神々しい横顔をした男がいる。
その男はまだ若く若さには自惚れが付きものだと言うが男の辞書に自惚れという文字はない。
だが世間はそれを自惚れと言うかもしれないが、男は世界中の誰もが認めるほどいい男だ。
だから、やはり自惚れという言葉は彼には当てはまらなかった。
そんな男が支社長を務める会社で毎年開催されるイベントがある。
それは社内対抗のど自慢大会。
大声で歌を歌うことでストレスを発散することが出来るが、のど自慢大会は日常からの解放であり、働き方改革のひとつで数年前から実施されていた。
大会は各部署の一番歌が上手い人間が出場するが、日曜の昼間に放送される某国営放送の番組とは違い、鐘が鳴ったら終わりではなく最後まで歌い切ることが出来る。
そして優勝者を出した部署に贈られるのは、支社長のポケットマネーからの金一封の百万円。その金をどう使おうと部署の自由。
だからどの部署も気合いを入れて歌い手を送り出すのだが、当然のことながらメイクも衣装もバッチリ。演出にも凝っていてシュレッダーの紙吹雪が舞い、銀テープが乱れ飛ぶ中、バックダンサーもいて本格的な舞台を見ることが出来た。
本気の仕事をする社員たちの本気ののど自慢大会。
そんな大会にある人物が出るという噂があるのだから誰もが驚いた。
「ねえ。あの噂本当だと思う?」
「う~ん。でも所詮噂でしょ?だってうちの会社の噂って噂の域を出たことがないでしょ?だから今回のその話も噂だと思うわ」
「そうよねえ……。それにあの方にそんな暇ないわよね?」
「そうよ。あの方は多忙を極めてるわ。だから社内対抗のど自慢大会に出るとは思えないわ」
最上階のフロアの片隅で交わされる重役付き秘書たちの話ぶりは落ち着いていた。
そしてその話を耳にした男は執務室に戻ると、先日恋人が作ってくれた自分の顏を模したクッキーを口に入れコーヒーを飲んだ。
必ず食べるようにと言われたクッキー。だから保存することなく毎日数枚ずつ食べていた。
多忙を極めるあの方と言われる人物の名前は道明寺司。
最上階の執務室が彼の職場であり、社内で見かけるチャンスは殆どなく、見かけるとすればビルの入口からエレベーターまで歩く短い距離。
そしてその男の声は魅惑のバリトンボイスと言われ、訊く者をうっとりさせる声をしているが、そんな男が社内対抗のど自慢大会に出る。そんな噂が社内に流れているが、そんなことは露ほども知らない男は、海外事業本部から牧野つくしが出場するという話を訊いて驚いた。
牧野がのど自慢大会で歌を歌う?
司はそんな話を本人の口からは訊いていない。
それに彼女が歌を歌っているところを見たこともなければ、訊いたこともない。
いや。料理をしながらの鼻歌なら訊いたことはあるがマイクを手に本格的に歌う姿を見たことがなかった。
だから上手いのか下手なのか分からなかった。
だが部の代表として出るからには上手いのだろう。
高校時代から付き合っている彼女が訊く歌は、いわゆる歌謡曲と呼ばれるものが多く、司が知らない歌手の曲も多かった。
だから司は彼女がどんな歌を歌うのか興味があった。
そこで司は彼女がもし歌手だったらと想像した。
真夜中のスタジオにいるのは人気歌手、牧野つくし。
そして司は敏腕と言われる音楽プロデューサーで、これまでも彼女の曲を数多く手掛けて来た。
司が彼女と出会ったのは新人歌手発掘のためのオーデション会場。
名前を呼ばれて入って来た時の第一印象は、化粧気もなく髪の毛を三つ編みにした地味でさえない子だと思った。
だが彼女の歌を訊いた瞬間、この子だと思った。
そしてオーデションを勝ち抜き、スポットライトを浴び歌う姿を見たとき間違いなくスターになると思ったが、ほどなくして司のプロデュースした曲を歌った彼女はすぐに売っ子の歌手になった。
それからは、まさにスターという言葉に相応しい活躍。
出す曲は全てミリオンセラー。
コンサートをすると決まればチケットは即完売。
それはまさに歌手として順風満帆な人生。
そして司はそんな彼女と共に曲作りをすることが楽しかった。
「今の音。もう一度プレイバックしてくれる?」
「どうした?まだ気になるところがあるのか?」
「ええ。ちょっとね」
「そうか。分かった。それで?どこから流す?」
「ダルセーニョからお願い」
司はその言葉に頷くと音を流した。
そして彼女はソファにもたれ目を閉じスタジオに流れる音に耳を傾けていた。
「ほら今の音。ちょっとキーが低いと思わない?だからもう一度取り直したいわ」
「そうか?俺にはこの音程が一番いいと思うが?」
「ダメよ。私の声はどうしても低くなりがちなの。だからもう一度お願い」
