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2020
02.24

また、恋が始まる 3

司が車窓から目にしたのは、国土の大半が砂漠や乾燥した大地の国とは思えないほど緑が豊かな街並み。だが着陸態勢に入っていたジェットから見た景色の中に緑はなく、荒涼とは言わなくとも乾いた大地が広がっていた。

「今でこそ近代的なビルが建ち並んでいますが、この街もソビエト時代はもっと緑が多い街だったそうです。
それに今では少なくなりましたが、かつて街の廻りには沢山のリンゴの木が植えられていたそうです。そのことからこの街の名前がリンゴの里を意味するアルマトイになったと言われていますが、私が学生時代、この街の名前はアルマアタと言っておりましたが、これはソビエト時代の呼び名です。
とにかくこの街はリンゴの街として有名ですが、それが関係しているのか。リンゴは北コーカサスが起源と言われていますが、本当はこの街が起源だという人間もいます。つまりこの街の人間はリンゴに対して強い思い入れがあるということになります。
その証拠にこの街の市章は雪豹が口にリンゴの花をくわえている姿です。ちなみに夏のアルマトイは35度以上になることも多いのですが、乾燥した土地ですので湿気がなく軽井沢のように爽やかで過ごしやすい街です」

空港で秘書と別れた司は、大型車の後部座席に一緒に乗り込んだ自分より年上の駐在員の話を訊いていたが、司にとってのリンゴの街と言えば、生活の拠点であるビッグアップルの愛称を持つニューヨークだ。

だがリンゴの話などどうでもいい。それよりも牧野つくしのことが知りたかった。
この街で日本語の教師をしている彼女がどんな暮らしをしているのかを。
だが駐在員は司と牧野つくしの過去など知るはずもなく、ただの昔馴染みだと思っていることから、どうでもいい話ばかりをしていた。

「ソビエト時代にはおしゃれなカフェはなかったのは当然ですが、今のアルマトイは中央アジアで一番流行に敏感な街だと言われています。ですが依然として日本から観光でこちらに来られる私と同年代の方の中には、暗かったソビエト時代のイメージをお持ちのようで、この国は貧しくて物がない国だと思われているようです。しかし今は全くそんなことはありません」

司より年上の男が話す、かつてない変貌を遂げた国の話は延々と続くかと思ったが、この街が普通に生活するには悪くないレベルの街だということに、彼女の生活もそれほど悪くはないのだと安心した。

「それから牧野様のお住まいは郊外のリンゴ畑が残っている場所ですので緑が多い場所になります」と言って時計に目を落とし、「そうですね....あと10分ほどで着くはずです」と言葉を継ぐと説明は終えたとばかりに静かになった。



長い間忘れていた最愛の人にあと10分で会える。
そのことが司の鼓動を早めた。
司よりひとつ年下の彼女は33歳。
互いに30の峠を越えての再会だが、女性にとって30という年齢は結婚や出産を考える年齢だと司も理解しているが、その時頭を過ったのは、もしかすると彼女がこの国に残ることを決めた理由は、好きな男がこの国にいるからではないかということ。
そしてこれから向かう先には、男と一緒に暮らしている彼女がいるのではないかということ。

だがそういった報告はなかった。
それに駐在員の口からも、そういった言葉は出なかった。
それでもやはり男がいて、その男は結婚に踏み切れず、かと言って別れることもせず曖昧な関係で彼女との関係を続けているのではないかという思いが浮かんだ。

だがもしそうだとすれば、自分はどうするだろうと自問したが、自分の思いを伝えることを止めるつもりはない。
そしてもし彼女が不幸な状況に置かれているのなら、強引にでも男から引き離すつもりでいた。
だが、自分は長い間彼女のことを忘れていた。その間の彼女の人生について何か言える立場にはない。
そう。司が彼女のことを忘れたばかりに、彼女はニューヨークではなく中央アジアのこの国いるのだ。

だが司は彼女のことを思い出した。
だから彼女を忘れたことについては、真摯な態度で謝り、俺たちの人生をやり直そう言うつもりだ。そしてその言葉の中に含まれているのは結婚して欲しいということ。

司は高校生の頃に彼女に結婚して欲しいと言ったことがあった。
だがあの時は、ふたりの仲を引き離そうとする母親から逃れるため思いついたことであって実現することはなかった。

そうこう思いを巡らせているうちに、車は彼女の家についたようだ。

「副社長。あちらが牧野様のお住まいになられている家です」

司が見つめているのは、ここまで来る道すがら見えていた集合住宅ではなく一軒の古びた家。
その家を取り囲むように木が生えていた。

「牧野様は古い農家をリフォームされた家に住んでいらっしゃいます。ですから庭付きであちらの木々はかつての農園の名残のリンゴの木ですが、牧野様はあちらの木になったリンゴでアップルパイをお焼きになれますが、それがとても美味しいんです」

「アップルパイ?」

司は駐在員の言葉に片眉が上がっていた。

「はい。牧野様は日本語学校の教師で通訳の仕事もなさっていますが、アップルパイを焼くのも大変お上手でして、時にご出席される日本人会の集まりにはパイを焼いてお持ちになられます。実は私は顔見知りでして何度かいただいたことがあります」

司は駐在員の話に自分の顏がムッとしているのが分かった。
そして、この社員をクビにしてやろうかと思ったが、ありったけの自制心を働かせ、それを口にすることはしなかった。




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コメント
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dot 2020.02.24 08:31 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司を迎えに来た駐在員は司にとってどうでもいい話をしているようですが、日本人会で顔見知り?
彼女の作ったアップルパイを食べた?
それに対してムカついている男は、あと10分で彼女に会えると訊いて、ドキドキしてきたようです(笑)
さあ、中央アジアの国で何が起こるのでしょう!(≧▽≦)

さて。本日の行事はいかがでしたか?
きっと楽しかったことと思いますが、マスクを着用された方も多かったのではないでしょうか?
今のこの状況について正しく怖がってと言われていますが、怖いですよね。
司*****E様もお気をつけてお過ごし下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.02.24 21:26 | 編集
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