皆様こんにちは。いつも当ブログへお越し下さりありがとうございます。
最近こちらのブログから離れておりますが、当ブログ8月1日で4周年を迎えました。
つきましては、何かお話をと思い本日よりこちらでお話をUPさせていただきますので、
よろしければお読み下さいませ。
**************************************
「銀色の針のような雨が降る日だったねえ。あたしがあの子に傘をさしかけたのは。でもあの子は要らないって言って駆け出したんだよ。ここからね」
老婆はそう言って今立つ場所を示し、そして僕を見た。
「この場所は巧(たくみ)坊っちゃんのお父さんとお母さんが別れを決めた場所なんだよ?でもね。あの日から二人の人生が始まったのも確かだねえ。そう。あの日から……この場所からね」
そして老婆は、「人生には避けられない雨があるんだよ」と言って空を見上げ、「それじゃあそろそろ出発しようかねえ」と言った。
英徳学園初等部最後の夏。
僕は新幹線に乗り老婆と一緒に旅に出た。
それは、父と母が行って来いといって僕を送り出した旅。
行き先は瀬戸内海に面した街、広島県呉市。
だが何故その街を訪ねることになったのか。
そこは老婆の夫が、その地を最後にこの国を離れたからだ。
老婆の夫は役場に勤めていた。だが戦争が始まると赤紙と呼ばれる召集令状が送られて来た。そして万歳三唱の声と沢山の日の丸の旗が振られるなか、東京駅から出征したと言った。
何故老婆の夫が呉市へ向かうことになったのか。
それは分からなかったが、そこは老婆にとって戻って来なかった人を偲ぶ街であると同時に戦争を思い出させる街。
今まで訪れたことはなかったが、足腰が立つうちに訪れたいと望んだ。
だから父と母は、老婆がその地に無事赴くことが出来るようにと手筈を整え、僕に同行するように言った。
老婆の名前はタマと言い僕が生まれた時から傍にいたというが、確かに物心ついた頃には傍にいた。
そしてタマは僕の父や祖父の成長を見守ってきたというのだから、いったい幾つなのかと思い年齢を訊いたが、「レディに年を訊くんじゃない。あたしは永遠に二十歳だよ」と言って笑った。
だがタマは二十歳を迎える前の年。戦争で夫を亡くした。
そして僕の曽祖父がタマを雇い入れたというが、タマは再婚することなく、曾祖父が立てた離れに暮らし、道明寺の家のために働いてきた。
そんなタマがよく口にするのがメロディーをつけて歌われる「命短し恋せよ乙女」というフレーズ。それは大正時代に流行った『ゴンドラの唄』という歌謡曲で、僕が知ることのない時代の歌。だがその歌は、長きに渡って歌い継がれると同時にタマにとっては忘れられない歌だと言った。
『いのち短し 恋せよ乙女
紅き唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の明日は 無いものを』
と歌うと、「この歌は坊っちゃんがお小さい頃。子守歌変わりに歌ったもんだよ。それに坊っちゃんのお父さんの司坊ちゃんのお小さい頃もね」と言って懐かしそう言葉を継いだ。
「坊ちゃん。この歌は生きることの意味を歌った歌なんだよ?あたしは坊っちゃんのお母さんがお父さんとの恋に悩んでいた時に言ったんだよ。明日があるって思うのは構わないが、戦争をしている間は明日の命さえ分からない状況だった。だからじゃないけど、そのことを思えば恋をしてるなら迷ってる場合じゃないってね?特に楓奥様が二人の交際を反対していた頃だから、あたしは男女の仲になって子を作ってしまいなって言ったくらいだ。そうすりゃ迷うも何もないだろ?それが坊ちゃんが生まれる12年前の話だよ」
タマはそう言って僕の手にミカンを握らせた。
「それにしても、今はいい時代になったもんだねえ。真夏にこんなに美味しいミカンが食べれるなんて。それに新幹線と言えばやっぱりミカンだよねえ。それに新幹線は快適だねえ。これも坊ちゃんのお父さんのお蔭だよ」
グリーン車ではなく最終車両を貸し切っているが、それは警備がしやすいから。
そして父はタマを使用人と考えてはいない。タマは家族の一員で自分の祖母のような存在だと言い、老婆のためならどんなことでもする。
だから今回の旅にもジェットを使えと言ったが、タマは新幹線がいいと言った。
それは夫が呉の街まで移動したのは列車であり、夫が見たであろう同じ景色が見たいからだと言った。だから広島に着いても車ではなく、呉線という在来線に乗り換え呉の街に入ることを望んだ。
そして広島駅から乗り込んだのは3両編成の電車。
呉駅で降りると迎えの車に乗り込んだ。

