fc2ブログ
2019
05.14

子の心、親知らず <後編>

あの日から毎日コンビニに現れるようになった男性。
その男性の名前を訊いた僕は、家に帰ってすぐに男性のことをインターネットで調べた。
すると父親と名乗った男性が大きな会社を経営していることを知った。
その人の名は道明寺司。日本の経済を牽引する会社をいくつも所有する道明寺ホールディングスの社長だと書いてあった。

バイトが終わる8時に来て、それから30分、近くの公園で僕と話をして帰る男性。
その人と話していて分かったことがある。
それは今まで会ったことがない人だが、話し始めると身近で懐かしい感じがするのだ。
そして父親と名乗ったその男性に対し、初めこそ腹立たしさを感じた部分もあったが、今ではそんなことは感じられなかった。そして感じていた腹立たしさというものは、戸惑いといった方が正しかったのかもしれない。なにしろ父という存在は僕の人生の中になかったのだから接し方が分からなかった。

そして会う度に色々な話を訊かせてくれる男性は、男ということもあって母親よりも話す内容に分かり合える部分もあった。それは親子の共通点と言えばそうなのかもしれないが、今まで身近にいた男性と言えば母の弟しかなく、それを思えば男性と過ごす時間を楽しみに思えるようになっていた。

だが母のことを思えば僕は腹を立てなければいけない立場なのかもしれない。
それは、不慮の事故とはいえ母のことを忘れた男性は何度も自分の元を訪ねて来た母を追い返し、母の話を訊こうとはしなかったからだ。

だがどちらにしても、今のこの状況がいつまでも続くものだとは考えてはいなかった。
それは父親と名乗る男性が現れたことを母に告げなければならないということ。
だが、僕はこの状況を母に告げることは出来なかった。それに父親と名乗る男性の母に対する想いを訊かされるにつれ、今の母の気持ちを確かめずにはいられなかった。

それは母が結婚しなかったのは、僕の父である道明寺司のことが忘れられなかったからなのか。けれど僕がそう思っているだけで、本当は好きでも何でもないということも考えられる。
僕は父と名乗る男性と別れ家に帰ると、暫くして仕事から帰って来た母に訊いた。

「ねえ。母さん。もしも…..もしもだけど。もし今ここに僕の父さんが現れたらどうする?」

仕事がローテンションの母は、今週は遅番で9時過ぎに帰って来ると作り置きをしていた料理を冷蔵庫から取り出し皿に取り分けながら言った。

「何?いきなりそんなこと言って。そんなことあるはずないでしょ?言ったでしょ?あなたの父さんは母さんのことを忘れちゃったんだから」

「でも、もしもだよ。もし現れたらどうする?やっぱり驚くだろ?」

「ふふふ。そうねぇ。驚く以前に幽霊かと思っちゃうかもしれないわね?」

母の中では幽霊になっている僕の父親。
それは18年という時の流れがそうさせたのか。
それとも今では母子家庭を新しい家族のあり方と捉え、自分を忘れた男のことなどどうでもいいと思っているとも言える。
それに僕と母は健康で仲良く暮らして来た。だからよく考えてみたら夫の存在は今更であり必要ないのかもしれないが、僕には母の心の裡は見えないのだから分からなかった。
だがそれを知る方法がひとつだけある。

「ねえ。母さん。明日の日曜。母の日。揚げたてのてんぷらが食べられる店での食事だけど、いつもの格好じゃなくて化粧もちゃんとしておしゃれをして欲しいんだ」

母は普段化粧をすることもなければ、おしゃれをすることがない。
それは食品加工の仕事という化粧気も飾り気も必要ない職場で働いているからだが、本来自分のために使われてもおかしくないお金も僕のために使われていた。
だが明日はきれいな服を着て、きちんと化粧をして欲しいと言った。

すると母は、
「うんうん。分かってるわよ。ちゃんとお化粧して行くから。だって祐がご馳走してくれるんだもの。大丈夫。それにちゃんとした服装で行くから心配しないで」
と言って頷いた。








***








「ねえ。祐。本当にこんな店で食事をして大丈夫なの?いくらバイトしてるからってこんな高そうな店で食事しなくてもいいのに……お金。足りないようだったら母さん出すからね?それにしても他にお客さんがいないんだけど大丈夫なの?高いからお客さんが来ないんじゃないの?」

銀座の喧騒から距離を置いた場所に、まるで隠れ家のように佇む店の客席は、L字型のカウンターに設えられた8席で他の客はいなかった。

「母さん。お金のことは心配しなくても大丈夫だよ。それにここは完全予約制なんだ。だからそのうち他のお客さんも来るはずだよ」

僕はそう言って遠慮気味な母を中央の席に座らせたが、やはり心配そうに隣に座った僕に言った。

「でも本当に大丈夫?それにこんな所は初めてだから、なんだか緊張するわね」

母は無駄遣いが嫌いな人だ。
だからこんな店は分不相応だと考えていることは分かっていた。
けれど僕はどうしてもこの店で母に天ぷらを食べさせたかった。
贅沢をせず節約を心掛けてきた母に食べたいものを沢山食べさせてあげたい。それが母の日に贈る僕の感謝の気持ちなのだから。

