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2019
12.26

クリスマスの約束 <後編>

つくしは自宅へ帰る途中で、すれ違った若い女性が近くの洋菓子店の名前が入った紙袋を手にしているのを見た。
気付けば街のあちこちに同じような袋を持った人間が大勢いたが、今日はクリスマスイブだ。1年で一番ケーキが売れる日だ。だからその光景は当たり前の光景。そして去年までは、つくしも同じようにケーキが入った紙袋を手にしていた。

普段甘いものを食べない恋人も、この日だけは世間の恋人同士がクリスマスイブを過ごすように過ごしたいと言った。だから毎年ケーキを用意していたが、結局ケーキは何日もかけてつくしが食べる羽目になっていた。
けれど、今年はひとりであの大きさのケーキを食べる勇気はない。
だからと言ってひとりで食べられるサイズのケーキに目をくれることはなかった。
だからエコバッグの中に入っているのはクリスマスの欠片も感じられない食べ物だ。

10分程歩くとマンションに着いた。
郵便ポストの鍵を開けダイレクトメールを取り出し鞄に入れた。
ひとり暮らしを始めるにあたって、このマンションを選んだのは、古い建物でオートロックではないことから家賃が安かったからだ。
だが恋人はこんな古いマンションに住む必要はないと反対した。自分名義のマンションがある。だからそこで生活すればいいと言った。
それなら家賃は幾ら?と訊けば恋人から家賃を取る男がどこにいる?と言われたが、つくしの性分としては、大学に進学する費用を援助してもらった以上に恋人に甘えることは出来なかった。

エレベーターに乗り、そして降りた。
エレベーターホールから廊下を自分の部屋に向かって歩きながら、鍵を出そうとした時だった。スーツに黒いコートを着た男が、ポケットに両手を突っ込んだ状態で扉のすぐ傍の壁に背中をもたせかけた状態でいるのが見え足が止まった。だが、男が誰であるかすぐに分かった。


「え?….道明寺?」

癖のある黒髪と鋭い瞳を持つ恋人の視線はまっすぐつくしを見ていたが、無言のその表情が何を現わしているのかと言えば、どういう訳かそれは怒りであり、背中を壁から離した男は、つくしの前まで歩いて来ると彼女を見下ろしていた。
それにしても何故ニューヨークにいるはずの恋人が東京にいるのか。
一番に思うのはそのこと。だからこの状況に戸惑いながらつくしは訊いた。

「アンタ、どうしたの?なんでここにいるの?」

「おい。アンタじゃねえだろうが。何フラフラしてんだ?仕事はとっくに終わってんだろうが。それに幾ら携帯にかけても出やしねえし、お前俺のことを無視してんのか?」

と、つくしの質問に答えることなく言われたが、携帯電話が鳴った覚えはない。だから慌てて鞄の中から電話を取り出して見たが確かに着信がある。それも沢山。でも鳴らなかった。

「マナーモードにしてんじゃねえのか?」

携帯電話を見つめる女に男は苛立った様子で言った。

「あ….」

会社では鞄を足元に置いていて、マナーモードにしているが退社してもそのままにしていた。

「そんなことだろうと思った」
恋人は呆れたように言ったが、視線は依然として鋭かった。
だから、「ご、ゴメン」と謝ったが、そう言ったところで、頭の中にあるのは今年のクリスマスは会えないと言った恋人が何故ここにいるのかということだ。
だからその疑問を晴らそうと「なんで__」と、言いかけたところで目の前に立つ男は、つくしの手からエコバッグを奪い取ると「寒いから中に入れてくれ」と言った。













つくしは食器棚の扉を開けてコーヒーカップを取り出した。
いくら建物の中だとは言え、壁で囲われていない廊下は寒い。きっと身体が冷えているはずだ。だから恋人には温かい飲み物が必要だ。

「寒かったでしょ?コーヒー淹れるから適当に座って待ってて。それでいつ着いたの?」

つくしは、恋人のために普段飲むインスタントではなく、ドリップされたコーヒーを淹れる準備をしながら背後から聞こえる声を待った。
だが返事はなく、ただ感じられるのは恋人の機嫌は悪いということ。
そして怒っているということ。
だがマナーモードにしたままの携帯に出なかったからといって、機嫌を悪くされたのではたまらなかった。
だから、もう一度訊こうとしたが、その時声が聞こえた。

