「嘘でしょ?門限があるなんて聞いてないわよ…」
車掌が言った通り駅前には小さなホテルがあった。
つくしが想像していたのは、ビジネスホテルだったが、そこは名前でこそビジネスホテルとついているが、それはホテルと言うよりも旅館に近い建物だ。
そして入口の扉に掛けられているプレートに、最終チェックインは24時で門限24時と書いてあった。
だから午前1時を回っている今、ホテルの入口は施錠されていて、いくらチャイムを鳴らしても玄関に明かりがつくこともなければ誰も現れなかった。
「どうすればいいのよ….」
そう呟くと雨足が強くなった。ザアザアとした吹き降りになった。
真っ暗な夜の雨の中、見知らぬ街で行く当てがない女がひとり。今のこの気持を表現するとすれば路地に追いつめられ逃げ場を失ったネズミの気持だ。
それについさっきまでは、この街の新緑を楽しみにしていたが、今はそれどころではない。
それどころか、一週間の疲れが重く背中にのしかかってきた。
こんなとき、彼氏でもいれば電話で迎えに来てもらうことも出来るのかもしれない。だがつくしに彼氏はいない。それに彼氏がいたとしても、こんなに遠くまで迎えに来てくれる彼氏がいればの話だが、彼氏がいない女が何を言ったところでどうしようもない。
そうだ。そう言えば駅前にタクシーが1台止まっているのを見た。
黒塗りのタクシーは空車を示していた。だからそれに乗ればいい。それで都内まで帰ればいい。幾ら料金がかかるか想像すると怖いものがあるが、今のこの状況ではそんなことを言っている場合ではない。
財布に現金は少なかったがカードはある。いくら田舎のタクシーでも一枚くらいカードは使えるはずだ。
それに新緑はまた別の機会に見にくればいい。ただ、その気になればの話だが、今はとにかくタクシーに乗る必要があった。
つくしは振り返ってタクシーが止まっていた場所を見た。
すると、そこには先程のタクシーがいたが、最終電車が到着した今、これ以上待っても誰も駅から出て来ることはない。つまり、タクシーはすぐにでもその場を離れるだろう。
現にヘッドライトが点され車は今にも動き出しそうな気配がした。
だからつくしはタクシーを目指して駈け出した。そして運転手に乗りますという意思を表示するように手を振った。
するとタクシーの運転手は、つくしの意思を理解したのか。
車は動くことなく、エンジンがかけられたままその場に止まっていた。
だから、ああ良かった。これで家に帰ることが出来る。そんな思いで急いで近づくと、傘をたたみ後部座席のドアが開かれるのを待った。
だが、ドアは開かれなかった。
だから後部ドアの窓をノックした。すると窓がスルスルと降りたが、暗い後部座席にはスーツ姿の男性がいた。
つくしは一足遅かったのだと気付いた。
タクシーがヘッドライトを点していたのは、客を乗せて出発しようとしていたところだったのだ。
万事休すか。一瞬そう思ったが頭の中にひらめいたのは、同乗させてもらえないかということ。この男性がどこに向かうにしても、その男性が降りた後、そのタクシーで都内に戻ればいいということ。
それに男性がどこまで帰るにしても、タクシー料金をつくしが支払うと言えば同乗させてもらえるのではないかと思った。
それに後部座席に隣同士に座る相手が見知らぬ男性だとしても、タクシーには運転手という第三者がいる。
だから何かが起こることはないはずだ。それに真夜中に女がひとり。それにどう見てもつくしが困っていることは明らかであり、そんな女性を相手になにかしようと言うなら、この男性は問題のある人格の持ち主ということになるが、車内からつくしを見る男は変質者には思えなかった。だが変質者に見えない代わりに鋭い瞳がつくしを見ていた。
けれど今は瞳の鋭さなど関係ない。とにかく、この困った状況から脱出したいつくしは自分の願いと状況を説明した。
「あの。失礼ですがどちらへお帰りですか?大変厚かましいお願いをして申し訳ないのですが、もし東京方面にお帰りなら同乗させていただけませんか?実は私は電車を乗り過ごしてしまったのでこの車が必要なんです。いえ、東京方面じゃなくても構いません。この街にお住まいなら、ご自宅までの料金は私がお支払いします。もしあなたが都内まで戻られるのならそのお金もお支払いいたします」
そう言ったつくしに対し、車内の男性は何も言わず、ただ鋭い瞳でつくしを見ていた。
もしかすると、この男性は酔っていて頭の回転が鈍っているのか。だからつくしが言っていることが理解出来ないのか。だが酒の匂いはしなかった。その代わり煙草の匂いがした。
