FC2ブログ
2020
03.19

また、恋が始まる 18

つくしの前にいる道明寺司という男は、確かにあの頃とは違う。
それは年を重ね大人になったからなのか。
それとも自分が持つ力の使い方を知っているからなのか。
ふたりの付き合い方はつくしのペースに合わると言いながら…..いや。合わせているように見えるだけで、物事の流れは確実に男のペースで進んでいた。

キルギスの邸にとどまったのはたった1日。
「お前が焼いたアップルパイを俺にも食べさせてくれ」その言葉に頷き付き合うことを了承すると、長いくちづけをした男はつくしの手を取り、「戻るぞ」と言って待たせてあった車に乗り込むと空港に向かい、キルギスを後にしてカザフスタンに戻ったが空の上で彼女の手を取り言った。

「牧野。俺たちの関係は16年前に一旦途切れたがまたこうして元に戻った。
過ぎたことを悔やんでも仕方がないことだが、俺とお前は過去を共有することが出来なかった。けど俺もお前も年を重ねた男と女だ。互いに人生について考えなきゃならん年齢だ。
だから言う。分かっていると思うが俺は俺たちの付き合いをただの付き合いにするつもりはない。俺が朝、目覚めたときに最初に見たいのはお前だ。隣にいて欲しいのはお前だ。
つまり俺たちの付き合いは結婚を前提だってことだ。
それから姉貴から訊かされただろうが、母親のことは気にしなくていい。
まず、いい年をした息子の人生の伴侶に対して母親がとやかく言う方がどうかしている。
それに俺は誰に文句を言われることがないほど道明寺の業績を上げてきた。だからこそ母親に意見をさし挟まれる筋はないと思ってる。
まあ、母親はお前のことに関しては何も文句はないはずだ。何しろいつまでも結婚しない息子に痺れを切らしたと言った方が正しいかもしれねえけど、お前のことは認めてるから心配するな。それに過去にお前には助けられたことがあっただろ?だからあんな母親だが見るところは見てる。結局相手の家に金があろうがなかろうが、身分がどうのは関係ない。
それにどんなに外側から力をかけたところで、人が相手を求めるのは生理的レベルだ。理屈じゃない本能が相手を見極める。人が人を欲しがるのは本能が動かす感情のレベルがどれだけ高いかだ。はっきり言ってこの16年の俺の感情のレベルは最低だった。つまり俺の本能は長い間眠っていた。だが目覚めた瞬間からお前を求めて動きだした。だから16年前の約束を果たす」

男はそう言うと、「それからこれはお前のものだ」と言ってつくしが返すつもりでベンチに置いたネックレスを彼女の手に握らせた。
「今のお前には子供っぽいかもしれねえけど、これは俺が初めてお前に贈ったものだ。だから出来れば大切にして欲しい」

つくしは、男の話を訊いていたが、とにかく男はよく喋った。
それはまるでつくしの口から否定的な言葉が出ることを恐れているように思えたが、道明寺司という男には昔と変わらない部分があった。
それは彼女の気持ちを尊重しようと言ったことだ。

「牧野。果てしない空の下でこうしてまたお前に会えたことは俺にとって幸運だったとしか言えない。それに俺は結婚を前提にと言ったが、お前の考えを尊重する。
これから付き合って行く中でやっぱり俺とは一緒にはやっていけないと思うなら言ってくれ。けどそうなると俺はお前を諦めることをしなきゃならんが、簡単にお前を諦めることは出来んだろうよ」

それは少しだけ悲し気に聴こえた。
だが継がれた言葉は力強く響いた。

「ただ、待って欲しい。時間が欲しいと言われれば俺は待つ。
俺にとって1週間は秒に過ぎない。つまり3カ月待つのは12秒で半年なら24秒。1年は48秒だ。そのくらい俺は待つことが出来る。だってそうだろ?俺たちの間には16年という時間が流れた。それに比べたら半年も1年も大差はない。それに人生を迷わない人間はいない。だから俺は待つ。お前の人生に俺を迎え入れてくれる日を」

そしてそこまで言った男は最後にこう付け加えた。

「ただ俺は間違った人生を送るつもりはない。それからお前に伝えておきたいことがある。
お前が俺と結婚するつもりがないって言うなら母親は荒れるだろうよ。お前も知っての通り、あの母親は自分の目的のためならどんなことでもする。それがビジネスだけでなく道明寺家の存続にかかわってくるとなれば尚更だ。もしかするとカザフスタンに乗り込んでくるかもしれん。そうだな……大金を持って現れて俺と結婚してやってくれって脅すかもな」

かつて息子と別れてくれと言って大金を持ってつくしの前に現れた道明寺楓は、瞬きひとつせずにつくしを正視していたが、今度は逆の意味であの時の状況が繰り返されるということ。
そんな脅しともとれる言葉を放った男はニヤッと笑った。

