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2020
03.22

また、恋が始まる 最終話

「おかえり!」

これまで人の気配がなかった部屋の奥から聞こえた声に司の心は和んだ。と、同時に漂うアップルパイの匂い。
世間で言ういい年をした男と女の交際は、彼女が仕事を辞めニューヨークに渡り一緒に暮らし始めたことで前へ進んだが、それは交際期間半年を経ての婚約だ。

カザフスタンを引き払いニューヨークの司のペントハウスで暮らすようになった女は、司の婚約者として発表されるとパーティーに出席することが増えたが、初めて華やかな姿で現れたとき、その姿はあの頃にはなかった大人の女の可愛らしさがあった。
そんな女の姿に見惚れていると、「どう?見直した?」と言ったが「ああ。馬子にも衣裳とはこのことか?」と言うとドレス姿の女は怒った顏をしたが、その顏も愛おしかった。
とにかく一切合切が愛おしく思えた。

司が16年前に好きになった女は、あの頃から志を立てて生きてきた女で、それを漢字ひと文字で表すなら操という字になるが、彼女がその字が持つ別の意味も立てていたことを知った。
それはふたりが付き合い始めて3ヶ月が経った頃。
性的に成熟していてもおかしくはない年齢の女は、かつて司の周りにいた同世代の女たちとは違った。
それは、あの頃から奥手と言われていた本人が「言っておくことがあるの。がっかりさせたならゴメン」と言って知ったが、それは男性経験がないということ。
そのことを知ったとき、がっかりどころか彼女を知るのは自分だけだと思うとそれだけで心が満たされたが、それは男という生き物が持つエゴを満たしたに過ぎず、お前以外の女は欲しくないと言っていた己の過去が甦ると、これまでの自分の行動を恥じた。
だから「ごめんな」という言葉が口を突いた。


恋には下心があり愛は真心があると言われるが、相手を愛おしいという気持ちにあるのは二度とその人を悲しませたくないという思い。
そんな思いを抱きながら彼女を抱いた。初めてだという相手に明け方少しだけ眠っただけで、ほぼ一晩中抱いたが性欲がそこまで高まったのは初めてで止めどなかった。

初めこそ目を閉じ苦し気な息を吐いていた姿も、躊躇うことなく司の首に回された腕に、ぴったりと密着して身体を揺らせば、ため息とも喘ぎとも取れる声が漏れ司を煽った。
だが初めてを考え慎重に扱ったが、佳境に入ると彼女が初めてであることを忘れた。
そうなると司の身体は彼女を求めることを止めなかった。
司を包み込んだ熱い感触と彼女がイク瞬間を感じながら身体をぶつけ追いかけ、過熱し過ぎた下半身が隔たれることがなく解き放たれた瞬間、己の細胞の全てが彼女の中に注ぎ込まれたことが嬉しかった。
司は避妊しなかった。けれど彼女は何も言わなかった。
だがそれは彼女に余裕がないからだと分かっていた。

この瞬間彼女の身体に自分の種が根付けばいいと思った。
いや、思っただけではない。強く望んだ。断ち切れない絆を結びたいと願った。
だから昼であろうと夜であろうと、彼女と愛し合いたいと思った。
だが聞かなければならなかった。
だから「大丈夫か?」と言ったが、見上げる瞳は「大丈夫だから」と答えた。
そのとき司の口を突いたのは、「愛してる」の言葉。誰よりも牧野つくしを愛してる。
そして返されたのは同じ「愛してる」の言葉。
これまでも大勢の女から言われたその言葉。だがこれまで女たちの口から放たれたその言葉は空疎で何も感じなかった。
だが今は違う。好きな人から言われるその言葉はこの世に存在するどんなものよりも重みがあった。

司は彼女の身体を己の身体の上に引き上げるとしっかりと抱いたが、胸に顏を埋めた姿は激しく愛され疲れたのか。小さな寝息を立て始めていたが、少年と少女だったふたりは、こうして愛し合うことで再び互いの存在を確固たるものに変えた。
そんな誰よりも愛しいと思える人。
その人の寝顔を見つめることが許された男は、やがて同じように眠りについた。











「ニューヨークの冬はこれからが本番だ」

ふたりは自由の女神が見えるマンハッタンの南端にある公園を散歩していたが、立ち止まった男が黒のカシミアのコートに最愛の人をすっぽりと包んで見たのは夕暮れのニューヨークの景色。
冷たくなった風に吹かれながら海に沈む夕日を眺めていたが、彼女のことを忘れなければ12年前にこの街の大学を卒業した男は、こうして彼女を抱いてこの景色を見ていたはずだ。
だが過去を振り返ったところで過去は変えることは出来ない。
けれど途切れた恋の糸はまたこうして結ばれた。
そして大人になったふたりは、躊躇うことなく手を繋ぐことが出来た。

