「牧野様。昨日は大変お世話になりました」
翌朝高橋から電話を受けたつくしは、「いえ」と言って「こちらこそありがとうございました」と言葉を継いだが、それは通訳の仕事を依頼してくれたことに対しての礼だ。
何しろ道明寺社から支払われる通訳料は、いつもこちらが指定した額よりも多く支払われていたからだ。
そして高橋は、つくしとあの男のことに触れることはなかった。
そしてこう言った。
「牧野様。引き続きお仕事のお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
その言葉が本当なのかと疑ってしまうのは、あの男がつくしの前に現れたからだ。
市長を相手に1時間にわたった通訳。それはあの男の言葉をあの場に相応しい言葉に捏造するという通訳にすればあるまじき行為だが、男に何を言われても平常心で言葉を吐き出すことを続けた。
あの男の口から語られる愛の言葉。
16年間を無駄に過ごしたと言った。
お前を忘れたことは悪かったと言った。
気持はあの頃と同じだと言った。
けれど、車の中で妻子ある男性と付き合っている。不倫をしていると言われ、この男は自分のことは全く分かってないと思った。だからムカついて車を降りた。
そして家に戻ってからあれこれと頭の中に巡ったのは、16年前とは違い大人になった男の姿。それはダークスーツをエレガントに着こなした背の高い男の姿だったが、腹が立つほど自信に満ちた態度をしていた。
そして男がニューヨークの摩天楼を見上げるのではなく、見下ろしている姿がビジネス誌に掲載されているのを見たことがあったが、実物はその写真からは感じられなかった年齢以上の色気というものがあった。
そんな男がとっくの昔にケリをつけたと思っていた気持ちを搔き乱す。
「…..牧野様?牧野様?」
「え?あ、はい。ごめんなさい。なんとおっしゃいました?」
「ですから引き続きお仕事をお願いしたいと思いましてお電話させていただきました」
「あの、高橋さん」
「はい」
「あなたは私たちのことを….私と道明寺….いえ。副社長とのことを…」
つくしは秘書の西田は別として、あの場に同席していた高橋がふたりのことに何も言わないのは、道明寺の社員である高橋が社のトップに立つ男の私生活をとやかく言うことが憚られるからだとしても、興味がないはずはないと思った。
だが口に出してみたが言葉が喉に引っ掛かった。だからどう切り出せばいいかと思ったが、高橋はその思いを汲んだように言った。
「牧野様。私はこの国に駐在している道明寺の社員に過ぎません。昨日市長の前で副社長がおっしゃられたことが何であれ、私がその事に対して何か言うことはございませんので私のことはお気になさらないで下さい」
高橋はそう言うと、「仕事の話をしてもよろしいでしょうか?」と言った。
だが高橋のいう仕事の話というのは、またあの男の通訳ではないかという思いから、話を訊くことを躊躇っていた。
それはまた昨日と同じようにあの男の隣で、どこかの重要人物を前に言葉を捏造し続けなければならないのではないかということ。
あの男の耳元に囁くのではないとしても、あの男の耳に確実に言葉を届けなければならない。それが通訳の仕事なのだから。
だからまたあの男の通訳を務めるのだとしても、仕事は仕事として捉えればいい。
どんな仕事でも割り切ることが必要になることはある。
それに、16年前に自分のことだけが忘れられたように世の中には理不尽なことは幾らでもあるのだから。
「牧野様?」
「あ、ええ。仕事の話ですよね?お願いします」
つくしは言うと、高橋の話を訊くことにした。
迎えの車の運転手は8時に扉をノックすると、出て来たつくしに「お迎えにまいりました」と言った。
向かったのは空港で、駐機されているのは道明寺家のプライベートジェット。
高橋から頼まれたのは副社長の通訳をお願いしたい。
向かう先はカザフスタンの隣国のキルギスだが、今いるアルマトイはキルギスとの国境に近い街。
そしてキルギスは、カザフスタンと同じでかつてソビエトの一部だったことから公用語はロシア語。
だからロシア語の通訳として副社長に同行して欲しいと言われた。
「おはよう」
機内に乗り込むと当然だがそこにいたのはあの男。
「おはようございます」
挨拶をして隣の席に座った。