だが男が言いたかったことは待つということ。
それに忙しい男がカザフスタンに来たことで、仕事が滞ってしまっていることは察することが出来る。だから『俺は待つ。ニューヨークでお前を』と言って彼女を自宅まで送り届けるとキスを残し車に戻った。
そしてふたりの交際は男がニューヨークとアルマトイの間を行き来することで始まったが、男は地球を俯瞰するビジネスをしていることから距離がふたりの交際を妨げているとは感じなかった。

実際に男は中央アジアでのビジネスに絡み、カザフスタンを訪れることが多かった。
それは石油や天然ガスというかつて道明寺グループにはなかった分野の開発に力を入れているからだが、その時、通訳として呼ばれたが、もしかすると男はロシア語を理解しているのではないかと思った。

それは、何度目かの通訳をしていて気づいたこと。
かつて左耳に開けられていたピアスの穴はとっくに塞がっているが、あの頃と変わらずキレイな横顏は通訳者であるつくしには馴染みのものになった。
そんな顏のつくしに見える側の目尻に皺が寄ったのは、つくしが相手の言葉を日本語で伝える前だ。

人には本物の笑顔と偽物の笑顔がある。
それは愛想笑いと心からの笑い。本当の笑顔は目元に皺が寄ると言われていて、偽物の笑顔は目の周りに変化はなく口許だけで作られる。
つまりそれは目が笑っていないということだが、ビジネスの場に於いて作られる笑顔は口許だけの場合が殆どだが、あの時、男は相手がロシア語で言った笑い話をつくしが通訳する前に理解して心から笑ったということになる。
だから「もしかしてロシア語が分かるの?」と訊いた。
すると男は「ああ」と答えた。そして「ビジネスに於いては知らないフリをしている方がいいんだ。相手は俺がロシア語を理解できないと思うからこそ油断して俺に知られたくない話をすることもある。それはうちにとっての大きな情報だ。だから俺がロシア語を理解出来ることは誰にも言うなよ」と言葉を継いだが、それは正論であり、バカほど知識をひけらかし、賢い人間は知らないフリをすることで得ることや身を守ることが出来ると言うが、この男は後者のようだ。

そしてそんな男は、つくしの口から時々漏れる未整理な言葉も理解していた。

「お前の口から漏れる言葉に暗号解読表は必要ない。ま、かつてのソビエトのスパイもお前の口から漏れた言葉の意味を知っても不思議に思うだけだろうがな」

ひとり言を呟く癖は相変らずで、気付けば男に笑われていた。

そして、つくしは男がロシア語を理解していることを知ってから、相手の言葉を正確に伝える必要はなくなり、彼女の通訳としての役目は形だけのものになった。
だがロシア語を理解できない道明寺副社長の通訳として同席している以上、通訳として左斜め後ろという定位置に座り、正しい姿勢で男の耳元に言葉を伝えると男は頷いたが、その姿は通訳を通して語られた相手の言葉に頷いたように見えた。
だが、実のところそれはつくしの問いかけに応えている姿。
つくしが男の耳元に伝えたのは、「ねえ。昨日の夜アップルパイを焼いたの。だから食べるでしょ?」

男がつくしの元を訪れるたびに焼かれるアップルパイ。
今ではふたりにとっては欠かせないデザート。

「それからね。来月末で日本語学校の仕事を辞めることに決めたから」

その言葉に男は左後ろを振り返った。
そして立ち上ると彼女をきつく抱きしめた。




にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.03.19 06:39 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.03.19 10:26 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.03.20 01:18 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
16年の思いを一気に吐き出した男。
それは16年を取り戻したいという思いがそうさせたのでしょう。
そして、大人になったふたりの意思疎通は出来ているようです。
はい。お話は終わりが近づいてきたようです。
最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.21 22:04 | 編集
ふ*様
こちらこそ、いつもお読みいただきありがとうございます^^
司がつくしを抱きしめたのは、彼女が自分の思いを受け止めてくれたことが本当に嬉しかったからでしょうね。
こちらのお話で少しでも幸せを感じていただければ幸いです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.21 22:10 | 編集
ふ**ん様
本当に司はよく喋りましたねえ(笑)
この男。立派な大人の男ですが、時に子どもっぽくなる(笑)
理性は好きな人の前では失われるようです(笑)
そしてつくしが好き!が止まらない御曹司。
今度はどんなことを妄想するのか。
それとも現実なのか。
気長に待っていただけるんですねー(≧▽≦)ありがとうございます!
脳内を柔らかくして坊ちゃんに何がしたいのか訊いてみます(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.21 22:24 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top