「ねえ、つくしの課の田坂課長って異動するのね?春に来たばかりなのに何かしでかしたの?」
昼休み、つくしは社員食堂で同期入社の友人と日替わり定食を食べていたが、そのとき教えられたのは田坂の転勤。
それは会議室で田坂に迫られた日から週末を挟んで数日のうちに下された辞令ということになるが、当の本人である田坂は、あの日から会社を休んでいるが、異動先は遥か南の島。社内の噂では、そこは二度と本社に戻ることが出来ない人間が行くと言われる場所だ。
「ねえちょっとつくし?訊いてる?」
「え?」
「だからどうして課長が異動になったかよ。理由よ、理由。知らないの?だって春に異動して来たばかりでしょ?何かしたとしか考えられないじゃない?それもこの短期間のうちに異動でしょ?理由は仕事上の失敗とかじゃなくて、上の逆鱗に触れるようなことをしたとしか考えられないのよね。そうじゃなきゃ南の島の営業所に飛ばされることはないはずよ?」
つくしは答えなかった。
だが心当たりはある。
そういった極端な人事異動がなされるのは、多分つくしが付き合い始めた男性からの指示があったからだ。
「それにしても田坂課長って自分がいい男だって自意識過剰なところがあったじゃない?それがトラブルを引き起こしたのかもしれないわよ?たとえば役員の愛人に手を出したとか!」
役員の愛人……
つくしは愛人ではないが、親会社である道明寺ホールディングスの副社長の道明寺司と交際を始めた。だから交際相手の男が、これまでつくしにセクハラを働き会議室でキスをしようとした田坂を南の島へ飛ばしたと考えていた。
「そうよ、きっとそうよ。田坂課長、常務の愛人に手を出したか。出そうとしたか。ねえ、つくしも知ってるでしょ?常務の愛人」
「え?知らないけど?」
常務と言えばポマードで固めた頭で三つ揃えのスーツに身を包み、いかにも重役といった雰囲気があった。
「え?知らないの?これ結構有名な話よ?常務の愛人は自分の秘書よ。田坂課長は彼女に手を出そうとしたのよ。でもさすがに常務の愛人に手を出すのはまずいでしょ?うちの常務って紳士的に見えるけど、かなり嫉妬深いって話よ。だから課長は異動させられたのよ。
あ。でもそれよりももっと凄い話があるの!この前、道明寺ホールディングスの道明寺副社長がうちの会社に現れたらしいわ。でもどこに行ったのか。よく分からいまま会社を後にしたらしいのよ。でも何しに来たのかしらね?誰かに会いに来たことは間違いないけど…まさか女じゃないわよね?」
「ゴホッ….」
「やだ。つくし大丈夫?ほら、お茶飲んで」
つくしは友人の話に、日替わり定食のメインであるメンチカツを喉に詰まらせそうになっていた。道明寺司が会社に現れた日。それはつくしが会議室で田坂に迫られた日だ。
「それにしてもまさか道明寺副社長がうちの会社に現れるとは思いもしなかったわ。
でもうちは道明寺グループだもの。だから現れても不思議はないけど、それでも突然現れたら驚くわよ。だから多分社内でもその情報を知る人間は上層部だけで私たちは全く知らなかったのよね。でも見た子がいたの。その時の道明寺副社長は、突然ビルの入口に現れたかと思えば颯爽とロビーを横切ってエレベーターに乗ったらしいわ。その時間、わずか数秒。それでも新聞や雑誌で見るよりも数倍かっこよかったんだって!つくしも知ってるわよね?道明寺副社長のこと」
「え?うん。一応….」
「何よ。その一応って。でも何しに来たのかしら。私もひと目でいいから見たかったわ。
だって道明寺司と言えば日本を代表する大金持ちのイケメン。そんな人に見初められたら玉の輿よ!それから道明寺副社長がこの前の日曜日。浦安の巨大テーマパークにいたって話もあるの。
ロッカー室で訊いたんだけど、総務の子が女性と一緒に列に並んでいるところを目撃したそうよ。でも声をかけて確認するわけにはいかないから、本物かどうか疑問が残るところなのよ。でも遠目にはそう見えたんだって。でも道明寺副社長が遊園地よ?それも女性と一緒に遊園地だなんて信じられないわ」
つくしが付き合い始めた男性は他人の目を気にして付き合うことはしない。
ふたりが一緒にいるところを見られても取り繕う必要はない。堂々と付き合うと言った。だからつくしも初めはそのつもりでいた。
だが、園内で過ごすうちに女性たちの視線が気になり始めた。
つくしひとりだけなら誰も振り返りはしないだろうが、隣にいる男性は日本人離れした容姿を持ち、特徴的な髪は印象に残る。そしてその美貌に誰もが振り返る。つまり隣にいる男性のせいで誰もが男性の隣にいるつくしを見る。そして誰もが決まった顏をする。
それは、何よ、この女。
だが別にそれはいい。それよりも、いくら堂々と交際すると言われても、つくしはただの会社員だ。だから会社にバレるのは困る。
「それでね。つくしこれ見て」
と言ってスマホを見せられギョッとした。そこに映し出されているのは男と女の姿。
女は後姿で顏は分からないが、隣に立つ横顔の男は隣にいる女を見下ろしていた。
「総務の子がうちの課の同期に送った写真を転送してもらったの。これ道明寺副社長よ。絶対にそうよ。で、こっちの女性。誰だか分からないけど、どこかのご令嬢かモデルかしら。あ、でもモデルならこんなに背が低くないわよね?それならご令嬢の方かもしれないわね。でも羨ましいわ」
マズイ…….
