妄想に酔いしれる癖がある男。
彼は日本で最もサングラスが似合う男三人のうちの一人だと言われるが、そんな男が黒いメガネの奥からひとりの女性を見つめていた。
「怪しい」
「だから何が怪しいんだ?」
「何がって見りゃ分かるだろ?」
「いや。司。怪しいってどこが怪しいんだ?それにお前が言う怪しいってのは当てにならねえことが多いからな。だから何が怪しいか具体的に言え。それに俺に言わせりゃ俺らの方がよっぽど怪しいぞ」
あきらは親友から大変なことが起きた。すぐに来てくれてと言われ仕事が終わると親友の執務室に駆けつけるように立ち寄ったが、そこで昔テレビで見た刑事ドラマの刑事がかけるようなサングラスを渡され、行くぞと言われた。
それにしても、ド派手なカーアクションで有名な、なんとか軍団の団長のようにいきなりショットガンをぶっ放すようなことはしないだろうが、「いいか。俺たちの行動は極秘だ。だから俺のことはタカと呼べ。お前のことはユージと呼ぶ」と意味不明なことを言われた。
だが親友のジャケットの袖口から覗くダブルカフスの手が拳銃を持てば、まさに横浜を舞台にしていた、あぶないと言われた刑事のドラマのようだと思った。
だからあきらの脳裡に流れたのはそのドラマのオープニングの曲だった。
それにしても、日暮れにサングラスをかけたスーツ姿の男ふたりが女の後を付けるなど怪しいことこの上ない。それも地下鉄の階段を降りる女の後を追うサングラス姿の男など下手をすれば職務質問をされてもおかしくない状況だが、ホームに降りたふたりの男は女が電車に乗り込むと女とは別の車両に乗り込んだ。やがて女が3つ目の駅で降りると同じように降りた。
そして地上に出た女の後をつけたが、女は瀟洒なマンションに入った。
「おい。司。牧野はこのマンションに何の用があるんだ?」
ふたりの男が尾行していたのは司の恋人の牧野つくし。
「あきら....いや、ユージ。俺は司じゃない。タカだ。それにそれを俺に訊くな」
「訊くなって言われても、俺はお前にこうして連れ出されてここにいるんだ。だから何があったかくらいは教えてくれたっていいはずだ」
「あいつ、愛しの彼氏が2週間の出張から戻って来たってのにそっけない」
あきらは何事かと思ったが、やはりそんなことかと思った。
それにしてもこの男は何年たってもひとりの女に夢中で、その女のこととなるとビジネスそっちのけになるのだから周りにいる人間はたまったもんじゃないと思った。
だがあきらはそんな男とは幼馴染みで親友だ。だから男の思いに付き合うことにした。
「司…..じゃないタカ。牧野は元々ベタベタするのが苦手な女だ。だからそっけないのは性分だ」
そんな女は男に甘えるのが下手で物事を真剣に考え過ぎる。
だからある意味で優柔不断な面があった。そして恋に臆病な女だった。
そしてそんな女を好きになった男は周囲を気にすることなく真っ直ぐに女に向かっていく男。初めての恋になりふり構わない男。格差社会の頂点にいる男の恋路の過程には乗り越えなければならない苦難もあったが純粋だった。
そして男は未だに彼女のことになると目の色が変わる。
「けどな。あいつ、俺からの電話に出なかった。それにメールを送ったが返事がない。思えば出張に行く前、キスしてる時あいつは考え事をしていた。心ここにあらずで頭の中に俺以外のことがあった。だから俺を避けてるように思えてならねえ」
司は、そう言うと恋人が入っていったマンションのエントランスを見つめていたが、オートロックのマンションへの訪問は慣れた形の訪問に思えた。
「おい、牧野がお前を避けてるって言うが、お前まさか牧野が浮気をしてるとでも思ってるのか?だから俺たちは牧野を尾行したのか?」
あきらは親友の恋人の牧野つくしが浮気をしているということに、まさか。嘘だろ。という思いで言った。それにあの牧野つくしが司を裏切るとは思えなかった。
「俺は牧野が浮気するような女だとは思えねえ。電話に出なかったのもメールに返事がなかったのも携帯を家に忘れてきたからだ。それにキスしてる時、考え事をしていたのは歯が痛かったからでキスどころじゃなかったんじゃねえのか?きっと歯医者の予約しなきゃとか考えてたんだ。それからお前が避けてると感じたのは、きっとニンニク料理を食べた後で自分自身が臭かったから避けたんじゃねえのか?」
あきらは諭すではないが、司の気持ちをなだめるためにそう言ったが、言われた本人はマンションのエントランスを直視したままじっとしていた。
