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2019
04.30

穏やかな風 最終話

僕は翌日魚津で話をした男性を見た。
それはホテルのロビーで彼はフロントにいた。そして足元には荷物がひとつ置かれていたが、その状況からチェックアウトすることが分かった。

これから東京に、いやアメリカに帰るのだろうか。
僕が出会ったその人はアメリカでの永住権を取得していて、余生はニューヨーク郊外で暮らすと言った。そしてもう二度とこの場所に来ることはないと言った。
つまり男性は人生を回顧する。決着をつけるためにあの場所に来た。
それはかつて愛した人の面影を追う旅を終えるということ。
あの場所は、あの男性にとっての終活の場所だったのかもしれない。

蜃気楼は吉兆の印だと男性は言った。
それなら昨日の蜃気楼は男性にとっての祝福だったはずだ。
二度と来ることがない場所で最後に見ることが出来た幻想的な景色は、大切な人への思いと共に瞼の裏に焼き付けられたはずだから。



時をこえて人を愛するとはあの男性のようなことを言うのだと思った。
そして人の気持ちは時が経っても変わることはないということを知った。
だが時間は確実に時を刻み、どんな人間も時の流れを止めることは出来ない。

僕は男性に声を掛けることをしなかった。だが男性が振り向いた時、頭を下げた。
すると男性が微かだが頷いたのが分かった。
そして僕は少し遅めの朝食を食べるためレストランに足を向けた。













「父さんお帰り。出張どうだった?」

僕が帰宅した時リビングのソファで新聞を広げていた父は顔を上げ、
「ヨーロッパの市場はややこしいことになっているがそのうち解決すると見ている。何しろ国同士のことだ。なるようにしかならんだろ」と言って新聞を置いた。

「ところで母さんから訊いたがお前富山に行って来たそうだな?土産を貰ったって嬉しそうだったぞ?」

父は、母が見せてくれた富山名物ホタルイカの沖漬けに「これは小さな宇宙人か?」と言ったが、「何バカなこと言ってるのよ?これ炊きたてのご飯と一緒に食べたら美味しいのよ」の言葉に夜の食卓に並ぶのを楽しみにしていた。

「うん。思いつきで行ったんだけどいい出会いがあったから気分転換になったよ」

「出会いか?」

「うん。ある男性と出会ってその人の話を訊いた。年は父さんと同じくらいで背格好も似てたな。それにどことなく父さんに似てた。雰囲気とか、ファッションセンスとか。だからかな。僕がその男性に興味を持ったのは。でも話してくれたのはビジネスじゃなくて自分の恋についてだけどね」

「恋か?」

僕の父は海外出張が多いビジネスマンだ。
そんな父に向かって恋愛について話すのはどうかと思ったが言葉を継ぐことにした。

「そうだよ。その人。何十年も前に自分の前からいなくなった恋人のことを今でも思ってるってね。それに恋人が自分の前からいなくなったのは自分のためだって言った。その人の家は由緒ある家柄でお金持ちで将来は家の事業を継ぐことが決まってる。恋人だった女性は、そんな男性の未来とその男性の周りにいる人のことを考えて自分の前から去ったんだって言った」

「そうか。恋人もいないお前に恋愛話か。それでお前はその話しを訊いてどう思ったんだ?」

「うん。幸せを求めることはそんなにも難しいことなのかって思った」

僕は父の左手薬指にはまった銀色の指輪を見つめた。
そして今まで面と向かって訊いたことがなかった両親の恋の話を訊くことにした。

「父さんと母さんが結婚するまではどうだった?だって父さんの母さんは、つまりおばあちゃんは二人の交際に大反対したんだよね?」

80代の僕の祖母は我が子の交際に反対していたということを、祖母本人から訊いたことがあった。だからそれを確かめようと思った。
そんな僕の問い掛けに父はフッと笑った。

「ああ。反対も反対。大反対をした。それこそ母さんの家族を根絶やしにしてぇんじゃねぇかってくらいに反対した。だがな。母さんは負けなかったぞ。自分は雑草だからって何を言われようが、何をされようが負けなかった。そうだ。思い出すのは母さんを初めて婆さんに紹介した時だ。あれは俺の誕生日パーティーだったが、あいつはかしこまって挨拶するどころか料理が並んだテーブルの上にぶっ倒れて台無しにした。それから婆さんがごちゃごちゃうるせぇから俺はあいつの手を掴んでパーティーから逃げ出した」

