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2020
07.24

夜の終わりに 29

「ゆっくりしてくれ」

「うん…」

と答えたものの、ゆっくり出来るかどうか分からない。
それは、この街での滞在先が交際相手のペントハウスだからだ。
玄関の扉が開かれると、そこはエントランスで黒光りする床が広がっていた。黒は埃が目立つ。だがそこに埃はない。
そして案内されたのは、長い廊下の先にあるリビングと思われる場所。
置かれているのはモカブラウンの上品なソファやモダンな家具で、独身男性ならではのシンプルさが感じられるが、つくしの交際相手は普通の人間からすれば非現実の世界に住む人間だ。
だからきっとここにある全てが高価なものだ。そして壁に飾られている絵画が本物なら数億円の価値があるはずだ。







「そ、それにしても今日は暑いわよね?この季節のニューヨークっていつもこんな感じなの?」

つくしは尻が吸い込まれるほど柔らかなソファに腰を下ろしたが落ち着かなかった。
それに言葉を発する前に大きく息を吸っていた。

「今日はいい天気だが、この街は日本と違い湿度が低い分だけ過ごしやすいと思うがお前が暑いなら温度を下げるが?」

「え?そこまでしなくても大丈夫だから。本当に大丈夫。平気だから」

と、慌ただしい調子で返事をしたのは、完璧な室温が保たれているであろう部屋の温度が急に上昇するはずがないからだ。
それにいくら部屋が高層にあるからといって空気が薄くなったのではない。
ただこの部屋の持ち主の存在がつくしの体温を上げ、空気の流れを変えているだけだ。

ニューヨークにある交際相手のペントハウスの入り口にはセキュリティがいて、ロビーにはコンシェルジュがいた。
直通のエレベーターに乗ると、これから泊まる部屋のことより交際相手とどう過ごせばいいかが頭の中を巡っていた。そしてこうして部屋の中に入り、ゆっくりしてくれと言われたが緊張していた。
なにしろ今日は雨の降る夜、緊急避難だと言われ一過ごした山奥のラブホテルの一夜とは違う。あの時の男と女は交際することになり今は曲がりなりにも恋人同士だ。
それなら当然あってもおかしくはない関係を求められるのではないか。それも相手の部屋に泊まるとなれば、そういったことになってもおかしくはない。

それにしても、ゆっくり進むはずの交際が道明寺夫妻の登場でそうもいかなくなった。
それは結婚を前提に付き合うことを決めたつくしを一歩一歩追いつめるのではなく、階段を二段飛ばしで上るほどの勢いに思えた。いや。男性の脚の長さから三段飛ばしかもしれない。
何しろ母親から妊娠していないことを残念がられ、父親から早く孫が見たいと気持を打ち明けられた。だから息子は父親の願いを叶えたいと思うのではないか。
つまり今夜、そういった可能性がある。

だがまだふたりはキスしかしたことがない。
それも、男性の方から一方的にだ。それにつくしは仕事が出来るが恋は下手だ。
過去に付き合った男性はいたが、欲望に満ちた目を向けられると逃げ出していた。

つくしは一旦ソファに座ったものの、緊張から口の中がカラカラに渇いていた。
だから落ち着かない気持ちのまま立ち上がると、「ねえ何か飲まない?そうよ、何か飲みましょうよ。コーヒーとか紅茶とか。私が淹れるからキッチンの場所を教えて」と言ったが、「そうか。それならその前にペントハウスの中を案内する」と言われ内心の狼狽を隠しながらリビングを出た。






自分の性格からいって気になり始めると、そのことばかり考える。
そして今がまさにその状態で、部屋をひとつひとつ案内される度に今夜自分が寝る部屋はどこなのかと思考を巡らせていた。





「ダイニングルームだ」

と言われたが広い部屋に長方形の大きなテーブルが置かれていて、いくつもの椅子が並んでいる。一体何人で食事をと思ったが、「ここはフォーマル用だ」と言われた。

「キッチンだ」

台所は広く、流しや調理台やレンジといった設備はピカピカで一見したところ使用された形跡はない。

「ここもダイニングだがここはファミリー用だ」

台所の隣にある家族で食事をするための場所は、フォーマル用ダイニングルームとは違い置かれているのは小さなテーブルだ。

「書斎だ」

広い書斎には大きなデスクと書棚があり、沢山の本が並んでいるのが見て取れた。

「トレーニングルームだ」

裕福な男性のペントハウスにトレーニングルームがあることは驚くことではないが、ジムにあるのと同じ様々な器具が並んだ部屋はひとりで使うには勿体ない広さだ。

「ゲストルームだ。これと同じ部屋があと三つある」

そうですか。それは大変結構です。
それにしても一体いくつ部屋があるのか。
そしてそのあと三つある部屋のうちのひとつがつくしの部屋だろうと期待した。だがあの部屋がお前の部屋だとは言われなかった。

そして「マスターベッドルーム。俺の部屋だ」と言われて扉が開かれると、そこには大きなベッドがあったが、その部屋につくしの荷物が置かれていた。




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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.07.24 16:39 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2020.07.25 00:48 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.07.25 01:37 | 編集
ふ**ん様
ニューヨークのペントハウスは隈研吾ではなさそう←(笑)
それにまだ始まってませんから!
とりあえず部屋を順番に説明する男。
そしてマスターベッドルームに辿り着きましたが、そこに荷物がある!
さあ、つくしどうなる?逃げられない?(≧▽≦)
アカシアdot 2020.07.25 22:43 | 編集
と*様
つくし、どうする?
そして司は?
ふたりの関係は進むのでしょうかねえ(笑)
アカシアdot 2020.07.25 22:47 | 編集
司*****E様
こんばんは^^
以前のラブホテルでの一夜とは違う状況です。
ふたりはどうなるのでしょう。
これまで何もかも司の思い通りに運んでいる状況ですが、さて今夜はどんな夜になるのでしょうねえ(笑)

アカシアdot 2020.07.25 22:58 | 編集
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