「それにな、司….いや、タカ。大丈夫だ。牧野はお前を裏切ってない。あいつはひとりの男と付き合いながら、他の男と付き合うような器用さはない。俺や総二郎と違ってあいつはお前と同じで二股は絶対無理だ」
とは言え高校生の頃。類と牧野が海辺でキスをしているところを見た男がいた。
そんなあきらの思考が伝わったかのように隣にいる男は「いや、だが類のことがある」と言ったが、あれは随分と昔の話で今はそんなことはない。
だが何故か男は恋人の不実を疑っていた。
「それでこれからどうする?このままここで牧野が出て来るのを待つのか?」
「いや。今日は帰る」
「おお。そうしろ。きっとこのマンションには牧野の友達が住んでて、もちろんその友達は女で、その友達に会うためにここに来たんだ。それにもしここでお前が待ってることをアイツが知ったら、あたしのことを尾行してたのって怒るぞ?だから帰ろう。そうだ。帰った方がいい」
司はあきらと別れると、やり残した仕事を片付けるため車を呼び会社に帰ったが、あきらを呼び出したのは、決定的な瞬間をひとりで目撃するのが怖かったからかもしれない。
それはどんなに金持ちだとしても、カッコいい男と言われても、彼の心を掴んで離さない唯一無二の女性が自分ではない他の男のことが好きということを知るのが怖かったから。
つまり強気だと言われる男も、こと恋人のことに関してだけは気弱になることがあるということだ。
そして広がる妄想が司を縛り付けた。
それは目の前に置かれたストローの袋。
それにしても何故ここにストローの袋がある?
そう言えば出掛ける前に野菜ジュースを持って来させたが、その時にストローが付けられていたことを思い出した。
そして思い出した。いつだったか。あきらはその袋をよじって人の型をふたつ作るとそれを重ね合わせた。
そしてニヤッと笑って「面白いものを見せてやるよ」と言うと重ねた人の形をした袋に水を垂らした。するとよじられた袋は水を含んで膨れ男と女が愛し合うように、くねり始めた。
あの時はそれを見て笑ったが、今ストローの袋でそんなものを作られたらテーブルごと破壊してしまうはずだ。
寝ても覚めても彼女が好き。
だから自分の知らない彼女の行動が胸を切り裂く。
彼女のことになると冷静さが失われ不安だけが心に残る。
そしてその不安が司を呑み込み良からぬ妄想が脳裡に浮かんだ。
それはストローの袋のようにあのマンションのどこかの部屋で男と女が重なる姿。
司の知らない男の背中になまめかし声を上げて爪を立てる恋人の姿。
汗ばんだ身体で男に抱かれている恋人の姿。
「冗談じゃねえぞ!」
司は声を荒げるとストローの袋をちぎってゴミ箱に捨てた。
そして良からぬ妄想を打ち消すため目を閉じた。

にほんブログ村
彼は日本で最もサングラスが似合う男三人のうちの一人だと言われるが、そんな男が黒いメガネの奥からひとりの女性を見つめていた。
「怪しい」
「だから何が怪しいんだ?」
「何がって見りゃ分かるだろ?」
「いや。司。怪しいってどこが怪しいんだ?それにお前が言う怪しいってのは当てにならねえことが多いからな。だから何が怪しいか具体的に言え。それに俺に言わせりゃ俺らの方がよっぽど怪しいぞ」
あきらは親友から大変なことが起きた。すぐに来てくれてと言われ仕事が終わると親友の執務室に駆けつけるように立ち寄ったが、そこで昔テレビで見た刑事ドラマの刑事がかけるようなサングラスを渡され、行くぞと言われた。
それにしても、ド派手なカーアクションで有名な、なんとか軍団の団長のようにいきなりショットガンをぶっ放すようなことはしないだろうが、「いいか。俺たちの行動は極秘だ。だから俺のことはタカと呼べ。お前のことはユージと呼ぶ」と意味不明なことを言われた。
だが親友のジャケットの袖口から覗くダブルカフスの手が拳銃を持てば、まさに横浜を舞台にしていた、あぶないと言われた刑事のドラマのようだと思った。
だからあきらの脳裡に流れたのはそのドラマのオープニングの曲だった。
それにしても、日暮れにサングラスをかけたスーツ姿の男ふたりが女の後を付けるなど怪しいことこの上ない。それも地下鉄の階段を降りる女の後を追うサングラス姿の男など下手をすれば職務質問をされてもおかしくない状況だが、ホームに降りたふたりの男は女が電車に乗り込むと女とは別の車両に乗り込んだ。やがて女が3つ目の駅で降りると同じように降りた。