父が母と出会ってからどんな人生を歩んだのか。
男の僕が面と向かって訊いたことはない。そして初めて訊かされる話は、富山で出会った男性の話と似ていた。
だがひとつだけ違ったのは母が父の元を離れることはなかったということ。
それは、どんなことも逃げることなく全力投球で人事を尽くすという母らしい選択だと思った。

そして父は僕が大学を卒業し就職するにあたり、落ち着かない気持ちでいることを知っていた。
会社の創業は百年以上前。三千人の社員が高層ビルのフロアに別れて働く会社は、日本を代表する名門企業だと言われていた。そしてその会社には自分の名字が付けられていて、父親の名前は道明寺司で僕の名前は道明寺巧だ。

父は我が子が父親の経営する会社に就職することで、自分の未来が束縛されたものになると考えていると思っていた。
だが父は、僕に自分の後を継ぐことを強制したのではない。僕は自ら選択して父の会社に入社することを決めた。
そして、富山であの男性と話をしてから、どこか落ち着かない気持ちでいた自分はもういなかった。
それは、あの男性が言った人生は一度しかない。生きていく上で本当に大切なものが何であるかを見極める力を持てという言葉に自分なら出来るという勇気を貰えたからだ。

「それからその人が言った言葉がとても印象深かった」

「それで?お前の心に残った言葉はどんな言葉だ?」

「『心はあの時のままで年を取った男というのは実にやっかいだ』」

父はその言葉に笑った。
それはまるで自分のことを言われていると思ったからだ。

「そうか。その男はそう言ったか。いいか巧。男の恋というのは積み重なるもので、重苦しさをもって心の奥に思いを溜め込むものだ。だが世の中にはそうじゃない男も大勢いるがその男にとっての恋は人生で一度だけ。他の女は必要ないということだ」

僕はその言葉に頷いた。
父の言葉はあの男性の思いを表していると思ったからだ。

「巧。お前がどんな人生を歩もうと俺は応援する。お前が選んだ人生だ。それに対して何か言うことはない。それにどんな女を連れて来ても反対はしない。だがな。ひとつだけ言うなら、人生は自分の知らない誰かに支えられている。社に入ったらそれを肝に銘じろ。自分の力だけで何かが出来ると思うな。それに社内ではお前のことを我が子だと思って接することはないからそう思え」

僕の父親の道明寺司は、家では良き父親であり良き夫だ。
子供の自由な意思を尊重してくれる父親で、学校の成績が下がっても叱ることはなかった。
だが世間に見せる姿は世界的なビジネスマンであり、日本経済を動かす男だと言われていた。現にテーブルに置かれた経済新聞の一面を飾る写真の中にいる男は、巨大な楕円形のテーブルの正面中央に着席し両側には財務大臣と日銀総裁が座っていた。
そしてその写真の中に富山で出会った男性が写っていることに気付いた。

「父さん。この人誰?」

「この男か?」

「うん」

「この男は橘だ。確か俺より五つか六つ年上でうちと同じニューヨークを拠点にしている橘コンツェルンの会長だ。だがこの春で退任して田舎に引っ込むって話だが昨日訊いた話じゃ何でも昔の恋人と再会してその女と結婚するって話だ」
















今は穏やかな風のような人生を送る父と母。
結婚して二十数年経つ夫婦の会話の中身は、僕が富山から持ち帰ったホタルイカの沖漬けと白えびの煎餅と、ます寿司になっているが、この二人の間にも心を揺らす風があった、子供には分からない人生があったはずで、そんな人生を我が子に話すことは容易いことだとは言えないはずだ。






春の陽射しがリビングルームを優しく包んでいる。
暖かな日の光りはやがて月の光に取って変わられるが、夫婦の間に流れる風は、これから先も穏やかに流れるはずだ。
とにかく、この二人は周りが何と言おうと幸せになることを諦めなかった。
僕の前にいる夫婦は愛した人とは何があっても離れないという誓いを今でも忘れることはない。
そして、父と母のドラマは新たな時代を迎えても死が互いを分かつまで続いていくはずだ。





