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2019
06.16

ロングシュート~続・子の心、親知らず~<後編>

僕は花沢類さんとの会話から父がスポーツ万能であることを知った。
父は背の高さは185センチあると言うが、そんな父は高校時代、母を巡って親友である花沢さんとバスケで決着をつけることにしたことがあった。
父と母には恋愛事件と呼ばれるものが数多くあるが、それは母が学園を退学するかどうかが掛かっていた試合であり、F4と呼ばれる仲間のうち、父と西門さんと美作さんがひとつのチーム。そして花沢さんと青池さんと母がひとつのチームを組んでの試合。

つまりそれは僕の知らない父と母二人のドラマのひとつということになるが、どう考えても自分のチームが負けると思った花沢さんは、勝つため父を精神的に動揺させラフプレーを誘い得点を稼いだと言った。
それは母を愛する父を嫉妬させたということだが、やはり父のチームの勝ちは間違いないと言われ、あと10秒で試合が終わるという時に何故か父は勝ち試合を放棄した。
花沢さん曰く、父はそういった形で母に対する愛情と自分に対する友情を示したと言った。
つまり勝敗を付けることをせず問題を問題としないことを選んだということだが、それはまるで青春時代を描いた少女漫画のような世界。
そんな父がいたことを知り、僕は父にプレゼントするものを決めた。

それはバッシュ。
つまりバスケットシューズ。
でも僕は野球少年だったからバスケットシューズについては詳しくない。だから幼馴染みの元バスケ部員に訊いたが、「お前。道明寺司にバッシュかよ?全然似合わねぇな」と笑われたが、僕はどうしてもバスケットシューズを父に贈りたかった。
何故なら僕は父が必死になった姿を見たいと思ったから。
花沢さんと母を巡って行われたバスケ試合は、訳のわからない父のプライドをかけた試合だったが、父の必死の姿があったはずだ。
今でこそ優れた経営者と呼ばれる父だが、僕は父の若かった頃の必死さを見たいと思った。
父の青春時代の1ページを。









「父さん。父の日の僕からのプレゼント。高いものじゃないけど受け取ってくれる?」

「サンキュ祐。贈り物に値段は関係ない。心が込められていればそれが一番だ」

僕が差し出した箱を嬉しそうな顔をして受け取った父は、包み紙を外した時点で中身がバスケットシューズだと分かると片眉を上げ、「どうしてこれを俺に?」と言った。

「どうしてだと思う?」

「さあな。どうしてだ?」

父は箱からシューズを取り出し眺めていた。

「うん。父さんはスポーツ万能だって花沢さんから訊いたけど、野球ってイメージじゃないんだ。僕の中での父さんのイメージはバスケ。だから僕とバスケの対決をしてくれないかと思って。それにバスケならうちの庭にコートがあるし、二人でも出来るしキャッチボールより面白いだろ?」

道明寺司という男はチームプレーよりも、ましてや飛んで来る球を待つよりも一人で相手の陣地を責めるスタイルが似合う。
だから僕はそう言って父の顔にどんな表情が浮かぶかと見ていたが、そこに浮かんだのはニヤリとした表情。そして、
「いいだろう。俺も最近身体を動かすことが減った。運動不足解消には丁度いい。ひと汗かくか」と言った。






邸の広い庭にあるのはバスケのコートもだがテニスコートもあった。
だがテニスをする父をイメージするのは、野球と同じでやはり難しい。
けれど、今では母を相手にテニスをする姿を見ることがあるが、母はテニス初心者で父の相手としては物足りないはずだ。
それでも、「ヘタクソ!どこ見て打ってんだよ!ボールはラケットの中心で打つもんだ!」と言いながら母の方向が定まらないボールを打ち返す父は楽しそうだ。


