道明寺不動産での会議から数日後。
それは週が変わった火曜の朝。
会社に一歩足を踏み入れた途端、感じたのは突き刺さる視線と、聞こえるヒソヒソとした話し声。
ロビーでは立ち止まって、つくしを見る女性もいれば、遠巻きに驚いた顏をする男性もいる。
それまで注目されることがなかった女は後ろ指こそ指されないが、ある意味それに近い状況に置かれていた。
エレベーターに最後に乗り込んだが背中に視線を感じる。
それはいつもなら階数表示を見上げているはずの男女の視線が、一番前にいるつくしに向けられているからだ。
そして目的のフロアで扉が開き降りると、駆け寄って来た同期入社の友人に廊下の隅に連れて行かれた。
「ちょっとつくし!道明寺副社長と付き合ってたの!?ねえ、どうして教えてくれなかったのよ?週刊誌のあの女性はつくしだったのね?」
「え?」
「もう!とぼけないでよ!」
知られている。
バレている。
そして、ここに来るまでに感じた視線や話し声や態度はこれで説明がついた。
だがいつかこうなることは、あの男の行動から分かっていた。
「ねえ。そうなんでしょ?」
「え?う、うん….」
「え、うん。じゃないわよ!同期のシングルとして教えてくれてもいいでしょ?」
いや。教えたら誰かに話すでしょ?の言葉を呑み込み笑ったが、友人は少し間を置き考えてから「ねえ。もしかして、つくし妊娠してるの?だから秘密にしてたの?」と小さな声で訊いてきた。
だからその問いには「ま、まさか!妊娠なんてしてないわよ!」 と、大急ぎで否定したが、もしかしてそんな噂が社内に広がっているのか。
きっと、あの男とつくしの事を社内でバラしたのは新しい課長だ。
いや、バラしたのではない。うっかり口を滑らせたのだ。そして慌てて火消しに走ったはずだ。
けれど一旦口から零れ出た言葉が広がるのは早い。その話には尾ひれが付き、どんどん大きくなる。やがて巡り巡って本人の耳に入った時には、全く別の話になっていることもある。
だが課長を責めることは出来ない。それは、親会社の副社長が口止めをしなかったからだ。
いや、それどころか、つくしに向かって「俺は隠しだてすることが嫌いだ。それにこの男が前任者のようにお前に対して変な気を起こさないためにもハッキリ言っておく方がいい」と言って新米課長にきっぱりと言った。
「いいか?お前の前任者が飛ばされたのは、俺の恋人に手を出そうとしたからだ。
だからお前も牧野つくしに手を出そうなど思うな。退職金をもらうまで働きたいと思うなら牧野つくしに手を出すな」
考えるまでもなく、そんな脅しのような言葉を口にされれば、「はい」と言うしかないのは勿論のことだが、きっとこれからは、男性社員の誰もがつくしの背後に道明寺司の姿を見るはずだ。
交際相手は堂々と付き合いたいと言った。
つくしも相手が親会社の副社長という理由で交際を隠すつもりはないが、だからといって自ら二人の関係を明かす必要はないと考えていた。
何しろ会社に知られると色々と面倒なことになることは目に見えているからだ。
そして金曜日は歯医者に行くから会えないと断ったが、その日、道明寺不動産での会議が終った後で言われたのは、来週の土曜日の夕食の誘い。ちょうどいい。その時にふたりの交際、つまり方向性について話し合おうと思った。結婚を前提にと言われた付き合いだが展開が早すぎて付いていけないからだ。
だが、そう思ったつくしが不動産会社を後にするとき、「牧野様。ぜひ我社の物件もご検討下さいませ」と、渡されそうになったのは新築マンションの豪華なパンフレット。「いえ。結構です」と断ったが押し付けるように手渡された。
「ねえ。ここで食事するの?」
「ああ。ここだ。うちのホテルのレストランは嫌か?」
「別に嫌いじゃないけど…..」
連れて来られたのはメープルのフレンチレストラン。
ゆっくりと落ち着いた状態で話が出来るならどこでもいいが、食事の場所のグレードを落としてもらえないかと思った。
例えばそれは街の洋食屋といったレベルだが、道明寺の副社長にそれを望むのは無理だろう。
しかし、テーマパークでフレンチを食べて間もない状況で、再びフレンチとなると胃はその贅沢さに驚くはずだ。
それにしても、ふたりの交際は何をするのも相手のペースで進んでいる。
土曜の夜のレストランは満席に近い状態で、ディナーを楽しんでいるのは、いかにも。といった人々だが、彼らが持つナイフとフォークの手が止まったのは、そこに現れた男があまりにも目立つ存在だからだ。
そして聞こえてくる囁き声は、「あの方。道明寺さんじゃない?」
「そうよ。間違いないわ。でもまさか今夜ここでお会いできるなんて思いもしなかったわ。
それにしても素敵だわ…..本当に素敵。財閥の後継者としてもご立派におなりになられて….わたくしも20歳若ければお付き合いして欲しいと申し込むところですわ」
「あら。奥様。それでしたらわたくしもですわ。わたくしだって若ければ道明寺様に交際を申し込んでいましたわよ?」
「まあ奥様も?考えることは同じですわね?でもあちらの女性はどなたかしら?」
「さあ…..見たことのないお嬢様ですけど、もしかしてお付き合いしている方かしら?それとも婚約者の方かしら」
「あらそうなの?ついにあの方も身を固めることになさったのね!」
それにしても一緒にいるだけで何故そんな話になる?