< 完 > *穏やかな風* 
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コメント
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dot 2019.04.30 06:53 | 編集
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dot 2019.04.30 08:04 | 編集
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dot 2019.04.30 08:52 | 編集
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dot 2019.04.30 11:44 | 編集
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dot 2019.04.30 13:54 | 編集
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dot 2019.05.01 03:00 | 編集
澪**ん様
おはようございます^^
え?すっかり騙されました?(笑)
「つかつく」は逆境を乗り越えていた。
そして司によく似た境遇の橘という男性にも遅い春が訪れたというお話でした。
短いお話でしたので結論は早かったと思いますが、ドキドキしていただけて良かったです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.02 20:15 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
「僕」が富山で出会った男性は司ではなかった。
そして「僕」は、つくしと司の息子でしたねぇ。
橘という男性。そうですね~。ビジネスで司とは知り合いのようですので、「僕」のことは司の息子だと気付いていた可能性はあるでしょうね。そして橘が昔の恋人と結婚することになったと訊いた「僕」は吉兆の印と言われる蜃気楼のご利益と思ったことでしょう。
見知らぬ他人だから話せることもある。
二人の出会いは一期一会だったのでしょうね。

蜃気楼。アカシアも見たいです‼
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.02 20:24 | 編集
あ**き様
そうでしたか。
こちらのお話で忘れたと思っていたことが思い出されたんですね?
自分の中では忘れ去られたと思っていた記憶も、きっかけさえあれば思い出されることがあるということですね?
こちらのお話で懐かしさを感じていただけて良かったです^^
そしてコメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.02 20:58 | 編集
み***ん様
こんにちは^^
男性は司?
「僕」はつくしの子供?
短いお話でしたので結論は早かったのですが「ん?」が多かったですか?
そしてホタルイカを小さな宇宙人と言った男(≧▽≦)
司はホタルイカを知らなかったはずですから仕方ありませんねえ。
これからはホタルイカを見るたび思い出す(笑)
そして司はソレを食べたはずですが、どんな顔をして食べたのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.02 21:09 | 編集
ま**ん様
こんにちは^^
その後お加減はいかがですか?
寒暖差で体調を崩されている方も多いと訊きます。
お身体ご自愛下さいね。

はい。物語はこう来ました(笑)
男性は司で「僕」は彼の生き別れの息子。
そう思われた方も多かったようですが違ったんです。
似たような境遇の存在がいました。
そしてその男性、橘を知ることで自分の両親の若い頃を知った「僕」でした。
「僕」は父親の会社に入社してこれから新たな人生が始まる。
父の教えを胸に刻み彼らしい人生を歩んでいくことでしょう。
お話を楽しんでいただきありがとうございました^^
アカシアdot 2019.05.02 21:24 | 編集
ふ*******マ様
こんばんは^^
え?やられたぁ~ですか?(笑)
男性は司で蜃気楼と共につくしと感動の再会!
しかしそうではなく、司の境遇によく似た男性がいた。そして「僕」は司とつくしの息子でした。
男性は昔の恋人と再会して結婚するようですし、「僕」はその男性と出会ったことで両親の恋の話を知った。
そんなお話でしたが、楽しんでいたたけで幸いです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.02 21:37 | 編集
s**p様
え?まさかのドンデン返しでしたか?(笑)
「僕」はつくしが独りで産んで育てた子。
そして男性は司で彼は我が子に自分の過去を話していた。
残念ながら男性はよく似た境遇の別人でした。

お仕事お疲れ様ですm(__)m
世間は休みでも働いている方がいらっしゃることで、休みの人間の休日が成り立っていることを忘れてはいません。
このようなお話でしたが、楽しんでいただけて幸いです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.02 21:50 | 編集
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dot 2019.05.03 18:03 | 編集
か*****茶様
抹茶のお菓子。いいですねぇ。
この季節は抹茶を練り込んだお菓子が沢山ありますが、こちらのお菓子!テレビで拝見したことがあります。
そして今アカシアの口の中には抹茶の味が広がっています。食べたいです!

「穏やかな風」タイトルが気持ち明るいからふたりは生存している!そう読みましたか(笑)
確かに「残照」や「時の轍」はちょっと暗めのタイトルですからねぇ。
おひとり様シリーズではなかったのですが、最後まで油断なくお読みいただきありがとうございました。
語られた話は、司によく似た境遇の男の物語でしたが、司とつくしは互いの手を離すことなく困難を乗り越えたというお話でした。
そして司の息子は社会人となり道明寺に入社となりましたが、父の背中を見て立派な男になって欲しいものです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.05.04 23:29 | 編集
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