女があと数センチ左を向いていたら、この女がつくしだとバレてもおかしくない。
「こ、この人…..道明寺副社長じゃないわよ。他人の空似じゃない?だってこの男性、よく見れば全然似てないわよ。ほら、本物はもっと背が高くて髪の毛だってもっとクルクルパーマでしょ?それに道明寺副社長が女性と遊園地だなんてどう考えても似合わないわよ!だからこれは別人よ!そうよ!この男性は道明寺副社長じゃなくて全く別の男性よ!だ、だいたい道明寺の副社長が列に並ぶと思う?ああいった人たちは列に並ぶ必要がないわよ。そうよ、さっさと案内されて待たされることはないはずよ!」
「つくし…..なにそんなに必死になってるのよ?」
「え?」
「だから。どうしてつくしがこのふたりのことでそんなに必死になるのよ?」
「え?ひ、必死に?私、必死になってる?」
「なってるわよ。それにさっきから落ち着かないみたいだしどうしたのよ?」
「………..」
つくしは無言で笑って誤魔化し腕時計を見た。そして「大変!早く食べないと昼休みが終るわよ!」と言って昼食を食べることに集中したが、頭の中を過ったのは、たった今、自分が口にしたように道明寺の副社長が、それも大株主の男性が、あの巨大テーマパークで列に並ぶのはおかしいということ。
それにどう考えても彼が、つくしが付き合い始めた男性がここに来たかったと言ってもテーマパーク好きには思えなかった。
そして頭の中に浮かんだのは、ある思い。
それはもしかして男性は写真に撮られることを期待しているのではないかということ。
「まさか……わざと?」
「え?何?何か言った?」
「え?うんうん。何も言ってないわよ。それより早く食べなきゃ午後からの仕事に遅れるわ!」

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昼休み、つくしは社員食堂で同期入社の友人と日替わり定食を食べていたが、そのとき教えられたのは田坂の転勤。
それは会議室で田坂に迫られた日から週末を挟んで数日のうちに下された辞令ということになるが、当の本人である田坂は、あの日から会社を休んでいるが、異動先は遥か南の島。社内の噂では、そこは二度と本社に戻ることが出来ない人間が行くと言われる場所だ。
「ねえちょっとつくし?訊いてる?」
「え?」
「だからどうして課長が異動になったかよ。理由よ、理由。知らないの?だって春に異動して来たばかりでしょ?何かしたとしか考えられないじゃない?それもこの短期間のうちに異動でしょ?理由は仕事上の失敗とかじゃなくて、上の逆鱗に触れるようなことをしたとしか考えられないのよね。そうじゃなきゃ南の島の営業所に飛ばされることはないはずよ?」
つくしは答えなかった。
だが心当たりはある。
そういった極端な人事異動がなされるのは、多分つくしが付き合い始めた男性からの指示があったからだ。
「それにしても田坂課長って自分がいい男だって自意識過剰なところがあったじゃない?それがトラブルを引き起こしたのかもしれないわよ?たとえば役員の愛人に手を出したとか!」
役員の愛人……
つくしは愛人ではないが、親会社である道明寺ホールディングスの副社長の道明寺司と交際を始めた。だから交際相手の男が、これまでつくしにセクハラを働き会議室でキスをしようとした田坂を南の島へ飛ばしたと考えていた。
「そうよ、きっとそうよ。田坂課長、常務の愛人に手を出したか。出そうとしたか。ねえ、つくしも知ってるでしょ?常務の愛人」
「え?知らないけど?」
常務と言えばポマードで固めた頭で三つ揃えのスーツに身を包み、いかにも重役といった雰囲気があった。
「え?知らないの?これ結構有名な話よ?常務の愛人は自分の秘書よ。田坂課長は彼女に手を出そうとしたのよ。でもさすがに常務の愛人に手を出すのはまずいでしょ?うちの常務って紳士的に見えるけど、かなり嫉妬深いって話よ。だから課長は異動させられたのよ。
あ。でもそれよりももっと凄い話があるの!この前、道明寺ホールディングスの道明寺副社長がうちの会社に現れたらしいわ。でもどこに行ったのか。よく分からいまま会社を後にしたらしいのよ。でも何しに来たのかしらね?誰かに会いに来たことは間違いないけど…まさか女じゃないわよね?」
「ゴホッ….」
「やだ。つくし大丈夫?ほら、お茶飲んで」
つくしは友人の話に、日替わり定食のメインであるメンチカツを喉に詰まらせそうになっていた。道明寺司が会社に現れた日。それはつくしが会議室で田坂に迫られた日だ。
「それにしてもまさか道明寺副社長がうちの会社に現れるとは思いもしなかったわ。
