つくしは窓に額を押し付けるようにして眼下に広がる街を見つめていた。
徐々に高度を下げていくジェットは間もなくボストンの空港に到着すると言われ、シートベルトを締めた。
東京を飛び立ってから、二人が初めて口を開いたのは、ジェットが高度1万メートル以上に達し客室乗務員から飲み物はいかがですかと問われた時、「コーヒーを頼む。先生は何にする?」だった。
プライベートジェットの機内で隣の席に座った男は、つくしが乗り込んで来たとき既に書類に目を通していて、「ようこそ、牧野先生」と言い、つくしも「お世話になります」とだけ挨拶をして席に座った。
ボストンまで民間の航空機なら13時間余りかかるところだが、プライベートジェットは民間機よりも高い所を飛ぶことで、短い時間でボストンまで飛んで行くことが出来る。
だがだからと言って極端に短い訳ではない。それなりの時間を要した旅になるのだが、つくしの態度はよそよそしさ満載だった。だがそれでも礼儀だけは心得ていた。
だから何を飲むかと訊かれ紅茶をお願いしますと答えると、「ボストンに向かうから紅茶を頼んだのか?」と問われ一瞬何のことを言っているのかと訝しく思ったが、ああ、と気付いた。
ボストンと紅茶で思いつくのは、アメリカ独立戦争の引き金になったボストン茶会事件のことだが、まさか道明寺司がそのことをこんな風に口にするとは思わなかった。
だから、「いいえ。違います」と茶会事件を聞き流し窓の外を流れていく雲を見ていたが、隣の席に座った男は、窓から差し込む日差しを遮るためシェードを降ろすと書類にサインを始めた。
それから交わされた会話と言えば、
「楽にしてくれ」
「はい。ありがとうございます」
といった程度で特に何かが話題になるということはなかった。
そして太平洋上空で一度目の食事を済ませ、夜を迎え眠りにつくことになったが、贅沢な機内にはベッドルームがあるから使ってもいいと言われた。
だがこの状況での正しいマナーというのは、間違ってもベッドを使うことではない。だから勿論断った。それに座席を後ろに倒せば充分くつろげるのだからその必要はなかった。
やがて機内の明かりが薄明り程度に落とされると睡魔に襲われ眠りについたが、隣に座った男の頭上は明かりが灯されていた。
どれくらい眠ったのか。目覚めた時、隣の席の男と目が合った。
それはいつの間にか道明寺司の方を向いて寝ていたからだ。そして黙っている男が口を開き、「よく寝たか?」と言ったが、そう訊かれれば返す言葉は決まっている。
だから、「はい…おかげ様で」と答えたが、男にずっと寝顔を見られていたと思うと羞恥を感じていた。
そして何故自分は道明寺司の隣で横になった姿勢でいるのか____
「ウッズホールに行くつもりはないか?」
つくしは道明寺司にボストンに用があるがウッズホールに行かないかと誘われた。
ウッズホールはアメリカ東海岸マサチューセッツ州にある海辺の小さな街だが、そこにはアメリカ最古の海洋生物学の研究所があり、海洋生物学者の間では有名な町だ。
かつてその研究所で研究員を務めていた日本人がノーベル化学賞を受賞した。そして他にも多くのノーベル賞受賞者や優秀な研究者を輩出した研究所は、つくしも訪れたことがあった。
そしてつくしがまた再びその場所を訪れたいと望んでいることは、5千万の寄付の話があった時の会話の中にあった。
だから大学が春休みの今、訪れてみる気はないかと言った。
だがそれは決して押し付けでもなければ、ブレーンとしての命令でもない。
あくまでも本人の意思を確認してのことだが、つくしが師事する教授からの後押しとも言える発言があった。
