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2015
11.26

まだ見ぬ恋人35

司は指のあいだに挟んだペンをクルクルとまわしていた。
いつもその指先にあるはずの煙草がなかった。
煙草が不味く感じられるようになって吸う本数が少しだけ減っていた。
そのかわり右手は何か物足りなさを感じたのか、ペンを手にするとクルクルとまわすようになっていた。

牧野が氷のように冷たいほほ笑みを浮かべるようになって三日が経っていた。
挨拶だけは礼儀として返してくれるが、会話は成り立たない。
「 はい 」
「 いいえ 」
「わかりました」
この言葉だけで会話は完結していた。

あと1時間もすれば就業時間も終わる。
牧野も帰宅するだろう。
本当のことを話したいのにあいつは俺の話しを聞くどころか、顔を見るのも嫌だと言う態度だ。
いつまでもこんな調子じゃ埒が明かない。
司は執務室を出るとつくしがいるオフィスへと向かった。



「おい、牧野はどこへ行ったんだ?」
「ま、牧野さんですか?」
苛立った様子で突然現れた司に問われた若手社員は当惑が隠せなかった。
「牧野さんなら資料室に本を返しに行って・・」
司はチャンスとばかり男の話しを振り切って急いで資料室に向かった。

が、つくしの姿はなかった。
また入れ違いか?
司はその足でいま来た廊下を引き返えすとつくしのオフィスへと向かった。
が、やはりつくしの姿はなかった。

「おい!そこのおまえ!」
「は、はいっ!」
「牧野は資料室だって言ったよな?」
「は、はい。ですから資料室に本を返しに行ってそのまま退社しますって・・」
「あぁっ?てめぇ、さっきはそんなこと言わなかったじゃねぇか!」
「で、ですから先ほどは・・支社長が飛び出して行ってしまわれて・・」
クソッたれが!



司がエレベーターを降りたとき、つくしの姿はガラス扉の向う側へと消えようとしていた。
つくしはエントランスロビーから出るところだった。
「牧野っ!」
つくしは自分の名前を呼ばれても振り返ることはしなかった。
「牧野、待てよ!」
つくしは足を止める気配がなかった。
自社のロビーを長いストライドで走り抜ける男に注目が集まった。

「牧野っ!」
司がつくしの腕を捕まえることが出来たのはロビーを出た道明寺HDの正面エントランスだった。
「牧野、話しを聞いてくれ!なあ、話しをしよう」
司はつくしの左腕を掴むと憐れっぽく聞こえるように言った。
つくしは掴まれた腕を振りほどこうとしていた。
「触らないで!離してよ!」
つくしが顔をそむけたので司には彼女の顔の表情が見えなかった。

それは折しも一台の大きな車がゆっくりと車寄せへと入って来たときだった。


「つかさーっ!久しぶりっ!」
ひとりの美しい女性が車から降りてきた。
現れた女性は背が高く、スタイル抜群と言った感じだった。
そしてその女性からそこはかとなく醸し出されるオーラは司と同じだった。

「あんたから電話もらった時は驚いたけど、やっとその気になったんだね?」
と言って力強く司を抱きしめた。

つくしは自分の目の前で繰り広げられる光景に目を疑いたくなった。
こともあろうか、道明寺HDの支社長が自社のエントランスで女性と抱き合っている。
週刊誌に書かれていることは本当じゃないって言葉を信じた私がバカだった。
私なんかよりずっときれいでお金持ちのお嬢様とばかり噂になって・・
今日のこの女性は道明寺のなんなの?
道明寺って・・・

道明寺なんて・・・だいっ嫌いっ!

