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2020
05.10

烈日 最終話

Category: 烈日(完)
広い葬儀会場の正面に設えられた立派な祭壇。
そこは百合や胡蝶蘭。白薔薇が柩の周りを埋め尽くしている。
参列者の数は多いが、恐らくその殆どが高名な医師と呼ばれる夫の関係者だ。
それは、どの世界で生きる人間も必ず属するその世界独特のヒエラルキーがそこに見えたからだ。

夫の前で頭を下げる大勢の人間は、亡くなった妻ではなく夫の権力に頭を下げているのであって、進藤つくしが亡くなったことを悲しんではいない。
儀礼的なその態度に故人の死を悲しんでいる様子は感じられず、人の死には慣れているといった態度でスマートフォンをいじっている人物もいれば、やたらと丁寧な態度で頭を下げている姿は、私の周りにいる営業の人間と似ていた。

地位と名誉と権力がある夫の立場から、立派と呼ばれる葬儀が行われようとしている。
だが、正面中央に飾られた進藤つくしの遺影は、どんな場所でいつ撮られたものなのか。まるで証明写真のようで表情が全くない。
私の知る彼女は、にこやかにほほ笑みを浮かべた明るい表情を持つ女性で、こんな風に堅苦しい表情の彼女は見たことがない。だから私には見慣れない彼女のその表情が、悲しそうに微笑んでいるように思えた。

だがそう見えたのは私が彼女と夫。そして道明寺司との関係を知っているからなのかもしれないが、とにかく進藤つくしは、自分が大勢の見知らぬ人間に見送られることを望んではいないはずだ。
もし自分に何かあったとき見送って欲しいのは、口を利いたこともない大勢の見知らぬ他人ではなく、たったひとりでもいい。自分のことをよく知っている人に送って欲しいはずだ。
そして出来ることなら最愛の人である男性に送られたいはずだ。



やがて司会の男性から式を始めるとアナウンスがあり僧侶の読経が始まった。
線香の煙と、お経の合唱は、死んだ人間に捧げられるものだが、泣いている人間をまだ見てない私は、どうしても彼女が亡くなった実感がわかなかった。
けれど家族の焼香が始まると、すすり泣く声が聴こえた。
誰が泣いているのか。確かめることは出来ないが、儀礼的に集まった人間が多いとはいえ、その中の誰かが心から彼女の死を悲しんでいることを知り、この葬儀が名目だけのものではないことに安堵の気持があった。



「それではご会葬の皆様。ご焼香下さい」

葬儀会社の人間は、立ち込め始めた線香の匂いと共に、そう言って席に座っている私たちを焼香台へ案内を始めた。
そして私は、「どうぞ、次の方こちらへ」と言われると席を立ち、前の人が焼香を終えるのを待って三つある焼香台のうち、中央の台の前へ進み、遺族に向かって深々と頭を下げた。
そして、目を閉じ手を合わせると心の中で彼女の遺影に語りかけた。


つくしさん。
突然のことで驚きました。
いえ。あなたは私よりもっと驚いたはずです。
まさか自分がという思いがあるでしょう。
だからまだここにいますよね?
静かにここにいて彼が来るのを待っていますよね?
それから私はあなたが私に話してくれた「救われる」の意味が分かりました。
それは生涯でただ一人。心の底から本当に愛した人との関係は、誰にも汚されたくない大切な思い出。それを知って欲しかったんですね……..。

私は、そう言うと閉じていた目を開き、彼女の遺影に目をやり一礼した。
それから再び遺族席に向かって頭を下げ、席に戻ろうとしていた時、会場の入り口からひとりの男性がまっすぐこちらへ歩いてくるのが見えた。

その男性は背が高く鋭い目を持った端正な顔立ちで、その上にある豊かな髪には、ところどころ白いものが混ざってはいるが、年老いた感じは全くなく、逆に精悍さを感じさせた。
そしてその男性はただの男性ではない。男性から感じられるのは冷たい空気だが、そこにあるのは誰も逆らえない強いオーラだ。