「いつ着いたか?それは東京にか?それともここにか?東京には2時間前に着いた。ここには1時間前だ」

と、答えた声はやはり怒っていたが、それは1時間も待たせたからなのか。
それとも恋人が言うところのフラフラしていたことに対してなのか。
携帯に出なかったことは悪かったと思っているが、何もそんなに怒らなくてもいいはずだ。
第一、つくしは恋人が日本に、東京に、自分の部屋の前にいるなど思いもしなかった。
だから故意に待たせたのではない。それにフラフラしていた訳でもない。
だから負けじと「ねえ。何そんなに怒ってるのよ?あたしの帰りが遅いって言うけど買い物してたんだから仕方がないでしょ?それにアンタが急にここに現れるなんて思いもしないんだもの。来るなら来るって連絡してくれてもいいでしょ?」と言って返事を待った。
だが返事はない。
だが携帯にあれだけ沢山の着信があるということは、連絡をしていたということだ。
だから今の言い方は悪かったと反省した。
そしてコーヒーメーカーをセットすると恋人と対峙するため振り返えろうとしたところで首筋に息を感じ後ろからそっと抱きしめられた。

「わかってる。俺はお前がフラフラしてたなんて思ってねえよ」

その声は、柔らかく世の中の女性を陶然とさせると言われる低い声。
だが愛を囁く時の恋人の声はもっと柔らかい。
そして抱きしめる腕は今よりも力強かった。
だがつくしは、そんな思いを頭の中から振り払った。

今思うのは、何故日本に来れないと言った恋人がここにいるのかということ。
それに今のつくしはふたりの関係に悩んでいた。長い交際期間を経て湧き上がる思いは、もしかすると自分は彼に似合わないのではないかという思い。
それは、これまでもあった思いだが、これまで以上に恋人が広い世界で活躍する姿に自分が置き去りにされたように感じていた。
だがそれは、恋人とは対等でいたいと言った自分の言葉に囚われすぎなのかもしれない。
だがそのことを別としても、当の本人の突然の訪問に何故という思いを抱いているのに、帰りが遅い。電話に出なかったと怒られているという理不尽さにムッとしたのも事実だ。
だがそれと相反するように背後から抱きしめてきた恋人の身体の大きさに、その腕の温もりに自分の身体を預けてしまいたい気持ちになっていた。
だから背中に恋人の温もりを感じながら、「それなら何で怒ってるのよ?」と思いをぶつけた。

「怒ってねえよ」

「嘘。怒ってるわよ!来るそうそう怒ったじゃない。人のことを糸が切れた凧みたいに言ったじゃない!」

「わかってる」

「何がわかってるのよ?」

「どうしようもねえんだよ」

「何がどうしようもないのよ?」

ふたりは久し振りに会ったというのに甘い言葉を交わすことが出来なかった。
だが司は彼女を責めるためにここにいるのではない。
言いたいことは別にあった。だから意を決すると口を開いた。

「それはお前と離れていることに俺は耐えられなくなったってことだ。今日だって日本に帰って来て何をおいてもお前に会いたくてここに来た。それなのにお前はいない。
それに今年は仕事の都合で日本に帰って来ることが出来ないと思った。だからお前にニューヨークに来て欲しいと言った。だがお前の態度はそっけなかった。それが俺の心の中に苛立ちを感じさせた。けどそれはお前に対してじゃない。いつまでもお前を待たせている俺自身に対して苛立った。約束だけで実行に移せない結婚にだ。俺が今日ここに来たのは、お前に結婚してくれと言うためだ」

司は背後から抱きしめた恋人の表情を見ることは出来なかった。
だが、結婚という言葉に彼女の身体が微かにだが震えたのを感じていた。
だから抱きしめた腕に力を込めた。

「長い間待たせた。不安にさせて悪かった。傍にいて欲しいこともあったはずだ。守って欲しいと思ったこともあったはずだ。だが俺はお前の傍にいることが出来なかった。けどこれから先はお前がうんざりするほど傍にいてやる。だから今すぐにでも俺と結婚してくれ」

恋人と出会うまでの司は、何をするにも相手の意思確認なんぞ時間の無駄だと考えていた。
だから初対面の人間をいきなり殴ることもあったが、彼女に出会って変わった。
だが金にものを言わせたことがあった。けれど迫って力づくで落とすことが出来ない女は、優柔不断で恥ずかしがりやの女だった。
そして今この腕に抱きしめているのは、結婚に対して何らかの迷いがある女だ。
意地っ張りの女は時に心が揺れる。揺れて自信を無くして落ち込むことがある。
だが意地っ張り故にそのことを司に伝えることは無かった。

「牧野つくし。お前は自分に自信を持て。お前は世界中で唯一俺が認めた女だ。俺に似合う女はお前以外いねえんだよ。だから何か悩んでいるとしても、その悩みはすぐに悩みじゃなくなる。何しろお前は明日には牧野つくしから道明寺つくしになる。これは決定事項だ。考えてる時間はお前にはない。それに俺はもうこれ以上俺の目の届かない場所にお前を置いとけねえんだ」