「母さん。食事をするだけだから何も緊張することはないよ。それに今日は母の日だから母さんが主役なんだよ?だから揚げたての天ぷらを思う存分堪能して」

財布の中身を心配する母に、何度も大丈夫だからと言う僕は、まるで親子の立場が逆転してしまったような気にさせられた。
それは17歳という年齢を除けば、僕の方が母よりも大人になったということ。
だがそれは決して母の精神年齢が幼いと言っているのではない。
母は間違いなく大人だが、男の僕に比べたら力は弱く頼りない存在に思えるからだ。

「うん。分かった。祐がご馳走してくれるんだから、しっかり味わわなきゃね?それにしてもどんな天ぷらが出て来るのか楽しみね?こんな高級な店だから___」

母が言葉に詰まったのは、僕の後ろに現れた人物に気付いたからだ。
そんな母は何を喋ったらいいのか分からないといった風で沈黙していた。
そして現れた人物も何も言わなかった。
僕は振り返らなくてもその人物が誰だが分かっていた。だからその沈黙を破ったのは僕だ。

「母さん。これは偶然じゃないから。道明寺さんは母さんのことを思い出したんだ。それで
バイトをしている僕に会いに来た。それから道明寺さんは自分の思いを話してくれた。実は今日までもバイト帰りに何度も会って話をした。道明寺さんの母さんに対する思いはあの頃と変わらないそうだよ」

僕は二人の大人の間にいて、どちらかが言葉を発するのを待っていた。
だがどちらも黙ったまま何も言おうとはしなかった。
恐らくそれは18年振りの再会に何を言えばいいのか分からないというもの。
そして僕は母の顔を見つめていたが声が聞こえた。
それは初めて訊く母の嗚咽。
今まで僕の前では決して見せなかった泣き顔がそこにあって、それが母の今の気持ちを表していた。












必死で働いて僕を育ててくれた母。
きっと沢山の我慢というものがあったはずだ。
だがこれからは我慢という言葉に別れを告げて生きて欲しい。
それに母が幸せなら子供である僕も幸せだ。
そして親が幸福なら子供も幸福だ。

「母さんごめん。僕財布を忘れたみたいだ。だから取りに帰って来る。食事は道明寺さんと先に始めていいからね」

僕はそう言うと店を出ようとした。
そのとき後ろから聞こえたのは、

「祐。今まで母さんを守ってくれたことを感謝する」

僕は母を守って来たのだろうか。
だが言われてみればそうかもしれない。
いつか母さんが愛した人が現れることを待っていたのかもしれない。
そしてその人が現れた今、息子である僕が母を守る役目は終わったはずだ。
だから僕はこう言った。

「母さんをこれ以上泣かせないでくれよ。……父さん」




< 完 > *子の心、親知らず*
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2019.05.14 05:51 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2019.05.15 11:44 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2019.05.15 12:39 | 編集
司*****E様
母の日に母の気持ちを確かめたい。
そんな思いから父と名乗る男性と母を合わせた息子。
そして嗚咽と涙に母の気持ちが分かった。
出来た息子ですねぇ。つくしは、こんな息子を育てることが出来た!
彼の行動は母の思い。そして父の思いを汲んだとしか言えません。
司と祐の親子の距離は縮まるのか。これからの3人はどうなるのでしょうねぇ。
つくしに幸せが訪れるように祈りたいですね?^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.16 23:01 | 編集
優*様
母の日。
男の子は母親に対して面と向かって言うのは恥ずかしいという気持ちが大きいのでしょうねぇ。
それにしてもつくしの息子。出来た息子ですよねぇ。
父と名乗る司と母の再会をアシストしようとする息子。
でも母は今でもその人のことを好きなのか?それを確かめるために司を食事の場所に招きましたが、つくしの涙の後には心からの笑顔が浮かんだことは間違いないと思います。
そして子の心は二人に伝わったと思ってます。
優*様もお身体ご自愛下さいね。コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.16 23:16 | 編集
イ**マ様
つくしにとっては大きな母の日のプレゼントになりましたねぇ。
祐くんは良く出来た息子です!

わ~。かわいいですね!
坊ちゃんもお嬢ちゃんも心を込めてママにプレゼントをしてくれたんですね?
それは永遠に保管しなければ!
何しろ二人はあっという間に大人になってしまいますからねぇ。
そして男の子って女の子よりもママっこなんですよね?^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.16 23:26 | 編集
s**p様
父の日の続編!いいですねぇ。
この家族がどう変化したのか考えてみますね(笑)

アカシアはこの季節になると新玉ねぎの天ぷらが食べたくなります。そして自分で書きながら天ぷらが食べたくなったのは言うまでもありません(笑)
と、言うわけで日曜は天ぷらを揚げました(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.16 23:37 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top