癖のある漆黒の髪は男の個性のひとつで、黒曜石の黒さを持つ瞳は刃物に例えられるとしても、つくしに向けられるのは鋭さではなく柔らかさ。
そんな男と過ごすニューヨークは、これまで写真でしか見たことがなかった場所を巡ったが、背が高くて日本人ばなれをした男はマンハッタンの街に馴染んでいた。
夜になれば学生時代よく通ったというジャズクラブに案内されたが、そこは細い路地を通り抜けた場所にある古めかしいビル。知る人ぞ知るといった場所で、「ここは名の知れたジャズの演奏家がこっそりと訪れる場所だ。運がよければ彼らの演奏を聴くことが出来る」と言われたが、もしかするとその夜は店の名前の通り『幸運な夜』だったのかもしれない。
カウンターの端に腰を据えて聴いたのは、アメリカでは有名な女性ジャズピアニストの演奏だった。
そして次の日。
少し困った様子の彼女の隣に座る男が「それを貰おう。包む必要はない。嵌めていく」と言うと白い手袋を嵌めた店員が「かしこまりました」と言って『それ』をつくしの前に置いたが、置かれた女は受け取ることを躊躇っていた。
「ねえ。この時計幾らするの?高いんでしょ?私、高い時計は必要ないから。もっと安いのでいいから」
この店のステータスが高いことは、ひと目で分かるが、並べられている時計には値札がついていない。
つまりここに来る客は値段を気にすることなく買っていくということ。
そしてそれは男も同じで財布から黒いカードを出すとサインをした。
「値段は関係ない。この店の時計は一流の職人が最高の技術で仕上げたもので簡単に壊れることはない」
と言われたが、つくしが時計を贈られることになったのは、朝食のとき呟いた何気ない一言から始まった。
つくしの腕時計は国産のどこにでも売られているもので、就職してからずっと使ってきた。その時計の針が止まっていることに気付くと「あ、どうしよう時計。止まってる」と呟いた。
だがそれを壊れたからだとは思わなかった。
これまでも何度か電池の交換をしてきたが、前回の交換から考えれば、そろそろ寿命が尽きてもおかしくない頃だからだ。
だが自動巻きの高級腕時計を使ってきた男にとって時計の針が止まるのは故障したという考えらしい。それに修理をするという考えはないようだ。
だから「よし。今日はまず時計を買いに行く」と言われ連れて来られた。
全く別の人生を歩んで来た人間の価値観が違うのは当たり前だ。
だからそれについて議論するつもりはない。
それに、つくしのことをからかうと言った男に言葉で対抗できるとは思ってない。
だから素直に「ありがとう」と言ったが。そんなつくしに対し「それに俺はお前にここの時計を贈りたかった」と言葉を継ぎ、自分の左手首に嵌めている時計を見せた。
文字盤にはこの店の名が刻まれていた。
だから「もしかしてお揃い?」と訊くと「ああ。そうだ。だからその時計で俺と一緒の時を刻んで欲しい」と言われれば、心に溢れてくるのは嬉しいという感情。
だから「腕を出してくれ」と言われ左腕を差し出すと、恋人は彼女の手首に時計を嵌めた。
つくしは人に対して甘えるのが苦手で恋に関しては昔から奥手と言われている。
それに頑固なところがあると自分でも分かっている。
だから気持を素直に言葉にすることが苦手だ。
けれど恋人は自分の気持を口に出すことに躊躇いがない。
そしてそれはどんなに角度を変えて眺めてみても同じで思いにブレがない。自分を誤魔化すということをしない。つまり率直だということになるが、もしかするとつくしが道明寺司という男と結婚を前提とした付き合いを始めたのは、その率直さ、言い換えるなら自分にはない自信に満ちた強引さに心惹かれたのかもしれない。
と、同時にふたりで過ごす時間が増えれば、そこに生まれるのは不思議な吸引力で、つくしの心の流れは確かに道明寺司に向かっている。
そして男もそれに気付いているはずだ。

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そんな男と過ごすニューヨークは、これまで写真でしか見たことがなかった場所を巡ったが、背が高くて日本人ばなれをした男はマンハッタンの街に馴染んでいた。
夜になれば学生時代よく通ったというジャズクラブに案内されたが、そこは細い路地を通り抜けた場所にある古めかしいビル。知る人ぞ知るといった場所で、「ここは名の知れたジャズの演奏家がこっそりと訪れる場所だ。運がよければ彼らの演奏を聴くことが出来る」と言われたが、もしかするとその夜は店の名前の通り『幸運な夜』だったのかもしれない。
カウンターの端に腰を据えて聴いたのは、アメリカでは有名な女性ジャズピアニストの演奏だった。
