『言いたいことがあるなら言えばいい』
つくしはその言葉通り言いたいことは言わせてもらうつもりでいた。
それは、あなたと付き合うつもりはありませんと自分の意志をはっきりと伝えること。
そしてこの旅は彼の飛行機に同乗させてもらいはしたが、ふたりの行動は別のものであり、私のことは気にしないで欲しいということ。
そして食事に出かける前、急いで部屋に戻りブローチを鞄に入れてきたが、それを返すことがこの食事の目的だった。だからこの食事を済ませれば帰国する飛行機に乗るまで顔を合わせる必要はないはずだ。
夕食はホテルのレストランではなくシーフード料理の店へ連れて行かれた。
ボストンと言えばロブスターや牡蠣やクラムチャウダーが有名だが、ドレスコードを気にする必要はないと言われる店は賑わっていた。
だがここは道明寺司のような人物が普段利用する店とは明らかに違うと思えた。
つまりここは、おしゃれで洗練されたというにはほど遠く、趣きが感じられる古い建物の中にあり、気の合う仲間や家族が楽しくおしゃべりしながら食事をするという、いかにも居心地のよさそうな店で、上等なスーツ姿の男性が食事をするような店ではないからだ。
そしてそういった店は二人の間の距離が近いということを表していた。
「どうした?何か問題でも?」
店内を見渡したつくしにそう言った男は上着を脱ぐとネクタイを外した。
つくしの研究仲間はネクタイをしない人間が多く、そういった動作をすることはない。
だから男性がそういった動作をすることを間近で見ることはなかったが、その様子がごく自然の流れ中での動作に思えた。つまりその行動は、つくしのピリピリとした精神状態とは逆にリラックスをした状態でいるということだ。
「この店は俺がこの街で暮らしていた時によく通った店だ。長い歴史を持つ店で外観からは想像出来ないほど美味いシーフードを食わせてくれる。だから安心していい」
そういえば、道明寺司はハーバード・ビジネススクールでMBAを取得していた。
つまりこの街は荒れた青春時代を終えた男がアメリカに渡り、やがてビジネスに目覚め、経済界のサメと呼ばれるようになる基礎を作った街ということだ。
そして道明寺財閥の御曹司が通ったという店が、高級なレストランではなく、居心地のいい店だったということに意外性を感じていた。
「どうする?食べたいものがあるなら注文すればいい。特に無いっていうなら俺に任せてくれ」
ウェイトレスから渡されたメニューを眺めていたつくしは、グリルされたロブスターも美味しそうだと思った。だが半身に割られグリルされた伊勢海老なら日本でも食べることが出来る。だから少し迷った末、クラムチャウダーとボイルしたロブスター。それにグリル野菜とロブスターのリゾットを頼んだが、他にも食べたいと思える料理があった。
それはトマトスープで仕上げたロブスターと魚介の鍋という料理。
大きなロブスターがまるまる一匹入り、エビ、あさり、ムール貝、イカが入っていて一人で食べるには多すぎる量だ。つまり鍋という名からしても、それはシェアして食べる料理ということだ。
「どうした?他に食べたいものがあるなら頼め」
「え?」
「どれが食いたいんだ?遠慮するな。量が多いなら分ければいい。大体アメリカの料理は日本に比べれば量が多いのが当たり前だ。多けりゃ俺が食ってやる」
そう言って一旦閉じられたメニューを開いた男は、つくしが口を開くのを待った。
研究仲間となら料理をシェアして食べたことがある。
だが道明寺司と料理をシェアするなど考えたこともなければ、思いもしなかったが、何も思い詰めるほどのことではないはずだ。それにこうしてこの男と食事をするのは今夜だけで、ブローチを返せば明日からは一緒にいることはない。だから何も気にすることはないと思えた。
けれど、同じ料理を分けて食べるという行為は親密さを連想させる。
だが結局「それで?」とメニュー越しに促されたつくしは料理の名前を口にした。
『言いたいことがあるなら言えばいい』
つくしは、その言葉通りのことをしたかった。
けれど、先に口を開いたのは道明寺司の方で「エプロンを着けろ」と言ってテーブルに用意されている紙で出来たエプロンをつくしに着けさせた。
「ロブスターを食う時は汁が飛び散るからな」
