つくしは背後に課長の田坂がいることに気付くと振り返ったが、あまりにも近くにいることに驚いた。
それはまるで椅子に座ったつくしを自分とテーブルの間に閉じ込めるような形であり、立ち上がるなら間違いなく田坂に触れることは間違いない。
そしてその近さで見上げる形になった田坂の口元には笑みが浮かんでいて、大きな目に濃い睫毛を持つ男は、いやらしそうな眼をつくしに向けていた。
そのとき思い出されたのは、あの男性が言った言葉。
『そのうち肩を撫でるだけではなく、尻を撫でてくるようになる』
だが今この状況は尻を撫でるどころではないような気がしていた。
つまりそれは尻を撫でられるよりもっと悪いことが起こりそうだということ。たとえばそれは無理矢理キスされるのではないかということだ。
だが冗談じゃない。会社の会議室で好きでもない男にキスなどされてたまるか。
「田坂課長。何か?」
つくしはしっかりと、田坂の目を見て言う。
「何か、か」
唇の端をちょっと歪めて言った田坂は「何かって私の気持は分かっているはずだ。牧野君。君は部長が言った通り優秀だ。私はこの部署に異動してきて君のような優秀な部下を持って鼻が高い。だがそれ以上にキラキラとして大きな瞳で私を見つめる君が気に入った。それに歯切れのいい言葉使いもね」
キラキラ?見つめる?
この男は何を勘違いしているのか。
少女漫画じゃあるまいし目の中がキラキラと輝くなどあり得ない。
それにつくしは田坂のことなど見つめてなどいない。
そして歯切れのいい言葉使いは、いくら田坂がセクハラ男だとしても上司であることに変わりがないから、ぶっきらぼうにならないように自分を抑えているだけだ。
「はっきり言おう。私は君のことが好きだ」
そう言った田坂は、椅子に腰かけたままのつくしに更に近づいてきた。
だからつくしの身体はおのずと後ろに反り返る形になった。
だが反り返ってはいけなかった。むしろダンゴムシのように身体を丸めるべきで、反り返った状態では田坂に上から覆いかぶされる恐れがある。
いや実際田坂はつくしの身体の上に覆いかぶさってこようとした。だから触れたくはなかったが、度胸を据えて近づいてきた田坂の身体を両手で突き飛ばした。そして相手が、よろめいた隙に席から立ち上がると、田坂の前から離れようとした。会議室を出て行こうとした。だが男の手が、つくしの手首を掴んだ。
「逃げなくてもいいじゃないか」
掴んだ手を振り解こうとしたが振り解くことが出来なかった。
それどころか、掴んだ手に力がこもった。
顏から血の気が引く。足が震える。こんな展開は予想しなかった。だがここは会社の会議室であり席を外した部長は待っていてくれと言った。つまり戻ってくる。だから何かが起こるとは思わないが、それでも嫌な予感がした。
「牧野君。私の気持を分かって欲しい」
つくしの手首を掴んだ田坂は真剣な顏で言ったが、つくしはそれに構わず、はっきり言った。
「分かりません。私は課長のことは何とも思っていません。だから手を….その手を離して下さい!」
だが田坂は離さなかった。
それどころかつくしを抱き寄せようとした。だからつくしは両足を踏ん張って抱き寄せられないように抵抗した。だがいくら抵抗したところで相手は女のつくしよりも力がある男だ。だからこのままでは間違いなくキスされる。
それにしても、会議室で女に迫るなど一体この男は何を考えているのか。これまでつくしがこの男のことを会社に訴え出なかったことから調子にのっているのか。だからこのことも訴え出られることはないと思っているのか。だがあの男性にも話をした通り、今度何かされたら会社に訴え出るつもりでいる。いや、訴えるつもりではなく実行することを決めていた。
だから忠告を込めて言った。
「田坂課長。手を離して下さい。これ以上何かしたら上に報告します。会社に言います。それでもよろしいんですね?それにあなたはこれまでも必要がないのに私に触れてきました。それは私にとっては不愉快なことです。セクハラに値します」
「セクハラ?牧野君。随分と大袈裟なことを言うね」
田坂は笑って答えた。
「君は頭がいい。だから少し大袈裟に捉え過ぎだ。それに私は君の肩にゴミが付いていたから取ってあげただけだ」
何が肩にゴミが付いていたから取ってあげただ。この期に及んでまだそんなことを言うのか。それにしてもこの男のすることも言うことも、いちいちがいやらしい。
そして手を離そうとしない男には実力行使するしかない。
あの男性が言ったように右手をグッと握って思いっきり殴るしかない。
「牧野君。ただゴミを取っただけの私のことを会社に言ったところで笑われるだけだ」
そう言った田坂はつくしの身体を引き寄せ顏を寄せてきた。そとき、田坂の背後に黒のスーツを見た。
つくしは心臓が止まりそうになるほど驚いた。何故ならそこに現れたのはあの男性だからだ。
「T男さん!?」
田坂はつくしの言葉に自分の背後に人がいることに気付くと、彼女の手首を掴んだまま急いで振り返った。
するとそこにいたのは、怒りの表情を浮かべた自分よりも背の高い男性。
その男性が低く凄みのある声で言った。
「お前、なにやってんだ?」
「あ、あなたは……」
田坂の声は震えていて語尾は聞えなかった。
「会社の会議室でなにやってんだって訊いてるんだが答えられないのか?それとも答えるつもりがないのか?」
「え?いや、あのこれは__」
と言いかけたところで田坂に伸ばされた左手は彼の襟元を掴んだ。
すると田坂は「ウッ」と呻いてつくしの手首を離した。と同時に男性の右手の拳が田坂の頬を捉えると、田坂は床に倒れた。
つくしは目の前で起きた状況を理解しようとした。
そして口を開いたはいいが言葉が出なかった。だが咳払いが聴こえそちらに視線を向けると、そこにいたのは事業部長だ。
「いや。牧野君。君を田坂君とふたりだけにしてすまなかったね。まさか君が田坂君からセクハラを受けているとは知らなかった。嫌な思いをさせて本当にすまなかった」
事業部長は、そう言って謝ったが、自分の隣に立つ男性から発せられる怒りと部屋の中に充満している張りつめた空気に汗をかいていた。
それにしても何故あの男性がここにいるのか。だから「お前の代わりに殴ってやったがよかったか?」と言われても「え?….ええ。はい」と答えるしかなかったが、再び咳払いをした事業部長の言葉に男性が誰なのかを知った。
「それにしても牧野君が道明寺副社長と知り合いだったとは知らなかったよ」