にほんブログ村
翌朝高橋から電話を受けたつくしは、「いえ」と言って「こちらこそありがとうございました」と言葉を継いだが、それは通訳の仕事を依頼してくれたことに対しての礼だ。
何しろ道明寺社から支払われる通訳料は、いつもこちらが指定した額よりも多く支払われていたからだ。
そして高橋は、つくしとあの男のことに触れることはなかった。
そしてこう言った。
「牧野様。引き続きお仕事のお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
その言葉が本当なのかと疑ってしまうのは、あの男がつくしの前に現れたからだ。
市長を相手に1時間にわたった通訳。それはあの男の言葉をあの場に相応しい言葉に捏造するという通訳にすればあるまじき行為だが、男に何を言われても平常心で言葉を吐き出すことを続けた。
あの男の口から語られる愛の言葉。
16年間を無駄に過ごしたと言った。
お前を忘れたことは悪かったと言った。
気持はあの頃と同じだと言った。
けれど、車の中で妻子ある男性と付き合っている。不倫をしていると言われ、この男は自分のことは全く分かってないと思った。だからムカついて車を降りた。
そして家に戻ってからあれこれと頭の中に巡ったのは、16年前とは違い大人になった男の姿。それはダークスーツをエレガントに着こなした背の高い男の姿だったが、腹が立つほど自信に満ちた態度をしていた。
そして男がニューヨークの摩天楼を見上げるのではなく、見下ろしている姿がビジネス誌に掲載されているのを見たことがあったが、実物はその写真からは感じられなかった年齢以上の色気というものがあった。
そんな男がとっくの昔にケリをつけたと思っていた気持ちを搔き乱す。
「…..牧野様?牧野様?」
「え?あ、はい。ごめんなさい。なんとおっしゃいました?」
「ですから引き続きお仕事をお願いしたいと思いましてお電話させていただきました」
「あの、高橋さん」
「はい」
「あなたは私たちのことを….私と道明寺….いえ。副社長とのことを…」
つくしは秘書の西田は別として、あの場に同席していた高橋がふたりのことに何も言わないのは、道明寺の社員である高橋が社のトップに立つ男の私生活をとやかく言うことが憚られるからだとしても、興味がないはずはないと思った。
だが口に出してみたが言葉が喉に引っ掛かった。だからどう切り出せばいいかと思ったが、高橋はその思いを汲んだように言った。
「牧野様。私はこの国に駐在している道明寺の社員に過ぎません。昨日市長の前で副社長がおっしゃられたことが何であれ、私がその事に対して何か言うことはございませんので私のことはお気になさらないで下さい」
高橋はそう言うと、「仕事の話をしてもよろしいでしょうか?」と言った。
だが高橋のいう仕事の話というのは、またあの男の通訳ではないかという思いから、話を訊くことを躊躇っていた。
それはまた昨日と同じようにあの男の隣で、どこかの重要人物を前に言葉を捏造し続けなければならないのではないかということ。
あの男の耳元に囁くのではないとしても、あの男の耳に確実に言葉を届けなければならない。それが通訳の仕事なのだから。
だからまたあの男の通訳を務めるのだとしても、仕事は仕事として捉えればいい。
どんな仕事でも割り切ることが必要になることはある。
それに、16年前に自分のことだけが忘れられたように世の中には理不尽なことは幾らでもあるのだから。
「牧野様?」
「あ、ええ。仕事の話ですよね?お願いします」
つくしは言うと、高橋の話を訊くことにした。
迎えの車の運転手は8時に扉をノックすると、出て来たつくしに「お迎えにまいりました」と言った。
向かったのは空港で、駐機されているのは道明寺家のプライベートジェット。
高橋から頼まれたのは副社長の通訳をお願いしたい。
向かう先はカザフスタンの隣国のキルギスだが、今いるアルマトイはキルギスとの国境に近い街。
そしてキルギスは、カザフスタンと同じでかつてソビエトの一部だったことから公用語はロシア語。
だからロシア語の通訳として副社長に同行して欲しいと言われた。
「おはよう」
機内に乗り込むと当然だがそこにいたのはあの男。
「おはようございます」
挨拶をして隣の席に座った。

にほんブログ村
- 関連記事
-
- また、恋が始まる 11
- また、恋が始まる 10
- また、恋が始まる 9
スポンサーサイト
Comment:2
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

司*****E様
おはようございます^^
さて。駐在員の高橋に何を言われたのか。何を提案されたのか。
徐々に明らかになるはずです(笑)
そうです。焦りは禁物です。
え!(>_<)大変じゃないですか!なんとか入手しなければ!
こちらの問題は焦りますよね?
道明寺グループに製紙会社はないのでしょうか?
そういえば御曹司坊っちゃん。確か系列会社でサニタリー事業部長の職についていたことがありましたね?
頼んでみましょう!
「坊っちゃん。不足しています!妄想しないで製造急いで下さい!」(≧◇≦)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
さて。駐在員の高橋に何を言われたのか。何を提案されたのか。
徐々に明らかになるはずです(笑)
そうです。焦りは禁物です。
え!(>_<)大変じゃないですか!なんとか入手しなければ!
こちらの問題は焦りますよね?
道明寺グループに製紙会社はないのでしょうか?
そういえば御曹司坊っちゃん。確か系列会社でサニタリー事業部長の職についていたことがありましたね?
頼んでみましょう!
「坊っちゃん。不足しています!妄想しないで製造急いで下さい!」(≧◇≦)
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.03.02 22:50 | 編集
