ボストンに到着したのは現地時間の昼前。
プライベートジェットの利点のひとつは入国審査の列に並ぶ必要がないことだと訊かされたが、道明寺司が列に並ぶことを想像することは出来なかった。
そして当然だがターンテーブルから荷物をピックアップする必要がない。だから小さな鞄だけを手に迎えの車に向かったが、そこには黒のスーツにサングラスをかけた屈強な男達が数名いて、彼らがボディーガードだということは誰が見ても分かるはずだ。
ここはアメリカだ。
だから彼らが銃を携帯していることは理解しているが、ひとりの男性の上着が風に煽られたとき、腰に着けられたホルスターに収められた銃が目に留まった。
この国では腰に拳銃をぶら下げて歩いている人間は珍しくない。だから驚くことではないのだが、それでも確実に人の命を奪うことが出来る武器が携帯されていることは、平和と言われる日本から来たつくしにすれば慣れないことだ。
だが自身はレストランのトイレから連れ去れる目にあったばかりで怖い思いをした記憶はまだ新しい。それに犯罪は時と場所を選ばないと言われている。そしてそれはどこの国でも同じはずだ。だからこの国で道明寺司のような企業経営者の警護に丸腰などありえない話だろう。
黒のリムジンは、空港を出るとホテルに向かったが、この街でビジネスの約束があると言った男は早速これから人と会うと言う。
「牧野先生。昼食に付き合えなくて申し訳ない」
道明寺司は、つくしのことを「牧野先生」と呼んでいるが、それはこの旅がビジネスを重視したものだと言いたいのか。そうだとすれば、このままビジネスライクを通してもらえれば有難い。何しろその方が余計なことを考えなくて済むからだ。
けれど、隣に座る男は、つくしのことを自分にぴったりの女だと言い、諦めるつもりはないとまで言った。
つまり、このアメリカ旅行を最大限に利用して何かしようと考えている可能性は大いにある。もしそうなら、それは無理だという意思表示をはっきりとすることが必要だ。
それは女性を海外旅行に連れ出せば簡単に落とせると思っているなら大間違いということをだ。
それにこの旅で二人は同じホテルに宿泊はするが、ひとりはビジネスのため。
もうひとりは研究活動の一環としての渡航であり、つくしにすれば、ここにいるのは同じ飛行機に同乗させてもらっただけで何の係わりもないという認識だ。
だから昼食に付き合えなくて悪いという男に、「どうぞお構いなく。ひとりで食事をするのは馴れてますから」と答えた。
すると、「ひとりの食事ほど退屈なものはないはずだ」と言われ、「いいえ。退屈なんかしません」と冷ややかに言うと、「いや。退屈なはずだ」と言って笑みを浮かべたが、勝手に決めつけないで欲しい。
「俺は今まで女と食事をして楽しいと感じたことはない。だがな、お前と行った中華料理屋の食事は楽しいと感じた。俺は人が美味そうに食べる姿を見たことがない。ビジネスランチや会食ってのはビジネスの一環で楽しむものじゃない。それに食事が待ち遠しい。そんな気持ちになったことはなかった。だがあの日は牧野つくしと食事がしたいと思った。それにあの時の食事は美味いと感じられた。それに女と食事をすることが楽しいことだと知った。それは純粋に食事を楽しむ女が目の前にいたからだ」
表情が豊かとは言えない男が見たことがないほど優しい目をしてつくしを見る。
それは喜怒哀楽を必要としなかった男が見せる喜びの表情だとすれば、鋭いと言われる二つの眼をここまで柔らかくすることが出来るのかと思った。
そして、そんなことを考えているうちに口にすべき言葉を失っていた。
それが相手の堂々とした態度に押され気味とは思わないが、つい物事に筋道を立てて考えてしまう性分を変えることは出来ない。だから何を言おうかと考えるつくしに対し男は続けた。
「俺はガキの頃から喧嘩は得意だった。誰かを殴りたくなれば喧嘩を仕掛けた。だが少し大人になってくると喧嘩を仕掛けるよりも誘い込むことをしていた。まあ時に意味もなく殴ることもあったが、それじゃあ面白くない。相手もその気になるから喧嘩は面白い。だから誘い込んだ。喧嘩というゲームにな。だが俺自身が殴られることもなければ負けたこともない。それがやんちゃだと言われた俺の青春時代だが、男はそうやって身体を使って勝負をする。腕力の世界の勝ち負けは誰が見ても分かるようにはっきりしてる。