けれど、司が差し出した手を握ったその姿には、あの時掴めなかった手を取ることが出来たことへの切ない思いがあるのではないか。
司も掴むことが出来なかった少女の手をしっかりと握ると、顏を見合わせて笑ったが、誰もいないところでは、泣いていた少女がいたのではないかと思った。
だから司は一緒に暮らすようになってから俺がお前を忘れてから泣いたかと訊いた。
すると少し黙り込んだ彼女は静かに口を開いた

「泣いたわよ。あんなことになって泣かない人間がいると思う?あの島でやっと自分の気持ちに素直になれて離れたくないって言った。アンタもずっと一緒にいるって言った。でもアンタはあたしを忘れてニューヨークへ行った。あたしのことなんて頭の片隅にもなかった」

あの島とはふたりの恋の行方を心配した友人が用意した島。
その島への旅でふたりは互いの気持ちを確かめ合った。
だがその旅を終え港に着いたふたりを待っていたのは、財閥に恨みを持つ男の刃。
ふたりが感じた幸福感はあっと言う間に消えそこには悲劇だけが残された。

「ひとりになって泣いた。周りに優しくされるほど辛かった。大丈夫だって言ったけど、それは我慢をしていただけ。自分を卑下すると涙が出るから常に上だけを見ていた」

司はその言葉に息が詰まってかける言葉を失った。
いくら強気の態度を見せてもやはり寂しかったのだ。
そして女は大きな目からぽろぽろと涙を流して泣いた。
それから司に抱きついて声を上げて泣いたが、その姿はニューヨークに行かないで。もう離れるのは嫌だと言って司に抱きついて泣いた姿に重なり胸が痛んだ。
だから強く抱きしめると「大丈夫だ。俺はもうどこにも行かねえ。ずっとお前の傍にいる」と言ったが、涙でぐちゃぐちゃになった顏が余りにも愛らしくて笑った。
するとそれを見た女は「笑わないでよ!」と泣きながら怒った。
そして抱きしめられた女は「道明寺のバカ!」と言って司の足を蹴った。
だから司は抱きしめたまま「俺が悪かった」と謝った。









間もなく太陽は海の彼方に沈むが、これまで一日が終ることがこんなにも意味を持つとは思いもしなかった。
陳腐な表現だとしても、彼女のことを思い出すまで感じることがなかったホッとする瞬間というのは、愛する人が傍にいるこういう時間のことを言うのだと思った。

「牧野」

「なに?」

「お前。覚えてるか?お前がこの街に俺を迎えに来た時のことを」

司は母親から彼女を守るためにニューヨークへ行くことを決めた。
そんな司を追いかけて来た彼女を追い返したが、最後に空港で交わした言葉は、約束は守るからだったが、ふたりの間で交わされていた約束は鍋をしよう。

「うん。覚えてる。鍋でしょ?ふたりで鍋をしようって約束したわ」

ふたりはその鍋の最中にさらわれた。
そしてあの事件が起きた。だからふたりの鍋の約束は未完のままだ。

「そうだ。その鍋だが寒くなって来た。だからあの約束を果たすには丁度いいんじゃねえの?」

その言葉に彼女は笑って頷いた。

「いいわよ。じゃあ今夜は鍋ね!そうと決まったら買い物しなきゃ。お豆腐はあるけど長ネギが無いわね。あ、でもニューヨークのスーパーでも長ネギ売ってる?それからつみれも作らなくちゃ。あ、でもイワシはないから__」

「牧野」

司は食材の心配をしている女の言葉を遮った。

「あの時の約束が果たせるならどんな鍋でもいい。お前が作る鍋なら中身はなんでもいいんだ。たとえ中にチョコレートが入ろうが、アップルパイが入ろうが中身に意味があるんじゃない。俺たちの鍋はふたりで食うことに意味があるんだ」

「そうよね.....どんな鍋でもあたし達が食べる鍋はふたりが美味しいと思えばそれでいいのよね?」

同意しながらも少しだけ間をおいて答えた彼女。
今のふたりの脳裡にあるのは、古びた狭いアパートの、ほとんど家具のない部屋におかれたテーブルの上で湯気を立てている鍋。
ふたりでスーパーに買い物に行って揃えた食材で作った鍋を美味いと言った男の姿に女は喜んだ。
けれど、守ってやりたかったのに、守ってやれなかった、の言葉に永遠の別れを感じた女はうつむいた。