確かにその通りで、茹で上がったロブスターをさばく過程では汁が飛び散る。
そして、つくしと同じボイルされたロブスターを注文した男は、同じようにエプロンを着け、ナイフとフォークと一緒に出されたロブスタークラッカーで運ばれてきたロブスターの硬い爪を割った。
食べることにさして興味がなかったと言った男だったが、その手つきは慣れたもので、つくしは思わず長い指先が身を取り出す様子を見つめていた。
そして、殻が外されたロブスターの白い身が皿に置かれとき、男の手が伸びつくしの前に置かれていた皿を取った。思わず「えっ」と言って顔を上げた瞬間、引き替えに男は自分の皿を彼女の前に置いた。
「食えよ。この店のロブスターは大きさもデカいが身もよく締まって美味いぞ」
それは淡々とした言い方で、押しつけがましいとは言えず、だからと言って冷たくもなかった。
「どうした?」
キョトンとしているつくしに対し、「お前がさばくより俺がさばいた方が早い。ただそれだけのことだ」と言って新たに自分の前に置いたロブスターをさばき始めた。
だが向けられた視線に「ジロジロ見る暇があるなら食え」と返されると、フォークを取り、添えられていたガーリックバターソースにロブスターの身を漬け口に運んだ。
「美味しい」
「だろ?それにしてもお前のそんな顏を見てると人生一番の幸福は食べることだって感じだな」
「そんなことありません。それに仮に人生の一番の幸福が食べることだとしても、道明寺副社長には関係ないはずです」
ムキになって言い返した訳ではないが、つい口調が厳しくなってしまった。
だが、本来なら道明寺司がつくしの為にロブスターの殻をむいてくれたことに礼を言わなければならないのだが、何故か言葉が出なかった。
そんなつくしに対し、道明寺司は殻をむくことを止め、つくしから目を離さずに言った。
「へえ、そうか。だがな。俺の前でお前が見せる顏は強張った顔ばかりだ。その中で唯一嬉しそうな顔をしたのは中華料理屋でメシを食った時だ。それ以外でお前が楽しそうな顔をしたのを見たことがないからな」
「それは道明寺副社長が私に厳しい顔をさせるようなことをしたからじゃないですか?そうでなければ私はそんな顏をしません」
それは杉村という別の男に成りすましたこと。
つくしが自分の周りにいる女性たちと同じであることを騙すことで証明しようとしたこと。
だが今はロブスターの殻をむいてくれたことに対して礼を言わなければと手にしていたフォークを置いた。
「…..ありがとう」
唐突につくしが口にした感謝の言葉に、彼女を見つめる男の表情は変わらなかった。
それは何に対しての感謝なのか分からなかったからだが、「ロブスターの殻をむいてくれたことです」つくしがそう付け加えると口元に微笑みを浮かべた。
その笑みに勝利感がこめられていると感じたのは思い違いではないはずだ。
そしてつくしは、この奇妙な時間ともいえる食事に戸惑いながらも、この食事を乗り切りブローチを返せば明日からは放っておいてもらえるはずだという思いから、今は食事を楽しもうと思った。

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つくしはその言葉通り言いたいことは言わせてもらうつもりでいた。
それは、あなたと付き合うつもりはありませんと自分の意志をはっきりと伝えること。
そしてこの旅は彼の飛行機に同乗させてもらいはしたが、ふたりの行動は別のものであり、私のことは気にしないで欲しいということ。
そして食事に出かける前、急いで部屋に戻りブローチを鞄に入れてきたが、それを返すことがこの食事の目的だった。だからこの食事を済ませれば帰国する飛行機に乗るまで顔を合わせる必要はないはずだ。
夕食はホテルのレストランではなくシーフード料理の店へ連れて行かれた。
ボストンと言えばロブスターや牡蠣やクラムチャウダーが有名だが、ドレスコードを気にする必要はないと言われる店は賑わっていた。
だがここは道明寺司のような人物が普段利用する店とは明らかに違うと思えた。
つまりここは、おしゃれで洗練されたというにはほど遠く、趣きが感じられる古い建物の中にあり、気の合う仲間や家族が楽しくおしゃべりしながら食事をするという、いかにも居心地のよさそうな店で、上等なスーツ姿の男性が食事をするような店ではないからだ。