「は、離せよ!痛てぇよ!ねぇ・・」
司は自分を力強く抱きしめてきたその腕を振りほどこうともがいていた。
そのとき、女性の肩越しに自分を見つめるつくし寂し気な表情に気づいた。
そして視線が重なり合ったとき、つくしはそっと視線を外した。
「さようなら、道明寺」
と小さな声で呟いた。

「お、おい!ま、牧野待てって・・」
司は焦っていた。

つくしは力強い足取りで司のもとから去っていこうとしていた。
が、何か言い足りないのかくるりと振り返った。
「道明寺なんて好きになるんじゃなかった!」
と叫んだ。


くそぉ・・
牧野のやつ、あの女勝手に勘違いしやがって!

「姉ちゃんいい加減にしてくれよ!帰国するたびにいちいち弟に抱きつくんじゃねぇよ!
あいつ・・牧野がまた勘違いしちまったじゃねぇか!」
「え?なに?彼女が例のつくしちゃんなの?」
「つくしちゃんじゃねぇよ!」
新たな問題。
ああ、勘弁してくれよ・・
問題ならもう充分足りてる。 
あのストーカー女についての弁解だってまだなのに、今度は姉ちゃんかよ!
司は視線を椿に戻した。
「姉ちゃん悪りぃ」
そう言うとつくしを追って街へと飛び出して行った。


*****


つくしは駆け出していた。
自分が惨めだった。
好きになった男性が目の前で他の女性と抱き合っている姿を二度も見た。
たった2ヶ月か・・短い付き合いだったな・・
つくしは自分は恋愛に不向きなのかもしれないと思った。
これからどうしよう・・
仕事とはいえ毎日道明寺と正面切って顔を合わせるなんて辛いものがある・・・
このまま自宅に帰りたくなかった・・。
また道明寺が押しかけてくるに決まってる。居留守を使うのも疲れた。


タクシーが通りかかったら呼び止めようとしていたが、バス停が目に止まった。
どこでもいい。そう考えていたときつくしの目の前にバスが止まった。
ドアが開いて乗るか乗らまいかと躊躇していた。
「お客さん、乗るの?乗らないの?」と声が飛んできた。
遠くで自分の名前を叫ぶ声が聞こえる。
「の、乗ります。すいません」
と言って素早く乗り込んだ。
つくしは席に座ることなく発車と同時にポールへとつかまるとうつむいていた。
自分の名前を叫ぶ声が聞こえるなんて、幻聴も甚だしいと思った。
聞こえるはずのない声が聞こえてくるなんてどうかしてる。
その声が聞こえなくなるところまで行けば私の気持ちも落ち着くのだろうか・・

つくしは窓の外へと視線を向けた。

胸が痛んで喉がつまった。
道明寺が、あの道明寺司が、ビジネススーツを着た男が歩道を走っている。
徐々にスピードをあげていくバスに追いつくはずがない。
男の姿は薄闇の中に消えて行くように小さくなっていく・・・
つくしはポールを持つ手が震えていた。



心がちぎれそうだった・・








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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2015.11.26 06:29 | 編集
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dot 2015.11.26 15:39 | 編集
k**hi様
助けになってないお姉さま!
なんの為に来てもらったのか援軍になっていません(笑)
そうなんです、2人ともなーんにも悪くないのにね。
悪いと言えばモテる司が悪いと言うことでしょうか。
走れ!司!転ばないでね(笑)
いつもコメント有難うございます!
アカシアdot 2015.11.26 22:26 | 編集
H*様
走れ!司! 
でも転ばないでね(笑)
ニュースで拝見しました!そちらは大変なご様子。
滑っている!本当にツルツルですね!
H*様もお気お付け下さいませ。
雪道で転ばない歩き方を教えて頂きたいです。
連日のコメント有難うございます!
アカシアdot 2015.11.26 22:32 | 編集
た*き様
つくしの乗ったバスを追う司。
原作にありますよね。
革靴で走るのは大変です!滑って転んでなんてことになってないといいのですが。
頑固なつくしが好きになったのです。
頑固さゆえにひと筋な人間ではないかと・・。
ですので恋人のあんな場面を見せられてショックです。
早く誤解を解いてあげなきゃと思っています。
いつもコメントを有難うございます。
アカシアdot 2015.11.26 22:39 | 編集
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