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2020
05.15

青の絶景 <後編> ~続・烈日~

Category: 烈日(完)
「どうぞ。こちらがつくしさんの描いた絵です」

私は男性とひとしきり話をした後、風呂敷に包んだ絵をテーブルの上に置いた。
きっと男性は私と話すよりも早く彼女の描いた絵を見たかったはずだ。
だが男性は急かすことはしなかった。むしろ話し始めると、男性は私と彼女が過ごした時間に、ふたりが過ごした時を重ねて見ているのが感じられた。

男性が風呂敷の結び目をほどいて見たのは、15号サイズのキャンバスの半分を埋め尽くしている青い小さな花と、その上に広がる青い空の油彩画。
何の花だか私には分からなかったが、男性は男性は知っているのか。暫く静かにその絵を見つめていた。

この部屋の壁には誰もが知る有名な絵画が飾られている。
それはただの絵画ではなく美術作品であり億の価値があると言われる絵だが、そんな絵を自宅に飾る男性が見つめるのは素人が趣味で描いたに過ぎない絵。
だが男性の目は真剣で、男性にとっては壁に飾られている億の価値を持つ絵よりも、目の前に置かれている青い絵の方が大切なことは、瞬きすらしない姿からも一目瞭然だ。

そんな男性は、「そうか。彼女が描いたのは青い絵か」と呟くと言葉を継いだ。
「彼女は青色が好きだった。私たちがニューヨークと東京で恋人関係にあった頃、私は世界中で彼女に似合いそうな青い物を見かけると、つい買っていた。
それはニューヨークでもパリでもローマでもそうだ。5番街でサファイアのネックレスを買った。フォーブル・サントノーレで鮮やかなブルーのスカーフを買った。それと揃いのバッグも買った。コンドッティで濃い青の靴を買った。それに似合うコートも買った。
だが彼女は高価な物を受け取らない女だった。だから私としては値段を抑えたつもりで買った物を日本で暮らす彼女に送ったが、そのたびに無駄遣いをするなと怒られた」

男性の口から出た通りの名は、どこもその街で一番と言われる店が軒を連ねる場所で、殆どの女性はそういった店で買い物をしたがる。

「彼女はそんな女性だから、なかなか私に贈り物をさせてくれなかった。だが彼女は、ふたりで出掛けた旅先の土産物屋で売られていた陶器の青いカエルの置物を手にして喜んだ。値段は忘れたが1万もしなかったはずだ。それに彼女は誰に聞いたのか。青いカエルは幸せを運んで来る。そんな迷信を真面目に信じる女だったから、なおのこと喜んだ」

男性が愛した女性は、高価な青ではなく数千円で買える青いカエルを喜んだと言うが、それにしても、バラの話といい、カエルの話といい、彼女が男性とは全く別の世界に育ったことがよく分かる。
だが男性は、自分と同じ世界の女性よりも彼女を選んだ。
その恋を実らせようと努力をした。だがふたりの思いは叶えられることはなく別れを決めた。そして再会したふたりは、彼女の夫が離婚に同意をしなかったため、逢瀬を繰り返すしかなかったが、ここでまた男性の口から思いもよらないことを訊かさた。

「そういえば、あなたは旅に出た彼女から土産をもらったと言いましたね?」

彼女から旅行に行ったからと、お菓子を貰ったことがあった。

「はい。金沢のお土産でした。友人と一緒に行ったと言っていました」

すると男性は、おもしろそうに言った。

「実はその友人は私です。人妻である彼女は旅に出るために言い訳が必要だった。
その言い訳として用意したのは絵画教室の友人とのスケッチ旅行だ。つまり金沢への旅の同行者は絵画教室の友人であるあなたということになっている。だが本当の同行者は私だ」

私は彼女が砂浜で夫ではないと思われる男性と一緒にいる姿を見たとき、どんな言い訳を用意したのか。どんなアリバイ工作をしたのかと心配をしたが、まさか自分がそのアリバイの役割をしていたとは思いもしなかった。

「それから、この絵に描かれている花と空も、ふたりで見た景色だ。
この場所は一面がこの絵に描かれている通り青い小さな花に覆われていた。それに空も青かった。それからこの景色を見るために出掛けた旅も絵画教室の友人。つまりあなたと一緒に出掛けたことになっていた。だが私は彼女にいい訳などする必要ないと言った。
なにしろ彼女の夫には何人もの愛人がいた。そんな男にすれば彼女が旅に出れば愛人との時間が増える。自分の都合のいい時間が出来るだけの話だ。
だが彼女は私たちふたりのことであからさまな態度を示さなかった。それは私に迷惑がかかると思ったからだ。あの頃の私はまだ離婚が成立していなかったからだ。
それに彼女は自分の離婚に関しては、私の力は使わないで欲しいと言った。自分でちゃんと話をするから待ってと言って.....。
私たちが付き合っていた高校生の頃にも、そんなことを言われたことがあった。そしてその時の彼女は、彼女の言葉通り待っていた私の元へ戻ってきた。だが今思えば出来ることはしておくべきだったと思っている」

