。
でも何故私が手紙の差出人だと思ったのか。
それは母が私のことを話していたからなのか。
それとも男性は好きな女性の子供のことを知っていたのか。
どちらにしても私は腰を降ろした男性に「お忙しいところ、ありがとうございます。父が亡くなったことは手紙でお伝えした通りです」と言ってから訊いた。

「単刀直入にお伺いします。あなたは私の母とはどういった関係ですか?
父はあなたのことを母の好きな人だと言いました。でも母は父の妻です。いえ。父はもう亡くなりましたから父の妻だったと言った方が正しいのかもしれません。とにかく父は母がずっとあなたのことが好きだったと言いました。そして自分が死んだら母とあなたが一緒になることを許してやって欲しいと言いました。でも私は二人の関係を認めることは出来ません」

そう言ったのは、二人が互いの伴侶に背いた時間があったのではないかと思ったからだ。
相手の男性は道明寺司。かつて結婚していたが今は離婚してひとりだ。
それにしても、父から渡された紙に書かれていた道明寺という名前を見たとき、まさかと思った。
それは道明寺ホールディングスという社名があまりにも有名だからだが、男性がその会社の社長だとは思いもしなかった。
そして道明寺と言えば日本を代表する企業で世界的な企業でもある。だからそこの社長と母が何故という思いが湧き上がった。

母は道明寺という大企業で働いたことはない。
それに母が育ったのは、ごく普通の家庭であり、どちらかと言えばお金に不自由していた。
そんな家庭に育った母から自分がアルバイトで稼いでくるお金が日常の生活には欠かせなかったと訊いた。
つまり、どう考えても道明寺司と母とでは住む世界が違うのだ。

けれど、そんな二人にひとつだけ接点があった。
それは同じ学園に通っていたということ。
だが二人は学年が違い同級生ではない。そしてその学園は格差社会の象徴と言えるような場所であり、幼稚舎から大学までエスカレーター式に進学できる裕福な家庭の子供が通う学園だ。母が育った家庭は金銭的に余裕がない。それなのに何故母親がそんな学園に通っていたのかが不思議だったが、そうすることが祖母の希望だったと訊かされた。

「君はお母さんによく似ているね」

二人の関係について問いただした私に、男性はそう言うと目を細めて笑ったが、『母によく似ている』それは今まで言われたことがない言葉だ。
だからと言って父に似ていると言われたこともない。
そんな私がこれまでよく言われたのは、父に似て頭がいいということだが、父は通信社の特派員で、いくつもの言語を話すことが出来た。

そして私と母は父の転勤に伴い海外を転々としていた。だから家には世界各国の民芸品が沢山置かれている。
それはエジプトのスフィンクスを真似た置物や、リモージュ焼のブルーのエッフェル塔。
マリア・テレジアが愛した窯で焼かれたヴィンテージのユニコーン。紙粘土に色が塗られただけのコロンビアの乗り合いバスやメキシコの色鮮やかな皿。
高級なものから雑貨まで赴任先が変わるたびに増えるそれらは家族の歴史と言えた。
だが私が中学に上がる頃、母と私は日本に戻ることになり、保育士の資格を持つ母は働き始めた。

「私は母に似ていると言われたことはありません。それよりも質問に答えて下さい」

そう言った私に男性は「そうだな。申し訳ない」と謝ると、「私とお母さんとは昔付き合っていた。恋人関係にあった」と言った。




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コメント
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dot 2020.08.02 08:58 | 編集
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dot 2020.08.02 10:27 | 編集
ふ*******マ様
短編ですのであまり深く考えずにお願いします!(≧▽≦)
そしてあまり語れないのか短編です。
短いお返事になりますがご容赦下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.08.02 22:54 | 編集
司*****E様
娘としては真実を確かめたい!
そうです。その通りです。
確かめることが出来るといいのですが....
短編ですので多くを語れない状況ですが、コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.08.02 22:59 | 編集
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