でもうちは道明寺グループだもの。だから現れても不思議はないけど、それでも突然現れたら驚くわよ。だから多分社内でもその情報を知る人間は上層部だけで私たちは全く知らなかったのよね。でも見た子がいたの。その時の道明寺副社長は、突然ビルの入口に現れたかと思えば颯爽とロビーを横切ってエレベーターに乗ったらしいわ。その時間、わずか数秒。それでも新聞や雑誌で見るよりも数倍かっこよかったんだって!つくしも知ってるわよね?道明寺副社長のこと」
「え?うん。一応….」
「何よ。その一応って。でも何しに来たのかしら。私もひと目でいいから見たかったわ。
だって道明寺司と言えば日本を代表する大金持ちのイケメン。そんな人に見初められたら玉の輿よ!それから道明寺副社長がこの前の日曜日。浦安の巨大テーマパークにいたって話もあるの。
ロッカー室で訊いたんだけど、総務の子が女性と一緒に列に並んでいるところを目撃したそうよ。でも声をかけて確認するわけにはいかないから、本物かどうか疑問が残るところなのよ。でも遠目にはそう見えたんだって。でも道明寺副社長が遊園地よ?それも女性と一緒に遊園地だなんて信じられないわ」
つくしが付き合い始めた男性は他人の目を気にして付き合うことはしない。
ふたりが一緒にいるところを見られても取り繕う必要はない。堂々と付き合うと言った。だからつくしも初めはそのつもりでいた。
だが、園内で過ごすうちに女性たちの視線が気になり始めた。
つくしひとりだけなら誰も振り返りはしないだろうが、隣にいる男性は日本人離れした容姿を持ち、特徴的な髪は印象に残る。そしてその美貌に誰もが振り返る。つまり隣にいる男性のせいで誰もが男性の隣にいるつくしを見る。そして誰もが決まった顏をする。
それは、何よ、この女。
だが別にそれはいい。それよりも、いくら堂々と交際すると言われても、つくしはただの会社員だ。だから会社にバレるのは困る。
「それでね。つくしこれ見て」
と言ってスマホを見せられギョッとした。そこに映し出されているのは男と女の姿。
女は後姿で顏は分からないが、隣に立つ横顔の男は隣にいる女を見下ろしていた。
「総務の子がうちの課の同期に送った写真を転送してもらったの。これ道明寺副社長よ。絶対にそうよ。で、こっちの女性。誰だか分からないけど、どこかのご令嬢かモデルかしら。あ、でもモデルならこんなに背が低くないわよね?それならご令嬢の方かもしれないわね。でも羨ましいわ」
マズイ…….
女があと数センチ左を向いていたら、この女がつくしだとバレてもおかしくない。
「こ、この人…..道明寺副社長じゃないわよ。他人の空似じゃない?だってこの男性、よく見れば全然似てないわよ。ほら、本物はもっと背が高くて髪の毛だってもっとクルクルパーマでしょ?それに道明寺副社長が女性と遊園地だなんてどう考えても似合わないわよ!だからこれは別人よ!そうよ!この男性は道明寺副社長じゃなくて全く別の男性よ!だ、だいたい道明寺の副社長が列に並ぶと思う?ああいった人たちは列に並ぶ必要がないわよ。そうよ、さっさと案内されて待たされることはないはずよ!」
「つくし…..なにそんなに必死になってるのよ?」
「え?」
「だから。どうしてつくしがこのふたりのことでそんなに必死になるのよ?」
「え?ひ、必死に?私、必死になってる?」
「なってるわよ。それにさっきから落ち着かないみたいだしどうしたのよ?」
「………..」
つくしは無言で笑って誤魔化し腕時計を見た。そして「大変!早く食べないと昼休みが終るわよ!」と言って昼食を食べることに集中したが、頭の中を過ったのは、たった今、自分が口にしたように道明寺の副社長が、それも大株主の男性が、あの巨大テーマパークで列に並ぶのはおかしいということ。
それにどう考えても彼が、つくしが付き合い始めた男性がここに来たかったと言ってもテーマパーク好きには思えなかった。
そして頭の中に浮かんだのは、ある思い。
それはもしかして男性は写真に撮られることを期待しているのではないかということ。
「まさか……わざと?」
「え?何?何か言った?」
「え?うんうん。何も言ってないわよ。それより早く食べなきゃ午後からの仕事に遅れるわ!」

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Comment:2
コメント
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司*****E様
おはようございます^^
つくしは司と付き合い始めましたが、首を傾げることがあるようです(笑)
でも司は堂々と付き合いたいと言いましたからね!
それにしても司の堂々とは、世間に広く知らしめることなのでしょうねえ(笑)
おはようございます^^
つくしは司と付き合い始めましたが、首を傾げることがあるようです(笑)
でも司は堂々と付き合いたいと言いましたからね!
それにしても司の堂々とは、世間に広く知らしめることなのでしょうねえ(笑)
アカシア
2020.07.09 22:27 | 編集
