つくしは昨日聞かされた内示に悦びを隠し切れなかった。
それは人事異動通達。
今まで花沢類に色々と世話になっていたがやっと自分らしい仕事が出来ると思った。
この仕事は今の状況からつくしを救い出してくれると思った。
両親は他界し、唯一の身内である弟は遠く離れた土地で彼の新しい家族と暮らしている。
彼らに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
私、頑張る!やるわ! この仕事を一生懸命にやってみせる!
昇進したからお給料も上がる。
類のところで甘やかされていたけどこれからはもう大丈夫。
つくしはふっとため息を漏らしていた。
類といると・・昔のことを思い出さないわけにはいかなかったから。
首にかけた細いチェーンの位置を直し、鍵を掛けるとバスに乗り遅れまいと駆け出していた。
つくしはこの異動を期に花沢邸を出て一人暮らしを始めた矢先だった。
つくしはニューヨークにいるはずの男と会うはめになるとは思わなかった。
まさか!
あの道明寺司がここにいるはずがない。つくしは目を疑った。
自分が勤務する会社に現れた男につくしは逃げも隠れもできない。
大勢の人間を引き連れて広いロビーをどんどんとこちらへ歩いてくる。
一生忘れないだろうと思っていた人がそばに来るのを待った。
どう対処すればいい?
ふたりの距離が縮まってきても、どちらも声を掛けることはなかった。
そして男は黙ってつくしの傍を通り過ぎていった。
まるで初対面の人間のように反応が見られなかった。
17歳の別れから・・・・
涙に濡れたあの日の別れ・・・
一生が過ぎたと思えるほどの時間がたっていた。
だが決して彼の顔を忘れることはなかった。
くせのある髪の毛と端正な顔立ち。
攻撃的な鋭い瞳。
多分30年たってもその印象は変わらないはずだ。
背は高く、体型に合わせたオーダーメイドがその体躯を包んでいる。
そして冷たく感じられるその唇。
・・・・わたしは・・その唇を知っている・・・
だが思い出は・・・遠すぎた・・
そして、私達は沈黙が支配したホテルの部屋で向かい合っていた。
「よう、牧野」
低い声で呼ばれたとき、彼が呼ぶその懐かしい呼び名に心が震えていた。
かつて私が知っていた男は・・・あの別れの前に私と一緒に笑っていた男は・・
そこにはいなかった。
そして私がくちづけをした唇は無慈悲に歪んでいた。
以前は私にだけ見せてくれたそのほほ笑みも、優しい眼差しも今は暗く沈んで見える。
それは見知らぬ他人のようだ。
「道明寺・・思いがけない人と会って驚いた・・」
つくしはそれしか言えなかった。
彼の手に渡った書類によって私の運命の歯車が狂い始めた。
それは、雨の日の別れから・・・10年がたっていた。
あの時からつくしがどれだけ変わったのか。
それは本人にしかわからない。
だが高校生だったころとヘアスタイルも変わり着る物も変わった。
細身だった身体にも変化が見られた。
決して絶世の美女ではないにしても、高校時代とは異なるいきいきした印象があった。
それは彼にも言えること。
だが、外見からひとつだけわかることがあった。
その顔にうかがえるのは残酷で無慈悲な表情。
「おまえを見つけに来た」
いつかそんなことがあるかもしれないと思ってはいたが、まさか類の邸を後にしてすぐに道明寺に会ったのは偶然じゃないと思った。そして、あっさりと言われたその言葉につくしはぞくっとしていた。
「ど、どういう理由か聞いてもいい?」
「 理 由 ?」
「おまえが欲しかったからだ」
簡潔な説明。
「言っただろ?おまえの会社は潰れかかってる」
司は平然と言った。
「俺は長い間おまえを探した。おまえが俺を捨てた理由が聞きたいと思って探したが
俺はニューヨークに行き、自分では探せなかった」
「けど、偶然ってのは恐ろしいもんだよな?俺が融資して潰れかかった会社におまえがいたなんてよ」
低く静に話す声は抑揚がなかった。
「おまえの会社は金の返済の代わりにおまえを提供してくれたってわけだ」
「おまえのお人よしの性格からすれば、会社を潰して従業員が路頭に迷うなんてこと、したくはないだろ?」
その声は静だった。
「そ、そんな・・無関係な話し・・」
「ま、おまえにとっては災難かもしれねえが、会社にとってはラッキーだったってことだ」
「よかったな牧野。人助けが出来て。おまえは何万人と言う人間の生活を救ったんだ」
司は面白がっているかのように言った。
