司は隣に座る女を見た。
レストランからの帰りの車内、黙って窓の外を眺める女はいったい何を考えているのか。
もう迷わない事にしたと言ったが、いったい何を迷わないことにしたんだか。
言いたいことが分からない訳じゃない。セックスの経験がないと言った女は、昔恋人関係にあった男と結婚したが、その行為が無理だと言った意味がわからないこともない。
なにしろ、俺はおまえのことを追いかけ回した記憶がない。愛がなければ出来ないという行為ではないが、この女は体だけの関係で満足するような女ではないはずだ。だからこそ、相当無理しているとわかる。
それにしても、さっきはひとり勝手に怒ってたと思ったら、今度はだんまりか?
そこで司はひとつ提案をしてみることにした。
「俺たち結婚したって言ったっても、西田からの報告書以外俺はおまえの事をほとんど知らねぇ。過去に何があったとか全く覚えがない。9年もの間、誰もおまえの話をしなかった。けどよ、やっぱりおまえの事が気になってるんだな俺は」
「・・・・」
「でよぉ、こうしているんだし、話っつうもんをするのも悪くねえ・・・」
「・・・・」
「おい、聞いてんのか?」
隣で大人しく聞いていると思ったら、コイツは寝ていた。
無神経なのか?俺の隣で平気で寝れるヤツなんてよっぽどだぞ?
そう思いながらも眠りこけているコイツの肩を抱き寄せると、そっとくちづけをした。
***
つくしが今朝目覚めたのは、昨日とは別の部屋だった。
ゆうべ何があったのか思い出そうとしていた。ぼんやりとした頭で覚えているのは、メープルで食事をして、道明寺があたしの指を舐めまわして、それから車に乗って・・。
そこまでだ。
どうやってこの部屋へたどり着いたのか
はたまたいつの間に下着だけの姿になったのか。
まったく分からない。
「うぅ・・・・・」
つくしは思いっきり呻いた。
司が脱がせたことはわかっているだけに、今さらながら恥ずかしさが募る。
問題なのは服を脱がされたことではない。昨夜の夕食の席でつくしは、司に向かって啖呵を切った。もう迷わないからと言い切った。それは夫婦としての行為に応じるということだ。
17歳の頃はもちろん、そんなことは頭の中になかった。
だが、もういい年をした大人の女だ。経験がなくても出来るはずだ。それに今まで本当の意味で生きていたと言えるのは、道明寺と一緒に過ごしたときだ。もう一度、道明寺とあの頃と同じ時間を過ごしたい。
つくしはため息をつきながら、ベッドからゆっくりと起き上ると、着替えをすることにした。
道明寺はもう出社したのだろう。
今日は何をして過ごそう。アイツと話す機会は夜しかないはずだ。
そんなことを思い、ダイニングルームへ向かった。するとそこに司がいた。
「よう・・」
爽やかな笑顔がつくしに向かって言った。
「・・・お、おはよう」
ダイニングには懐かしい香りが漂っている。ブルーマウンテンだ。
道明寺の好きなコーヒーの銘柄。昔、数えるほどしかない道明寺とのキスもこのコーヒーの香りがした。
「おまえ、いい大人のクセしてよくそんなに眠れるな?」
司は手にしていた新聞からつくしへと視線を移す。
「いい大人のクセしてって、アンタだって昔は相当よく寝てたわよ?そ、それにあたしの服・・ぬ、脱がせたのアンタでしょ?」
「そんなに目くじら立てる問題かよ?全部脱がしたわけじゃねぇだろ」
それが問題だった。何しろつくしはまったく覚えていない。
この男には女が無防備な状態で寝ている所を見られることが、どんなに恥ずかしいことかわからないはずだ。
つくしは自分の身体に自信がない。体型は高校生の頃とさして変わりなく、胸のふくらみは以前よりあるとはいえ、グラマラスな女性の多いこの国では小学生並だ。そんなことを思う女に目を向けている男。そのとき男の視線がつくしの胸元に落ちた。つくしは自分の思考を読み取られたと思った。
つくしは会話が性的なことに変わる前に話題を変えることにした。
「あ、あんた仕事は?」
「お? 今日はオフだ」
「へえーそうなんだ、いいの?副社長が休んでも?」
「副社長だろうが、何だろうが休みくらい取るぞ? ま、俺が居ねえくらいでどうにかなるような会社じゃねえよ。ウチは優秀な奴らばかりだからな」
「あはは・・」
「で、今日はおまえと一日過ごしてやることにした」
「はぁ?」
「聞こえねーのかよ!」
いやいや、聞こえてます。
「何で?」
「何でって、おまえの為に時間を作ってやった」
「・・・別に作ってもらわなくてもいいんですけど?」
「おまえ俺と結婚したんだよな?仮にも!」
と言って司は仮を強調した。
「俺を幸せにしてくれるんだよな、仮にも!」
と、再度強調。
「わ、分かってるわよ!私が言ったんだもん」
「そうだろ?俺たちは色々と話し合うことがあるはずだよな?」
司は昨夜もそのつもりでいた。
だが女がさっさと寝てしまい、話にならなかったのが実情だ。
そのうえ、何故か女のペースに巻き込まれているような気がしていた。
「いいか?今日は俺とおまえと腹を割って話を・・・」
って、この女どこ見てんだ?