それに、この男は付き合い始めるとき、徐々に俺を知ってくれと言った。
それは時間をかけての交際だと思った。だが実際は時間をかけるどころかその真逆を行っている。だからもう少しペースを落として欲しいと言うつもりだ。
そして案内されたのは奥にある個室。
扉が開かれたそこには、ひとりの女性がいた。

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それは週が変わった火曜の朝。
会社に一歩足を踏み入れた途端、感じたのは突き刺さる視線と、聞こえるヒソヒソとした話し声。
ロビーでは立ち止まって、つくしを見る女性もいれば、遠巻きに驚いた顏をする男性もいる。
それまで注目されることがなかった女は後ろ指こそ指されないが、ある意味それに近い状況に置かれていた。
エレベーターに最後に乗り込んだが背中に視線を感じる。
それはいつもなら階数表示を見上げているはずの男女の視線が、一番前にいるつくしに向けられているからだ。
そして目的のフロアで扉が開き降りると、駆け寄って来た同期入社の友人に廊下の隅に連れて行かれた。
「ちょっとつくし!道明寺副社長と付き合ってたの!?ねえ、どうして教えてくれなかったのよ?週刊誌のあの女性はつくしだったのね?」
「え?」
「もう!とぼけないでよ!」
知られている。
バレている。
そして、ここに来るまでに感じた視線や話し声や態度はこれで説明がついた。
だがいつかこうなることは、あの男の行動から分かっていた。
「ねえ。そうなんでしょ?」
「え?う、うん….」
「え、うん。じゃないわよ!同期のシングルとして教えてくれてもいいでしょ?」
いや。教えたら誰かに話すでしょ?の言葉を呑み込み笑ったが、友人は少し間を置き考えてから「ねえ。もしかして、つくし妊娠してるの?だから秘密にしてたの?」と小さな声で訊いてきた。
だからその問いには「ま、まさか!妊娠なんてしてないわよ!」 と、大急ぎで否定したが、もしかしてそんな噂が社内に広がっているのか。
きっと、あの男とつくしの事を社内でバラしたのは新しい課長だ。
いや、バラしたのではない。うっかり口を滑らせたのだ。そして慌てて火消しに走ったはずだ。
けれど一旦口から零れ出た言葉が広がるのは早い。その話には尾ひれが付き、どんどん大きくなる。やがて巡り巡って本人の耳に入った時には、全く別の話になっていることもある。
だが課長を責めることは出来ない。それは、親会社の副社長が口止めをしなかったからだ。
いや、それどころか、つくしに向かって「俺は隠しだてすることが嫌いだ。それにこの男が前任者のようにお前に対して変な気を起こさないためにもハッキリ言っておく方がいい」と言って新米課長にきっぱりと言った。
「いいか?お前の前任者が飛ばされたのは、俺の恋人に手を出そうとしたからだ。
だからお前も牧野つくしに手を出そうなど思うな。退職金をもらうまで働きたいと思うなら牧野つくしに手を出すな」
考えるまでもなく、そんな脅しのような言葉を口にされれば、「はい」と言うしかないのは勿論のことだが、きっとこれからは、男性社員の誰もがつくしの背後に道明寺司の姿を見るはずだ。
交際相手は堂々と付き合いたいと言った。
つくしも相手が親会社の副社長という理由で交際を隠すつもりはないが、だからといって自ら二人の関係を明かす必要はないと考えていた。
何しろ会社に知られると色々と面倒なことになることは目に見えているからだ。
そして金曜日は歯医者に行くから会えないと断ったが、その日、道明寺不動産での会議が終った後で言われたのは、来週の土曜日の夕食の誘い。ちょうどいい。その時にふたりの交際、つまり方向性について話し合おうと思った。結婚を前提にと言われた付き合いだが展開が早すぎて付いていけないからだ。
だが、そう思ったつくしが不動産会社を後にするとき、「牧野様。ぜひ我社の物件もご検討下さいませ」と、渡されそうになったのは新築マンションの豪華なパンフレット。「いえ。結構です」と断ったが押し付けるように手渡された。