「それで?祐。1対1のゲームってことだが、お前俺に勝てると思ってるのか?」

どちらが多くシュートを打つことが出来るかで決まるバスケの試合。
30代半ばの父とまだ10代の僕とでは、明らかに若い僕の方が優位なはずだ。
だから負けるはずがないと思った。
だから父の余裕の発言に僕はムッとした。

「当たり前だろ?僕の方が若いんだ。勝つに決まってるよ」

だが移動速度の速いドリブルをする父の姿は30代半ばの男のものではない。
それはまるでボールが手に吸い付いているようなドリブル。
そして見事に決めるダンクシュート。得点は父の方がリードしていた。

「祐!お前俺より若いんだろうが!もたもたするな!もっとしっかり走れ!」

「汗で滑ったんだよ!」

僕は顔に流れる汗を手で拭った。

「ぬかせ。汗のせいにするな!そんな足腰で俺に勝てると思ってるのか?」

見事なハンドリングを見せる父の姿は、やはり30代の男とは思えなかった。
だがそうは言っても時間が経つにつれ、若い僕のとの体力の差は徐々に出て来た。
そしてリードを許していた得点はわずかとなり同点になった時点で残り時間は10秒。
このまま同点で終わるか。
それとも___。

どちらが勝つにしても、それはどちらが多くシュートを決めることが出来るかだが、僕はドリブルしていたボールを父に奪われた。
残り時間はあと5秒。
すると父はかなりの距離があるにもかかわらず、その場でボールを頭の上に構えた。
そしてバッグボードに向かってシュートを打った。
それは梅雨の晴れ間の濃い青空にオレンジ色の放物線を描きながら飛んでいく見事なロングシュート。
ボールはバッグボードに命中すると鉄のリングの中に入った。と同時に残り時間はゼロになった。

たった5秒で決まる勝敗。
けれどその5秒のために戦った時間は5秒以上。
そして勝負に勝った父は満足そうな表情を浮かべたが、すぐに何かを考える表情に変わり口をついた言葉は静かだった。

「俺がお前と母さんと離れていた時間は5秒じゃなかった。18年もの間、母さんを忘れ離れていた俺の時間は長かった。記憶が戻った途端その長さに愕然とした。だがお前に近づいてその時間は過去のものになった。それに今の俺の手の中には大切なものが二つある。それはお前と母さんのことだが、俺は失った過去よりも二人と暮らせるこれからの未来が楽しみだ」

父が母と離れていた時間。
それは父が僕と離れていた時間でもある。
そして戻ることのない時間は父が母と僕に出会うまで歩んだ遠回りの時間。
だが父は遠回りした分だけ大人だ。そんな父の口から語られる言葉は、そこら辺にいる大人と違い重みがあった。
それに父が母と再会してから母を思うその姿には失っていた18年分の愛情と、その歳月を感じさせない深い絆を感じることが出来た。

「祐。お前あと5秒だってとき諦めただろ?いいか。勝負は最後の最後まで諦めるな。たとえ残りが5秒だろうが1秒だろうが最後の最後まで相手に食らい付け。そうすることで見えるものがある。俺は昔試合の途中でゲームを投げ出したことがある。あの時はそれで良かったと思えたが、今思えば勝敗をつけておくべきだったと思っている。何しろ相手は類だ。中途半端なことをしてあの男に笑われることだけは避けるべきだった。それにあの男、ああ見えて根に持つ男だ」

と言って笑ったが勘のいい父のことだ。僕がバスケをしたいと言ったとき、あの時の試合のことが頭を過ったはずだ。それに僕とゲームをすることにした父は、僕が何を考えているのか分かったような目をしていた。だから花沢さんの名前が口をついたとしか思えなかった。
それにしても、母にまつわる花沢さんのことになると機嫌が悪いことこの上ない。


