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2020
02.23

また、恋が始まる 2

「副社長。まもなく着陸します」

その声に何度かまばたきをして窓の外に目を向けるとジェットは着陸態勢に入ったのか。
徐々にその高度を下げていた。

普段なら機内で眠ることはない。けれどこの旅はビジネスではなく、愛しい人に会うための旅。彼女に会うことを考えた時、仕事をする気にはなれなかったが、秘書はそんな男の前に書類を置くことはなかった。
そして秘書は普段から睡眠は大切ですと力説していたが、今日の司は席に腰を下ろすとストンと落ちるように意識が無くなっていたが、そんな眠りの中で夢を見た。

その夢はこうだった。
司の前に現れた老人は人を探していると言った。
そして老人は手にしている小さな箱の中から古い地図と取り出すと、丸印がつけられた場所に探している人がいるはずだから連れて行って欲しいと司に頼んだ。
だが司はその地図がどこの場所を表しているのか分からなかった。
それに、書かれている文字は長い年月を経ているのか。
インクは薄れていて判別することが出来なかった。

そしてその老人は司の前から消えたが、次に現れたのは老婆。その老婆は司に言った。
この道を真っ直ぐ行けばあの人に会えますか。
どうすればあの人に会えますか。
そう言った老婆も古い地図を持っていて司に示した。
だがやはり司にはその場所がどこなのか分からなかった。
それに、老婆が手にしている地図も、やはり書かれている文字は薄れていて、何と書かれているのかはっきりとしなかった。
そして老人の時と同じように老婆は突然司の前から消えた。

夢というのは意外さと唐突さで繋がっている。
だからたった今見た夢は、単なる意味のない夢だと言ってもいい。
だが夢は潜在意識が見せるものだとも言われる。
夢は未来を暗示しているという話もある。
だとすれば、つい今しがた見た夢に出て来た老人は司の可能性もあった。
自分が訪れたい場所を永遠に探し求めて彷徨っている老人。

だが老婆が彼女だとすれば、司がこれから向かう先にいる女性は司に会いたいと思っているのではないか。
これまで顧みられることがなかった女性は情の厚い女性だった。
だから今でも司のことを思っていてくれるのではないか。
そう考えるのは司の身勝手だとしても、そう願っている己を否定することは出来なかった。


人が生まれてから死ぬまでの間に出会う人間はいったいどのくらいなのか。
そして幾つもの偶然が重なり出会った人間同士は、それを運命と感じるのか。
それとも宿命と感じるのか。
司が生まれながらに持つ宿命は、道明寺の家を継ぐこと。
ビジネスを拡大していくこと。
だから司の人生は敷かれたレールの上を走る列車のように決められていた。
そして彼女のことを忘れた男がレールを外れることはなく、アメリカの大学を卒業した男は道明寺に入社すると、まだ若い司が纏めることは出来ないと言われる難しい案件も纏めてきた。

そんな男はビジネスの世界では精力的で情けがないと言われ、他人に対しナーバスになったことはない。だが今はナーバスにならざるを得なかった。
何故なら、これから会う彼女のことは纏めなければならない案件ではないからだ。


「副社長。どうぞこちらへ」

司を出迎えた駐在員は、そう言って車へ案内したが、日本の春にはほど遠い寒さが足元から昇って来た。

ここはかつてこの国の首都だった第二の都市アルマトイ。
天山(てんざん)山脈の雄姿を臨むことができる中央アジアの近代都市。
経済、教育、文化の中心地であり日系企業の多くがこの街に拠点を置いていて、道明寺もこの街に駐在事務所を構えているが、彼女が住んでいるのはこの街の郊外。
駐在している道明寺の社員から通訳を頼まれた彼女が事務所に来るのは明日だが、司は着いたその足で彼女が暮らしている場所を訪れることを決めていた。

それは一刻も早く彼女に会いたかったから。
そして会って言いたかった。

「ごめん、お前を忘れて悪かった。俺は今でもお前のことを愛してる」

それ以外の言葉を言うつもりはないが、彼女は司の思いを受け止めてくれるだろうか。
だが司の存在は忘却の彼方へ追いやられていてもおかしくない。
それでも会って自分の思いを伝えなければならない。

そして閉ざされていた記憶の中にいた少女は、今はどんな姿なのか。
駐在員から彼女の写真を送りましょうかと言われたが必要ないと答えた。
それは、瞳の奥に、胸の奥に抱いている彼女の面影を大切にしたかったから。
それに、目を閉じれば浮かぶ姿に懐かしさとともに感じられる愛おしさがあった。
その思いを心に抱き彼女に会いたかったから写真は必要ないと言った。とは言え、自分に向けられる瞳に浮かぶ感情を知るのが怖いという思いもあった。



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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2020.02.23 13:14 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
カザフスタンに到着した男は色々と考えているようですよ(笑)

マスク不足は深刻ですよね。
アカシアも先日なんとか10枚入りを購入することが出来ましたが、すぐに無くなる予定です。
人混みを避ける。不要不急の外出は避けてと言われていますが、そうはいきませんよね?
さて。いよいよ明日でしたね?予定通りなのでしょうか。
気を付けてお出かけして下さいね。そして楽しんできて下さいませ(^^ゞ
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.02.23 21:57 | 編集
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