「ねえ。ここで食事するの?」
「ああ。ここだ。うちのホテルのレストランは嫌か?」
「別に嫌いじゃないけど…..」
連れて来られたのはメープルのフレンチレストラン。
ゆっくりと落ち着いた状態で話が出来るならどこでもいいが、食事の場所のグレードを落としてもらえないかと思った。
例えばそれは街の洋食屋といったレベルだが、道明寺の副社長にそれを望むのは無理だろう。
しかし、テーマパークでフレンチを食べて間もない状況で、再びフレンチとなると胃はその贅沢さに驚くはずだ。
それにしても、ふたりの交際は何をするのも相手のペースで進んでいる。
土曜の夜のレストランは満席に近い状態で、ディナーを楽しんでいるのは、いかにも。といった人々だが、彼らが持つナイフとフォークの手が止まったのは、そこに現れた男があまりにも目立つ存在だからだ。
そして聞こえてくる囁き声は、「あの方。道明寺さんじゃない?」
「そうよ。間違いないわ。でもまさか今夜ここでお会いできるなんて思いもしなかったわ。
それにしても素敵だわ…..本当に素敵。財閥の後継者としてもご立派におなりになられて….わたくしも20歳若ければお付き合いして欲しいと申し込むところですわ」
「あら。奥様。それでしたらわたくしもですわ。わたくしだって若ければ道明寺様に交際を申し込んでいましたわよ?」
「まあ奥様も?考えることは同じですわね?でもあちらの女性はどなたかしら?」
「さあ…..見たことのないお嬢様ですけど、もしかしてお付き合いしている方かしら?それとも婚約者の方かしら」
「あらそうなの?ついにあの方も身を固めることになさったのね!」
それにしても一緒にいるだけで何故そんな話になる?
それに、この男は付き合い始めるとき、徐々に俺を知ってくれと言った。
それは時間をかけての交際だと思った。だが実際は時間をかけるどころかその真逆を行っている。だからもう少しペースを落として欲しいと言うつもりだ。
そして案内されたのは奥にある個室。
扉が開かれたそこには、ひとりの女性がいた。

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司*****E様
おはようございます^^
個室の扉を開けた先にいる女性は誰?(笑)
どんどん外堀を埋めていく男ですが、外堀を埋めることが出来ればペースダウン出来るのでしょうかねえ?(笑)
おはようございます^^
個室の扉を開けた先にいる女性は誰?(笑)
どんどん外堀を埋めていく男ですが、外堀を埋めることが出来ればペースダウン出来るのでしょうかねえ?(笑)
アカシア
2020.07.13 22:39 | 編集

ふ*******マ様
おはようございます^^
敵はその上を行く勢いで迫ってきます。
司は囲い込みが得意かもしれませんね(笑)
そして司の一目惚れほど怖いものは無い‼(≧▽≦)
だってストーカー体質ですからねえ(笑)
おはようございます^^
敵はその上を行く勢いで迫ってきます。
司は囲い込みが得意かもしれませんね(笑)
そして司の一目惚れほど怖いものは無い‼(≧▽≦)
だってストーカー体質ですからねえ(笑)
アカシア
2020.07.13 22:48 | 編集

ふ**ん様
それにしてもつくしは追いつめられていますねえ。
交際が始まって間もないというのに大変ですねえ。
ま、司に惚れられたら逃げることは無理です。
そして個室で待っていた女は誰?
あの人?それともあの人?さあ、どちらでしょう!(≧▽≦)
それにしてもつくしは追いつめられていますねえ。
交際が始まって間もないというのに大変ですねえ。
ま、司に惚れられたら逃げることは無理です。
そして個室で待っていた女は誰?
あの人?それともあの人?さあ、どちらでしょう!(≧▽≦)
アカシア
2020.07.13 22:55 | 編集
