Mother’s Day Story
***********
「母さん。何が食べたい?」
僕のその問いかけに母は天ぷらが食べたいと言った。
だがその答えを訊くまでには時間がかかった。それは母の遠慮というものが感じられたからだ。だから一度目に訊いた時は、「そうねぇ~。母さんは食パンの耳が食べたいな。あれを揚げて砂糖をまぶして食べると美味しいのよね?」と言って笑った。
そして何度か訊いてやっと出た天ぷらという言葉に、やっぱり母さんは遠慮していると思った。
「天ぷら?もっと豪華な食事でもいいんだよ?お寿司とかお肉とか。他にも食べたいものがあるんじゃない?」
「いいの、いいの。母さんは天ぷらが食べたいのよ。何しろ自分で揚げたての天ぷらを食べることなんてなかったから。それに自分で後片付けをしなくてもいいじゃない?だから天ぷらが食べたいの」
僕は母のその言葉に頷いていた。
確かに母はつい最近まで揚げたての天ぷらを食べたこともなければ、上げ膳据え膳で食事をしたこともなかった。
何しろ僕の家は母子家庭で外食をするほどの余裕はなく生活が苦しかったからだ。
僕には父がいない。それは母が未婚のまま僕を生んだからだ。
母が僕を宿したのは高校生の頃。
妊娠が分かり高校を退学し僕を生んだ。
それから女手ひとつで僕を育てた母。今の世の中片親だけで暮らす子供は珍しくない。
だがそれでも幼い子供というのは、どうして自分には父親がいないのかと訊くはずだ。
だから僕は訊いた。するとこう言われた。
「お父さんとは事情があって一緒にいることができなかったの」
そして母はこう言葉を継いだ。
「お父さんはね。病気になって母さんのことを忘れちゃったの。だからゴメンね。祐(たすく)には父さんのいない人生を送らせちゃって」
だが母は僕に惨めな思いをさせなかった。
小学生になり野球がしたいと言った僕に野球道具一式を買ってくれたのは2年生の頃。
日曜に試合がある日は弁当持参で応援に来てくれた。そして野球少年になった僕が6年生まで野球を続けることができたのは、僕がやりたいことは多少の無理をしてもやらせてあげたい。片親だけで育つ我が子に負いや引け目を感じさせたくないという親心だと今なら充分理解することが出来た。
そんな我が家の天ぷらと言えば、ゴボウや玉ねぎのかき揚げ、サツマイモやレンコンといったどこにでもある野菜を使ったもので、中学に入るまで海老の天ぷらなど見たこともなければ食べたこともなかった。
だがそれでも僕は充分だった。それに天ぷらはどんなに安い野菜でも美味しく食べることが出来る。それは食べ盛りの子供がいる家庭にすれば、沢山の野菜でお腹を満たすことができることから、我が家では天ぷらを経済料理と呼び月末近くになるといつも天ぷらが食卓に並んでいた。
それに天ぷらは応用が利いて便利だ。
卵でとじて天玉丼にしてもいいし、天ぷらうどんにとして食べることも出来ることから、忙しい母にすれば料理をしなくていいというメリットがあった。
そして母は、学校から帰った僕のおやつにと、職場である食品加工会社で残った食パンの耳を持ち帰り、パンの耳揚げを作ると仕事に出掛けていた。
そんな状況から、僕にとっての天ぷらと言えば、食べ飽きた料理といった感じだった。
だが母は母の日にご馳走するから何が食べたい?と訊くと天ぷらが食べたいと言った。
だから僕は母の望みを叶えるため、目の前で揚げた食材を食べられるカウンター式の天ぷらの店を予約していた。
僕は来年高校を卒業する。
そこは大学への進学率が高い都立だが、大学に行くかどうかは、まだ決めてない。
だが母は行けという。
そしてこう言った。
「今だから出来る勉強っていうものがあるでしょ?それに若いうちじゃないと覚えられないこともあるし知識は邪魔にはならないでしょ?だから大学へ行くべきなのよ」
高校を中退した母のその言葉は、これからの僕の将来を考えて言っていると分かっている。
だが経済的に恵まれない家庭にとって大学へ入学するために必要なお金を工面することは大変だということも知っている。
だから僕は家計を助けるためにアルバイトをしている。
それは新聞配達のアルバイトであり、学校から帰ると近所のコンビニで数時間ではあるが働いていた。
だがそんな僕を取り巻く状況が変わった。
ある日。コンビニのレジで「いらっしゃいませ」と声をかけた僕に「君が牧野祐君か?」と言った男性は店の入口に並べられていた新聞を手にしていた。
僕はコンビニの制服を着て名札をつけている。だから名字は知られても下の名前は分からないはずだ。だがその男性は僕の名前を呼んだ。
そして「ちょっといいかな?話があるんだ」と言い「もうすぐバイトは終わるんだろ?」と言ったとき、時計の針は丁度午後8時を指していた。

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「母さん。何が食べたい?」
僕のその問いかけに母は天ぷらが食べたいと言った。
だがその答えを訊くまでには時間がかかった。それは母の遠慮というものが感じられたからだ。だから一度目に訊いた時は、「そうねぇ~。母さんは食パンの耳が食べたいな。あれを揚げて砂糖をまぶして食べると美味しいのよね?」と言って笑った。
そして何度か訊いてやっと出た天ぷらという言葉に、やっぱり母さんは遠慮していると思った。
「天ぷら?もっと豪華な食事でもいいんだよ?お寿司とかお肉とか。他にも食べたいものがあるんじゃない?」
「いいの、いいの。母さんは天ぷらが食べたいのよ。何しろ自分で揚げたての天ぷらを食べることなんてなかったから。それに自分で後片付けをしなくてもいいじゃない?だから天ぷらが食べたいの」