「え?なに、あんたそんな事よく知ってたね?」
と笑う女。
くそっ!この女、頭から丸めて食ってもいいか?
「ねえ、せっかくの休みなんだったらどっか出掛けない?」
「はあ?おまえは人の話を聞いてんのか?俺は話し合うことがあるはずだって言ったよな?」
だが、司の前には、そんな事はどうでもイイって言わんばかりの態度の女がいた。
***
30分後、二人は自由の女神を見るためのフェリーの上にいた。
「ここね。昔来たことがあるの。懐かしなぁ・・」
デッキの上で風を受けながら見える風景を懐かしむ女。それにやけに楽しそうな顔をしている。司には何が楽しいのかわからなかった。長年この街にいても、わざわざフェリーに乗り、ハドソン川を遊覧したことはない。それよりも、この場所にいったい誰と来たのか気になってきた。
昨日、椿と別れた牧野が一人ブルックリン橋のたもとまで来ていたと報告があった。
そして、その場所で一人マンハッタンを眺めて帰ったと聞いた。そこにも昔行ったことがあるのか?司は牧野つくしが過去ニューヨークに来たことがあると聞いてはいるが、何をしに来たのかまでは知らない。女の過去が気になっている司。
「おい、おまえ昔来たことがあるって言ったよな?」
司はフェリーの突先で、なんかの映画の真似だと腕を広げている女の傍まで歩いて行った。
「うん。昔ねぇ、さっむーいニューヨークにコートも持たず、何も考えずに来たの。バカだよね。冬のニューヨークにコートも持たない女なんて」
つくしは昔を思い出したかのように、自分の両手を身体に巻き付け、さむかったーと小芝居をしていた。
「なにしに来たんだよ、そのクソさみいニューヨークに?」
司はそんな小芝居をしているつくしの傍で聞いた。
「ふふふ・・・自由の女神に鼻の穴があるか確認しに来た!」
二人の目線の先にはフランスから来たババァ。
バカかコイツは?

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そこで司はひとつ提案をしてみることにした。
「俺たち結婚したって言ったっても、西田からの報告書以外俺はおまえの事をほとんど知らねぇ。過去に何があったとか全く覚えがない。9年もの間、誰もおまえの話をしなかった。けどよ、やっぱりおまえの事が気になってるんだな俺は」
「・・・・」
「でよぉ、こうしているんだし、話っつうもんをするのも悪くねえ・・・」
「・・・・」
「おい、聞いてんのか?」
隣で大人しく聞いていると思ったら、コイツは寝ていた。
無神経なのか?俺の隣で平気で寝れるヤツなんてよっぽどだぞ?
