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2019
04.14

理想の恋の見つけ方 115

つくしは男の口から飛び出したお前は鳩に似ている、の言葉に怪訝な顔をして男の方を向いた。

「私が鳩?」

「ああ。俺が幼稚舎の頃だが鷹にでも襲われたのか。灰色の毛の一部がむしられ傷ついた鳩が庭の片隅にうずくまっているのを見つけた。あの当時両親はアメリカ暮らしで俺は邸で姉と使用人の老婆と生活していた。老婆は傷ついた鳩を自分の部屋に連れて帰り介抱した。鳩は初め人の手から餌を貰うことを躊躇っていた。だがやがて老婆が与える餌を食べるようになり俺にも懐いた。知ってるか?鳩って鳥はグルルって鳴くことを」

司は生き物と親しく触れ合ったことがなかった。
それだけに初めて間近に接した灰色の鳩は陰鬱な色かもしれなかったが、首回りに緑や青を含んだ小さな頭をわずかに傾け、司を見る姿は可愛らしいと思えた。

「だがある日。老婆の部屋の鳥かごの中にいたはずの鳩はいなくなった。老婆は逃げたんだと言ったがそうじゃないことが今なら理解出来る。つまり傷が癒えたから逃がしたってことだ。その時野性の鳩を飼うことは出来ないって言われた。それに鳩には鳩の世界があるってな。たとえまた大きな鳥に狙われて傷ついたとしても、大空を飛ぶ鳩はその方がいいってな。それから何年か経った後、庭に鳩が巣を作ったと訊かされたが、その鳩があの時の鳩だかどうかは不明だ。それにその頃の俺はもう鳩に興味はなくなっていた。だから鳩が庭の木に巣を作ろうが卵を産もうがどうでもよかった。とは言っても一度だけ様子を見に行った。あいつらが互いに羽根をつくろい、餌を運んで来る姿は細やかな愛情ってものがあった。それは子供心にも感じられた。親が子を育てる姿ってのは、こういうもんだってな」

つくしは、経済界のサメと呼ばれ経営手腕に秀でた男も、幼少期には感情豊かな内面があったのだと知った。
そして男が少年時代は荒れていたという話と、幼い頃から両親と離れて暮らしていたという話を訊かされたが、気の毒に思えということなのか。誰かと心の結びつきが欲しいということなのか。

だが正直この話しをどう受け取っていいのか分からなかった。
それに鳩に似ていると言われたが、何がどう似ているというのか。
外見で似ていることと言えば、鳩の身体を覆うチャコールグレーの羽根が、いつも着ているスーツの色と同じだということと、目が丸いということだろうか。
けれど本質的な意味での言いたいことは理解出来ていた。
それは、鳩が傷を癒すと飛び立ったように、たとえ身体に傷跡があったとしても気にするなということだ。

今では遠い昔の話だが、当時付き合っていた恋人に傷跡を直視することが出来ないと言われ別れた。だがこうしてボストンまで一緒に旅をして来た男は、嘘をついたことは別としても、足に傷跡を持つ女を好きだと言う。

「鳩もそうだが動物の雄と雌の間は駆け引きや打算がない。牧野つくしという女は、自分の世界をしっかりと持っている。他人に流されることがない。それに地道な努力なしに大学の准教授になることは出来ないはずだ」

それは褒め言葉と取ればいいのか。
だが電話の相手だった男の言葉を真面目に受け取ったばかりに嘘をつかれていたことを見抜けなかった。だから道明寺司を相手にするなら用心深くしなければならなかった。

「俺が牧野つくしという女を好きな理由は話した通りだが、どんなに理由を話したとしても、人を理解することと、恋をすることは違う。恋は理解出来ない。分からないから人間は思いを抱くはずだ。だからこれから1週間という短い時間だが日常的な俺を知ってくれ」












『日常的な自分を知って欲しい』

道明寺司の話は車がホテルの車寄せに到着した時に終わったが、あの男の日常的な風景とはいったいどんな風景なのか。
それにしても、あの男の話が本当だとして、鳩に語り掛けている姿を想像すると可笑しかったが、幼少期がカトリックの聖人である聖フランシスコだった男は、フランシスコと同じ金持の家に生まれ大人になった。そして聖人とは異なった意味での奔放な青春時代を送ったのだから、そのことを考えると興味深いものがあった。

ホテルはボストンの中心部にあり、研究所があるウッズホールまでは、かなりの距離があるが車は自由に使えばいいと言われたが、ここに来た目的は研究所に行くことであり、そうさせてもらうつもりでいた。
そして部屋へ案内され暫くぼんやとした後、1階のレストランで食事をするつもりで外へ出ようとした。その時、部屋のベルが鳴りお届け物ですと届けられたのは小さな紙袋。
チョコレートか何かかと思ったが、ホテルの従業員とは別にブラックスーツの男性とセキュリティが付いていて受取りのサインを求められた。
と、言うことは、この紙袋の中身はチョコレートやクッキーといった食べ物ではないと気付いた。
そして、この現状で送り主の名を告げられなくても、あの男以外には考えられなかった。
だから断ろうとした。
だが3人の男達は、つくしが受け取るまではこの場を離れるなと言われていると言った。
つまり受け取らない限りは、食事に行くことが出来ないということだ。
だから仕方なくその紙袋を受け取った。そして『HARRY WINSTON』と文字が入った袋の中から出て来たのは濃紺の小箱。いったいあの男は何を贈って来たのか。
リボンが掛けられた紙袋と同じ色をした箱を開けると、やはり同じ色をしたベルベットのケースが出てきた。そしてその中に収められていたのは鳩のブローチ。
眩いばかりの煌めきはダイヤモンド。そしてダイヤモンドの次に硬いと言われるルビーが鮮やかな彩りを添えているが、それはピジョン・ブラッドと呼ばれる鳩の血の色でルビーの中では最高級の色のものだった。



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コメント
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dot 2019.04.14 09:42 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
鳩に似ていると言われてもねぇ(笑)
「はぁ?」と言いたくなりますよね?
鳩は平和の象徴です。争いを好まない女の例えとしては鳩でいいかもしれませんが、鳩に似ていると言われて嬉しいかと訊かれれば複雑ですよね?(笑)
そして届けられた鳩のブローチ!ダイヤモンドとルビーだそうです。
これはマイナスイメージを与えたに過ぎないと思いますが、彼は何を考えているのでしょうね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.04.14 22:42 | 編集
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