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2020
03.01

また、恋が始まる 9

司は駐在事務所の応接室にいた。
少し前に事務所に戻ったが、司は彼女が車から降りてパン屋に入ると、彼女が出て来るのを待った。だが彼女はいつまでたっても出てこなかった。
だから店に入ったが、店員は彼女がとっくに店を出たと言い、入口とは別の扉に視線を向けた。

司には行動する力がある。
だから彼女のことを思い出すとすぐに行動に移した。
それは司を…..司たらしめるものだが、その行動力が仇となってしまった。

勘違いも甚だしいとはまさにこのこと。
司は牧野つくしが妻子ある男と付き合っている。
つまり不倫をしていると勝手に思い込んでいた。
そしてそのことを本人にぶつけ怒られた。
だが彼女がこの国で誰とも付き合ってないと訊き希望を抱いた。
そしてなんとしても彼女とよりを戻そうと決意した。
だが彼女は司の態度に怒って車を降りると司の前から去った。
だから今の気分は最低だった。

けれど、『妻子ある男性と付き合ってない。それ以前に誰とも付き合ってない』と言う言葉で、彼女があの頃と同じで堅物で真面目な女であることを知った。
そして、何事も強い決意をもって行動する彼女は、司に平手打ちこそ食らわせなかったが、彼の言葉に侮辱を感じていたことは間違いない。

いっその事、平手打ちをしてくれた方が良かった。
そうすれば、たとえ司が彼女を忘れたことを許した訳ではないにしても、彼女の気が少しでも晴れるならそれで良かった。
それにバカ男と罵られても彼女には司を責める権利がある。
そして司はそれを甘んじて受けなければならないことも分かっている。
何しろ彼女を忘れるという最低のことをしたのだから。
だが、すぐに許してもらえなくても、いつかは許してもらえるのではないか。そんな考えがあった。
けれど大人になった彼女は、あの頃以上に手強い女になっていた。
そんな女の怒った顏は、まるで一輪のバラのように美しかった。
そうだ。彼女の怒った顔さえも愛おしく思えた。




ノックの後に扉が開いた。
コーヒーを運んで来たのは駐在員の高橋。

「副社長。牧野様に思いを伝えることは出来ましたか?」

「….….」

「そうですか。やはりご無理だったようですね?」

司は高橋の口ぶりから、彼が司と牧野つくしの過去の出来事を知っていることに気付いた。

「高橋。お前俺とあいつのことを知っていたのか?」

高橋は司の前にコーヒーを置くと司の顏を見つめた。

「はい。西田さんからお話は訊いております。副社長が高校生の頃、牧野様に恋をして恋愛をされている途中で不幸にも彼女のことを忘れてしまわれた。それからの副社長はアメリカに渡り大勢の女性と浮名を流された。しかしある日突然牧野様のことを思い出された。
私は西田さんから副社長が牧野様のことを思い出したと連絡を受け大変嬉しく思いました。
なにしろ私がこの国に赴任したのも、牧野様がこの国で日本語の教師として働くことを決めてからです。実は私がこの国に赴任したのは西田さんがそのように手を回したからです」

「西田が?」

西田は初めこそふたりの付き合いを反対していた母親から命じられ、彼女を司から遠ざけようとした。だがいつの頃からか、ふたりの付き合いを応援するようになっていた。

「私は西田さんの高校、大学時代の後輩です。故郷が同じです。話すと長くなりますので簡単にお話しますが、大学時代大変お世話になりました。恩があります。
それは道明寺に入社してからも同じです。入社して間もなく任された取引でミスをしたとき、カバーをしてくれたのは西田さんでした。そんな西田さんから訊かされた話があります。それは手の付けられなかった少年がひとりの少女に出会ってからその生き方を変えた。
そんな話はどこにでもあるかと言えば、なかなかそうはありません。ましてやその少年が大財閥の後継者で、相手が貧しい….いえ。ごく平凡な家庭の娘で、そんなふたりが恋におちる。まるでドラマのような話ではありませんか。
そしてその少年が副社長で相手の少女が牧野様だった。
とにかく西田さんは副社長がいつか牧野様のことを思い出す。そう信じて彼女のことを気遣われていました。牧野様が会社を辞め、この国の大学で日本語を教えることになると、私を駐在員として送り込んだのです。何しろ中央アジアの国で外国人女性がひとりで暮らすには色々と問題もありますから」

司は彼女が密かにだが守られていたことを知った。
それは、戻ることはないのではないかと思われていた男の記憶が、いつかきっと戻ると信じた秘書が考えたこと。

「副社長。私は5年間牧野様のことを見守ってきました。会社の通訳を頼み、牧野様が日本人会の集まりに参加される時は、私も参加し親しくさせていただきましたが、牧野様はとても思いやりのある方です。思慮深い方です。そんな方の前に元恋人が16年ぶりに現れたとなると感情が交錯するのは当たり前です。色々と考えることがあって当然ではないでしょうか」

16年の時を経て突然現れた元恋人。
元、という言葉は気に入らなかったが、それは彼女から時間も場所も遠ざかっていた男に相応しい。
だが司は彼女を諦める訳にはいかなかった。
元恋人にはなりたくなかった。

「そこでです。副社長に牧野様の気持ちを確かめる方法のご提案があります。
しかしこれはあくまでもご提案ですが_____」

高橋はそう言って話し始めた。




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コメント
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dot 2020.03.01 09:49 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
馴染みのパン屋の裏口から出て行った女。
そうですね。司が自分のことだけを忘れたことや、ニューヨークで浮名を流していたことを怒っているのではありません。
突然現れた男に驚いた彼女の取った行動を勘違いした男に怒っているのです。
はやる気持ちも分かりますが、物事には順序というものがありますからねえ。
そんな司に駐在員の高橋は何を提案してくれたのでしょうね。

それにしても閉塞感が感じられるようになりました。
トイレットペーパーだけでなく、色々な物が品薄になっているようですが、本当にそれを必要としている人の手に渡るようになるといいですね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.01 21:03 | 編集
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