司はそこまで言うと、後ろから抱きしめていた恋人の身体を自分の方へ向けた。
そして自分を見つめる女に言った。

「牧野つくし。道明寺つくしになってくれるよな?」

司は恋人の返事を待ちながら遠い昔のことを思い出していた。
それは恋人が司に嘘をついて去った日のこと。
あれは激しい雨が降る日だった。傘をさすことなく道端に佇んでいた女は寒さで震えていた。そして司は女の嘘を見破ることが出来ずに非難した。
だが今の司はあの頃とは違う。
何があっても彼女を離さないと決めていた。自分が彼女を守ると決めている。
それにもし今外が雨で、びしょ濡れになるなら二人して全力で雨を楽しめばいい。
傘がなくても手を繋いで歩ければそれでいいと思っている。
だから黙ったままの恋人に、自分に付いて来て欲しいという思いを込めて言った。

「イエスの生まれた日にノーの返事を受け入れることは出来ねえ。だから返事はイエスだ。以上が俺からお前に言いたかったことだ」

つくしの恋人はいつも率直な言葉で彼女の疑問に答えてきた。
つまりその言葉は心の中にある嘘偽りのない言葉だということは分かる。
それに言い出したら訊かない男だということも知っている。
だからつくしは恋人の一方的なその言葉に微笑んだが、その微笑みの意味はイエス。
それを見た恋人は、唇の両端を上げた。そして親指で恋人の顎を優しく押し上げると唇を重ねた。
















「ねえ。どこに行くの?」

「どこだと思う?」

「さあ….」

司は恋人を車に乗せると運転手に指示をしたが、これから二人が向かうのは初めてのデートで待ち合わせに指定した場所。
恵比寿ガーデンプレイス。時計広場。
あの日。司は初めてのデートに遅れるわけにはいかないと随分と早くあの場所にいた。
そして彼女を待ったが、彼女は指定した時間に現れることがなかった。
やがて現れた彼女は、本当は来たくなかったといった態度だった。

車が停車して降りた場所には大勢の人間がいて、思い思いにクリスマスイルミネーションを楽しんでいるが、こうしてふたりで思い出の場所で手を繋いでいることが司にとっての幸せだ。

それに今日は年に一度この日だけは必ず会おうと決めたイエス・キリストの誕生を祝うクリスマス。
だが来年のクリスマスは、いや。これから先のクリスマスは司がどこにいたとしても、彼の傍には妻となった女性がいてくれる。
それに来年のクリスマスは、もしかすると二人だけのクリスマスではないかもしれない。
いや。もしかするとではない。何しろ司に人生の辞書に仮定の文字はないのだから。
だから来年のクリスマスに司が妻から受け取る贈り物は、司の人生で最高のクリスマスプレゼントになるはずだ。




< 完 > *クリスマスの約束*
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コメント
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dot 2019.12.26 09:45 | 編集
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dot 2019.12.27 07:06 | 編集
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dot 2019.12.27 16:04 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
まさかかかってくるとは思わない人から着信が山のように。
それも相手は目の前にいる恋人。
司はさぞやイライラしたことでしょう(笑)
さて。大人になったふたりには、それぞれに思うことがあり、結婚が伸びてしまったようです。
そして結婚には勢いが必要ですがタイミングも大切ですよね?
司は決めると早い。明日入籍するようですが、つくしも迷っていたこともあり、いざという時は自分を引っ張ってくれる司の力強さに抗うことはしませんでした。
イエスの誕生日にノーは受け付けない。ジョークのように聞こえますが、本人は大真面目だったと思いますよ(笑)

今年もあと僅か....。
年末の慌ただしさに流されていますが大掃除終わりましたか?(笑)
スッキリと新年を迎えたいですよねえ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.12.28 20:32 | 編集
ふ*******マ様
おはようございます^^
はい。明日婚姻届けを提出することは決定事項。
長い付き合いの間には色々とあったことでしょう。
しかしイザという時は、やはり司の強引さが必要なのです。
先ずはデートのやり直し。そして親や会社に報告!
そして来年のクリスマスは家族が増えている予定.....。
え?結果が見たい?来年のクリスマスのお話にですか?(;^ω^)←アカシアこんな顏してます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.12.28 20:43 | 編集
ふ**ん様
イエスの生まれた日にノーの返事は受け入れられない男。
そんな男は恋人の全ての迷いを吹き飛ばしました。
これまですれ違ったり色々とあったとしても「今」を逃すことなく捕まえることが出来る男。それが道明寺司です。

女性は現実主義者で男性はロマンチストと言われ、女性は別れると過去を振り返ることなく前を向くと言われていますが、男性は過去に囚われると言われています。
だから司は今もロマンチストでつくしに対しては純粋なんでしょうね。
そしてふたりで過ごす幸せなクリスマス。来年には天使が舞い降りる!
はい。勿論。イエ――――スッ!です。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.12.29 22:09 | 編集
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