それとも、この男性は元から頭の回転が鈍いのか。だがそうは見えないが人は見かけでは分からない。だからもう一度別の言葉で頼んでみることにした。
「あの__」
「この車はタクシーじゃない」
「は?」
「お前は酔ってるのか?」
「え?」
「いい年をした女が前後不覚になるまで酒を飲んで乗り過ごしたか?….ったく…」
『この車はタクシーじゃない』
つくしは男性が言っている意味が分からなかった。
それに、丁寧に言葉を継ぐつくしに対し失礼な言い方をする男性の態度にカチンときた。
だから、酔ってるのはそっちじゃないの?そんな言葉が喉元までせり上がって来たが、目の前の車を逃す訳にはいかない。この車を逃せばここで始発の電車を待つことになる。それだけは避けたい。だから男性を怒らせたくないという思いから、その言葉を呑み込み丁寧に言った。
「あの。お急ぎのところでしたら申し訳ございません。私本当に困っているんです。駅前のホテルに泊まろうかと思ったんですが、門限があって24時で閉まっていたんです。それにここまで迎えに来てくれる知り合いもいなくて、このタクシーを逃すと路頭に迷うんです」
「分からない女だな。この車はタクシーじゃない」
つくしは丁寧に頼んだ。
だが男性はこれはタクシーじゃないと否定を繰り返したが、それはつくしを同乗させたくないという意味なのか。それとも誰か別の人が乗って来るのを待っているのか。
だとしても、最終電車が到着してから時間が経った。だから乗客はもう誰もいないはずだ。
それにここにはつくし以外誰もいない。それならやはりつくしを同乗させたくないという意味なのだろう。
そのとき、あることが頭の中に浮かんだ。
それは運転手に別のタクシーを呼んでもらえばいいということ。それにしても何故もっと早くそれを思い付かなかったのか。そうすればこの男性に同乗させて欲しいと頼むことはなかった。
だが、こんな真夜中に迎車を受けてくれるかどうかという問題がある。それでも頼んでみるのもいいはずだ。それにしても、運転手は客がいるのだから別の車を呼ぼうという気を回すことが出来ないのか。
「あのすみません運転手さん!こんな時間に申し訳ないのですが別の車を呼んでもらえませんか?」
つくしは開いた窓から見えなかったが、前方にいるであろう運転手に向かって声をかけた。
だが答えたのは運転手ではなく鋭い目をした男性。
「何度も言わせるな。この車はタクシーじゃない」
再びそう言われ腹が立った。
女性が困っているというのに、この男性は女性を助けようという気が起きないのか。
それに運転手が別のタクシーを呼ぶことを邪魔するというならこっちにも考えがある。
「あなたもおかしなことを言うわね。この車がタクシーじゃないってどこがタクシーじゃないのよ?」
「しつこい女だな。いいかよく見ろ。この車はタクシーじゃない。個人の車だ。俺の車だ」
そう言われ何を言っているのかとばかり車の屋根を見た。
すると、そこにあるはずの会社名の行灯は無かった。それに雨の降る真夜中とは言え、よく見ればこの車はタクシーにしては大きくて立派だ。それに名前は分からないが、恐らく輸入車。それも高級外車だ。
つまり少し前に見たタクシーは、とっくに誰かを乗せてその場からいなくなっているということ。
それに気づいた瞬間。つなぐ言葉を失い唇から力が抜けて何も言えなくなった。

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車掌が言った通り駅前には小さなホテルがあった。
つくしが想像していたのは、ビジネスホテルだったが、そこは名前でこそビジネスホテルとついているが、それはホテルと言うよりも旅館に近い建物だ。
そして入口の扉に掛けられているプレートに、最終チェックインは24時で門限24時と書いてあった。
だから午前1時を回っている今、ホテルの入口は施錠されていて、いくらチャイムを鳴らしても玄関に明かりがつくこともなければ誰も現れなかった。
「どうすればいいのよ….」
そう呟くと雨足が強くなった。ザアザアとした吹き降りになった。
真っ暗な夜の雨の中、見知らぬ街で行く当てがない女がひとり。今のこの気持を表現するとすれば路地に追いつめられ逃げ場を失ったネズミの気持だ。
それについさっきまでは、この街の新緑を楽しみにしていたが、今はそれどころではない。
それどころか、一週間の疲れが重く背中にのしかかってきた。