彼女はそう言ってガラスの向こう側に行くとヘッドフォンを付け、彼に向かって頷いた。
そして耳から流れる音楽に合わせ歌い始めたが、その歌声は訊く者の心を揺さぶるような切ない声をしていた。
司は彼女の声が好きだ。
これまで大勢の歌手を育てて来たが彼女ほど才能がある歌手はいないと思っていた。
だから彼女が望めばどんなことでもしてやるつもりでいた。
だがこのレコーディングを始める前、彼女から思いもしないことを告げられていた。
それは、このアルバムを最後に引退しようと思っているという言葉。
もちろん司は理由を訊いた。
「今、なんて言った?どうして歌手を辞める?君はスターだぞ?今、日本で一番売れている女性歌手だ。君はステージの上では輝いている。君の声は人の心を癒す。それなのに何故なんだ?」
「好きな人がいるの。だから歌手を辞めようと思うの。辞めてその人の傍にいたいの」
そんな彼女の言葉には歌手として大勢の人の前で歌うよりも、たったひとりの人の傍にいたいという思いが込められていた。
司は彼女の口から語られた言葉にショックを受けた。
何故なら彼はプロデューサーという立場だが彼女に恋をしていたから。
だから自分の恋は終わったことを知った。
言葉がもどかしい時というものがある。
だから司は彼女を抱きしめ言った。
「つくし。俺はお前のことが好きだ。初めはお前を単なる歌い手と見ていた。だが違う。いつの頃からかお前に恋をしている自分がいることに気付いた。だから俺がお前のために書いた曲は俺の気持ちが込められている」
「ええ。気付いていたわ。あなたの気持ちには……。だから私は___」
司は、それ以上の言葉を訊きたくなかった。
だから抱きしめていた腕を解くと背中を向けた。
そして「分かった」とだけ言ってレコーディングを始めようと言った。
だが心の中では彼女を奪った相手の男に対しての憎悪というものがあった。
そして同時に湧き上がったのは、彼女を他の男に渡したくはないという気持ちだった。

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その男はまだ若く若さには自惚れが付きものだと言うが男の辞書に自惚れという文字はない。
だが世間はそれを自惚れと言うかもしれないが、男は世界中の誰もが認めるほどいい男だ。
だから、やはり自惚れという言葉は彼には当てはまらなかった。
そんな男が支社長を務める会社で毎年開催されるイベントがある。
それは社内対抗のど自慢大会。
大声で歌を歌うことでストレスを発散することが出来るが、のど自慢大会は日常からの解放であり、働き方改革のひとつで数年前から実施されていた。
大会は各部署の一番歌が上手い人間が出場するが、日曜の昼間に放送される某国営放送の番組とは違い、鐘が鳴ったら終わりではなく最後まで歌い切ることが出来る。
そして優勝者を出した部署に贈られるのは、支社長のポケットマネーからの金一封の百万円。その金をどう使おうと部署の自由。
だからどの部署も気合いを入れて歌い手を送り出すのだが、当然のことながらメイクも衣装もバッチリ。演出にも凝っていてシュレッダーの紙吹雪が舞い、銀テープが乱れ飛ぶ中、バックダンサーもいて本格的な舞台を見ることが出来た。
本気の仕事をする社員たちの本気ののど自慢大会。
そんな大会にある人物が出るという噂があるのだから誰もが驚いた。
「ねえ。あの噂本当だと思う?」
「う~ん。でも所詮噂でしょ?だってうちの会社の噂って噂の域を出たことがないでしょ?だから今回のその話も噂だと思うわ」
「そうよねえ……。それにあの方にそんな暇ないわよね?」
「そうよ。あの方は多忙を極めてるわ。だから社内対抗のど自慢大会に出るとは思えないわ」
最上階のフロアの片隅で交わされる重役付き秘書たちの話ぶりは落ち着いていた。
そしてその話を耳にした男は執務室に戻ると、先日恋人が作ってくれた自分の顏を模したクッキーを口に入れコーヒーを飲んだ。
必ず食べるようにと言われたクッキー。だから保存することなく毎日数枚ずつ食べていた。
多忙を極めるあの方と言われる人物の名前は道明寺司。
最上階の執務室が彼の職場であり、社内で見かけるチャンスは殆どなく、見かけるとすればビルの入口からエレベーターまで歩く短い距離。
そしてその男の声は魅惑のバリトンボイスと言われ、訊く者をうっとりさせる声をしているが、そんな男が社内対抗のど自慢大会に出る。そんな噂が社内に流れているが、そんなことは露ほども知らない男は、海外事業本部から牧野つくしが出場するという話を訊いて驚いた。
牧野がのど自慢大会で歌を歌う?