そしてそういった店は二人の間の距離が近いということを表していた。
「どうした?何か問題でも?」
店内を見渡したつくしにそう言った男は上着を脱ぐとネクタイを外した。
つくしの研究仲間はネクタイをしない人間が多く、そういった動作をすることはない。
だから男性がそういった動作をすることを間近で見ることはなかったが、その様子がごく自然の流れ中での動作に思えた。つまりその行動は、つくしのピリピリとした精神状態とは逆にリラックスをした状態でいるということだ。
「この店は俺がこの街で暮らしていた時によく通った店だ。長い歴史を持つ店で外観からは想像出来ないほど美味いシーフードを食わせてくれる。だから安心していい」
そういえば、道明寺司はハーバード・ビジネススクールでMBAを取得していた。
つまりこの街は荒れた青春時代を終えた男がアメリカに渡り、やがてビジネスに目覚め、経済界のサメと呼ばれるようになる基礎を作った街ということだ。
そして道明寺財閥の御曹司が通ったという店が、高級なレストランではなく、居心地のいい店だったということに意外性を感じていた。
「どうする?食べたいものがあるなら注文すればいい。特に無いっていうなら俺に任せてくれ」
ウェイトレスから渡されたメニューを眺めていたつくしは、グリルされたロブスターも美味しそうだと思った。だが半身に割られグリルされた伊勢海老なら日本でも食べることが出来る。だから少し迷った末、クラムチャウダーとボイルしたロブスター。それにグリル野菜とロブスターのリゾットを頼んだが、他にも食べたいと思える料理があった。
それはトマトスープで仕上げたロブスターと魚介の鍋という料理。
大きなロブスターがまるまる一匹入り、エビ、あさり、ムール貝、イカが入っていて一人で食べるには多すぎる量だ。つまり鍋という名からしても、それはシェアして食べる料理ということだ。
「どうした?他に食べたいものがあるなら頼め」
「え?」
「どれが食いたいんだ?遠慮するな。量が多いなら分ければいい。大体アメリカの料理は日本に比べれば量が多いのが当たり前だ。多けりゃ俺が食ってやる」
そう言って一旦閉じられたメニューを開いた男は、つくしが口を開くのを待った。
研究仲間となら料理をシェアして食べたことがある。
だが道明寺司と料理をシェアするなど考えたこともなければ、思いもしなかったが、何も思い詰めるほどのことではないはずだ。それにこうしてこの男と食事をするのは今夜だけで、ブローチを返せば明日からは一緒にいることはない。だから何も気にすることはないと思えた。
けれど、同じ料理を分けて食べるという行為は親密さを連想させる。
だが結局「それで?」とメニュー越しに促されたつくしは料理の名前を口にした。
『言いたいことがあるなら言えばいい』
つくしは、その言葉通りのことをしたかった。
けれど、先に口を開いたのは道明寺司の方で「エプロンを着けろ」と言ってテーブルに用意されている紙で出来たエプロンをつくしに着けさせた。
「ロブスターを食う時は汁が飛び散るからな」
確かにその通りで、茹で上がったロブスターをさばく過程では汁が飛び散る。
そして、つくしと同じボイルされたロブスターを注文した男は、同じようにエプロンを着け、ナイフとフォークと一緒に出されたロブスタークラッカーで運ばれてきたロブスターの硬い爪を割った。
食べることにさして興味がなかったと言った男だったが、その手つきは慣れたもので、つくしは思わず長い指先が身を取り出す様子を見つめていた。
そして、殻が外されたロブスターの白い身が皿に置かれとき、男の手が伸びつくしの前に置かれていた皿を取った。思わず「えっ」と言って顔を上げた瞬間、引き替えに男は自分の皿を彼女の前に置いた。
「食えよ。この店のロブスターは大きさもデカいが身もよく締まって美味いぞ」
それは淡々とした言い方で、押しつけがましいとは言えず、だからと言って冷たくもなかった。
「どうした?」
キョトンとしているつくしに対し、「お前がさばくより俺がさばいた方が早い。ただそれだけのことだ」と言って新たに自分の前に置いたロブスターをさばき始めた。
だが向けられた視線に「ジロジロ見る暇があるなら食え」と返されると、フォークを取り、添えられていたガーリックバターソースにロブスターの身を漬け口に運んだ。
