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2020
07.19

夜の終わりに 27

付き合い始めた男性の父親が余命一年。
息子のことを生きた証だと言い、息子が独身でいることが心残りだと言う。
そんな父親に幸せな最期を過ごさせたい。人生の残り1年を意義のあるものにしたい。
だから婚約者として父親に会って欲しいと言われれば嫌だとは言えなかった。
そしてプライベートジェットに乗り込むと、用意されていたダイヤモンドの指輪を左手に嵌めた。












「あなたが牧野つくしさんですか。写真で見るよりも素敵なお嬢さんだ」

ニューヨークの道明寺邸の応接室で会った白髪交じりの初老の男性は、穏やかな表情でそう言って笑ったが、つくしはお嬢さんと言われる年齢はとっくに過ぎている。だが男性からすれば自分の年齢の半分ほどの年の女性は誰でもお嬢さんなのだろう。

男性の名前は道明寺匡(ただし)。
妻の楓より5歳年上の匡の立場は会長だと言った。
それにしても父と子はよく似ている。
母親に会った時は、母親に似ていると思ったが、こうして父親に会えば癖のある髪と骨格は母系ではなく父系の血筋だと思った。

「それにしても司と結婚の約束をしてくれた女性が現れて嬉しいよ。つくしさん。司のことをよろしくお願いします」

父親は笑顔でそう言ったが、過去に息子と結婚することを望んだ女性が大勢いたことは知っているはずだ。だが、いい年になっても当の本人にその気がなく、かつて母親が縁談話を用意したように無理矢理という訳にもいかず、余命を告げられた道明寺匡は道明寺ホールディングスの会長以前に親として気を揉んだのだろう。

「司は我儘な男です。物事は何でも自分の思い通りに行くと思っている。それは自分の意見が通ることが当たり前の環境で育ったからです。それに挫折というものを知らない。だから一度くらい挫折を味合わせたかったが、どういう訳か息子は強運の持ち主だ。
それにノーという言葉を知らない。だからつくしさんとの婚約も強引だったように思えるが違いますか?」

その問いかけを曖昧に答えるのは難しい。
それは父親が言った通りで交際相手は公正な人格者とは言えないからだ。
それにノーという言葉を知らない。
だがさすが父親だ。我が子の性格をよく分かっている。

だから、「はい。その通りです」と、答えたかったが病気の父親を安心させたいという交際相手の思いを汲み「いいえ。強引だなんて、そんなことはありませんでした。司さんとのお付き合いはまだ短いですが私は婚約したことに迷いはありませんでした」と答えた。

すると父親は、「そうですか。司はつくしさんには我を通すことはなかった、ということですか?」と言った。だから「はい。他の方に対しては存じませんが私に対してはそういったことは一切ありませんでした」と、答え隣に座っている男に向けて微笑みを浮べた。


「そうか。それは良かった、と言いたいところだが、あなたは嘘をついていますね?」

「え?」

「私は司の性格がつくしさんに対してだけ変わるとは思えない。
私はこの子の父親だから分かります。つくしさんは強引で我儘な息子に振り回されている。
違いますか?それにあなたは、本当はまだ結婚など考えていないのではありませんか?」

父親は微笑を消さずにそこまで言うと、今度は真面目な表情で言った。

「それからあなたと司の記事は司が書かせたものだ。レストランで食事をしている写真を撮らせたもの司だ。そうでなければあの週刊誌に記事は載らない。何しろあの週刊誌を発行している出版社を経営しているのは佐山一族だ。佐山家と道明寺家とは縁戚です。道明寺に関しての記事を載せるなら、その前に連絡がある。つまり都合が悪ければ握り潰すことが出来るが、そんな週刊誌に記事を載せるくらいだ。司があなたに対して本気だということにはすぐに気付いた。つまりつくしさんを他の男に取られたくないという独占欲は勿論のこと、自分には交際している女性がいるということを世間に示したかったのだろう。それに私たち親にも自分の思いを伝えたかったようだが、その思いは見事に伝わりました。ここニューヨークまでね」