私ははっとした。
あの人だ。砂浜で見た男性だ。やはり彼女に会いにきた。どこにいたとしても今日を最後に会えなくなる最愛の人に会うために男性はここに来た。
だから私は心の中で、良かったですね、つくしさん。と呟いた。



男性は、私の横を通り過ぎ焼香台の前で立ち止まると、じっと遺影を見ていたが、私の次に焼香の順番を待っていた人間は、いきなり自分の前に現れた男性に、ただ驚いた様子で男性の背中を見ていた。

そして両隣の焼香台の前にいる人間も、遺影を見つめるだけで遺族に頭を下げることもなければ、焼香を始めることもない。それに手を合わせることもしない男性を不思議に思い焼香の手を止めて見ているが、それは何故か突然止まった時の流れであり、この場の空気が一変したと言ってもいいほど唐突に訪れた深い静寂。
そして、まるでここにいてはいけないと言われたように、この場にいる誰もが息を潜めてその男性を見ていた。

そして司会の男性も何も言わず、ただそこに現れた男性を見ているが、会場にいる葬儀会社の他の人間も男性の圧倒的なオーラに気圧されたのか。動くことなく男性を見つめていた。

遺族席にいる夫は、突然現れた男性を訝しげに見ているが、暫くするとその男性が誰なのか分かったのか。驚いた表情を浮かべた。
だがその表情は、すぐに何故この男性がここに?という疑問に取って変わった。
そして他にも男性が誰であるか気付いたのか、静かなざわめきが広がっていったが、それでも男性は何もせずにただそこにいて、その態度は、ここにいる大勢の人間などどうでもいい。
遺影の女性以外はどうでもいいと無視していた。

私はその時、この男性の心の中に激しく吹きすさぶ風を感じた。
いや、それは風ではなく嵐だ。悲しみと怒りと悔しさが入り交じった嵐だ。
ふたりの間に流れた時を悲しんでいる激しい嵐だ。
そしてそんな感情を抱えた男性が取った行動に、そこにいた誰もが息を呑んだ。


男性は焼香台の前から花に囲まれた柩の前に進んだ。
そして柩に手を伸ばすと蓋を開けた。
その時、誰かが「あっ!」と声を上げた。いや、それは声にならない声だったかもしれない。
もしかすると私の心の中の声なのかもしれないが、私はすぐ傍で男性の大きな黒い背中が前のめりになる様子を見ていた。

男性は暫くその姿勢で動くことはなかった。
一体どれくらいの時が流れたのか。やがて上体を起こした男性は柩の蓋を閉めると振り向いたが、口を開くことはなかった。誰かの方を見ることもなかった。
ただ、もう一度遺影に視線を向けると静かに目を閉じた。
そして何かを呟き、閉じた目を開けると、そのまま会場から去って行ったが、すれ違う瞬間、男性の唇が桜色に染まっているのを見た。


会場がざわつき始めたのは、男性の姿が見えなくなってから数分後。
つまりそれほど誰もが男性の取った行動に心を奪われ呆然としていたということになるが、男性の行動は自分の思いを全うするために取られたと言ってもいいはずだ。

男性は冷たい表情からその本心を窺い知ることが出来ない。
だが先ほどの行動から、あの日砂浜で見た激しく照り付ける夏の太陽のように情熱的な男性だと分かる。
そんな男性は日本を代表する企業の経営者だが、愛した人のために、その人を苦しめた男に報復することを決めたようだ。

それは相手が持つものを全て奪うということだが、きっと見事に全てを奪ってしまうはずだ。
そしてまず手始めに奪ったのは夫のプライド。
大勢の人間の前で自分の妻の亡骸に口づけをする男がいたことは、夫のプライドを甚く傷付けたはずだ。
何しろ夫にとっての妻の存在というのは、結婚を望む愛人たちを遠ざけるための都合のいい女といったものであり、その程度にしか考えなかった妻から好きな人が出来たから別れて欲しいと言われた時、まさか相手が道明寺司だとは思いもしなかったはずだ。
だが医師の女好きを知る人間は、それを妻の裏切りとは思わないだろう。むしろ、道明寺司を敵に回してしまった夫だった男の今後を心配するだろう。