僕は母のその言葉に頷いていた。
確かに母はつい最近まで揚げたての天ぷらを食べたこともなければ、上げ膳据え膳で食事をしたこともなかった。
何しろ僕の家は母子家庭で外食をするほどの余裕はなく生活が苦しかったからだ。
僕には父がいない。それは母が未婚のまま僕を生んだからだ。
母が僕を宿したのは高校生の頃。
妊娠が分かり高校を退学し僕を生んだ。
それから女手ひとつで僕を育てた母。今の世の中片親だけで暮らす子供は珍しくない。
だがそれでも幼い子供というのは、どうして自分には父親がいないのかと訊くはずだ。
だから僕は訊いた。するとこう言われた。
「お父さんとは事情があって一緒にいることができなかったの」
そして母はこう言葉を継いだ。
「お父さんはね。病気になって母さんのことを忘れちゃったの。だからゴメンね。祐(たすく)には父さんのいない人生を送らせちゃって」
だが母は僕に惨めな思いをさせなかった。
小学生になり野球がしたいと言った僕に野球道具一式を買ってくれたのは2年生の頃。
日曜に試合がある日は弁当持参で応援に来てくれた。そして野球少年になった僕が6年生まで野球を続けることができたのは、僕がやりたいことは多少の無理をしてもやらせてあげたい。片親だけで育つ我が子に負いや引け目を感じさせたくないという親心だと今なら充分理解することが出来た。
そんな我が家の天ぷらと言えば、ゴボウや玉ねぎのかき揚げ、サツマイモやレンコンといったどこにでもある野菜を使ったもので、中学に入るまで海老の天ぷらなど見たこともなければ食べたこともなかった。
だがそれでも僕は充分だった。それに天ぷらはどんなに安い野菜でも美味しく食べることが出来る。それは食べ盛りの子供がいる家庭にすれば、沢山の野菜でお腹を満たすことができることから、我が家では天ぷらを経済料理と呼び月末近くになるといつも天ぷらが食卓に並んでいた。
それに天ぷらは応用が利いて便利だ。
卵でとじて天玉丼にしてもいいし、天ぷらうどんにとして食べることも出来ることから、忙しい母にすれば料理をしなくていいというメリットがあった。
そして母は、学校から帰った僕のおやつにと、職場である食品加工会社で残った食パンの耳を持ち帰り、パンの耳揚げを作ると仕事に出掛けていた。
そんな状況から、僕にとっての天ぷらと言えば、食べ飽きた料理といった感じだった。
だが母は母の日にご馳走するから何が食べたい?と訊くと天ぷらが食べたいと言った。
だから僕は母の望みを叶えるため、目の前で揚げた食材を食べられるカウンター式の天ぷらの店を予約していた。
僕は来年高校を卒業する。
そこは大学への進学率が高い都立だが、大学に行くかどうかは、まだ決めてない。
だが母は行けという。
そしてこう言った。
「今だから出来る勉強っていうものがあるでしょ?それに若いうちじゃないと覚えられないこともあるし知識は邪魔にはならないでしょ?だから大学へ行くべきなのよ」
高校を中退した母のその言葉は、これからの僕の将来を考えて言っていると分かっている。
だが経済的に恵まれない家庭にとって大学へ入学するために必要なお金を工面することは大変だということも知っている。
だから僕は家計を助けるためにアルバイトをしている。
それは新聞配達のアルバイトであり、学校から帰ると近所のコンビニで数時間ではあるが働いていた。
だがそんな僕を取り巻く状況が変わった。
ある日。コンビニのレジで「いらっしゃいませ」と声をかけた僕に「君が牧野祐君か?」と言った男性は店の入口に並べられていた新聞を手にしていた。
僕はコンビニの制服を着て名札をつけている。だから名字は知られても下の名前は分からないはずだ。だがその男性は僕の名前を呼んだ。
そして「ちょっといいかな?話があるんだ」と言い「もうすぐバイトは終わるんだろ?」と言ったとき、時計の針は丁度午後8時を指していた。

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コメント
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司*****E様
こんにちは^^
本日は母の日。
それに合わせてのお話ですが、さてつくしに最高の母の日のプレゼントが贈られるのでしょうか。
母の日の贈り物。
物を貰うより気持ちが一番のように思えます。
それに「母」は子供たちに感謝されたいと思ってはいません。
つくしも我が子の気持ちだけで充分と思っていますが、祐くんはいつも頑張っている母に食事をご馳走することにしたようですよ?上げ膳据え膳!料理をしない日が欲しいですよね?
さて祐くんの前に現れたのは誰?
短編です。すぐに終わりますからね(笑)
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
本日は母の日。
それに合わせてのお話ですが、さてつくしに最高の母の日のプレゼントが贈られるのでしょうか。
母の日の贈り物。
物を貰うより気持ちが一番のように思えます。
それに「母」は子供たちに感謝されたいと思ってはいません。
つくしも我が子の気持ちだけで充分と思っていますが、祐くんはいつも頑張っている母に食事をご馳走することにしたようですよ?上げ膳据え膳!料理をしない日が欲しいですよね?
さて祐くんの前に現れたのは誰?
短編です。すぐに終わりますからね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.05.12 22:36 | 編集
