椿の、もしよかったらという言葉は枕詞に過ぎず、姉が食事をしようと言ったら断れないことを司は理解していた。
何しろ海外に暮らす母親に代わり司の成長を見守って来たのは姉であり、その姉は弟に対し強い態度で接することもあったが、それは深い愛情があってのことだと今では分かっていた。
そしてそんな理由から姉に対しては頭が上がらない男は、今のこの状況での姉のその強さが有難いと思えた。
三人はセントラルパークのすぐ傍にあるプラザホテルのレストランの奥まったテーブルいた。
司と椿が並んで座り、椿の正面につくしが座った状態でもっぱら椿が喋っていた。
それは司の子供の頃の話から現在に至るまでだが、姉の記憶力の良さには舌を巻く。
つまり司には覚えがない小さなことまで記憶には刻まれているということになるが、その口振りは言葉を選んで話すというよりも、ありのままの弟を知って欲しいといった風で飾られることがない言葉は姉が弟を売り込んでいると言えた。
それを世間は老婆心と呼ぶが、弟の世話を焼くことが当たり前だった頃から変わらない姉の思いに不満はなかった。
そして姉は時折挟まれる牧野つくしの言葉から彼女の感情を読み取ろうとしていた。
だが突然現れた司の姉に対し、どのような態度を取ればいいのかといった気持ちは、困惑ぎみの表情に現れていた。
「ねえ。牧野さん。司はあなたのことが好きだと言ったわ。あなたは弟のことを何とも思ってないの?弟を庇うわけじゃないけど、この子の女性関係は週刊誌に書かれることもあるけどそれは嘘が多いのよ?姉の私が言うのは何だけど、この子はこの外見だからモテない方がおかしいの。それに立場が立場で名前も知られているから近づいてくる女性も多いわ。だからこの子は自分から女性を好きになったことはないわ。つまり真剣なお付き合いはしたことがない子なの。だからもしかしてあなたに対して至らない点があったのかしら?私にはそう思えるんだけど?どう違うかしら?」
椿はそこまで言うと、隣に座る司を見て目を細めた。
その態度は弟の取るべき態度に言いたいことがあるということ。
「司。アンタは牧野さんのことが好きだって言ったけど、ちゃんと誠意を見せてるんでしょうね?いい?女性って言うのはアンタが考えるほど優しくないのよ?ちゃんとした態度で牧野さんに接することが出来なきゃ彼女はアンタのことを好きになってはくれないわよ?
アンタは今まで女性で苦労したことがないから押しの一手なのかもしれないけど彼女に対してちゃんと接しなさいよ?いい?」
そして握りこぶしを作ると弟の頭をコツンと叩いた。
だがそれは本気ではなく、どうしようもない弟といった態度で愛情が込められていた。
「姉貴__」
司が言いかけたところでポケットの中の携帯が鳴った。
ディスプレイに表示された内容を見て、電話をかける必要があると言い司は席を立った。
椿は弟が席を立つと手にしていたナイフとフォークを置いた。
そして正面に座るつくしを見た。
「ねえ牧野さん。あなたたち二人の間に何かがあったとしても、私はそこまでは訊かないわ。でもその代わり私の話を聞いて欲しいの」
それに対し、つくしが黙ってうなずくと椿は悪戯っぽく笑ってから言葉を継いだ。
「弟はプレイボーイだ。エゴイストで冷たい男って言われてるけど、そうじゃないわ。あの子は庭で怪我をした鳩を介抱したことがあったわ。子供の頃は本当に優しい子だったのよ?でも成長するにつれ周りの人間の態度が信じられなくなってね。周りの人間が自分の顔色を窺ってることに気付くと表情が無くなったわ。笑わなくなったの。つまり心の裡を他人に見せることを止めたの。世間は自分を道明寺家の跡取りとしか見ないって。個人として接してくれる人間はいないって。それに子供って嫌になるくらい正直な年頃があるじゃない?いわれなき差別と言ったらおかしいかもしれないけど、お金持ちだから差別されるようになったわ。それにあの子も、うちの家はお金がある家だって分かってからはお金にものを言わせるじゃないけど、ある特定の人間の心はお金でなんとでもなることに気付いたわ。だからお金で友達を作ろうとしたことがあったの。でもお金で釣られる友達なんて本当の友達じゃないわよね?だからそれに気づくと付き合いを止めたわ。
その代わりあの子は暴力的になったの。どうして暴力をふるうようになったのか。満たされない気持ちがあったとしか言えないけど、大人になってから訊いたら本人いわくイラついていたからだそうよ。それが成長するにつれてますますひどくなってね?一番ひどかったのは高校生の頃だった。自分の容姿や道明寺の名とは無関係に自分を見てくれる人間はいないってね。だから司は他人を信じることがなかなかできない人間になったわ。でもね。本当の自分を受け入れてもらいたいって欲求はあるのよ?だから相手がどういう気持ちで自分を受け入れようとしているのか確かめずにはいられないの。
だからあなたを傷つけるようなことをしたとすれば、ごめんなさいね。それは司の不器用さだと思って欲しいの」
椿の話の中には、つくしが本人から訊かされた部分もあった。
そして何も言わない訳にはいかないこの状況に「昔荒れていたという話は訊いています」と答えた。
すると、「そう。あの子あなたには心の扉を開いたってことね」と言われたが、何故姉の立場でここまで言うのか。そんな思いからつくしは訊いた。
「あの。どうしてお姉さんが謝るんですか?副社長が何かしたとしてもお姉さんには関係ない話ですよね?」
「そうよね?いい年をした弟の恋の応援を姉である私がすること自体がおかしいわよね?
