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2020
06.28

夜の終わりに 19

会議室でつくしに交際を迫りキスした男は徐々に俺を知ってくれと言ったが、その言葉とは裏腹にあれからすぐに行動に移した。

「俺たちは他人の目を気にして付き合うことはしない。ふたりが一緒にいるところを見られても取り繕う必要なない。堂々と付き合う。だから周りが何を言おうと気にしなくていい」

そして二日後の日曜デートしようと言われ「どこで?」と訊けば、動きやすい服装をして欲しいと言われたからパンツ姿で自宅マンションの前で待っていると、迎えに来た男性はラフな服装で、つくしを連れて行ったのは浦安にある巨大なテーマパーク。

イメージじゃない。
この男性がテーマパークのアトラクションを楽しむようには思えない。
だから意外過ぎて男性の顏をまじまじと見た。
すると「どうした?こういった場所は嫌いか?」と言った。
だから嫌いじゃないと答えると男性は話を継いだ。

「俺はここに来るのは初めてだ」

と言って入場ゲートに向かったが、つくしと1歳違いで東京に住んでいながらここに来たことがない人間がいることは相当珍しいのではないかと思った。

「けど子供の頃、姉に連れられてアナハイムにある本家のテーマパークを訪れたことがあるが、ここに来たことがない。だから一度来たかった」

そして入場ゲートの前にいたのは、この場にはそぐわないスーツ姿の年配の男性が三人。
その中の白髪の男性と親しげに言葉を交わし一般の入園者とは別の入口から中に入ったが男性が誰だか気になった。

「ねえ。あの人誰?」

「あの男はここの運営会社の会長だ。うちはここの大株主だ。秘書にここのチケットを用意しろと言ったら必要ない。話しておくと言った」と説明され、ああそうだ。この人はそういう立場の人間だったと納得した。
そして、「ここを貸し切りにすることも出来たが、そうしなかったのは誰もいないテーマパークほど虚しいものはないからな」と言われ、もしかすると子供の頃、姉に連れられ訪れたテーマパークは貸し切りで、笑い声もなにもない虚しさだけが感じられる場所だったのではないかと思った。そうでなければ飛び出す絵本のようなこの世界を虚しいなど表現しないはずだ。
だがそれにしてもまさか男性が初めてのデートでテーマパークを選ぶとは思わなかった。

「それで?どれに乗りたい?」

「え?」

「だからどれに乗りたいんだ?」

つくしがここに来るのは今日で3度目だが、様々なイベントで楽しませてくれるこの場所は何度訪れても楽しい。鉱山列車が荒野を急旋回するジェットコースターも好きだし、カリブ海の海賊たちの船旅も好きだ。それに世界各国の子供たちが歌う姿を船の中から見るのも好きだ。他にも色々あるがどれも乗りたいと思う。
だからどれに乗りたいと言われても迷う。すると男性がつくしの手を掴んで向かったのは丸太を模したボートが滝つぼに落ちるアトラクション。

「ここに来るならこれに乗れと勧められた」

誰に勧められたかは別として、男性がこういった乗り物に乗るイメージがわかなかった。
いや。それ以前にどうしても男性をこういった場所と結びつけることが出来なかった。
だが思った。だからこそ初めてのデートでテーマパークを選んだ男性は、このアトラクションを終えた後にどんな表情を浮かべるのか。だがこのアトラクションは隣に座らないことから顏を見ることは出来ない。
けれど、滝つぼに落ちる瞬間が写真に撮られる。だからその写真を購入するつもりでいるが、座席に腰を下ろし、身体を固定したボートが動き始めると、このアトラクションの怖さを知るつくしは緊張していた。だからボートが徐々に傾斜に近づき滝つぼ目がけて落下する瞬間叫んでいたが、後ろに座った男性の声は聞えなかった。

そしてボートから降りたつくしが水しぶきを浴びた状態で「怖かった」と言ったのに対し、浴びなかった男性が余裕の表情で開口一番言ったのは、「ボートが落ちた傾斜角度は45度くらいか?」
だからつくしは「よくそんなに冷静でいられるわね?怖くなかったの?」と訊いたが男性は「スキーで急斜面を直滑降で滑っているのと同じだ」と言った。