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それはまるで椅子に座ったつくしを自分とテーブルの間に閉じ込めるような形であり、立ち上がるなら間違いなく田坂に触れることは間違いない。
そしてその近さで見上げる形になった田坂の口元には笑みが浮かんでいて、大きな目に濃い睫毛を持つ男は、いやらしそうな眼をつくしに向けていた。
そのとき思い出されたのは、あの男性が言った言葉。
『そのうち肩を撫でるだけではなく、尻を撫でてくるようになる』
だが今この状況は尻を撫でるどころではないような気がしていた。
つまりそれは尻を撫でられるよりもっと悪いことが起こりそうだということ。たとえばそれは無理矢理キスされるのではないかということだ。
だが冗談じゃない。会社の会議室で好きでもない男にキスなどされてたまるか。
「田坂課長。何か?」
つくしはしっかりと、田坂の目を見て言う。
「何か、か」
唇の端をちょっと歪めて言った田坂は「何かって私の気持は分かっているはずだ。牧野君。君は部長が言った通り優秀だ。私はこの部署に異動してきて君のような優秀な部下を持って鼻が高い。だがそれ以上にキラキラとして大きな瞳で私を見つめる君が気に入った。それに歯切れのいい言葉使いもね」
キラキラ?見つめる?
この男は何を勘違いしているのか。
少女漫画じゃあるまいし目の中がキラキラと輝くなどあり得ない。
それにつくしは田坂のことなど見つめてなどいない。
そして歯切れのいい言葉使いは、いくら田坂がセクハラ男だとしても上司であることに変わりがないから、ぶっきらぼうにならないように自分を抑えているだけだ。
「はっきり言おう。私は君のことが好きだ」
そう言った田坂は、椅子に腰かけたままのつくしに更に近づいてきた。
だからつくしの身体はおのずと後ろに反り返る形になった。
だが反り返ってはいけなかった。むしろダンゴムシのように身体を丸めるべきで、反り返った状態では田坂に上から覆いかぶされる恐れがある。
いや実際田坂はつくしの身体の上に覆いかぶさってこようとした。だから触れたくはなかったが、度胸を据えて近づいてきた田坂の身体を両手で突き飛ばした。そして相手が、よろめいた隙に席から立ち上がると、田坂の前から離れようとした。会議室を出て行こうとした。だが男の手が、つくしの手首を掴んだ。
「逃げなくてもいいじゃないか」
掴んだ手を振り解こうとしたが振り解くことが出来なかった。
それどころか、掴んだ手に力がこもった。
顏から血の気が引く。足が震える。こんな展開は予想しなかった。だがここは会社の会議室であり席を外した部長は待っていてくれと言った。つまり戻ってくる。だから何かが起こるとは思わないが、それでも嫌な予感がした。
「牧野君。私の気持を分かって欲しい」
つくしの手首を掴んだ田坂は真剣な顏で言ったが、つくしはそれに構わず、はっきり言った。
「分かりません。私は課長のことは何とも思っていません。だから手を….その手を離して下さい!」
だが田坂は離さなかった。
それどころかつくしを抱き寄せようとした。だからつくしは両足を踏ん張って抱き寄せられないように抵抗した。だがいくら抵抗したところで相手は女のつくしよりも力がある男だ。だからこのままでは間違いなくキスされる。
それにしても、会議室で女に迫るなど一体この男は何を考えているのか。これまでつくしがこの男のことを会社に訴え出なかったことから調子にのっているのか。だからこのことも訴え出られることはないと思っているのか。だがあの男性にも話をした通り、今度何かされたら会社に訴え出るつもりでいる。いや、訴えるつもりではなく実行することを決めていた。
だから忠告を込めて言った。
「田坂課長。手を離して下さい。これ以上何かしたら上に報告します。会社に言います。それでもよろしいんですね?それにあなたはこれまでも必要がないのに私に触れてきました。それは私にとっては不愉快なことです。セクハラに値します」
「セクハラ?牧野君。随分と大袈裟なことを言うね」
田坂は笑って答えた。
「君は頭がいい。だから少し大袈裟に捉え過ぎだ。それに私は君の肩にゴミが付いていたから取ってあげただけだ」
何が肩にゴミが付いていたから取ってあげただ。この期に及んでまだそんなことを言うのか。それにしてもこの男のすることも言うことも、いちいちがいやらしい。
そして手を離そうとしない男には実力行使するしかない。
あの男性が言ったように右手をグッと握って思いっきり殴るしかない。
「牧野君。ただゴミを取っただけの私のことを会社に言ったところで笑われるだけだ」
そう言った田坂はつくしの身体を引き寄せ顏を寄せてきた。そとき、田坂の背後に黒のスーツを見た。
つくしは心臓が止まりそうになるほど驚いた。何故ならそこに現れたのはあの男性だからだ。
「T男さん!?」
田坂はつくしの言葉に自分の背後に人がいることに気付くと、彼女の手首を掴んだまま急いで振り返った。
するとそこにいたのは、怒りの表情を浮かべた自分よりも背の高い男性。
その男性が低く凄みのある声で言った。
「お前、なにやってんだ?」
「あ、あなたは……」
田坂の声は震えていて語尾は聞えなかった。
「会社の会議室でなにやってんだって訊いてるんだが答えられないのか?それとも答えるつもりがないのか?」
「え?いや、あのこれは__」
と言いかけたところで田坂に伸ばされた左手は彼の襟元を掴んだ。
すると田坂は「ウッ」と呻いてつくしの手首を離した。と同時に男性の右手の拳が田坂の頬を捉えると、田坂は床に倒れた。
つくしは目の前で起きた状況を理解しようとした。
そして口を開いたはいいが言葉が出なかった。だが咳払いが聴こえそちらに視線を向けると、そこにいたのは事業部長だ。
「いや。牧野君。君を田坂君とふたりだけにしてすまなかったね。まさか君が田坂君からセクハラを受けているとは知らなかった。嫌な思いをさせて本当にすまなかった」
事業部長は、そう言って謝ったが、自分の隣に立つ男性から発せられる怒りと部屋の中に充満している張りつめた空気に汗をかいていた。
それにしても何故あの男性がここにいるのか。だから「お前の代わりに殴ってやったがよかったか?」と言われても「え?….ええ。はい」と答えるしかなかったが、再び咳払いをした事業部長の言葉に男性が誰なのかを知った。
「それにしても牧野君が道明寺副社長と知り合いだったとは知らなかったよ」