だが女は同じ身体を使うにしても別の使い方をする。俺の周りにいた女たちは自分の身体を使って男を罠にかけることが当たり前だった。子供が出来たといって男を掴まえる女もいるが、そういった女は計画的だ。つまり女は裏表があるズルい生き物。それが俺が女に対して抱いていた感情だ」
若い頃やんちゃで喧嘩をしても負けることがなかった話は、足を捻挫し病院に運び込まれた時に手当をしてくれた医師から訊いた。その時、一度だけ深い傷を負ったという話も訊かされた。
そして道明寺財閥の後継者ともなれば、周りに集まる女性たちが道明寺司夫人の座を手に入れようとしていることは本人もよく分かっている。
けれど、つくしはそんなことに興味がない。
それに自分に嘘をついた男の女性に対する考えを訊かされても何を言えばいいのか。
いや。何も言う必要はない。だから黙って前を向いていた。
「だがな。どんなに女達が魅力的に振る舞おうと心はセックスで満たされることはない。それにお前は似てるんだよ。庭の片隅にうずくまってた鳩にな」

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プライベートジェットの利点のひとつは入国審査の列に並ぶ必要がないことだと訊かされたが、道明寺司が列に並ぶことを想像することは出来なかった。
そして当然だがターンテーブルから荷物をピックアップする必要がない。だから小さな鞄だけを手に迎えの車に向かったが、そこには黒のスーツにサングラスをかけた屈強な男達が数名いて、彼らがボディーガードだということは誰が見ても分かるはずだ。
ここはアメリカだ。
だから彼らが銃を携帯していることは理解しているが、ひとりの男性の上着が風に煽られたとき、腰に着けられたホルスターに収められた銃が目に留まった。
この国では腰に拳銃をぶら下げて歩いている人間は珍しくない。だから驚くことではないのだが、それでも確実に人の命を奪うことが出来る武器が携帯されていることは、平和と言われる日本から来たつくしにすれば慣れないことだ。
だが自身はレストランのトイレから連れ去れる目にあったばかりで怖い思いをした記憶はまだ新しい。それに犯罪は時と場所を選ばないと言われている。そしてそれはどこの国でも同じはずだ。だからこの国で道明寺司のような企業経営者の警護に丸腰などありえない話だろう。
黒のリムジンは、空港を出るとホテルに向かったが、この街でビジネスの約束があると言った男は早速これから人と会うと言う。
「牧野先生。昼食に付き合えなくて申し訳ない」
道明寺司は、つくしのことを「牧野先生」と呼んでいるが、それはこの旅がビジネスを重視したものだと言いたいのか。そうだとすれば、このままビジネスライクを通してもらえれば有難い。何しろその方が余計なことを考えなくて済むからだ。
けれど、隣に座る男は、つくしのことを自分にぴったりの女だと言い、諦めるつもりはないとまで言った。
つまり、このアメリカ旅行を最大限に利用して何かしようと考えている可能性は大いにある。もしそうなら、それは無理だという意思表示をはっきりとすることが必要だ。
それは女性を海外旅行に連れ出せば簡単に落とせると思っているなら大間違いということをだ。
それにこの旅で二人は同じホテルに宿泊はするが、ひとりはビジネスのため。
もうひとりは研究活動の一環としての渡航であり、つくしにすれば、ここにいるのは同じ飛行機に同乗させてもらっただけで何の係わりもないという認識だ。
だから昼食に付き合えなくて悪いという男に、「どうぞお構いなく。ひとりで食事をするのは馴れてますから」と答えた。
すると、「ひとりの食事ほど退屈なものはないはずだ」と言われ、「いいえ。退屈なんかしません」と冷ややかに言うと、「いや。退屈なはずだ」と言って笑みを浮かべたが、勝手に決めつけないで欲しい。
「俺は今まで女と食事をして楽しいと感じたことはない。だがな、お前と行った中華料理屋の食事は楽しいと感じた。俺は人が美味そうに食べる姿を見たことがない。ビジネスランチや会食ってのはビジネスの一環で楽しむものじゃない。それに食事が待ち遠しい。そんな気持ちになったことはなかった。だがあの日は牧野つくしと食事がしたいと思った。それにあの時の食事は美味いと感じられた。それに女と食事をすることが楽しいことだと知った。それは純粋に食事を楽しむ女が目の前にいたからだ」
表情が豊かとは言えない男が見たことがないほど優しい目をしてつくしを見る。