男性の言葉に感じられるのは、やるせない思い。
そして他人のままでいたくないと願ったふたりのうちひとりは、離婚することが出来たが、もうひとりは、その願いを叶えることなく逝った。
だが、その人はきっとここにいる。男性が葬儀会場で彼女に口づけをしたことで、彼女の魂は男性が連れ去って行ったのだから、ここにいて男性を見ているはずだ。









時の流れは冷たくて同じ時間を歩くことが出来なかったふたり。
だが、この男性なら時を越えて彼女を愛するだろう。
それは死を越えて結ばれるということだが、男性が彼女の魂を連れ去ったと同じで、進藤つくしは道明寺司の心を人の手が届かない場所へ持ち去った。
だからこれから先、道明寺司という男性が誰かに心を奪われることはないだろう。

男性はこの絵をどこに飾るのだろう。
そしてこの絵の風景はどこだったのか。
花の青が空を染めたのか。それとも青い空が花を染めたのか。視界一面が花と空の色の境目が消え溶け合ったように見える風景。だがそこがどこだとしても、彼女の好きな青に染められた場所だったことは間違いない。

そして青い空の色は、妻を一途に愛した愛の画家と呼ばれたシャガールが描いた空の色に似ている。その色はシャガールブルーと呼ばれる空の色だが、青が好きだったという彼女は意識したのだろうか。
それにそこに男女の姿を描けば、シャガールの絵にある愛を誓う飛翔する男女の姿になる。
もしかすると彼女は自分達の姿をここに描きたかったのではないか。
つまり、刻むことが出来なかったふたりの時の流れを絵の中で刻もうとしたのではないか。
だが、今となっては分からない。だがこの絵が男性の元へと運ばれてきたことを喜んでいることだけは確かなはずだ。
それに葬儀の日。彼女の写真は黒い枠に囲まれていた。
だが今、彼女はこの邸の中のどこかに飾られた白いフレームの中にいるはずだが、そこは彼女に相応しい場所。つまり最愛の人の傍だが、道明寺司という男性にとって死者との絆は永遠で、彼女を思う心はこれからも止まることは出来ないだろう。




「山崎さん。改めて礼を言わせてもらう。この絵を持って来ていただいたことに感謝します。この絵は私の宝物だ。大切にする」

男性は私に礼を言って絵を裏返した。
すると、そこに黒のサインペンで書かれている小さな文字に気付いた。

『青の絶景 道明寺つくし』

その文字を見ている男性の瞳が潤んだように見えた。





< 完 > * 青の絶景 *
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コメント
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dot 2020.05.15 05:51 | 編集
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dot 2020.05.15 06:25 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2020.05.15 06:27 | 編集
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dot 2020.05.15 07:22 | 編集
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dot 2020.05.15 07:40 | 編集
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dot 2020.05.15 07:58 | 編集
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dot 2020.05.15 08:36 | 編集
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dot 2020.05.15 15:51 | 編集
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dot 2020.05.15 16:04 | 編集
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dot 2020.05.15 18:43 | 編集
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dot 2020.05.17 19:12 | 編集
ま**ん様
つくしの思いは青い絵となって司の元へ届きましたが、来世では二人共白髪まで一緒であって欲しいですねぇ。
このご時世に朝から切ないお話でしたが、お読みいただきありがとうございましたm(__)m
アカシアdot 2020.05.18 20:59 | 編集
り*あ様
「道明寺つくし」という言葉に込められた彼女の気持を思うと切ないですが、彼女は絵に思いを込めたのでしょう。
そしてその絵は司の元へ。ふたりの気持は永遠に一緒ですね^^
こちらこそ、いつもお読みいただきありがとうございます。
アカシアdot 2020.05.18 21:17 | 編集
き*粉様
こちらこそ、いつもお読みいただきありがとうございますm(__)m
このような終わり方になりましたが楽しんでいただけて良かったです^^
アカシアdot 2020.05.18 21:20 | 編集
ま*こ様
残された男の元に届けられた一枚の絵。
その絵の裏に残された「道明寺つくし」の文字。
つくしはどんな思いで書き残したのか。
法的には結ばれることはありませんでしたが、心は結ばれている。
そんな思いで絵の裏に名前を書いたのでしょう。
そしてそれを見た男の瞳が潤んだのは、彼女の思いが伝わったからでしょう。
切ないお話となりましたが、お楽しみいただけて良かったです。
アカシアdot 2020.05.18 21:27 | 編集
キ*リ様
わー。ありがとうございます。
涙しながら読んでいただけてとても嬉しいです。
このご時世ですので楽しいお話の方が良かったかもしれませんが、このようなお話でも楽しんで頂けて嬉しいです。
アカシアdot 2020.05.18 21:33 | 編集
司*****E様
一度離れてしまったふたりの恋は密やかで熾火のような恋だったように思えます。
そんなふたりは現生では結ばれることはありませんでしたが、来世ではまた巡り合うことを願わずにはいられません。
そして次に生まれてくるときは、どんな星の元に生まれてくるのでしょうねえ。
理香から見た大人のふたりの恋はどのように見えたのでしょうねえ。