こんなとき、彼氏でもいれば電話で迎えに来てもらうことも出来るのかもしれない。だがつくしに彼氏はいない。それに彼氏がいたとしても、こんなに遠くまで迎えに来てくれる彼氏がいればの話だが、彼氏がいない女が何を言ったところでどうしようもない。
そうだ。そう言えば駅前にタクシーが1台止まっているのを見た。
黒塗りのタクシーは空車を示していた。だからそれに乗ればいい。それで都内まで帰ればいい。幾ら料金がかかるか想像すると怖いものがあるが、今のこの状況ではそんなことを言っている場合ではない。
財布に現金は少なかったがカードはある。いくら田舎のタクシーでも一枚くらいカードは使えるはずだ。
それに新緑はまた別の機会に見にくればいい。ただ、その気になればの話だが、今はとにかくタクシーに乗る必要があった。
つくしは振り返ってタクシーが止まっていた場所を見た。
すると、そこには先程のタクシーがいたが、最終電車が到着した今、これ以上待っても誰も駅から出て来ることはない。つまり、タクシーはすぐにでもその場を離れるだろう。
現にヘッドライトが点され車は今にも動き出しそうな気配がした。
だからつくしはタクシーを目指して駈け出した。そして運転手に乗りますという意思を表示するように手を振った。
するとタクシーの運転手は、つくしの意思を理解したのか。
車は動くことなく、エンジンがかけられたままその場に止まっていた。
だから、ああ良かった。これで家に帰ることが出来る。そんな思いで急いで近づくと、傘をたたみ後部座席のドアが開かれるのを待った。
だが、ドアは開かれなかった。
だから後部ドアの窓をノックした。すると窓がスルスルと降りたが、暗い後部座席にはスーツ姿の男性がいた。
つくしは一足遅かったのだと気付いた。
タクシーがヘッドライトを点していたのは、客を乗せて出発しようとしていたところだったのだ。
万事休すか。一瞬そう思ったが頭の中にひらめいたのは、同乗させてもらえないかということ。この男性がどこに向かうにしても、その男性が降りた後、そのタクシーで都内に戻ればいいということ。
それに男性がどこまで帰るにしても、タクシー料金をつくしが支払うと言えば同乗させてもらえるのではないかと思った。
それに後部座席に隣同士に座る相手が見知らぬ男性だとしても、タクシーには運転手という第三者がいる。
だから何かが起こることはないはずだ。それに真夜中に女がひとり。それにどう見てもつくしが困っていることは明らかであり、そんな女性を相手になにかしようと言うなら、この男性は問題のある人格の持ち主ということになるが、車内からつくしを見る男は変質者には思えなかった。だが変質者に見えない代わりに鋭い瞳がつくしを見ていた。
けれど今は瞳の鋭さなど関係ない。とにかく、この困った状況から脱出したいつくしは自分の願いと状況を説明した。
「あの。失礼ですがどちらへお帰りですか?大変厚かましいお願いをして申し訳ないのですが、もし東京方面にお帰りなら同乗させていただけませんか?実は私は電車を乗り過ごしてしまったのでこの車が必要なんです。いえ、東京方面じゃなくても構いません。この街にお住まいなら、ご自宅までの料金は私がお支払いします。もしあなたが都内まで戻られるのならそのお金もお支払いいたします」
そう言ったつくしに対し、車内の男性は何も言わず、ただ鋭い瞳でつくしを見ていた。
もしかすると、この男性は酔っていて頭の回転が鈍っているのか。だからつくしが言っていることが理解出来ないのか。だが酒の匂いはしなかった。その代わり煙草の匂いがした。
それとも、この男性は元から頭の回転が鈍いのか。だがそうは見えないが人は見かけでは分からない。だからもう一度別の言葉で頼んでみることにした。
「あの__」
「この車はタクシーじゃない」
「は?」
「お前は酔ってるのか?」
「え?」
「いい年をした女が前後不覚になるまで酒を飲んで乗り過ごしたか?….ったく…」
『この車はタクシーじゃない』
つくしは男性が言っている意味が分からなかった。
それに、丁寧に言葉を継ぐつくしに対し失礼な言い方をする男性の態度にカチンときた。
だから、酔ってるのはそっちじゃないの?そんな言葉が喉元までせり上がって来たが、目の前の車を逃す訳にはいかない。この車を逃せばここで始発の電車を待つことになる。それだけは避けたい。だから男性を怒らせたくないという思いから、その言葉を呑み込み丁寧に言った。
「あの。お急ぎのところでしたら申し訳ございません。私本当に困っているんです。駅前のホテルに泊まろうかと思ったんですが、門限があって24時で閉まっていたんです。それにここまで迎えに来てくれる知り合いもいなくて、このタクシーを逃すと路頭に迷うんです」