「美味しい」
「だろ?それにしてもお前のそんな顏を見てると人生一番の幸福は食べることだって感じだな」
「そんなことありません。それに仮に人生の一番の幸福が食べることだとしても、道明寺副社長には関係ないはずです」
ムキになって言い返した訳ではないが、つい口調が厳しくなってしまった。
だが、本来なら道明寺司がつくしの為にロブスターの殻をむいてくれたことに礼を言わなければならないのだが、何故か言葉が出なかった。
そんなつくしに対し、道明寺司は殻をむくことを止め、つくしから目を離さずに言った。
「へえ、そうか。だがな。俺の前でお前が見せる顏は強張った顔ばかりだ。その中で唯一嬉しそうな顔をしたのは中華料理屋でメシを食った時だ。それ以外でお前が楽しそうな顔をしたのを見たことがないからな」
「それは道明寺副社長が私に厳しい顔をさせるようなことをしたからじゃないですか?そうでなければ私はそんな顏をしません」
それは杉村という別の男に成りすましたこと。
つくしが自分の周りにいる女性たちと同じであることを騙すことで証明しようとしたこと。
だが今はロブスターの殻をむいてくれたことに対して礼を言わなければと手にしていたフォークを置いた。
「…..ありがとう」
唐突につくしが口にした感謝の言葉に、彼女を見つめる男の表情は変わらなかった。
それは何に対しての感謝なのか分からなかったからだが、「ロブスターの殻をむいてくれたことです」つくしがそう付け加えると口元に微笑みを浮かべた。
その笑みに勝利感がこめられていると感じたのは思い違いではないはずだ。
そしてつくしは、この奇妙な時間ともいえる食事に戸惑いながらも、この食事を乗り切りブローチを返せば明日からは放っておいてもらえるはずだという思いから、今は食事を楽しもうと思った。

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コメント
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司*****E様
こんにちは^^
言いたいことは言う。そんな決意を持って食事に臨んだ女。
しかし司のペースに流される女(笑)
ビジネスセンスに長けている男の方が色々な面で上手なのは確かだと思います。
つくしはそんな男に自分の気持ちを伝えることが出来るのでしょうかねぇ。
そして司はアメリカにいる間に彼女の心を掴むことが出来るのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
言いたいことは言う。そんな決意を持って食事に臨んだ女。
しかし司のペースに流される女(笑)
ビジネスセンスに長けている男の方が色々な面で上手なのは確かだと思います。
つくしはそんな男に自分の気持ちを伝えることが出来るのでしょうかねぇ。
そして司はアメリカにいる間に彼女の心を掴むことが出来るのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.21 22:36 | 編集

F***e様
こんにちは^^
手強いつくし(≧▽≦)‼
落ちないつくし(笑)
頑固なつくしとそんな女に惚れた男の恋の行方は?
司にロブスターをさばいてもらいたいですか?
男らしくも美しい手でさばいた身を「ほら。食えよ」と言ってくれる男!
一緒の食事は親密になるチャンスなんですが、この食事はどこへ向かうのでしょう。
頑張れ司!と言いたいところですが果たして?
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
手強いつくし(≧▽≦)‼
落ちないつくし(笑)
頑固なつくしとそんな女に惚れた男の恋の行方は?
司にロブスターをさばいてもらいたいですか?
男らしくも美しい手でさばいた身を「ほら。食えよ」と言ってくれる男!
一緒の食事は親密になるチャンスなんですが、この食事はどこへ向かうのでしょう。
頑張れ司!と言いたいところですが果たして?
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.21 22:48 | 編集