道明寺司という男性が生涯をかけて愛した、ただひとりの女性。
その人の魂はもうここにはない。
きっと、男性の口づけが彼女の魂をここから連れ去って行ったはずだ。
そして、彼女の亡骸も何らかの方法で男性の元へと運ばれて行くはずだ。
それに、もし彼女の魂がこのことによって天国ではなく地獄に堕ちるとしても、男性もその日が来ればそこに行くことを躊躇わないだろう。
私は彼女の遺影を見た。
すると、表情が全くなかったはずの顏が少し微笑んでいるように見えた。




< 完 > *烈日*
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コメント
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dot 2020.05.10 11:05 | 編集
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dot 2020.05.10 15:11 | 編集
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dot 2020.05.10 20:34 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2020.05.11 12:31 | 編集
S**p様
遣る瀬無さの漂うお話ですが、死してなお強く愛される女が羨ましくもあります。
このご時世に、このようなお話になりましたm(__)m
あれ?本当は明るい話を書こうと思ったんですが、おかしいな…..。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.12 22:03 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
遣る瀬無さの漂うお話となりました。
それにしても葬儀に参列していた人たちは驚いたでしょうねえ。
そして、つくしは司が来てくれた。迎えに来てくれたことを喜んでいるはずです。
こちらの短編。このご時世なのに….と思いながらでしたが時々このような話も書きたくなるアカシアでした。
自粛が解除されても新しい生活様式をとのことですが、これから暑くなりますから、マスクはキツイですねえ。でも感染拡大を防がなければ!頑張りましょう!(^^ゞ
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.12 22:09 | 編集
ふ**ん様
わー。泣かせてしまってゴメンなさい(´Д⊂ヽ
あまりにも遣る瀬無い展開になりました。
結婚式に乗り込んで来る男はいても、葬儀に乗り込んで来て柩の蓋を開けてキスする男はいない。
しかし司はソレをする男!愛は深いですねえ。
ええっ?( ゚Д゚)恒例のタイトル講座!(≧▽≦)  またかい(笑)とか言いません!
でも訊かれたらどうしようと思っていたのも確かです。
『烈日』は激しく照りつける夏の太陽という意味ですが、司という男はまさに夏の太陽のごとく熱い男。それはつくしという女性に対してだけですが、その男がその思いを発揮したのが最後につくしと会える葬儀。司は自分の思いを彼女の魂に伝えることも勿論、参列者にも自分の激しい気持を示したかった。特に夫に対しては強かったようです。
そしてその行動はまさに強烈なインパクトがあったと思いますが、それを表現?したかった話でしょうか(笑)う~ん。タイトルの説明は難しいですねえ(#^.^#)こんな感じでお願いします!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.12 22:19 | 編集
ふ*******マ様
つくしの魂を抱上げた男は、本当は身体ごと抱き上げたかったはずです。
今生では無理でしたが、来世では必ず一緒になれることでしょう。
人生は何があるか分からない。本当にそう思います。
仰る通り今日一日を大切にと思うのですが、振り返れば後悔の積み重ねが.....。
ふ*******マ様も突然のことがあったとのこと。お悔やみ申し上げます。
そしてあちらのお話!あちらの司は嫌なヤツ(笑)本当にそうですよねえ。
そして悪女キャラの小夜子さん。何かありそうですか?
そろそろあちらも再開しなければ終わるものも終われませんよねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.12 22:28 | 編集
の*こ様
切ないお話になりましたが、その後の司が気になる!
その後を読みたいと思って下さる方がいらっしゃった!
続編ですがその後のお話がありますので、よろしければお読み下さいませ。m(__)m
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.12 22:32 | 編集
H*様
今晩は。こちらのお話は遣る瀬無さ満載かもしれません。
無理しないで下さいね(;^ω^)
アカシアdot 2020.05.12 22:36 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.05.13 00:20 | 編集
ふ**ん様
アカシア蟻地獄!(≧▽≦)
分っております。いつも暖かいお心遣いに感謝しております。
そして、いつもアカシアのお話にお付き合いをいただきありがとうございますm(__)m
時々こんな話を書いて、そしてまた書いて....(笑)といった状況です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.14 22:09 | 編集
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