そして地上に出た女の後をつけたが、女は瀟洒なマンションに入った。
「おい。司。牧野はこのマンションに何の用があるんだ?」
ふたりの男が尾行していたのは司の恋人の牧野つくし。
「あきら....いや、ユージ。俺は司じゃない。タカだ。それにそれを俺に訊くな」
「訊くなって言われても、俺はお前にこうして連れ出されてここにいるんだ。だから何があったかくらいは教えてくれたっていいはずだ」
「あいつ、愛しの彼氏が2週間の出張から戻って来たってのにそっけない」
あきらは何事かと思ったが、やはりそんなことかと思った。
それにしてもこの男は何年たってもひとりの女に夢中で、その女のこととなるとビジネスそっちのけになるのだから周りにいる人間はたまったもんじゃないと思った。
だがあきらはそんな男とは幼馴染みで親友だ。だから男の思いに付き合うことにした。
「司…..じゃないタカ。牧野は元々ベタベタするのが苦手な女だ。だからそっけないのは性分だ」
そんな女は男に甘えるのが下手で物事を真剣に考え過ぎる。
だからある意味で優柔不断な面があった。そして恋に臆病な女だった。
そしてそんな女を好きになった男は周囲を気にすることなく真っ直ぐに女に向かっていく男。初めての恋になりふり構わない男。格差社会の頂点にいる男の恋路の過程には乗り越えなければならない苦難もあったが純粋だった。
そして男は未だに彼女のことになると目の色が変わる。
「けどな。あいつ、俺からの電話に出なかった。それにメールを送ったが返事がない。思えば出張に行く前、キスしてる時あいつは考え事をしていた。心ここにあらずで頭の中に俺以外のことがあった。だから俺を避けてるように思えてならねえ」
司は、そう言うと恋人が入っていったマンションのエントランスを見つめていたが、オートロックのマンションへの訪問は慣れた形の訪問に思えた。
「おい、牧野がお前を避けてるって言うが、お前まさか牧野が浮気をしてるとでも思ってるのか?だから俺たちは牧野を尾行したのか?」
あきらは親友の恋人の牧野つくしが浮気をしているということに、まさか。嘘だろ。という思いで言った。それにあの牧野つくしが司を裏切るとは思えなかった。
「俺は牧野が浮気するような女だとは思えねえ。電話に出なかったのもメールに返事がなかったのも携帯を家に忘れてきたからだ。それにキスしてる時、考え事をしていたのは歯が痛かったからでキスどころじゃなかったんじゃねえのか?きっと歯医者の予約しなきゃとか考えてたんだ。それからお前が避けてると感じたのは、きっとニンニク料理を食べた後で自分自身が臭かったから避けたんじゃねえのか?」
あきらは諭すではないが、司の気持ちをなだめるためにそう言ったが、言われた本人はマンションのエントランスを直視したままじっとしていた。
「それにな、司….いや、タカ。大丈夫だ。牧野はお前を裏切ってない。あいつはひとりの男と付き合いながら、他の男と付き合うような器用さはない。俺や総二郎と違ってあいつはお前と同じで二股は絶対無理だ」
とは言え高校生の頃。類と牧野が海辺でキスをしているところを見た男がいた。
そんなあきらの思考が伝わったかのように隣にいる男は「いや、だが類のことがある」と言ったが、あれは随分と昔の話で今はそんなことはない。
だが何故か男は恋人の不実を疑っていた。
「それでこれからどうする?このままここで牧野が出て来るのを待つのか?」
「いや。今日は帰る」
「おお。そうしろ。きっとこのマンションには牧野の友達が住んでて、もちろんその友達は女で、その友達に会うためにここに来たんだ。それにもしここでお前が待ってることをアイツが知ったら、あたしのことを尾行してたのって怒るぞ?だから帰ろう。そうだ。帰った方がいい」
司はあきらと別れると、やり残した仕事を片付けるため車を呼び会社に帰ったが、あきらを呼び出したのは、決定的な瞬間をひとりで目撃するのが怖かったからかもしれない。
それはどんなに金持ちだとしても、カッコいい男と言われても、彼の心を掴んで離さない唯一無二の女性が自分ではない他の男のことが好きということを知るのが怖かったから。
つまり強気だと言われる男も、こと恋人のことに関してだけは気弱になることがあるということだ。
そして広がる妄想が司を縛り付けた。
それは目の前に置かれたストローの袋。
それにしても何故ここにストローの袋がある?