そう思いながらも眠りこけているコイツの肩を抱き寄せると、そっとくちづけをした。
***
つくしが今朝目覚めたのは、昨日とは別の部屋だった。
ゆうべ何があったのか思い出そうとしていた。ぼんやりとした頭で覚えているのは、メープルで食事をして、道明寺があたしの指を舐めまわして、それから車に乗って・・。
そこまでだ。
どうやってこの部屋へたどり着いたのか
はたまたいつの間に下着だけの姿になったのか。
まったく分からない。
「うぅ・・・・・」
つくしは思いっきり呻いた。
司が脱がせたことはわかっているだけに、今さらながら恥ずかしさが募る。
問題なのは服を脱がされたことではない。昨夜の夕食の席でつくしは、司に向かって啖呵を切った。もう迷わないからと言い切った。それは夫婦としての行為に応じるということだ。
17歳の頃はもちろん、そんなことは頭の中になかった。
だが、もういい年をした大人の女だ。経験がなくても出来るはずだ。それに今まで本当の意味で生きていたと言えるのは、道明寺と一緒に過ごしたときだ。もう一度、道明寺とあの頃と同じ時間を過ごしたい。
つくしはため息をつきながら、ベッドからゆっくりと起き上ると、着替えをすることにした。
道明寺はもう出社したのだろう。
今日は何をして過ごそう。アイツと話す機会は夜しかないはずだ。
そんなことを思い、ダイニングルームへ向かった。するとそこに司がいた。
「よう・・」
爽やかな笑顔がつくしに向かって言った。
「・・・お、おはよう」
ダイニングには懐かしい香りが漂っている。ブルーマウンテンだ。
道明寺の好きなコーヒーの銘柄。昔、数えるほどしかない道明寺とのキスもこのコーヒーの香りがした。
「おまえ、いい大人のクセしてよくそんなに眠れるな?」
司は手にしていた新聞からつくしへと視線を移す。
「いい大人のクセしてって、アンタだって昔は相当よく寝てたわよ?そ、それにあたしの服・・ぬ、脱がせたのアンタでしょ?」
「そんなに目くじら立てる問題かよ?全部脱がしたわけじゃねぇだろ」
それが問題だった。何しろつくしはまったく覚えていない。
この男には女が無防備な状態で寝ている所を見られることが、どんなに恥ずかしいことかわからないはずだ。
つくしは自分の身体に自信がない。体型は高校生の頃とさして変わりなく、胸のふくらみは以前よりあるとはいえ、グラマラスな女性の多いこの国では小学生並だ。そんなことを思う女に目を向けている男。そのとき男の視線がつくしの胸元に落ちた。つくしは自分の思考を読み取られたと思った。
つくしは会話が性的なことに変わる前に話題を変えることにした。
「あ、あんた仕事は?」
「お? 今日はオフだ」
「へえーそうなんだ、いいの?副社長が休んでも?」
「副社長だろうが、何だろうが休みくらい取るぞ? ま、俺が居ねえくらいでどうにかなるような会社じゃねえよ。ウチは優秀な奴らばかりだからな」
「あはは・・」
「で、今日はおまえと一日過ごしてやることにした」
「はぁ?」
「聞こえねーのかよ!」
いやいや、聞こえてます。
「何で?」
「何でって、おまえの為に時間を作ってやった」
「・・・別に作ってもらわなくてもいいんですけど?」
「おまえ俺と結婚したんだよな?仮にも!」
と言って司は仮を強調した。
「俺を幸せにしてくれるんだよな、仮にも!」
と、再度強調。
「わ、分かってるわよ!私が言ったんだもん」
「そうだろ?俺たちは色々と話し合うことがあるはずだよな?」
司は昨夜もそのつもりでいた。
だが女がさっさと寝てしまい、話にならなかったのが実情だ。
そのうえ、何故か女のペースに巻き込まれているような気がしていた。
「いいか?今日は俺とおまえと腹を割って話を・・・」
って、この女どこ見てんだ?
「え?なに、あんたそんな事よく知ってたね?」
と笑う女。
くそっ!この女、頭から丸めて食ってもいいか?
「ねえ、せっかくの休みなんだったらどっか出掛けない?」
「はあ?おまえは人の話を聞いてんのか?俺は話し合うことがあるはずだって言ったよな?」
だが、司の前には、そんな事はどうでもイイって言わんばかりの態度の女がいた。
***
30分後、二人は自由の女神を見るためのフェリーの上にいた。
「ここね。昔来たことがあるの。懐かしなぁ・・」
デッキの上で風を受けながら見える風景を懐かしむ女。それにやけに楽しそうな顔をしている。司には何が楽しいのかわからなかった。長年この街にいても、わざわざフェリーに乗り、ハドソン川を遊覧したことはない。それよりも、この場所にいったい誰と来たのか気になってきた。
昨日、椿と別れた牧野が一人ブルックリン橋のたもとまで来ていたと報告があった。
そして、その場所で一人マンハッタンを眺めて帰ったと聞いた。そこにも昔行ったことがあるのか?司は牧野つくしが過去ニューヨークに来たことがあると聞いてはいるが、何をしに来たのかまでは知らない。女の過去が気になっている司。
「おい、おまえ昔来たことがあるって言ったよな?」
司はフェリーの突先で、なんかの映画の真似だと腕を広げている女の傍まで歩いて行った。
「うん。昔ねぇ、さっむーいニューヨークにコートも持たず、何も考えずに来たの。バカだよね。冬のニューヨークにコートも持たない女なんて」
つくしは昔を思い出したかのように、自分の両手を身体に巻き付け、さむかったーと小芝居をしていた。
「なにしに来たんだよ、そのクソさみいニューヨークに?」
司はそんな小芝居をしているつくしの傍で聞いた。
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