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司*****E様
おはようございます^^
つくし、セクハラ上司に迫られピンチ!(。>д<)
そんなところに現れたのは道明寺副社長!
つくしの代わりに殴ってくれましたが、さてここから先は....
え?司がどんな言葉をかけるのか?
それは本人に訊いてみましょう!(笑)
おはようございます^^
つくし、セクハラ上司に迫られピンチ!(。>д<)
そんなところに現れたのは道明寺副社長!
つくしの代わりに殴ってくれましたが、さてここから先は....
え?司がどんな言葉をかけるのか?
それは本人に訊いてみましょう!(笑)
アカシア
2020.06.20 21:33 | 編集

ま**ん様
まさかのT男さん登場!(≧▽≦)
そして驚きすぎて固まる女。
それにしてもT男の正体が道明寺副社長だったとは!
これから二人の関係はどう進展するのか?
何しろ司ですからねえ....
まさかのT男さん登場!(≧▽≦)
そして驚きすぎて固まる女。
それにしてもT男の正体が道明寺副社長だったとは!
これから二人の関係はどう進展するのか?
何しろ司ですからねえ....
アカシア
2020.06.20 21:41 | 編集

ふ**ん様
T男登場!(≧▽≦)
現れ方がヒーローでしたか?(笑)
そして田坂はT男に殴られて床で転がされています。
そんな状況に固まる女。
さて、今度はヒーローが告るのか?
だとすれば、どんな風に告るのでしょうねえ(笑)
T男登場!(≧▽≦)
現れ方がヒーローでしたか?(笑)
そして田坂はT男に殴られて床で転がされています。
そんな状況に固まる女。
さて、今度はヒーローが告るのか?
だとすれば、どんな風に告るのでしょうねえ(笑)
アカシア
2020.06.20 21:48 | 編集

と*様
T男が登場してきました。
さあ。T男とT子。いや。司とつくし。
さて、このふたり。ここからどのような展開になるのでしょうねえ(笑)
T男が登場してきました。
さあ。T男とT子。いや。司とつくし。
さて、このふたり。ここからどのような展開になるのでしょうねえ(笑)
アカシア
2020.06.20 21:51 | 編集