そして次の日。
少し困った様子の彼女の隣に座る男が「それを貰おう。包む必要はない。嵌めていく」と言うと白い手袋を嵌めた店員が「かしこまりました」と言って『それ』をつくしの前に置いたが、置かれた女は受け取ることを躊躇っていた。
「ねえ。この時計幾らするの?高いんでしょ?私、高い時計は必要ないから。もっと安いのでいいから」
この店のステータスが高いことは、ひと目で分かるが、並べられている時計には値札がついていない。
つまりここに来る客は値段を気にすることなく買っていくということ。
そしてそれは男も同じで財布から黒いカードを出すとサインをした。
「値段は関係ない。この店の時計は一流の職人が最高の技術で仕上げたもので簡単に壊れることはない」
と言われたが、つくしが時計を贈られることになったのは、朝食のとき呟いた何気ない一言から始まった。
つくしの腕時計は国産のどこにでも売られているもので、就職してからずっと使ってきた。その時計の針が止まっていることに気付くと「あ、どうしよう時計。止まってる」と呟いた。
だがそれを壊れたからだとは思わなかった。
これまでも何度か電池の交換をしてきたが、前回の交換から考えれば、そろそろ寿命が尽きてもおかしくない頃だからだ。
だが自動巻きの高級腕時計を使ってきた男にとって時計の針が止まるのは故障したという考えらしい。それに修理をするという考えはないようだ。
だから「よし。今日はまず時計を買いに行く」と言われ連れて来られた。
全く別の人生を歩んで来た人間の価値観が違うのは当たり前だ。
だからそれについて議論するつもりはない。
それに、つくしのことをからかうと言った男に言葉で対抗できるとは思ってない。
だから素直に「ありがとう」と言ったが。そんなつくしに対し「それに俺はお前にここの時計を贈りたかった」と言葉を継ぎ、自分の左手首に嵌めている時計を見せた。
文字盤にはこの店の名が刻まれていた。
だから「もしかしてお揃い?」と訊くと「ああ。そうだ。だからその時計で俺と一緒の時を刻んで欲しい」と言われれば、心に溢れてくるのは嬉しいという感情。
だから「腕を出してくれ」と言われ左腕を差し出すと、恋人は彼女の手首に時計を嵌めた。
つくしは人に対して甘えるのが苦手で恋に関しては昔から奥手と言われている。
それに頑固なところがあると自分でも分かっている。
だから気持を素直に言葉にすることが苦手だ。
けれど恋人は自分の気持を口に出すことに躊躇いがない。
そしてそれはどんなに角度を変えて眺めてみても同じで思いにブレがない。自分を誤魔化すということをしない。つまり率直だということになるが、もしかするとつくしが道明寺司という男と結婚を前提とした付き合いを始めたのは、その率直さ、言い換えるなら自分にはない自信に満ちた強引さに心惹かれたのかもしれない。
と、同時にふたりで過ごす時間が増えれば、そこに生まれるのは不思議な吸引力で、つくしの心の流れは確かに道明寺司に向かっている。
そして男もそれに気付いているはずだ。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
お揃いの時計。
そしてふたりで過ごす時間が増えれば、それだけ相手のことがよく分かる。
恋は先に惚れた方が負けと言われますが、恋に勝ち負けはありません。
それに二人は楽しそうですよ(笑)
恋のプロセスを省くことなく進んで欲しいものです(;^ω^)
おはようございます^^
お揃いの時計。
そしてふたりで過ごす時間が増えれば、それだけ相手のことがよく分かる。
恋は先に惚れた方が負けと言われますが、恋に勝ち負けはありません。
それに二人は楽しそうですよ(笑)
恋のプロセスを省くことなく進んで欲しいものです(;^ω^)
アカシア
2020.07.31 21:59 | 編集

ふ**ん様
相変らずクサイ台詞を言う男がいます(;^ω^)
でも本人はクサイなど思っていません。
ニューヨークで大人デートを楽しむ二人。
司がエスコートしてくれるニューヨーク!
いいですねえ。
そしてどんどん司を好きになる女がここにいます!(≧▽≦)
つくしも大人ですからね。大人の女としての行動を.....と思うのですが果たして?
相変らずクサイ台詞を言う男がいます(;^ω^)
でも本人はクサイなど思っていません。
ニューヨークで大人デートを楽しむ二人。
司がエスコートしてくれるニューヨーク!
いいですねえ。
そしてどんどん司を好きになる女がここにいます!(≧▽≦)
つくしも大人ですからね。大人の女としての行動を.....と思うのですが果たして?
アカシア
2020.07.31 22:07 | 編集