「じゃあ今夜の夕食は鍋に決定!そうと決まったら早く帰って準備しなくちゃ。つみれは鶏肉で作るわね。それから道明寺。あの時と同じように手伝ってくれるでしょ?」

「ああ。勿論だ」

ふたりは手を繋ぐと黄昏に背を向けた。
司は結び合うように指を絡めると、その指を唇に運んだ。
そしてそこに嵌められている指輪にキスをしたが、夫婦になるまでの間は恋を楽しもうと決めていた。

あの頃出来なかった恋の続きを。




< 完 > *また、恋がはじまる*
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短編で終わる予定が長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
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コメント
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dot 2020.03.22 12:33 | 編集
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dot 2020.03.22 13:36 | 編集
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dot 2020.03.22 16:44 | 編集
m**i様
楽しんでいただけたようで嬉しいです^^
拍手コメント有難うございました。
アカシアdot 2020.03.23 22:19 | 編集
ま**ん様
こんにちは^^
日本から遠く離れた国で暮らしていた女の前に突然現れた男。
記憶を取り戻した男は猪突猛進です。
強引なところは昔と変わらずですが、もうねえ必死!(笑)
再び絆が繋がったようですので、この先はこの絆がより太く強くなることを願うだけですね?(≧▽≦)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.23 22:23 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
司の猛省と共に示された愛。
大人になったふたりは素直になって互いに向き合うことが出来るようになりました。
うん。よかった。よかった。(笑)
こちらのお話はたとえ記憶が失われていたとしても、どこかの男よりはマシです。
鍋の約束も果たせたことですし、これからは家族になって家族を増やして下さい!
世田谷の道明寺邸。そうですねえ…高級住宅地と呼ばれる地域がありますので、そのどこかとしか言えないのですが、敷地内に滑走路がある(!)となるとかなりの広さを持つお邸ということですが、どこなんでしょう(笑)いや。でもさすがに滑走路はあり得ませんよね(;^ω^)

職域変更があったということでしょうか。
慣れない場所では色々と大変だと思いますがファイトです!
そしてアカシアのお話に好きをありがとうございます(低頭)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.23 22:26 | 編集
H*様
こちらこそ、いつもありがとうございます!(´Д⊂ヽ
アカシアdot 2020.03.23 22:29 | 編集
ふ*******マ様
こんにちは^^
カザフスタン!探しましたか?
そこで日本語の教師と通訳をしながら暮らしていた女の元に現れた男は強引です。
こうと決めれば、それに真っ直ぐです。
それにもうベタ惚れです。大人になったつくしを見てあの頃以上に心がときめいたとしか言えません。
そんな男の夜はクレイジー(≧▽≦)確かに!

え?色々読んで下さっているんですね?どのお話が好きか是非教えて下さい!
幾つかあれば是非そちらもお願いします!
そして御曹司シリーズを読破ですか?いつの間にか増えたお話ですが、ぶっ飛んだ男を笑ってやって下さい。
そしてそちらでもお気に入りがあれば是非教えて下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.23 22:34 | 編集
v***o様
大人のふたりを楽しんでいただけで良かったです。
記憶を取り戻した男は必死でした!(笑)
こちらこそ、いつもお読みいただきありがとうございます。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.23 22:39 | 編集
S**p様
短編が伸びても問題ないですか?
このご時世なので、せめてお話だけでも明るくしたいと思い書き始めたら長くなりましたが、楽しんでいただけて良かったです!
だってもうひとりの記憶喪失男が酷いですからねえ。
そろそろあちらも....
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.23 22:46 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.03.24 16:16 | 編集
ふ**ん様
わはは(≧▽≦)
Rが簡素化されていた!はい。こちらのお話はサラッと流しました。
え?それが不満?( ゚Д゚)
こちらは短編のつもりでしたので、そういった場面はあまり考えていなかったのです。

そして「金持ちの御曹司」次回は100話目で100ストーリー目とは違う。
そうですねえ。2話や3話構成のものもありますからねえ。
100話目の次は100作目を目指す.....(遠い目)
次回が87作目ということは、まだ10作以上書かなければならないということですね?(;^ω^)
こちらのお話の司ではありませんが、左斜め後ろに通訳ではなく編集者の気配が!(笑)
編集者の方。気長にお願いします!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.28 21:19 | 編集
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