だから「スキーするの?」と訊いた。すると「ああ。冬はカナダかスイスだ。お前もスキーをするならどうだ?次の休みはスイスに行くか?ちなみに俺の腕はインストラクター並だと言われている。だからなんなら教えてやるぞ」と言われたが、つくしはスキーが下手だ。
運動音痴ではないがスキーは苦手だ。それに一度雪まみれになって遭難しそうになったことがある。
だからいくら男性がスキーのエキスパートだとしても、きっとつくしのスキーをする姿を見れば呆れるはずだ。それに次の休みにスイスだなんてとんでもないと慌てて断ったが、脳裡には男性が急斜面をダイナミックに滑り降りる姿が浮かんでいて、男性はスポーツ万能なのだろうと思った。



「はいどうぞ。こちらのお写真です」

係員から丸太のボートが滝つぼに落ちる瞬間を捉えた写真を渡されたが、つくしが眼を見開き大きく口を開け、明らかに恐怖を感じているのに対し、男性の顏に恐怖はなかった。
それどころか余裕の笑みが浮かんでいるように思えた。
だから何故かそれが悔しくて、つくしが自分から乗ろうと言ったのは、鉱山列車が荒野を急旋回するジェットコースター。登り下りが繰り返され、岩と岩の間をすり抜けるコースは体感スピードが速く感じられる。これなら男性の顏も少しは歪むはずだ。









「どうした?気分が悪いのか?」

「………….」

「おい?平気か?」

「うん…..うん。平気大丈夫」

と答えたが、つくしの声は呟きに近く掠れて小さかった。

「おい。本当に大丈夫か?顔色がよくないぞ。酔ったんじゃないのか?座れ」

男性は近くのベンチにつくしを座らせたが、身体を丸めたつくしに「吐きそうなのか?」と言うと背中をさすった。

「だ、大丈夫。でもこのアトラクション。前に来た時に乗ったけど全然平気でこんな風にならなかったのに」

だが思えば以前ここに来たのは20代半ば。
つまりその頃なら平気だったことも、30代半ばになり身体はそれを受け容れることが難しくなったのかもしれない。

「前に来たのがいつだったか知らないが、若い頃は平気でも年をとれば無理ってこともある。身体がついていかなくなる。さすがに若く見えるお前でも年齢はそれなりってことか?」

ニヤッと笑みを浮かべ年齢のことを言われ、自分だって1歳しか年が変わらないくせにとムッとした気持になったが、それよりも男性の大きな手が背中をさすってくれることに安堵する気持が大きかった。

それにしてもつくづく意外に思うのは、男性がこういった場所に足を踏み入れることに躊躇いがないこともだが、立場から言ってもアテンドされることが当たり前の人間なら特別扱いされることに慣れているはずだが列に並ぶことに文句を言わないことだ。

「お前。俺が列に並ぶのが意外だと考えているな?」

「え?」

また言葉が口から漏れていたのだろうか。
だが、それならと丁度いいと思って訊くことにした。

「うん。だってあなたここの大株主でしょ?だから優先しろと言うかと思った」

だが男性は、「言っておくが、俺は社会のルールをことごとく無視する人間じゃない」と否定した。そして「どうする?調子が悪いならここを出るか?歩けそうにないならおぶってやるぞ」と言われたが、「大丈夫。少し休んだら平気だから」と答えると、「そうか。それならここで待ってろ」と言ってベンチから立ち上がると、どこかへ向かった。
やがて少し経って戻ってきたが、その手にはペットボトルの水が2本握られていて、差し出された1本を受け取った。

そして隣に腰を下ろした男性は蓋を開けるとゴクゴクと飲み始めたが、つくしがじっと見つめていることに気付くと、「どうした?飲まないのか?それともアレか?俺の口移しで飲みたいのか?」と言われ頭に浮かんだのは会議テーブルを背にキスされたこと。