新しい生活様式。それを心掛けなければ感染者が増えますので、ひとりひとりの心掛けですね。制約もあるかもしれませんが頑張りましょう。
アカシアdot 2020.05.18 22:01 | 編集
ふ*******マ様
朝から涙でごめんなさい(´Д⊂ヽ
つくしの絵は司の寝室に飾られる。そうですね。アカシアもそう思います。
そして力業でつくしの遺骨が司の元へ!(笑)
「時の轍」でつくしの遺骨を欲しがる司が出て来ましたが、今回はあの時以上に彼女のお骨を望んで強奪したかもしれません(≧▽≦)
アカシアdot 2020.05.18 22:06 | 編集
ふ**ん様
また泣いた....(´Д⊂ヽ
このご時世ですので心が休まるお話が書ければよかったのですが、それはまた次回ということでお願いします。

「花と空の境がない風景」
アカシアの中で、これはネモフィラの花畑と青い空の風景ですが、絵は描いた人のぬくもりが伝わる。そう思っています。
そして、つくしと司が見たその風景は永遠に司の元へ。
はい。おっしゃる通り、この絵は司にとって唯一のつくしの形見でしょう。
他人が人の心を推し量ることは難しいのですが、今の司の心の中には、あの日のつくしの姿だけがあるように思えます。

ふ**ん様のお知り合いの方のお話。心を打たれました。
奥様はご主人様の絵を瞼の裏に焼き付けて旅立たれたことでしょう。
誰もがいつかは旅立ちの日を迎えます。つくしの旅立ちの日に司がとった行動は彼の愛の強さを感じさせましたが、続編はあの日から時が過ぎこのようになりました。
こちらも切なさの感じられるお話ですが楽しんでいただけて良かったです^^
アカシアdot 2020.05.18 22:23 | 編集
つ***ぼ様
道明寺つくしと書かれた文字。
司は彼女が残した道明寺つくしという文字に、叶えたくても叶えられなかったことに対して悔しさを感じながらも、彼女の思いを感じ目頭が潤んだことでしょう。
そして、どんなに強い力を持つ男も最愛の人の死に思うことはひとつだけ。
それは哀しみ以外の何ものでもありませんからねえ。
来世では幸せになれることを祈りましょう。
アカシアdot 2020.05.18 22:29 | 編集
み***ん様
>泣かせる話が上手い。
いや、そのつもりはないんですがねぇ。
気持は道明寺つくしとして逝った彼女。
これから司の傍で彼を見守ってくれるはずです。
おおっ!そうなんですね。今年は色々と大変な年となりましたが、その色々を乗り越えるために頑張りましょう!
そのためには健康が第一だと思います。み***ん様もご自愛下さいませm(__)m
アカシアdot 2020.05.18 22:41 | 編集
洗***ぎ様
最後の二行で涙腺崩壊ですか?
わーごめんなさい(´Д⊂ヽ
そして、これまでも泣いていただきありがとうございます。
はい。晩年の二人を書くのが好きです。
ふたりの人生に色々あったとしても最後は一緒に。
それは心だけでも、という思いからこのようなラストになりました。
そして怖いものがないと言われる男の傍には彼女がいて欲しい。
どんなに強い男も、最愛の女の支えがあるから強くいられる。
晩年の二人を、そういった思いで書いています。
のんびりゆっくり更新OKですか。ありがとうございます!
アカシアdot 2020.05.18 22:48 | 編集
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