父親はひと息つくと、つくしの隣に座っている我が子を見た。
そして、つくしに視線を戻すと再び真面目な表情で話を続けた。

「どこの親もそうだと思うが子供の結婚には気を揉むものです。私は司の結婚相手には自分をしっかり持つ女性がいいと思っていました。何しろ道明寺家の女性は、私の母親もそうだったが、妻の楓も自立した女性だ。訊かされたかもしれないが、そんな妻は司がまだ高校生の頃、私が病に倒れたことで道明寺の将来を案じて縁談を用意したが、それが結婚とはビジネスの先にあるものだという息子の結婚に対する価値観を決めてしまった。だから女性と付き合いはするが結婚する気配など皆無です。
だから妻は責任を感じていましたが、元はと言えば子供たちと過ごす時間よりも事業に重きを置いていた私たちふたりの責任です。そんな私たちだが司の行動に思い描いたのは、真新しい学生服を着た男の子が英徳の校門の前で息子の脇に立って写真を撮られている光景です。それは私が息子と出来なかったことですが、年を取るにつれてその姿が見たいという思いが膨れ上がりました」

父親は、そこで一旦言葉を切り、「失礼」と断りテーブルの上の紅茶が淹れられたカップを手に取り口に運んだ。そして息をつくと再び話し始めた。

「つくしさん。司と必ず結婚して下さい。まだ司との関係を深めるつもりはないとしても、息子を知ればきっと結婚したいと思うはずです。
それからあなたのことは調べさせてもらいました。あなたは子供の頃から努力家で家族思いのしっかりした方だ。それに真面目だ。そして現実的だ。あなたのような女性なら司を支えてやることが出来るはずだ。だから司と結婚して私と妻が与えてやることが出来なかった暖かい家庭を作って下さい」

そう言った交際相手の父親は深々と頭を下げたが、言葉には息子に対する思いがこもっていた。
だが、ここに来て道明寺匡は本当に肺癌なのかという疑問が浮かんだ。
細長いと言える身体は病を患っているようにも見える。
だが肌には色艶があり病人のようには思えなかった。
それに、頭を下げた交際相手の父親の後方にクリスタルの灰皿と思しき物が置かれているのが目に入ったからだ。

そこは少し離れた場所にある意匠を凝らしたコンソールテーブルの上。
肺癌ならタバコはもってのほかだ。だから灰皿は必要ない。それにそれがかつて来客用として使われていたとしても、今はもうこの邸にタバコの煙が漂うことはないはずだ。それなのに置かれている灰皿と思しき物の存在をどう捉えるべきか。
それにしても、もし父親の肺癌が嘘なら交際相手も母親も、そして父親までがグルになってつくしを騙しているということになるが、そこまでする必要があるのか?
そして頭を上げた父親の顏には、先ほどまでの真面目な顏とは打って変わり晴れやかな表情が浮かんでいた。

「それから私の病気のことですが、肺癌というのは嘘です。つくしさんの視線がコンソールに向けられていることに気付いたとき、私としたことが、しまったと思いました。
そうです。あそこにあるのは灰皿です。肺癌患者の生活に灰皿など必要ありません。それを片付け忘れたのは私のミスですが、こうでもしなければあなたに会えそうになかったのでね」




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コメント
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dot 2020.07.19 12:37 | 編集
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dot 2020.07.19 16:03 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.07.19 16:08 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2020.07.19 23:36 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司パパ。嘘つきですねえ。
我が子が結婚したいと望む女性に早く会いたいという思いも分かりますが、そこまでする?(笑)
クリスタルの灰皿については、敢えてわざと残していた可能性もあるかもしれませんね?
それにしても息子も父親も強引ですね(笑)


アカシアdot 2020.07.21 21:25 | 編集
ふ**ん様
それにしても司パパ。大ウソつきです。
しかしそこまでするのが道明寺家流(笑)
この家族「ノー」という言葉を知らないようです。
つくし確保劇場はどうなるのでしょうねえ(笑)
アカシアdot 2020.07.21 21:29 | 編集
と*様
道明寺家は家族そろって策士か?
いえ。策士というよりも大ウソつきです(笑)
そして、嘘に対してもっともらしい理由を並べるのですから、恐るべき一族です(笑)

アカシアdot 2020.07.21 21:37 | 編集
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