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2020
06.17

夜の終わりに 14

「よく出来た内容だ。牧野君は仕事が早いし正確だが短期間でよく仕上げてくれた。さすがとしが言いようがない。これなら先方も納得するだろう。よくやった牧野君」

つくしは顧客との打ち合わせのために作成した資料を事業部長に説明するため会議室にいたが、真向いに座っている事業部長に名前を呼ばれハッとした。

「どうした?ぼんやりして。いつもの君らしくないが大丈夫か?もしかして具合でも悪いのか?」

「え?はい。いえ。すみません。大丈夫です。健康に問題はありません」

つくしはそう言ってから、ぼんやりとしていた自分を叱咤したが、そのとき頭の中にあったのはあの男性のこと。
あの日から3週間が経つというのに、まだあの男性のことが頭の中から離れなかった。
だから事業部長を前にしているというのに集中出来ずにいた。

「そうか。それならいいんだが、この案件はミスが許されない案件だ。だが牧野君はミスをしたとしてもカバーできる力は十分あるから心配はしていないんだが。とは言えミスは無いにこしたことはない。何しろこのソフトウェアは道明寺不動産で使用されるものだ。我々が同じ道明寺グループの会社だとしても甘い仕事は許されない。それにビジネスはビジネスとして割り切るのがグループのトップの考えだからな。厳しいぞ。グループのトップの道明寺楓は。
それに息子で副社長の道明寺司も厳しい男だ。彼は公私の峻別は徹底する人間だ。だから身内の企業だとしても容赦ない。だが我々が彼らに会うことはない。この前も記事で読んだが副社長の道明寺司は今ニューヨークだ。つまり何かあっても彼らから直接睨まれることはない。
だから心配する必要はないが、それでも万が一ということがある。いきなりここに現れてこれはどういうことだと責められるかもしれん」

と、事業部長は真面目な顏で言ったが、すぐに「冗談だ。彼らはここに来るほど暇じゃない」と短く笑った。
だが部長の隣に座っている男は、「でも私は会いたいですね。特に道明寺司に」と言って唇の片端だけを上げたが、その男こそつくしの直属の上司でありセクハラをする課長の田坂だ。

「ほう。田坂君。君は道明寺副社長に会いたいのか?」

「ええ。会いたいですよ。だってそうじゃないですか。道明寺司と言えば道明寺家の跡取りでいずれは道明寺グループに君臨する人物です。我々のような平凡な人間は彼に会うこと自体が無きに等しいことです。だからどんな形でもいいので彼に会ってみたいですね。
いえ。会って話をすることは無理でも見るだけでも価値はあると思います。それからスーツ姿の道明寺司は年上の私でも憧れるほどです。何しろ日本人であれほど綺麗な逆三角形の身体を持つ男はそうそういませんからね。
それに彼は非常にモテる男です。独身の彼の周りには美人が列を成しているそうですよ?つまりどんなに厳しいと言われる男も仕事が第一というわけではないということです」

田坂はにやついた顏で道明寺司について話し始めたが、つくしは東邦電気が道明寺グループの会社だという認識はあるが、道明寺ホールディングスの道明寺司に興味はない。
だから顏も知らなければ、どんな人間か考えたこともなければ知ろうとも思わない。
つまり道明寺司がどんなに女にモテる男だとしてもつくしは興味がない。

けれど____あの人のことは知りたいと思う。あの人がどんなに立派な肩書を持とうと、どんなに華やかな世界にいたとしても、車から降りたあのとき、逃げるように去るのではなく、電話が終るまで待って名前を訊いておくべきだった。
もし教えてもらえないなら名字だけでもいい。下の名前だけでもいい。どちらでもいいから教えてもらうべきだった。男性が立場のある人間なら、どちらか片方だけでも分かればフルネームを調べることが出来たはずだ。
だが訊く勇気がなかった。

それにしても、この場で道明寺司の話は関係ないはずだ。
そしてそれを黙って訊いたつくしの顏は、だんだん渋面になってきた。
それは、仕事に関係ない話を延々とする上司に腹が立ってきたからだ。
と、同時に思い出されるのは男性が言った言葉。

『今度触ったら殴れ』

バカなセクハラ上司が触ってきたら殴れ。
幸いあれから触られたことはないが、真顔で言われたその言葉は、たとえ本当に殴ることが出来なくても、絶対的な権力を持つ立場の人間から殴る許可を貰えたような気がした。

そのとき、ドアをノックする音がして「どうぞ」と事業部長が返事をすると顏を覗かせたのは本部長付きの女性。その女性が事業部長にメモを差し出すと、目を通した事業部長は「すまない。少し席を外すが待っていてもらえないか」と言って会議室を出て行った。

部屋の中は、つくしと田坂のふたりだけになった。
だからつくしは、手元の資料に視線を落とし読んでいるふりをしていたが、田坂がこちらをじっと見ていることは感じていた。
だがつくしは顏を上げなかった。
それに相手が何も言わないのだから、こちらも何も言うつもりはないと黙っていた。
そして、この時間が早く終わればいいのにと思いながら頭を過るのはあの男性のこと。
だが何かの気配を感じて顏を上げると、斜め向いの席にいたはずの田坂が、いつの間にか背後に立っていることに気付いた。




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コメント
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dot 2020.06.17 06:40 | 編集
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dot 2020.06.18 16:09 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
セクハラ上司の魔の手が伸びてきている!
今度は撃退することが出来るのか。
殴れとアドバイスされていますからねえ。
さて。どうするのでしょう。
頑張れ!つくし!負けるな~(^O^)/
アカシアdot 2020.06.18 21:54 | 編集
ふ**ん様
田坂、殴られに来た!(≧▽≦)
別名ETに笑いました!
そして希望通り道明寺司に会える日も近い!
田坂。本当に会いたいの?どうなっても知りませんよ。
続きを楽しんでいただければ幸いです♡


 
アカシアdot 2020.06.18 22:06 | 編集
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