「牧野君。チャンスじゃないか。道明寺副社長のジェットでアメリカまで旅が出来るんだ。旅費一切を持って下さると言うんだ。大学のことは気にしなくていいから行って来なさい。それに調査研究に必要なのは知識だけじゃない。国際的な人脈作りも大切だ。たとえ短い期間だとしても向うで研究されている先生方に会うことに意味がある。それに道明寺副社長の人脈も利用させてもらえばいいんだよ。彼ならアポイントがなくても会おうという人間は多いはずだからね?それから博物館も行くといい。ボストンもいいがニューヨークのアメリカンミュージアムもいいぞ。あそこにはいい標本が沢山ある。行くなら話をつけておくから標本観察をさせてもらえばいい。そうだ。それにあそこにはサメじゃないがシーラカンスの胎仔の標本があったな。胎仔だよ?胎仔。珍しいだろ?」
そこから始まったアメリカ行き。
ビジネスクラスにさえ乗ったことがない女がプライベートジェットに乗る。
通路を挟んだ隣にいる男はこのジェットの持ち主で、つくしのことを好きだと言う男。
そんな男との旅は始まっていて、ジェットは着陸態勢に入った。
そしてこの旅を勧めた教授の副島は、「牧野君。楽しんできたまえ」という言葉で話を結んだが、ウッズホール行きの話をした瞬間から抗える権利はなかったような気がしていた。

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徐々に高度を下げていくジェットは間もなくボストンの空港に到着すると言われ、シートベルトを締めた。
東京を飛び立ってから、二人が初めて口を開いたのは、ジェットが高度1万メートル以上に達し客室乗務員から飲み物はいかがですかと問われた時、「コーヒーを頼む。先生は何にする?」だった。
プライベートジェットの機内で隣の席に座った男は、つくしが乗り込んで来たとき既に書類に目を通していて、「ようこそ、牧野先生」と言い、つくしも「お世話になります」とだけ挨拶をして席に座った。
ボストンまで民間の航空機なら13時間余りかかるところだが、プライベートジェットは民間機よりも高い所を飛ぶことで、短い時間でボストンまで飛んで行くことが出来る。
だがだからと言って極端に短い訳ではない。それなりの時間を要した旅になるのだが、つくしの態度はよそよそしさ満載だった。だがそれでも礼儀だけは心得ていた。
だから何を飲むかと訊かれ紅茶をお願いしますと答えると、「ボストンに向かうから紅茶を頼んだのか?」と問われ一瞬何のことを言っているのかと訝しく思ったが、ああ、と気付いた。
ボストンと紅茶で思いつくのは、アメリカ独立戦争の引き金になったボストン茶会事件のことだが、まさか道明寺司がそのことをこんな風に口にするとは思わなかった。
だから、「いいえ。違います」と茶会事件を聞き流し窓の外を流れていく雲を見ていたが、隣の席に座った男は、窓から差し込む日差しを遮るためシェードを降ろすと書類にサインを始めた。
それから交わされた会話と言えば、
「楽にしてくれ」
「はい。ありがとうございます」
といった程度で特に何かが話題になるということはなかった。
そして太平洋上空で一度目の食事を済ませ、夜を迎え眠りにつくことになったが、贅沢な機内にはベッドルームがあるから使ってもいいと言われた。
だがこの状況での正しいマナーというのは、間違ってもベッドを使うことではない。だから勿論断った。それに座席を後ろに倒せば充分くつろげるのだからその必要はなかった。
やがて機内の明かりが薄明り程度に落とされると睡魔に襲われ眠りについたが、隣に座った男の頭上は明かりが灯されていた。
どれくらい眠ったのか。目覚めた時、隣の席の男と目が合った。
それはいつの間にか道明寺司の方を向いて寝ていたからだ。そして黙っている男が口を開き、「よく寝たか?」と言ったが、そう訊かれれば返す言葉は決まっている。
だから、「はい…おかげ様で」と答えたが、男にずっと寝顔を見られていたと思うと羞恥を感じていた。
そして何故自分は道明寺司の隣で横になった姿勢でいるのか____
「ウッズホールに行くつもりはないか?」