でも私はあの子が本気で恋をしたなら応援したいの。それにあの子の考えてることは分かるわ。それからあの子がしたこともね?あの子はあなたを傷つけたでしょ?だから姉である私を頼ってきた。その証拠が今ここでこうして食事をしているってことよ。それに牧野さん。私は姉だけどあの子を育てたのは私だと思ってる。だからあの子のことはよく分かるの。それが長い間会わなくても分かり合える血の繋がりってものなの。あの子はあなたを傷つけたことを、すまなかったって思ってる。でもどうすればあなたの心を自分に向けさせることが出来るか分からないのよ。だってあの子は恋をしたことがないんですもの」
椿はそこで一旦言葉を区切った。
そして真剣な顔をして言葉を継いだ。
「だから私に免じてあの子のことを考えて欲しいの。司のことは姉である私が保証するわ。あの子は私に嘘をついたことはないの。だからあの子の口から出たあなたのことが好きだという気持ちに嘘はないわ。それからあなたは言葉ほど司のことに興味がないとは思えないの。それにね。これはあなたの気持ちには当てはまらないかもしれないけど、少しでも司の事が気になる。だけど自分の気持ちが分からないなら、その時はあの子が別の誰かと付き合っていたらどう思うかを想像して欲しいの。その時もし嫌だと感じるならあなたの気持ちは司に向けられていると思うわ。つまりそれは恋だと思うの」

にほんブログ村
何しろ海外に暮らす母親に代わり司の成長を見守って来たのは姉であり、その姉は弟に対し強い態度で接することもあったが、それは深い愛情があってのことだと今では分かっていた。
そしてそんな理由から姉に対しては頭が上がらない男は、今のこの状況での姉のその強さが有難いと思えた。
三人はセントラルパークのすぐ傍にあるプラザホテルのレストランの奥まったテーブルいた。
司と椿が並んで座り、椿の正面につくしが座った状態でもっぱら椿が喋っていた。
それは司の子供の頃の話から現在に至るまでだが、姉の記憶力の良さには舌を巻く。
つまり司には覚えがない小さなことまで記憶には刻まれているということになるが、その口振りは言葉を選んで話すというよりも、ありのままの弟を知って欲しいといった風で飾られることがない言葉は姉が弟を売り込んでいると言えた。
それを世間は老婆心と呼ぶが、弟の世話を焼くことが当たり前だった頃から変わらない姉の思いに不満はなかった。
そして姉は時折挟まれる牧野つくしの言葉から彼女の感情を読み取ろうとしていた。
だが突然現れた司の姉に対し、どのような態度を取ればいいのかといった気持ちは、困惑ぎみの表情に現れていた。
「ねえ。牧野さん。司はあなたのことが好きだと言ったわ。あなたは弟のことを何とも思ってないの?弟を庇うわけじゃないけど、この子の女性関係は週刊誌に書かれることもあるけどそれは嘘が多いのよ?姉の私が言うのは何だけど、この子はこの外見だからモテない方がおかしいの。それに立場が立場で名前も知られているから近づいてくる女性も多いわ。だからこの子は自分から女性を好きになったことはないわ。つまり真剣なお付き合いはしたことがない子なの。だからもしかしてあなたに対して至らない点があったのかしら?私にはそう思えるんだけど?どう違うかしら?」
椿はそこまで言うと、隣に座る司を見て目を細めた。
その態度は弟の取るべき態度に言いたいことがあるということ。
「司。アンタは牧野さんのことが好きだって言ったけど、ちゃんと誠意を見せてるんでしょうね?いい?女性って言うのはアンタが考えるほど優しくないのよ?ちゃんとした態度で牧野さんに接することが出来なきゃ彼女はアンタのことを好きになってはくれないわよ?