いま目の前で話す男が昔、自分が愛した男と同一人物だとはとても思えなかった。
「信じられない・・」
だが、どうして会社が自分を異動させたのかがわかったと思った。
会社は倒産をまぬがれるために節操もなく道明寺の提案に飛び付いたということを信じないわけにはいかなかった。
つくしは自分の身におきたことが理解できなかった。
ただ無意識に呟くことしかできなかった。
そして震えがとまらなかった。
その視線の先には長いあいだ、忘れることが出来なかった男がいた。

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今まで花沢類に色々と世話になっていたがやっと自分らしい仕事が出来ると思った。
この仕事は今の状況からつくしを救い出してくれると思った。
両親は他界し、唯一の身内である弟は遠く離れた土地で彼の新しい家族と暮らしている。
彼らに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
私、頑張る!やるわ! この仕事を一生懸命にやってみせる!
昇進したからお給料も上がる。
類のところで甘やかされていたけどこれからはもう大丈夫。
つくしはふっとため息を漏らしていた。
類といると・・昔のことを思い出さないわけにはいかなかったから。
首にかけた細いチェーンの位置を直し、鍵を掛けるとバスに乗り遅れまいと駆け出していた。
つくしはこの異動を期に花沢邸を出て一人暮らしを始めた矢先だった。
つくしはニューヨークにいるはずの男と会うはめになるとは思わなかった。
まさか!
あの道明寺司がここにいるはずがない。つくしは目を疑った。
自分が勤務する会社に現れた男につくしは逃げも隠れもできない。
大勢の人間を引き連れて広いロビーをどんどんとこちらへ歩いてくる。
一生忘れないだろうと思っていた人がそばに来るのを待った。
どう対処すればいい?
ふたりの距離が縮まってきても、どちらも声を掛けることはなかった。
そして男は黙ってつくしの傍を通り過ぎていった。
まるで初対面の人間のように反応が見られなかった。
17歳の別れから・・・・
涙に濡れたあの日の別れ・・・
一生が過ぎたと思えるほどの時間がたっていた。
だが決して彼の顔を忘れることはなかった。
くせのある髪の毛と端正な顔立ち。
攻撃的な鋭い瞳。
多分30年たってもその印象は変わらないはずだ。
背は高く、体型に合わせたオーダーメイドがその体躯を包んでいる。
そして冷たく感じられるその唇。
・・・・わたしは・・その唇を知っている・・・
だが思い出は・・・遠すぎた・・
そして、私達は沈黙が支配したホテルの部屋で向かい合っていた。
「よう、牧野」
低い声で呼ばれたとき、彼が呼ぶその懐かしい呼び名に心が震えていた。
かつて私が知っていた男は・・・あの別れの前に私と一緒に笑っていた男は・・
そこにはいなかった。
そして私がくちづけをした唇は無慈悲に歪んでいた。
以前は私にだけ見せてくれたそのほほ笑みも、優しい眼差しも今は暗く沈んで見える。
それは見知らぬ他人のようだ。
「道明寺・・思いがけない人と会って驚いた・・」
つくしはそれしか言えなかった。
彼の手に渡った書類によって私の運命の歯車が狂い始めた。
それは、雨の日の別れから・・・10年がたっていた。
あの時からつくしがどれだけ変わったのか。
それは本人にしかわからない。
だが高校生だったころとヘアスタイルも変わり着る物も変わった。
細身だった身体にも変化が見られた。
決して絶世の美女ではないにしても、高校時代とは異なるいきいきした印象があった。
それは彼にも言えること。
だが、外見からひとつだけわかることがあった。
その顔にうかがえるのは残酷で無慈悲な表情。
「おまえを見つけに来た」
いつかそんなことがあるかもしれないと思ってはいたが、まさか類の邸を後にしてすぐに道明寺に会ったのは偶然じゃないと思った。そして、あっさりと言われたその言葉につくしはぞくっとしていた。
「ど、どういう理由か聞いてもいい?」
「 理 由 ?」
「おまえが欲しかったからだ」
簡潔な説明。
「言っただろ?おまえの会社は潰れかかってる」
司は平然と言った。
「俺は長い間おまえを探した。おまえが俺を捨てた理由が聞きたいと思って探したが
俺はニューヨークに行き、自分では探せなかった」
「けど、偶然ってのは恐ろしいもんだよな?俺が融資して潰れかかった会社におまえがいたなんてよ」
低く静に話す声は抑揚がなかった。