司はそんな話を本人の口からは訊いていない。
それに彼女が歌を歌っているところを見たこともなければ、訊いたこともない。
いや。料理をしながらの鼻歌なら訊いたことはあるがマイクを手に本格的に歌う姿を見たことがなかった。
だから上手いのか下手なのか分からなかった。
だが部の代表として出るからには上手いのだろう。
高校時代から付き合っている彼女が訊く歌は、いわゆる歌謡曲と呼ばれるものが多く、司が知らない歌手の曲も多かった。
だから司は彼女がどんな歌を歌うのか興味があった。
そこで司は彼女がもし歌手だったらと想像した。
真夜中のスタジオにいるのは人気歌手、牧野つくし。
そして司は敏腕と言われる音楽プロデューサーで、これまでも彼女の曲を数多く手掛けて来た。
司が彼女と出会ったのは新人歌手発掘のためのオーデション会場。
名前を呼ばれて入って来た時の第一印象は、化粧気もなく髪の毛を三つ編みにした地味でさえない子だと思った。
だが彼女の歌を訊いた瞬間、この子だと思った。
そしてオーデションを勝ち抜き、スポットライトを浴び歌う姿を見たとき間違いなくスターになると思ったが、ほどなくして司のプロデュースした曲を歌った彼女はすぐに売っ子の歌手になった。
それからは、まさにスターという言葉に相応しい活躍。
出す曲は全てミリオンセラー。
コンサートをすると決まればチケットは即完売。
それはまさに歌手として順風満帆な人生。
そして司はそんな彼女と共に曲作りをすることが楽しかった。
「今の音。もう一度プレイバックしてくれる?」
「どうした?まだ気になるところがあるのか?」
「ええ。ちょっとね」
「そうか。分かった。それで?どこから流す?」
「ダルセーニョからお願い」
司はその言葉に頷くと音を流した。
そして彼女はソファにもたれ目を閉じスタジオに流れる音に耳を傾けていた。
「ほら今の音。ちょっとキーが低いと思わない?だからもう一度取り直したいわ」
「そうか?俺にはこの音程が一番いいと思うが?」
「ダメよ。私の声はどうしても低くなりがちなの。だからもう一度お願い」
彼女はそう言ってガラスの向こう側に行くとヘッドフォンを付け、彼に向かって頷いた。
そして耳から流れる音楽に合わせ歌い始めたが、その歌声は訊く者の心を揺さぶるような切ない声をしていた。
司は彼女の声が好きだ。
これまで大勢の歌手を育てて来たが彼女ほど才能がある歌手はいないと思っていた。
だから彼女が望めばどんなことでもしてやるつもりでいた。
だがこのレコーディングを始める前、彼女から思いもしないことを告げられていた。
それは、このアルバムを最後に引退しようと思っているという言葉。
もちろん司は理由を訊いた。
「今、なんて言った?どうして歌手を辞める?君はスターだぞ?今、日本で一番売れている女性歌手だ。君はステージの上では輝いている。君の声は人の心を癒す。それなのに何故なんだ?」
「好きな人がいるの。だから歌手を辞めようと思うの。辞めてその人の傍にいたいの」
そんな彼女の言葉には歌手として大勢の人の前で歌うよりも、たったひとりの人の傍にいたいという思いが込められていた。
司は彼女の口から語られた言葉にショックを受けた。
何故なら彼はプロデューサーという立場だが彼女に恋をしていたから。
だから自分の恋は終わったことを知った。
言葉がもどかしい時というものがある。
だから司は彼女を抱きしめ言った。
「つくし。俺はお前のことが好きだ。初めはお前を単なる歌い手と見ていた。だが違う。いつの頃からかお前に恋をしている自分がいることに気付いた。だから俺がお前のために書いた曲は俺の気持ちが込められている」
「ええ。気付いていたわ。あなたの気持ちには……。だから私は___」
司は、それ以上の言葉を訊きたくなかった。
だから抱きしめていた腕を解くと背中を向けた。
そして「分かった」とだけ言ってレコーディングを始めようと言った。
だが心の中では彼女を奪った相手の男に対しての憎悪というものがあった。
そして同時に湧き上がったのは、彼女を他の男に渡したくはないという気持ちだった。

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Comment:2
コメント
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司*****E様
おはようございます^^
道明寺HDののど自慢大会。
はい。クオリティが高いはずです。
本気の仕事をする社員たちの本気ののど自慢大会ですからねえ(笑)
アカシア、そちらの番組を放送しているのは知っていましたが見たことが無いんです(;^ω^)
その代わりお宝を鑑定する方は熱心に見ていたのですがねえ(笑)
アカシアにとってのオーデション番組と言えば「スター誕生」です。
さて後編ですがこちらは御曹司ですからねえ(笑)
結末は.....です!
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
道明寺HDののど自慢大会。
はい。クオリティが高いはずです。
本気の仕事をする社員たちの本気ののど自慢大会ですからねえ(笑)
アカシア、そちらの番組を放送しているのは知っていましたが見たことが無いんです(;^ω^)
その代わりお宝を鑑定する方は熱心に見ていたのですがねえ(笑)
アカシアにとってのオーデション番組と言えば「スター誕生」です。
さて後編ですがこちらは御曹司ですからねえ(笑)
結末は.....です!
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.09.16 20:50 | 編集