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最近こちらのブログから離れておりますが、当ブログ8月1日で4周年を迎えました。
つきましては、何かお話をと思い本日よりこちらでお話をUPさせていただきますので、
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「銀色の針のような雨が降る日だったねえ。あたしがあの子に傘をさしかけたのは。でもあの子は要らないって言って駆け出したんだよ。ここからね」
老婆はそう言って今立つ場所を示し、そして僕を見た。
「この場所は巧(たくみ)坊っちゃんのお父さんとお母さんが別れを決めた場所なんだよ?でもね。あの日から二人の人生が始まったのも確かだねえ。そう。あの日から……この場所からね」
そして老婆は、「人生には避けられない雨があるんだよ」と言って空を見上げ、「それじゃあそろそろ出発しようかねえ」と言った。
英徳学園初等部最後の夏。
僕は新幹線に乗り老婆と一緒に旅に出た。
それは、父と母が行って来いといって僕を送り出した旅。
行き先は瀬戸内海に面した街、広島県呉市。
だが何故その街を訪ねることになったのか。
そこは老婆の夫が、その地を最後にこの国を離れたからだ。
老婆の夫は役場に勤めていた。だが戦争が始まると赤紙と呼ばれる召集令状が送られて来た。そして万歳三唱の声と沢山の日の丸の旗が振られるなか、東京駅から出征したと言った。
何故老婆の夫が呉市へ向かうことになったのか。
それは分からなかったが、そこは老婆にとって戻って来なかった人を偲ぶ街であると同時に戦争を思い出させる街。
今まで訪れたことはなかったが、足腰が立つうちに訪れたいと望んだ。
だから父と母は、老婆がその地に無事赴くことが出来るようにと手筈を整え、僕に同行するように言った。
老婆の名前はタマと言い僕が生まれた時から傍にいたというが、確かに物心ついた頃には傍にいた。
そしてタマは僕の父や祖父の成長を見守ってきたというのだから、いったい幾つなのかと思い年齢を訊いたが、「レディに年を訊くんじゃない。あたしは永遠に二十歳だよ」と言って笑った。
だがタマは二十歳を迎える前の年。戦争で夫を亡くした。
そして僕の曽祖父がタマを雇い入れたというが、タマは再婚することなく、曾祖父が立てた離れに暮らし、道明寺の家のために働いてきた。
そんなタマがよく口にするのがメロディーをつけて歌われる「命短し恋せよ乙女」というフレーズ。それは大正時代に流行った『ゴンドラの唄』という歌謡曲で、僕が知ることのない時代の歌。だがその歌は、長きに渡って歌い継がれると同時にタマにとっては忘れられない歌だと言った。
『いのち短し 恋せよ乙女
紅き唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の明日は 無いものを』
と歌うと、「この歌は坊っちゃんがお小さい頃。子守歌変わりに歌ったもんだよ。それに坊っちゃんのお父さんの司坊ちゃんのお小さい頃もね」と言って懐かしそう言葉を継いだ。
「坊ちゃん。この歌は生きることの意味を歌った歌なんだよ?あたしは坊っちゃんのお母さんがお父さんとの恋に悩んでいた時に言ったんだよ。明日があるって思うのは構わないが、戦争をしている間は明日の命さえ分からない状況だった。だからじゃないけど、そのことを思えば恋をしてるなら迷ってる場合じゃないってね?特に楓奥様が二人の交際を反対していた頃だから、あたしは男女の仲になって子を作ってしまいなって言ったくらいだ。そうすりゃ迷うも何もないだろ?それが坊ちゃんが生まれる12年前の話だよ」
タマはそう言って僕の手にミカンを握らせた。
「それにしても、今はいい時代になったもんだねえ。真夏にこんなに美味しいミカンが食べれるなんて。それに新幹線と言えばやっぱりミカンだよねえ。それに新幹線は快適だねえ。これも坊ちゃんのお父さんのお蔭だよ」
グリーン車ではなく最終車両を貸し切っているが、それは警備がしやすいから。
そして父はタマを使用人と考えてはいない。タマは家族の一員で自分の祖母のような存在だと言い、老婆のためならどんなことでもする。
だから今回の旅にもジェットを使えと言ったが、タマは新幹線がいいと言った。
それは夫が呉の街まで移動したのは列車であり、夫が見たであろう同じ景色が見たいからだと言った。だから広島に着いても車ではなく、呉線という在来線に乗り換え呉の街に入ることを望んだ。
そして広島駅から乗り込んだのは3両編成の電車。
呉駅で降りると迎えの車に乗り込んだ。

