真っ暗な雨の夜。
窓の外に雨粒は見えなかったが、それでも激しく降っているのが感じられた。
ここが街中なら、たとえ真夜中でも滲んだ明かりが見えるはずだが、車は山中を走っていることから外に明かりらしきものは見えなかった。
つまりどんなに目を凝らしたところで見えるのは沼のような暗闇であり、車のヘッドライトが照らすのは濡れたアスファルトだけ。
そしてタオルを敷いた司の膝に頭を乗せて寝ているのは名前も知らない女。
その女は傘があるというのに司に自分の思いを伝えることに一生懸命で傘を開くことはなかった。
だからずぶ濡れになり身体を震わせてしゃがみ込むと、今にもその場に倒れそうになっていた。そして司の問い掛けに答えることはなかった。
司は女嫌いではない。だがかつてはそうだった。
そして女が眠っている姿を見つめる経験をしたことがない。それは事を終えても同じベッドで朝まで過ごしたことがないから。
それに女を抱いて感動をしたことがない。そんな男だから愛の言葉も口にしたこともない。
それでも、大勢の女が司の傍にいたいと望むのは、彼が日本を代表する企業、道明寺ホールディングスの道明寺司だからだ。
そんな司の人生は、生まれ落ちた瞬間から自分の考えとは全く関係なく決められたレールの上を走ることが求められた。しなければならないと課せられたものがいくつもあった。
やがて、そんな状況に置かれた少年は、自分の立場が嫌で反抗的な態度を取った。
だが少年は自分の資質を知り抜いていた。それは蛙の子は蛙であり両親の資質を受け継いでいて、ビジネスの才能があるということ。
だから大学を卒業し道明寺ホールディングスへ専務として入社すると、自分よりも年上のツラの皮が厚いタヌキどもの腹の中を読み、いくつものプロジェクトを指揮して成功に導いた。
そして35才になった今は副社長として圧倒的な存在感を示しているが、殆どの人間が司に思うのは、怜悧な顏を持つ男は無機質で冷淡だということ。
そんな男が真夜中の田舎の駅前で酔って電車を乗り過ごし雨に濡れ震える女を車に乗せた。
まさにそれは自分でも信じられないことだが、あのままにしておくことは出来なかった。
女の額に手を当てたが熱はなさそうだった。だが震えていたのは、雨に濡れ体温が下がっているからだ。だから司はこれ以上体温を下げないために女の濡れたスーツの上着を脱がせると、自分のスーツの上着を脱いで女の身体にかけた。
それにしても、自分はこの女をどうしようというのか。
膝の上の女の広い額には知性が感じられた。
はっきりとした眉と、閉じられた瞼を縁取っている上向きの扇形の睫毛は意志の強さを感じさせた。
そしてその意志の強さは、この車をタクシーだと思い込んで乗せて欲しいと司に訴えたことから既にわかってはいるが、加えてこの女について言えるのは、人は本来善であるという性善説に基づいて行動しているということ。
だから、電車で寝過ごし真夜中の駅に取り残されるという危機的状況に置かれた自分に対して悪事を働く人間はいないと思っているようだ。
そんなお気楽な考えを持つこの女はいったい何歳なのか。30代前半といったところだろうが、どちらにしても、いい年をした人間が簡単に他人を信じるようでは、この先どんな災難に見舞われるか分かったものじゃない。
そんな女から微かに感じられるアルコールの匂い。
女は一体どんな酒を飲んだのか。
司がこれまで交わした数限りない乾杯は、理由なき乾杯であり意味のない酒。
だから気心が知れた仲間と飲む酒以外楽しいと思える酒はなかった。
そのとき、運転手の後藤が言った。
「副社長、どうやらこの先は落石で通行止めになっているようです。迂回路を探してみますが、ご自宅に戻る時間をはっきりと申し上げることが出来ません」
窓の外は暗い夜で雨は激しく降っていた。
「そうか。分かった」
そう答えた司が視線の先に見たのは道路際に輝くホテルのネオンサイン。
「後藤。雨が激しくなってきた。これ以上無理をして進むことはない。あそこに車を入れろ」