「それにしてもこんなに汗をかいたのは久し振りだ。どうだ?これからプールで軽くひと泳ぎして汗を流すか?」

「父さん冗談は止めてくれよ。バスケだけで充分だよ。それにこれ以上身体を動かしたらぶっ倒れるよ!」

プールで軽くひと泳ぎと言う父の体力は、やはり30代の男のものではない。

「そうか。止めとくか。それならシャワーで済ませるか」

僕が頷くと父は一緒に戻るか?と言ったが「もう少しここでクールダウンするよ。だから先に戻っていいよ」と答えた。すると父は、「じゃあな、先に戻ってるぞ」と言って邸へ足を向けた。











僕が父と出会ったのは大人になってから。
だから精悍な顔をした父を父というよりも一人の男性として見ていた。
そしてつい今しがた見た父の顔は高校生の頃の父の顔。
子供の僕を相手に絶対に負けないというその態度は、どこか子供っぽかった。
つまり青春時代の父は今も父の中にいて、時々顔を覗かせることがあるということを知った。


日曜の東京の空は梅雨を忘れたように青い。
僕は足元に転がっているボールを拾うと頭の上に構えた。
そしてついさっき父がロングシュートを決めたようにボールを投げた。
するとボールは父が投げたのと同じような放物線を描いた。それなのにシュートを決めることは出来なかった。

「なかなかやるよな。中年親父のクセに」

そう呟いた僕はそれなら来年はゴルフで対決しようと思った。
大学生になってから父に教えられ、めきめきと上達したゴルフの腕。
たが父はまたきっとこう言うはずだ。

『お前俺に勝てると思ってるのか?』

負けず嫌いの性格で子供の僕にもムキになる父。
それはどこか少年のような父の姿。
けれど僕はそんな父が好きだ。

それにしても、父の日に自分の父親に勝負を挑む息子というのも、父にとってはやっかいな息子なのかもしれない。
けれど、親子が離れていた間の溝を埋めるという訳ではないが、これが僕と普段は忙しい父にとってのコミュニケーション手段のひとつだったと父も分かっているはずだ。


僕はもう一度ボールを拾った。
そして今度こそはという思いで投げた。
すると今度は見事に決まったロングシュート。
もしここに父がいたらどんな顔をするだろう?
きっと片眉を上げ「やるな」と言ってニヤリと笑い「けど、まだまだだな」と言うはずだ。




< 完 > *ロングシュート*
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コメント
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dot 2019.06.16 06:46 | 編集
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dot 2019.06.16 11:31 | 編集
ふ*******マ様
おはようございます^^
おお!そうなんですね?
倍率が高そうですが当たるといいですね!
ははは(≧▽≦)確かに司ならスポンサー枠で何でも観ることが出来るでしょうねぇ。
さて。司と祐は親子になってまだ1年と1ヶ月。バスケで二人の距離は近づいたようですが、司は息子に負けない!という気持ちが大きいようです(笑)それにしても我が子に対して負けず嫌いとは!(笑)
このファミリーはこの先家族が増えるのか?多分そうでしょう。
何しろ司がつくしを激しく愛していますからねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.06.16 22:07 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
バッシュをプレゼントされた父、司。
司にとっても祐くんにとっても、この試合は親子が触れ合ういい機会となったはずです。
それにしても我が子に対しても負けず嫌いの父(笑)
祐くんからすればどこか子供のようなところがある父。
でもそんな父親が好きだという息子でした。
大人になってから知った父は大企業の経営者ですが、祐くんにとっては父以外の何者でもありません。
またいつか1対1の勝負をする日が来るのでしょうねぇ^^
そして司もそれを望んでいる。息子と触れ合う時間が持てることを望んでいるはずです。
この二人はいい親子関係を築き始めているようですよ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.06.16 22:29 | 編集
s**p様
息子から父へのはじめての贈り物。
それはバスケットシューズ。
司はどうしてこれを?と言いましたが、「子の心、親知らず」とはなりませんでした。
まだ親子になって1年と1ヶ月ですが、息子が父を見ているように父も息子をしっかりと見ていたようです。
この親子。案外似ているかもしれませんね?
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.06.17 22:05 | 編集
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