アンタは今まで女性で苦労したことがないから押しの一手なのかもしれないけど彼女に対してちゃんと接しなさいよ?いい?」
そして握りこぶしを作ると弟の頭をコツンと叩いた。
だがそれは本気ではなく、どうしようもない弟といった態度で愛情が込められていた。
「姉貴__」
司が言いかけたところでポケットの中の携帯が鳴った。
ディスプレイに表示された内容を見て、電話をかける必要があると言い司は席を立った。
椿は弟が席を立つと手にしていたナイフとフォークを置いた。
そして正面に座るつくしを見た。
「ねえ牧野さん。あなたたち二人の間に何かがあったとしても、私はそこまでは訊かないわ。でもその代わり私の話を聞いて欲しいの」
それに対し、つくしが黙ってうなずくと椿は悪戯っぽく笑ってから言葉を継いだ。
「弟はプレイボーイだ。エゴイストで冷たい男って言われてるけど、そうじゃないわ。あの子は庭で怪我をした鳩を介抱したことがあったわ。子供の頃は本当に優しい子だったのよ?でも成長するにつれ周りの人間の態度が信じられなくなってね。周りの人間が自分の顔色を窺ってることに気付くと表情が無くなったわ。笑わなくなったの。つまり心の裡を他人に見せることを止めたの。世間は自分を道明寺家の跡取りとしか見ないって。個人として接してくれる人間はいないって。それに子供って嫌になるくらい正直な年頃があるじゃない?いわれなき差別と言ったらおかしいかもしれないけど、お金持ちだから差別されるようになったわ。それにあの子も、うちの家はお金がある家だって分かってからはお金にものを言わせるじゃないけど、ある特定の人間の心はお金でなんとでもなることに気付いたわ。だからお金で友達を作ろうとしたことがあったの。でもお金で釣られる友達なんて本当の友達じゃないわよね?だからそれに気づくと付き合いを止めたわ。
その代わりあの子は暴力的になったの。どうして暴力をふるうようになったのか。満たされない気持ちがあったとしか言えないけど、大人になってから訊いたら本人いわくイラついていたからだそうよ。それが成長するにつれてますますひどくなってね?一番ひどかったのは高校生の頃だった。自分の容姿や道明寺の名とは無関係に自分を見てくれる人間はいないってね。だから司は他人を信じることがなかなかできない人間になったわ。でもね。本当の自分を受け入れてもらいたいって欲求はあるのよ?だから相手がどういう気持ちで自分を受け入れようとしているのか確かめずにはいられないの。
だからあなたを傷つけるようなことをしたとすれば、ごめんなさいね。それは司の不器用さだと思って欲しいの」
椿の話の中には、つくしが本人から訊かされた部分もあった。
そして何も言わない訳にはいかないこの状況に「昔荒れていたという話は訊いています」と答えた。
すると、「そう。あの子あなたには心の扉を開いたってことね」と言われたが、何故姉の立場でここまで言うのか。そんな思いからつくしは訊いた。
「あの。どうしてお姉さんが謝るんですか?副社長が何かしたとしてもお姉さんには関係ない話ですよね?」
「そうよね?いい年をした弟の恋の応援を姉である私がすること自体がおかしいわよね?
でも私はあの子が本気で恋をしたなら応援したいの。それにあの子の考えてることは分かるわ。それからあの子がしたこともね?あの子はあなたを傷つけたでしょ?だから姉である私を頼ってきた。その証拠が今ここでこうして食事をしているってことよ。それに牧野さん。私は姉だけどあの子を育てたのは私だと思ってる。だからあの子のことはよく分かるの。それが長い間会わなくても分かり合える血の繋がりってものなの。あの子はあなたを傷つけたことを、すまなかったって思ってる。でもどうすればあなたの心を自分に向けさせることが出来るか分からないのよ。だってあの子は恋をしたことがないんですもの」
椿はそこで一旦言葉を区切った。
そして真剣な顔をして言葉を継いだ。
「だから私に免じてあの子のことを考えて欲しいの。司のことは姉である私が保証するわ。あの子は私に嘘をついたことはないの。だからあの子の口から出たあなたのことが好きだという気持ちに嘘はないわ。それからあなたは言葉ほど司のことに興味がないとは思えないの。それにね。これはあなたの気持ちには当てはまらないかもしれないけど、少しでも司の事が気になる。だけど自分の気持ちが分からないなら、その時はあの子が別の誰かと付き合っていたらどう思うかを想像して欲しいの。その時もし嫌だと感じるならあなたの気持ちは司に向けられていると思うわ。つまりそれは恋だと思うの」

にほんブログ村
- 関連記事
-
- 理想の恋の見つけ方 136
- 理想の恋の見つけ方 135
- 理想の恋の見つけ方 134
スポンサーサイト
Comment:2
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

司*****E様
おはようございます^^
さて椿お姉さん。
弟想いの彼女は弟が好きだと言ったつくしを食事に誘いました。
第一印象は数秒で決まるといいますが、椿がつくしに抱いた印象は真面目で今まで弟の周りにいた女性とは違うということ。
当然椿のお眼鏡には敵ったと思います。そして語られる弟、道明寺司について。
姉は司の応援団であることは間違いないのですが、つくしの中にも何かを見たような気もします。
椿の登場によって何かが変わるのでしょうかねぇ^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
さて椿お姉さん。
弟想いの彼女は弟が好きだと言ったつくしを食事に誘いました。
第一印象は数秒で決まるといいますが、椿がつくしに抱いた印象は真面目で今まで弟の周りにいた女性とは違うということ。
当然椿のお眼鏡には敵ったと思います。そして語られる弟、道明寺司について。
姉は司の応援団であることは間違いないのですが、つくしの中にも何かを見たような気もします。
椿の登場によって何かが変わるのでしょうかねぇ^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.05.29 22:49 | 編集