それは喜怒哀楽を必要としなかった男が見せる喜びの表情だとすれば、鋭いと言われる二つの眼をここまで柔らかくすることが出来るのかと思った。
そして、そんなことを考えているうちに口にすべき言葉を失っていた。
それが相手の堂々とした態度に押され気味とは思わないが、つい物事に筋道を立てて考えてしまう性分を変えることは出来ない。だから何を言おうかと考えるつくしに対し男は続けた。
「俺はガキの頃から喧嘩は得意だった。誰かを殴りたくなれば喧嘩を仕掛けた。だが少し大人になってくると喧嘩を仕掛けるよりも誘い込むことをしていた。まあ時に意味もなく殴ることもあったが、それじゃあ面白くない。相手もその気になるから喧嘩は面白い。だから誘い込んだ。喧嘩というゲームにな。だが俺自身が殴られることもなければ負けたこともない。それがやんちゃだと言われた俺の青春時代だが、男はそうやって身体を使って勝負をする。腕力の世界の勝ち負けは誰が見ても分かるようにはっきりしてる。
だが女は同じ身体を使うにしても別の使い方をする。俺の周りにいた女たちは自分の身体を使って男を罠にかけることが当たり前だった。子供が出来たといって男を掴まえる女もいるが、そういった女は計画的だ。つまり女は裏表があるズルい生き物。それが俺が女に対して抱いていた感情だ」
若い頃やんちゃで喧嘩をしても負けることがなかった話は、足を捻挫し病院に運び込まれた時に手当をしてくれた医師から訊いた。その時、一度だけ深い傷を負ったという話も訊かされた。
そして道明寺財閥の後継者ともなれば、周りに集まる女性たちが道明寺司夫人の座を手に入れようとしていることは本人もよく分かっている。
けれど、つくしはそんなことに興味がない。
それに自分に嘘をついた男の女性に対する考えを訊かされても何を言えばいいのか。
いや。何も言う必要はない。だから黙って前を向いていた。
「だがな。どんなに女達が魅力的に振る舞おうと心はセックスで満たされることはない。それにお前は似てるんだよ。庭の片隅にうずくまってた鳩にな」

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
ご指摘ありがとうございます(低頭)
なんだかおかしいなぁ(笑)と思っていながら何がおかしいのか頭が回らずでした!(;^ω^)
誤字脱字。そしておかしな所があれば教えて下さいね^^
そして出て来た鳩の話。
そうです。幼い頃の話ですが優しい心を持っていた頃の彼のエピソードです。
深海のシーラカンスは空が飛べるようになるのか!
それは司のこれからにかかっている!としか言えませんが、頑張ってもらいましょう(笑)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
ご指摘ありがとうございます(低頭)
なんだかおかしいなぁ(笑)と思っていながら何がおかしいのか頭が回らずでした!(;^ω^)
誤字脱字。そしておかしな所があれば教えて下さいね^^
そして出て来た鳩の話。
そうです。幼い頃の話ですが優しい心を持っていた頃の彼のエピソードです。
深海のシーラカンスは空が飛べるようになるのか!
それは司のこれからにかかっている!としか言えませんが、頑張ってもらいましょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.13 20:02 | 編集

桜**こ様
限定の言葉に弱いんですが、どうしたらいいのでしょうか(笑)
そして和三盆の言葉に弱い(笑)
そんなアカシアは、ひよこちゃんも好きですが鳩サブレ―も好きです。
そしていつも思うのは、頭から食べるか。お尻から食べるかです(笑)
シーラカンスは鳩に似てると言われました。
もしかして、司は鳩サブレ―が好き?(;^ω^)
コメント有難うございました^^
限定の言葉に弱いんですが、どうしたらいいのでしょうか(笑)
そして和三盆の言葉に弱い(笑)
そんなアカシアは、ひよこちゃんも好きですが鳩サブレ―も好きです。
そしていつも思うのは、頭から食べるか。お尻から食べるかです(笑)
シーラカンスは鳩に似てると言われました。
もしかして、司は鳩サブレ―が好き?(;^ω^)
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.13 20:48 | 編集