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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

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レ*ン様
お祝いありがとうございます。
そしていつもお読みいただき、ありがとうございます。
このようなブログですが楽しんで頂けて大変嬉しいです^^
拍手コメント有難うございました^^
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そしていつもお読みいただき、ありがとうございます。
このようなブログですが楽しんで頂けて大変嬉しいです^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2019.08.02 21:10 | 編集

ふ*******マ様
お祝いありがとうございます。
こちらのお話の語り手は「僕」で語られるのはタマさんについて。
そしてあの唄は、志村喬さんが主役の映画で有名ですが、8月と言えば忘れてはならない出来事がありますので、タマさんの過去を振り返りながら書いてみました。
それにしても暑いですねえ。この暑さはいつまで続くのでしょうね。
ふ*******マ様もご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
お祝いありがとうございます。
こちらのお話の語り手は「僕」で語られるのはタマさんについて。
そしてあの唄は、志村喬さんが主役の映画で有名ですが、8月と言えば忘れてはならない出来事がありますので、タマさんの過去を振り返りながら書いてみました。
それにしても暑いですねえ。この暑さはいつまで続くのでしょうね。
ふ*******マ様もご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.08.02 21:12 | 編集

み***ん様
おはようございます^^
そしてお祝いありがとうございます。
ええっと、あちらのお話も進めたいと思いますが黒い男。
どう変わっていくのでしょうね?
あまりにも黒くて変わりようがあるのかと思いつつも、彼が失っていた記憶を取り戻したとき、どうなるんでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
そしてお祝いありがとうございます。
ええっと、あちらのお話も進めたいと思いますが黒い男。
どう変わっていくのでしょうね?
あまりにも黒くて変わりようがあるのかと思いつつも、彼が失っていた記憶を取り戻したとき、どうなるんでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.08.02 21:15 | 編集

司*****E様
おはようございます^^
本当に年月が経つのは早いですよねえ~。
勿論覚えていますよ。上のお嬢様が高校受験のお話。それが今年は大学受験!
年も取るはずです(笑)
呉は映画やドラマの舞台になった街で戦争の歴史もある街ですが、いい所でしたよ~。
タマさんの年齢!(≧▽≦)考えると恐ろしい年になりそうなので、そこは考えずに読んで頂ければと思います(笑)
そして4周年のお祝いありがとうございます。
いつもコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。
本当に皆勤賞を差し上げたいくらいです!お寄せいただくご感想で、「そうだったのか!」と思うこともしばしば。
あちらのお話も色々とありますが、無理のない範囲で続けていくことが出来ればと思っていますので、お付き合いいただけると大変嬉しいです。
それにしても本当に暑くなりましたねえ。
司*****E様もお身体ご自愛下さいませ^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
本当に年月が経つのは早いですよねえ~。
勿論覚えていますよ。上のお嬢様が高校受験のお話。それが今年は大学受験!
年も取るはずです(笑)
呉は映画やドラマの舞台になった街で戦争の歴史もある街ですが、いい所でしたよ~。
タマさんの年齢!(≧▽≦)考えると恐ろしい年になりそうなので、そこは考えずに読んで頂ければと思います(笑)
そして4周年のお祝いありがとうございます。
いつもコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。
本当に皆勤賞を差し上げたいくらいです!お寄せいただくご感想で、「そうだったのか!」と思うこともしばしば。
あちらのお話も色々とありますが、無理のない範囲で続けていくことが出来ればと思っていますので、お付き合いいただけると大変嬉しいです。
それにしても本当に暑くなりましたねえ。
司*****E様もお身体ご自愛下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.08.02 21:20 | 編集

ま**ん様
お祝いありがとうございます。
いつの間にか作品が溜まってしまいましたが、いつもお読み頂きありがとうございます。
お話の中で色々な世界を楽しんでいただければ嬉しいのですが、時々思いも寄らない二人がいることもあると思います。
そんなサイトではございますが、こちらこそよろしくお願いいたします。
それにしても暑いですねぇ。ま**ん様もお身体ご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
お祝いありがとうございます。
いつの間にか作品が溜まってしまいましたが、いつもお読み頂きありがとうございます。
お話の中で色々な世界を楽しんでいただければ嬉しいのですが、時々思いも寄らない二人がいることもあると思います。
そんなサイトではございますが、こちらこそよろしくお願いいたします。
それにしても暑いですねぇ。ま**ん様もお身体ご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.08.02 21:28 | 編集
