fc2ブログ
2020
05.13

青の絶景 <前編> ~続・烈日~

Category: 烈日(完)
私は絵画教室の責任者の女性から、「進藤つくしさんの描いた絵が教室に残されているの。どうしたらいいかしら」と相談を受けた。
進藤つくしは亡くなった。だから本来ならその絵は遺族の元へ届けられることになるが、彼女の夫だった男性は絵を受け取ることを拒否するだろう。いや、もし仮に受け取ったとしても、その絵が大切に保管されることはなく、ゴミとして処分されることは間違いなかった。
だが、そうなるには理由がある。それは彼女の葬儀で起きた出来事があまりにも衝撃的だったからだ。

あの日、明らかになったのは、医師である男の亡くなった妻には、深い仲になった男性がいたということ。
だが夫にも何人もの愛人がいて、そのことは周囲も知っていた。
そんな夫は、妻から好きな人が出来たからと離婚を求められていて、相手がいることは分かっていた。けれど、己のプライドの高さと身勝手さから離婚に同意しなかった。
彼女はそんな夫との関係を単なる同居人だと言ったが、夫にとっては都合のいい存在に過ぎなかった。

そして妻の葬儀に現れた男性は道明寺ホールディングスの経営者、道明寺司。
私が焼香を済ませ席に戻ろうとしているところに現れた男性は、周囲に視線を向けることなく、真っ直ぐ焼香台まで歩いて行った。
だから焼香をするのかと思ったが、そうではなくただ遺影を見つめていた。
それからおもむろに祭壇の前まで歩いて行くと、柩の蓋に手を伸ばし躊躇うことなく開けると白薔薇に囲まれた女性に口づけをした。

あの場所にいた人間は目の前で何が起きているのか理解することが出来なかった。
だから誰も男性を止めることはせず、ただ呆然とその様子を見つめていた。
それにしても、葬儀会場に現れた男性が柩に横たわっている女性に口づけをする。
それも他人の妻に口づけをする光景は、まさに前代未聞の出来事であり、その男性があの道明寺司だと誰もが認識をしたとき葬儀の場は騒然となった。

道明寺ホールディングスの経営者である道明寺司と進藤つくしは恋愛関係にあった。
それは、それまで私だけが知っていた関係だが、男性の取った行動によって参列者はふたりの関係を知ることになった。だから、ふたりのことが面白おかしく週刊誌に書かれても不思議ではないが書かれることは全くなかった。

その理由を推し量ることは簡単だ。それは男性の力が働いたに他ならないのだが、知識がある人間なら道明寺司を敵に回すことはしないはずだ。
それにもし彼女の尊厳を傷つけるような記事が出れば、その雑誌は廃刊に追い込まれることになる。そして喋った人間はその事に対する代償を払うことになるだろう。
だから誰もがあの事を胸の奥に仕舞っておくことを選び沈黙を守った。

そして大学病院の医師で教授だった夫は大学を去った。
理由はかつて教授と関係した看護師が、今までは遠慮していたが、妻が亡くなったことで教授との間に出来た子供の認知を求め裁判を起こし、それがスキャンダルに発展した。
そして他にも同じような問題が持ち上がり、これまでは高名な外科医という立場から、私生活については黙認していた大学も、いくら医師として優秀だとしても、スキャンダルをいくつも抱えた人間は本学に相応しくないという理由からクビにしたと言った方が正しい。
そしてそうなったのは推測の域を出ないが、男性の力が働いたことは間違いないだろう。


私は彼女が描いた絵を道明寺司に渡すことを決めた。
それはこれまで見たことがない絵だったが、描かれたのは教室ではなく、恐らく自宅の彼女の部屋。
そして描かれた絵は教室に持ち込まれ保管されていたが、その絵は、ふたりが見たであろう風景に思えた。

都会から遠く離れたあの砂浜にいたふたりは、他の人の目を気にしてはいなかった。
そんな中で夏の空と、きらめく海を前に後ろから女性を抱く男性の姿は、非常に印象的な光景だった。そしてあの光景が、ふたりにとって束の間の触れ合いだったとしても、私の目には永遠の時間を約束したように思えたが、それと同じ時間が他にもあったはずだ。
そんな時間を思い出すことが出来るこの絵は男性の元にあるべきだ。
それに男性も、きっとこの絵を手元に置きたいと望むはずだ。




にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2020.05.13 06:32 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.05.13 07:26 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2020.05.13 08:59 | 編集
き*粉様
こちらこそ、いつもお読みいただきありがとうございます。
こちらは悲しい物語の続きですが、いかがでしょうか?
楽しんでいただければ幸いです。
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2020.05.14 22:16 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
衝撃の葬儀!まさかの司の行動に騒然です。
そしてその後を続編として書きましたが、理香の目に映る道明寺司はどのような男性なのでしょうね。
短いお話ですが楽しんでいただければと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.14 22:25 | 編集
の*こ様
続きのお話を熱望いただきありがとうございます。
短いお話ですので、ドキドキを保てるお話になっているか分かりませんが、楽しんでいただければ幸いです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.14 22:30 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top