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窓の外に雨粒は見えなかったが、それでも激しく降っているのが感じられた。
ここが街中なら、たとえ真夜中でも滲んだ明かりが見えるはずだが、車は山中を走っていることから外に明かりらしきものは見えなかった。
つまりどんなに目を凝らしたところで見えるのは沼のような暗闇であり、車のヘッドライトが照らすのは濡れたアスファルトだけ。
そしてタオルを敷いた司の膝に頭を乗せて寝ているのは名前も知らない女。
その女は傘があるというのに司に自分の思いを伝えることに一生懸命で傘を開くことはなかった。
だからずぶ濡れになり身体を震わせてしゃがみ込むと、今にもその場に倒れそうになっていた。そして司の問い掛けに答えることはなかった。
司は女嫌いではない。だがかつてはそうだった。
そして女が眠っている姿を見つめる経験をしたことがない。それは事を終えても同じベッドで朝まで過ごしたことがないから。
それに女を抱いて感動をしたことがない。そんな男だから愛の言葉も口にしたこともない。
それでも、大勢の女が司の傍にいたいと望むのは、彼が日本を代表する企業、道明寺ホールディングスの道明寺司だからだ。
そんな司の人生は、生まれ落ちた瞬間から自分の考えとは全く関係なく決められたレールの上を走ることが求められた。しなければならないと課せられたものがいくつもあった。
やがて、そんな状況に置かれた少年は、自分の立場が嫌で反抗的な態度を取った。
だが少年は自分の資質を知り抜いていた。それは蛙の子は蛙であり両親の資質を受け継いでいて、ビジネスの才能があるということ。
だから大学を卒業し道明寺ホールディングスへ専務として入社すると、自分よりも年上のツラの皮が厚いタヌキどもの腹の中を読み、いくつものプロジェクトを指揮して成功に導いた。
そして35才になった今は副社長として圧倒的な存在感を示しているが、殆どの人間が司に思うのは、怜悧な顏を持つ男は無機質で冷淡だということ。
そんな男が真夜中の田舎の駅前で酔って電車を乗り過ごし雨に濡れ震える女を車に乗せた。
まさにそれは自分でも信じられないことだが、あのままにしておくことは出来なかった。
女の額に手を当てたが熱はなさそうだった。だが震えていたのは、雨に濡れ体温が下がっているからだ。だから司はこれ以上体温を下げないために女の濡れたスーツの上着を脱がせると、自分のスーツの上着を脱いで女の身体にかけた。
それにしても、自分はこの女をどうしようというのか。
膝の上の女の広い額には知性が感じられた。
はっきりとした眉と、閉じられた瞼を縁取っている上向きの扇形の睫毛は意志の強さを感じさせた。
そしてその意志の強さは、この車をタクシーだと思い込んで乗せて欲しいと司に訴えたことから既にわかってはいるが、加えてこの女について言えるのは、人は本来善であるという性善説に基づいて行動しているということ。
だから、電車で寝過ごし真夜中の駅に取り残されるという危機的状況に置かれた自分に対して悪事を働く人間はいないと思っているようだ。
そんなお気楽な考えを持つこの女はいったい何歳なのか。30代前半といったところだろうが、どちらにしても、いい年をした人間が簡単に他人を信じるようでは、この先どんな災難に見舞われるか分かったものじゃない。
そんな女から微かに感じられるアルコールの匂い。
女は一体どんな酒を飲んだのか。
司がこれまで交わした数限りない乾杯は、理由なき乾杯であり意味のない酒。
だから気心が知れた仲間と飲む酒以外楽しいと思える酒はなかった。
そのとき、運転手の後藤が言った。
「副社長、どうやらこの先は落石で通行止めになっているようです。迂回路を探してみますが、ご自宅に戻る時間をはっきりと申し上げることが出来ません」
窓の外は暗い夜で雨は激しく降っていた。
「そうか。分かった」
そう答えた司が視線の先に見たのは道路際に輝くホテルのネオンサイン。
「後藤。雨が激しくなってきた。これ以上無理をして進むことはない。あそこに車を入れろ」

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コメント
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ふ*******マ様
司にとっては初体験の部屋!(≧▽≦)
ホテルのネオンといえば、もうねえ(笑)
そして副社長と一介のOLの出会いはどのような展開になるのか。
人の出会いは不思議なもので、このふたりも地球に住む数十億人の中から出会ったのですから、何かがあるのでしょう。
それにしても司はつくしの性格を見抜くのが早いですね(笑)
司にとっては初体験の部屋!(≧▽≦)
ホテルのネオンといえば、もうねえ(笑)
そして副社長と一介のOLの出会いはどのような展開になるのか。
人の出会いは不思議なもので、このふたりも地球に住む数十億人の中から出会ったのですから、何かがあるのでしょう。
それにしても司はつくしの性格を見抜くのが早いですね(笑)
アカシア
2020.05.31 22:25 | 編集

司*****E様
このホテルは、司が普段なら絶対に使わないようなホテル!(≧▽≦)
何しろネオンサインですからねぇ。
そして普通なら絶対に出会わない相手と出会う。
それは神様が仕組んだことなのでしょうか。
なんだかつくしのことが気になる男。
さて、どうするのでしょうねえ^^
このホテルは、司が普段なら絶対に使わないようなホテル!(≧▽≦)
何しろネオンサインですからねぇ。
そして普通なら絶対に出会わない相手と出会う。
それは神様が仕組んだことなのでしょうか。
なんだかつくしのことが気になる男。
さて、どうするのでしょうねえ^^
アカシア
2020.05.31 22:30 | 編集

ふ**ん様
生きてます!(≧▽≦)
ちなみに、こちらはおひとり様シリーズではありません。
それから、つくしがカーナビの声になったのは「風の手枕」です。
え?運転手の後藤のことが気になる?(≧◇≦)
気にしなくていいです。はい。わかろうとしなくていいです。
ネオンのホテルは、ふたりでお願いします‼
そしてこのふたりの運命は‼
ご安心下さい(^^ゞ こちらはシリアスではありませんから、なるようになるでしょう(笑)
生きてます!(≧▽≦)
ちなみに、こちらはおひとり様シリーズではありません。
それから、つくしがカーナビの声になったのは「風の手枕」です。
え?運転手の後藤のことが気になる?(≧◇≦)
気にしなくていいです。はい。わかろうとしなくていいです。
ネオンのホテルは、ふたりでお願いします‼
そしてこのふたりの運命は‼
ご安心下さい(^^ゞ こちらはシリアスではありませんから、なるようになるでしょう(笑)
アカシア
2020.05.31 22:38 | 編集