だがあの時は会議室でふたり切りだったが、ここは修学旅行生と思われる制服姿の学生や大勢の子供や大人がいる。
だから、おおっぴらにキスされてはたまらないと急いで蓋を開けるとペットボトルを口に運んだが、男性がその様子を見て喉の奥で笑っていることに気付くと水が気管に入ってむせた。

すると再び男性が背中をさすってくれたが、そうしながら耳の後ろで、「そんなに緊張するな。俺たちは恋人同士だろ?」と囁かれ、その瞬間背中に走った感覚はこれまで経験したことがないものだった。
それにしても、つくしが付き合うことを決めた男性が過去に恋愛をしたことがないとしても、この人は好きになった女性にはとことん甘くなれる人だと思った。
そしてつくしが「別に緊張してないわよ。ただ早くお水が飲みたくて慌てただけよ」と答えると、男性はそんなつくしを素直じゃないと言っているように笑っていた。





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コメント
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2020.06.28 05:58 | 編集
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dot 2020.06.28 11:16 | 編集
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dot 2020.06.28 11:59 | 編集
i***o様
いつもお読みいただきありがとうございますm(__)m
某テーマパークを初デートの場所に選んだ男。
今のところ楽しいのか、そうでないのかまだよく分かりませんが、楽しいデートになるといいですよねえ^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.06.30 21:18 | 編集
と*様
初デートはテーマパーク。
大人も子供に戻る場所です。
初めはぎこちなくても、時間と共に仲良く楽しむようになるのではないでしょうか。
坊っちゃんと遊園地!ドキドキしながらも楽しいでしょうねえ.....。
そして坊っちゃんを振り返って見る女性が沢山いることは間違いないでしょう!(≧▽≦)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.06.30 21:28 | 編集
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dot 2020.06.30 21:48 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
司が初めてのデートに選んだ場所はテーマパーク。
意外と言えば意外かもしれませんが、女性は男性の意外性にキュンとすることもありますからねえ。
もしかして司はそれを狙ったのでしょうか?
それにデートの場所としては定番です。自然な雰囲気で過ごすことが出来るのではないでしょうか。
そしてスマートにデートを楽しむのは、これからかもしれません。

そしてふたりがデートを楽しむ場所は明日から再開ですね。
実際どのような感じになるのか。シミュレーションが行われたようですが感染者が増えていることもあり少し心配ですね?
なるほど。お嬢様は卒業記念に行く予定にしていたんですね。しかし、暫くはチケット争奪戦となりそうですので、チャンスを伺いつつ....といった状況でしょうか。
経済活動も色々なことに注意を払って行われていますが、感染が拡大しないことを祈ります。
ちなみにアカシアが毎年行っているアーティストのコンサートは1年延期になりました(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.06.30 22:00 | 編集
ふ*******マ様
いったい誰からのアドバイスなのか。
初デートはテーマパークです。
しかも司が列に並ぶ!?
そしてコースター系は20代までに深く同意します!アカシア30代で滝つぼに落ちるアトラクションに乗り、撮られた写真が凄かった!魂はまだ滝の上にあって身体だけが落ちたという感じになりました(笑)
え?ふたりのデートがSNSにアップされる?
さてこのデートの行方は?そしてSPの皆様はと言えば、私服で周りを囲んでいるはずです。
一緒の丸太ボートで滝つぼに落ちたかもしれません!(≧▽≦)
いや。落ちたはずです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.06.30 22:14 | 編集
ふ**ん様
貸切りにすることも出来ますが、やはり楽しむ人の声があっての場所。
幼い頃、姉椿と一緒に訪れた本家のテーマパークは、そんな声は一切なく虚しかったようです。

>ツッカー(司)と写真を撮りたい....
アカシアも激しく同意します(≧▽≦)
そしてSP黒服軍団。いつもは黒服ですが今日は周りに同化するように私服のはずです。
え?サングラスの黒服なら全員ネズミの耳のカチューシャを付けるんですか?(≧◇≦)
その姿でジェットコースターに乗っているとすれば、笑いを通りこして怖いかもしれません!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.06.30 22:27 | 編集
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