そう言えば出掛ける前に野菜ジュースを持って来させたが、その時にストローが付けられていたことを思い出した。
そして思い出した。いつだったか。あきらはその袋をよじって人の型をふたつ作るとそれを重ね合わせた。
そしてニヤッと笑って「面白いものを見せてやるよ」と言うと重ねた人の形をした袋に水を垂らした。するとよじられた袋は水を含んで膨れ男と女が愛し合うように、くねり始めた。
あの時はそれを見て笑ったが、今ストローの袋でそんなものを作られたらテーブルごと破壊してしまうはずだ。
寝ても覚めても彼女が好き。
だから自分の知らない彼女の行動が胸を切り裂く。
彼女のことになると冷静さが失われ不安だけが心に残る。
そしてその不安が司を呑み込み良からぬ妄想が脳裡に浮かんだ。
それはストローの袋のようにあのマンションのどこかの部屋で男と女が重なる姿。
司の知らない男の背中になまめかし声を上げて爪を立てる恋人の姿。
汗ばんだ身体で男に抱かれている恋人の姿。
「冗談じゃねえぞ!」
司は声を荒げるとストローの袋をちぎってゴミ箱に捨てた。
そして良からぬ妄想を打ち消すため目を閉じた。

にほんブログ村
- 関連記事
-
- 金持ちの御曹司~She’s So Good~<後編>
- 金持ちの御曹司~She’s So Good~<前編>
スポンサーサイト
Comment:4
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

司*****E様
タカとユージ。懐かしいですよね?
そしてあの軍団も(笑)
オープニングからのド派手なカーアクション!
今の世の中では考えられませんよねえ(#^.^#)
あの頃が懐かしいです。
今日はお天気の悪い中、お疲れ様でした。
それにしても間もなく4月だというのに関東で雪が降る。
とても春だとは思えません。
そして今年の春はいつもの春とは違う春ですが、新しいことが始まる春でもあります。
そんな中でのお久しぶりの御曹司。相変らずの男ですが楽しんで頂けると嬉しいです(≧▽≦)
コメント有難うございました^^
タカとユージ。懐かしいですよね?
そしてあの軍団も(笑)
オープニングからのド派手なカーアクション!
今の世の中では考えられませんよねえ(#^.^#)
あの頃が懐かしいです。
今日はお天気の悪い中、お疲れ様でした。
それにしても間もなく4月だというのに関東で雪が降る。
とても春だとは思えません。
そして今年の春はいつもの春とは違う春ですが、新しいことが始まる春でもあります。
そんな中でのお久しぶりの御曹司。相変らずの男ですが楽しんで頂けると嬉しいです(≧▽≦)
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.03.29 23:07 | 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

ふ**ん様
御曹司通算100話目のお祝いありがとうございます!m(__)m
なるほど。ふ**ん様は「関係ないね!」のセクシー大下派でしたか!
アカシアはダンディ高山派でした(笑)
それにしても、昭和の刑事ドラマは派手でしたねえ。
そうそう。わたくしタカのLPレコードを持っておりました(笑)LPですよ、LP!
そして少し前に彼らの動画を見て思わずこのような設定で書いてしまいました。
ストローの袋で人形ですが、アカシアはあんなことはしておりません!
友人がしていたのです!それを見ていただけですから!
「トミーとマツ」も楽しかったですよねえ。「トミコ!」(≧▽≦)
あのドラマは刑事ドラマですがどこか笑えるドラマでしたね。
>左斜め後ろに通訳ではなく編集者の気配。
そうです。アカシアの左後ろに気配が….。
いえいえい鬼編集者だなんて思っていませんから。
暖かく見守って下さることに感謝していますから!
そしてこちらのお話は後編へ続きましたが、既に御覧の通りです(笑)
コメント有難うございました^^
御曹司通算100話目のお祝いありがとうございます!m(__)m
なるほど。ふ**ん様は「関係ないね!」のセクシー大下派でしたか!
アカシアはダンディ高山派でした(笑)
それにしても、昭和の刑事ドラマは派手でしたねえ。
そうそう。わたくしタカのLPレコードを持っておりました(笑)LPですよ、LP!
そして少し前に彼らの動画を見て思わずこのような設定で書いてしまいました。
ストローの袋で人形ですが、アカシアはあんなことはしておりません!
友人がしていたのです!それを見ていただけですから!
「トミーとマツ」も楽しかったですよねえ。「トミコ!」(≧▽≦)
あのドラマは刑事ドラマですがどこか笑えるドラマでしたね。
>左斜め後ろに通訳ではなく編集者の気配。
そうです。アカシアの左後ろに気配が….。
いえいえい鬼編集者だなんて思っていませんから。
暖かく見守って下さることに感謝していますから!
そしてこちらのお話は後編へ続きましたが、既に御覧の通りです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.04.02 22:14 | 編集