「おまえの会社は金の返済の代わりにおまえを提供してくれたってわけだ」
「おまえのお人よしの性格からすれば、会社を潰して従業員が路頭に迷うなんてこと、したくはないだろ?」
その声は静だった。
「そ、そんな・・無関係な話し・・」
「ま、おまえにとっては災難かもしれねえが、会社にとってはラッキーだったってことだ」
「よかったな牧野。人助けが出来て。おまえは何万人と言う人間の生活を救ったんだ」
司は面白がっているかのように言った。
いま目の前で話す男が昔、自分が愛した男と同一人物だとはとても思えなかった。
「信じられない・・」
だが、どうして会社が自分を異動させたのかがわかったと思った。
会社は倒産をまぬがれるために節操もなく道明寺の提案に飛び付いたということを信じないわけにはいかなかった。
つくしは自分の身におきたことが理解できなかった。
ただ無意識に呟くことしかできなかった。
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Comment:6
コメント
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お**A様
読んで頂けますか!有難うございます。
やっぱり重いですよね・・
続けて書いていると書いている当人が暗くなってきてしまいました。
これは・・と思い、もうひとつの明るい方のお話もスタートすることにしました。
こちらも読んで頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました(^^)
読んで頂けますか!有難うございます。
やっぱり重いですよね・・
続けて書いていると書いている当人が暗くなってきてしまいました。
これは・・と思い、もうひとつの明るい方のお話もスタートすることにしました。
こちらも読んで頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2015.12.09 22:57 | 編集

as***na様
いつもご訪問有難うございます。
狂ってしまうほどに愛おしい・・
はい。その通りです。
偏執狂の域に入ってしまいそうになってます。
そんな彼に愛されてみたいですか?(//▽//)
正攻法でガンガン行かせてみたいです。
が、その前にどうでしょうか?
このお話は重い、暗いなので毎日書くと正直辛いです(笑)
気分転換もしながら進めて行きたいと思っています。
コメント有難うございました(^^)
いつもご訪問有難うございます。
狂ってしまうほどに愛おしい・・
はい。その通りです。
偏執狂の域に入ってしまいそうになってます。
そんな彼に愛されてみたいですか?(//▽//)
正攻法でガンガン行かせてみたいです。
が、その前にどうでしょうか?
このお話は重い、暗いなので毎日書くと正直辛いです(笑)
気分転換もしながら進めて行きたいと思っています。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2015.12.09 23:11 | 編集

た*き様
いつもご訪問有難うございます。
愛憎相半ばすると言いますが、今の司はその状態です。
愛してはいるんです!
でも愛がどんなものかよく分からないうちに別れてしまいましたので
感情を持て余しています。
つくしの愛で癒してあげれるように・・と思っています。
決して不幸な最後にはなりません!そのつもりでいます。
でも、このお話を毎日は辛いものがあります。
なんだか気分が沈みます。
ですので、気分転換もありますのでそちらもお楽しみ頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました(^^)
いつもご訪問有難うございます。
愛憎相半ばすると言いますが、今の司はその状態です。
愛してはいるんです!
でも愛がどんなものかよく分からないうちに別れてしまいましたので
感情を持て余しています。
つくしの愛で癒してあげれるように・・と思っています。
決して不幸な最後にはなりません!そのつもりでいます。
でも、このお話を毎日は辛いものがあります。
なんだか気分が沈みます。
ですので、気分転換もありますのでそちらもお楽しみ頂けると嬉しいです。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2015.12.09 23:19 | 編集
