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2020
05.06

烈日 2

Category: 烈日(完)
彼女は私のことを「理香ちゃん」と下の名前で呼ぶようになり、私も彼女のことを「つくしさん」と下の名前で呼ぶようになった。
彼女には夫がいたが子供はいなかった。ふたり暮らしだという彼女の夫は大学教授で研究職という仕事柄、世間とは少し離れた世界で生きていると言った。
そして私は、今年で結婚して14年になると言った彼女が男性と一緒にふざけ合っている姿を見かけた。

そこは都内から遠く離れた砂浜。ふたりの間に漂うのは友人ではない親密さ。だが疚しさや暗さといったものが感じられなかった。照り付ける夏の太陽の下で海から吹く強い南風を身体全体で受け止め楽しんでいるように見えた。
やがて波打ち際を走っていた彼女は背の高い男性の前で立ち止まると屈託のない笑顔を浮べた。そのとき強い風が彼女の髪の毛を乱すと彼女の唇に張り付いた。すると男性は手を伸ばし唇に付いた髪を取り去り、ゆっくりと彼女の唇に唇を重ねた。
だから私は、てっきりその人が夫だと思った。だが、でもっと思った。
それは、彼女は夫とは10歳の年の差があると言っていたことを思い出したからだ。
つまりその男性は彼女より10歳上には見えなかったということ。
恐らく男性の年齢は彼女と同じか、少し年上といった感じだ。

声はかけなかった。それはかけることが躊躇われるほど、ふたりの姿に幸福さを見たから。
だから声をかければその幸福さの邪魔をするように思え、名前を呼ぶことが躊躇われた。
それに、明るい太陽の下で背の高い男性が女性の後ろに立ち、女性を柔らかく抱きしめ顏を寄せる姿は、包み隠すことなく男女の愛を描いたクリムトの「接吻」のようなエロスがあった。

いずれにしても、彼女と一緒にいた男性が夫ではないと知ったのは、数日後にその男性を雑誌で見たからだ。
私が見た男性は、道明寺ホールディングスの代表取締役社長兼CEOである道明寺司。
名前は訊いたことがあるが、どんな人物なのかは知らなかった。ただ言えるのは、日本を代表する企業の経営者だということ。
そのとき私の後ろを通りかかった年上の同僚は、雑誌に目を落とすと言った。

「この人。少し前に離婚したのよね?確か息子さんがふたりいるって話よ?それにしてもお父さんがこれだけかっこいいなら息子さんもかっこいいはずよ?見てみたいわね?
でも結婚は親が決めた政略結婚だったらしいわ。それでも長い間夫婦でいて子供もいれば情も湧くでしょうけど違ったみたいね?なんでも道明寺司は好きな女性が出来たから妻に別れてくれって言ったそうよ。もしそれが本当なら、このクラスの男性の離婚となると慰謝料は相当なものでしょうけど、好きな女性と一緒にいるためならお金は関係ないのかもしれないわね?
それに昔、週刊誌に『道明寺財閥の御曹司、世紀の恋』なんて記事が載ったことがあったらしいわよ?つまりシェイクスピア風に言えば『愛に生きるべきか。それとも財閥の跡取りとして生きるべきか』ってことかしら?この写真の道明寺司はクールに見えるけど、身体の中は熱い血が流れているのかもしれないわね?」

私は胸がドキドキし始めるのを覚えた。
それは、私が見た既婚の女性と未婚の男性が唇を重ねた姿は、未婚の若い女性が金銭と引き替えに随分と年上の既婚の男性と付き合うといったものとは全く別の男女の姿だからだ。

彼女は男性と会うために夫にどんな言い訳を用意したのか。
どんなアリバイ工作をしたのか。
彼女がキスを受け入れた様子を見れば、ふたりの関係は一方通行ではない気がした。
そして、道明寺司が妻と別れたということは、夫のいる女性との逢瀬をただの浮気にするつもりはないという意思があるということだが、果たして彼女は___?

そんな私の思いが伝わったのか。
数日後の絵画教室の帰り、「理香ちゃん。もしよかったらお茶でもしない?」と誘われた私は近くの喫茶店で彼女とお茶を飲むことにした。




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コメント
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dot 2020.05.06 09:15 | 編集
司*****E様
ええっと、短編なので、あまり考えずに読んでいただければと思います(;^ω^)
大人になったふたりには、こんな話もあるのね。といった感じでお願いします。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.06 22:57 | 編集
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