「分からない女だな。この車はタクシーじゃない」
つくしは丁寧に頼んだ。
だが男性はこれはタクシーじゃないと否定を繰り返したが、それはつくしを同乗させたくないという意味なのか。それとも誰か別の人が乗って来るのを待っているのか。
だとしても、最終電車が到着してから時間が経った。だから乗客はもう誰もいないはずだ。
それにここにはつくし以外誰もいない。それならやはりつくしを同乗させたくないという意味なのだろう。
そのとき、あることが頭の中に浮かんだ。
それは運転手に別のタクシーを呼んでもらえばいいということ。それにしても何故もっと早くそれを思い付かなかったのか。そうすればこの男性に同乗させて欲しいと頼むことはなかった。
だが、こんな真夜中に迎車を受けてくれるかどうかという問題がある。それでも頼んでみるのもいいはずだ。それにしても、運転手は客がいるのだから別の車を呼ぼうという気を回すことが出来ないのか。
「あのすみません運転手さん!こんな時間に申し訳ないのですが別の車を呼んでもらえませんか?」
つくしは開いた窓から見えなかったが、前方にいるであろう運転手に向かって声をかけた。
だが答えたのは運転手ではなく鋭い目をした男性。
「何度も言わせるな。この車はタクシーじゃない」
再びそう言われ腹が立った。
女性が困っているというのに、この男性は女性を助けようという気が起きないのか。
それに運転手が別のタクシーを呼ぶことを邪魔するというならこっちにも考えがある。
「あなたもおかしなことを言うわね。この車がタクシーじゃないってどこがタクシーじゃないのよ?」
「しつこい女だな。いいかよく見ろ。この車はタクシーじゃない。個人の車だ。俺の車だ」
そう言われ何を言っているのかとばかり車の屋根を見た。
すると、そこにあるはずの会社名の行灯は無かった。それに雨の降る真夜中とは言え、よく見ればこの車はタクシーにしては大きくて立派だ。それに名前は分からないが、恐らく輸入車。それも高級外車だ。
つまり少し前に見たタクシーは、とっくに誰かを乗せてその場からいなくなっているということ。
それに気づいた瞬間。つなぐ言葉を失い唇から力が抜けて何も言えなくなった。

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Comment:4
コメント
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ふ*******マ様
おはようございます^^
電車を乗り過ごしたつくし。常識知らずの酔っ払い女と思わたようです(笑)
そして彼女の取った行動は、すでにお話が進んでいますので御覧の通りです。
さて、このような状況で出会ったふたり。
これは運命の出会いなのでしょうか!
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
電車を乗り過ごしたつくし。常識知らずの酔っ払い女と思わたようです(笑)
そして彼女の取った行動は、すでにお話が進んでいますので御覧の通りです。
さて、このような状況で出会ったふたり。
これは運命の出会いなのでしょうか!
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.05.30 21:27 | 編集

司*****E様
こんにちは^^
まさかの門限ありのホテル(笑)
でもタクシーがいたはず!しかし、その車はタクシーではありませんでした。
つくしはパニック状態だったでしょうね。
何しろ真夜中、全く知らない街にいるんですからねえ。
そして男性は司でした。
こんな出会いをしたふたりですが、これが運命の出会いなのでしょうかねえ。
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
まさかの門限ありのホテル(笑)
でもタクシーがいたはず!しかし、その車はタクシーではありませんでした。
つくしはパニック状態だったでしょうね。
何しろ真夜中、全く知らない街にいるんですからねえ。
そして男性は司でした。
こんな出会いをしたふたりですが、これが運命の出会いなのでしょうかねえ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.05.30 21:41 | 編集
