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2019
05.13

子の心、親知らず <中編>

コンビニで働く僕の前に現れた一人の男性。
その人は自分が僕の父親であると言い話がしたいと言った。
だから近くの公園まで歩いて行くとベンチに座ったが、夜の8時を過ぎたそこは人影もなく、淡い光の外灯が園内を照らしていた。

僕の前に現れた父と名乗る男性は自己紹介をすると、ある日突然母のことを思い出したと言った。
それは、厳格で冷淡な両親の元に生まれた男と貧しい家に生まれた女の話。
男は両親に反抗し続け生きていた。それに対して女は努力家で真面目。そんなふたりが恋に落ちたのは運命なのか。しかし運命は時に残酷だと言われる通り男性は不慮の事故で女の記憶を無くし今までいた。だが記憶を取り戻した男性は自分の思いがあの時と変わらないことを知った。

僕はその話を黙って訊いていた。
そしてその時初めて自分のルーツを知ることになったが、男性の言葉に嘘はないと感じたのは何故なのか。それが血の繋がりから来るものだと言われれば、そうとしか言えなかった。

子供の頃、何度も想像したことある父親の姿。
その姿は都会の賑やかさと華やかさの中に生きてきた男ではなかった。
それは母の性格から父親は物作りの現場でコツコツと働くといったイメージ。
母の弟のように素朴な人ではないかと思った。
だが僕の前に現れた男性は想像とは全く違いクールでエレガントを絵に描いたような男性で、とても高校生の息子がいるようには思えなかった。
それに父親と名乗った男性が母親よりひとつ年上だということを考えれば、男性も母と同じで若くして親になったということだ。
そして36歳の男性は今までニューヨークで暮らし、つい最近帰国したと言った。

男性の髪の毛の先がクルリと巻いているのは僕と似ていた。
背の高さは僕と同じくらいあった。
そしてその男性が記憶の中に母の存在を見つけたとき、母を探すと僕がいることが分かったと言った。

それは男性にすれば全く予期しなかったこと。
それもそのはずで、ふたりがそういった関係になったのは18年も前の話であり、海外に暮らしているなら尚更のこと18年前の時間というのは、はるかに遠い昔の話だ。
だから僕のことを知った時、まさかという思いだけがあったはずだ。
だがそれは僕の方も同じで、今になって自分の父親だと名乗る男性が現れるとは思いもしなかった。
そして男性が僕の顔に母の面影を探しているのが感じられた。

「君が生まれた時、私はこの国にいなかった。君のお母さんのことを忘れニューヨークで大学に通っていた」

僕はその言葉に何と答えればいいのかを考えようとした。
だが考えることなどなかった。それは思いが口をついたからだ。

「あなたが僕の父親なら、するべきことは分かってますよね?」

それは母と子が暮らして来た17年間の思いを受け取れと言っているのではない。
それに何をしに来たんだと初めから存在しなかった父に恨み事を言うつもりはない。
その代わりこうして現れた男性が僕の父というのなら、母にとっては大きな意味を持つはずだ。それは今まで母が誰かと結婚することなく、ひとりでいたことの意味を考えて欲しいということだ。

母には結婚の話があった。
それは、食品加工会社で働く課長さんから、結婚を前提に付き合って欲しいと言われたことがあることを僕は知っていた。
何故ならその課長さんは僕に会いに来て言った。

『お母さんと結婚したいと思っている。もし私が君の父親になるとしたら、君は私を受け入れてくれるだろうか』

その質問に僕は言った。

『母がよければそれでいいです。僕は母の人生に口出しをすることはありません』

だが結局母は結婚の申し込みを断った。

母は次から次へと微笑みが湧き上がるように、いつも笑顔を浮かべている人だ。
そんな人だから男性から好かれることは子供の僕でも理解していた。
そして母が結婚の申し込みを断ったのは、自分を忘れてしまった男性のことを今でも忘れられずにいるからだと思っていた。
だから僕は男性に言った。

「それに僕のことより母のことを考えて下さい。もしかして母より先に僕に会いに来たのは、母に会うのが怖いからですか?僕から母にあなたのことを伝えて欲しいということですか?僕を味方につけて母を忘れたことを許してもらうつもりですか?」

僕はその時思った。
それは母に結婚の申し込みをする前に僕に伺いを立ててきた食品加工会社の課長さんと同じだと。だからその事を父親だと言う男性に言った。

「母はある人から結婚を前提に付き合って欲しいと言われたんですけど断わりました。その男性も僕に自分を受け入れてもらえるかと訊きにきました」

「そうか。そんな男がいたのか。それで君は私のことを父親として受け入れてくれるのか?」

それにしても何故誰も彼も僕の気持ちを訊きたがるのか。
確かに僕は母の子供で、母は自分のことはさておき僕のことを一番に考えているのは知っている。だがだからと言って僕は母親が結婚することが嫌だとか反対しようとは思わない。母が幸せな生活を送れるなら、母を大切にしてくれる人なら、その人を喜んで父さんと呼ぶつもりだ。

「僕は母が受け入れるなら問題はありません。でも母が嫌だと言ったらそれまでです。あなたが生物学上僕の父親だとしても母があなたを受け入れなければ父親と認めることは出来ないと思います」

僕が少し尖った口調でそう言うと、

「厳しい言葉だが君の言うことは正しい。長い間お母さんと君を顧みることがなかった人間がいきなり現れて自分を受け入れて欲しいなどおこがましいにも程があるな」

父親と名乗った男性はそれ以上何も言わず少し寂しそうな顔をした。



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コメント
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dot 2019.05.13 05:58 | 編集
司*****E様
お返事が遅くまりましたm(__)m
お話は終わってしまいましたが、記憶喪失だった父親が訊ねて来るというストーリーでした。
息子の視点で進むお話となりましたが、つくしの子供は大人でしたねぇ。
大人びた我が子に会った父。何を思ったのでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.16 22:54 | 編集
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