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2019
08.02

60年目の子守歌 <中編>

呉はかつて東洋一の軍港と呼ばれ帝国海軍の拠点だった街。
世界最大の戦艦である大和を建造した街で、今は海上自衛隊の呉基地があるが、数多くの映画やドラマの舞台になった街。そのせいか大勢の観光客がいた。

「この景色があの人が最後に見た景色なんだねえ」

タマはそう言って真夏の太陽に照らされキラキラと光る穏やかな海を眺めながら言ったが、呉の街は多くの島が浮かぶ瀬戸内海に面し、その島の多さと潮の流れの速さから天然の要塞と言われ、外国からの船が容易に近づくことは出来ないという理由から軍港として発展した。
そして今二人がいる場所は、そういった歴史を見ることが出来ると言われる丘だ。

「坊ちゃん。あたしは長い間ここに来たいと思ってたんだよ。でも遠いからなかなか足が向かなくてねえ。でもこうして来る事ができて本当に嬉しいよ。それにしても大きな船だねえ。
もしかするとあの船は道明寺の荷物を運ぶ船かもしれないねえ。そうだよ、きっとそうだよ。坊っちゃんのお父さんは石油事業に乗り出したんだ。だから新しい船が必要なはずだ」

老婆の視線の先に見えるのは戦艦大和ゆかりの造船所で大きな船を建造していたが、その時、後ろに控えていた案内役の人間が、「あちらの船は道明寺と大河原との合弁会社が発注した船です」と言った。

するとタマは、「そうかい。そうかい。それは良かった。坊っちゃんのお父さんはいい仕事をするからね」と言って笑った。

「それにしても暑いねえ。これじゃあこの花もすぐに枯れちまうよ。でもね。どんなに暑くても墓に花を供えるのは欠かさないよ。最近の若い人は造花を供えるらしいが、あの人は仕事帰りに野菊を摘んできてはあたしにくれた。だからあたしは、あの人に供えるのは本物の菊と決めてるけど、あの人はきっと喜んでくれるはずだよ」

タマは自分が手にした菊に目を落としたが、枯れても花に変わりはない。
それに気持ちの問題だと言って小さな白い花びらを撫でていた。

タマの夫だった人の墓は青山霊園にある。
戦後数年経って建てた墓は御影石で出来ているという。それはタマが邸で働いて貯めた金で建てられたもの。そしてその場所に墓を構えることが出来たのは曽祖父のお蔭だと言った。
けれど墓に骨はなく、代わりに入っているのは夫のために仕立ててあったシャツ。
家が焼け家族も死んで全てを失ったタマ。それでも戦争が終われば夫が戻って来る。
再び役場で働くためにはシャツがいるという思いから、空襲警報が鳴る中、持ち出したシャツがあった。だが夫は戻っては来なかった。
だからそれを骨壺に入れたと言った。

「それにしてもここはいい所だねえ。ここは海と空の街だ。眺めもいいし空も青いし空気もきれいだ。最後にあの人が見た景色がこんな風に青い空に青い海だとしたら、あたしも同じ景色を見ることが出来て幸せだよ。あたしはいつもあの人の写真にお供えをして花を飾って、今日あったことを話すんだよ。だから東京へ戻ったら今日のこともちゃんと報告するよ。でもねえ。写真の中のあの人はいつまでも若いままで、あたしだけがおばあちゃんになっちまって何だか不公平な気がするけど、それは仕方がないよねえ。金持ちも貧乏人もいずれみんな年を取るんだから、こればかりは仕方がないねえ」

タマはそう言うと、「さあ、行こうか。いつまでもこんなに暑い場所にいたら坊ちゃんが熱中症になっちまう」と言い「さあ。早く連れてっておくれ」と案内人に花を供える場所へ連れて行けと言った。
そしてタマは目的の場所へ着くと、花を供え首を垂れ念仏を唱えた。




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コメント
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dot 2019.08.02 05:56 | 編集
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dot 2019.08.02 11:28 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
お墓はあっても遺骨がない方は大勢いらっしゃると思いますが、私の祖父もそうです。
旦那様が見たと思われる同じ景色を見たタマさん。
同行者はひ孫のようにかわいがっている巧くん。
タマさんの心の中にあるのはどんな思いなのでしょうねえ。
残りは後編にて!
そしてあちらへもコメントを頂いていますが、お返事が出来なくてすみません。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.08.02 21:37 | 編集
ふ**ん様
お祝いありがとうございます。
大人の司の魅力と愛!(≧▽≦)
そう言っていただけると嬉しいのですが、別のお部屋ではとんでもない男がいます!
あちらへもコメントをいただいていますが、お返事が出来なくてすみません。
そしてこちらのお話の主役は司ではないんですが、それでもいいですか?(笑)
残すところ後編のみです。
またご感想など頂ければ幸いです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.08.02 21:43 | 編集
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