つくしは道明寺司にボストンに用があるがウッズホールに行かないかと誘われた。
ウッズホールはアメリカ東海岸マサチューセッツ州にある海辺の小さな街だが、そこにはアメリカ最古の海洋生物学の研究所があり、海洋生物学者の間では有名な町だ。
かつてその研究所で研究員を務めていた日本人がノーベル化学賞を受賞した。そして他にも多くのノーベル賞受賞者や優秀な研究者を輩出した研究所は、つくしも訪れたことがあった。
そしてつくしがまた再びその場所を訪れたいと望んでいることは、5千万の寄付の話があった時の会話の中にあった。
だから大学が春休みの今、訪れてみる気はないかと言った。
だがそれは決して押し付けでもなければ、ブレーンとしての命令でもない。
あくまでも本人の意思を確認してのことだが、つくしが師事する教授からの後押しとも言える発言があった。
「牧野君。チャンスじゃないか。道明寺副社長のジェットでアメリカまで旅が出来るんだ。旅費一切を持って下さると言うんだ。大学のことは気にしなくていいから行って来なさい。それに調査研究に必要なのは知識だけじゃない。国際的な人脈作りも大切だ。たとえ短い期間だとしても向うで研究されている先生方に会うことに意味がある。それに道明寺副社長の人脈も利用させてもらえばいいんだよ。彼ならアポイントがなくても会おうという人間は多いはずだからね?それから博物館も行くといい。ボストンもいいがニューヨークのアメリカンミュージアムもいいぞ。あそこにはいい標本が沢山ある。行くなら話をつけておくから標本観察をさせてもらえばいい。そうだ。それにあそこにはサメじゃないがシーラカンスの胎仔の標本があったな。胎仔だよ?胎仔。珍しいだろ?」
そこから始まったアメリカ行き。
ビジネスクラスにさえ乗ったことがない女がプライベートジェットに乗る。
通路を挟んだ隣にいる男はこのジェットの持ち主で、つくしのことを好きだと言う男。
そんな男との旅は始まっていて、ジェットは着陸態勢に入った。
そしてこの旅を勧めた教授の副島は、「牧野君。楽しんできたまえ」という言葉で話を結んだが、ウッズホール行きの話をした瞬間から抗える権利はなかったような気がしていた。

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司*****E様
おはようございます^^
いつの間に二人で旅行する仲にと思ったら、まだそのような仲ではありませんでした。
ウッズホールに行かないかと誘われた女。
迷いましたが副島教授の口添えもあり出掛けることにしました。
ウッズホールという餌で釣られたような気がしますが、これも研究の為‼と思ってのことでしょう。
さて、海外。ここはアメリカ。男が試される場所かもしれませんね?(笑)
返信遅くなりましたが、コメントありがとうございました^^
おはようございます^^
いつの間に二人で旅行する仲にと思ったら、まだそのような仲ではありませんでした。
ウッズホールに行かないかと誘われた女。
迷いましたが副島教授の口添えもあり出掛けることにしました。
ウッズホールという餌で釣られたような気がしますが、これも研究の為‼と思ってのことでしょう。
さて、海外。ここはアメリカ。男が試される場所かもしれませんね?(笑)
返信遅くなりましたが、コメントありがとうございました^^
アカシア
2019.04.13 19:40 | 編集

ふ*******マ様
おはようございます^^
春とはいえ数日前は寒さで震えておりました。
冬のコート類を早々にクリーニングに出したことを悔いた日でした。
さて舞台はアメリカに移りました。
ある意味司にとってはつくしを一人占めできる状況です。
この旅でつくしの頑なな気持ちが解けるのでしょうか。
プライベートジェットを持つ男‼いいですよね~。
でもそんな男を無視する女がここにいますが、ふとした事がきっかけで物事が思わぬ方向に進むこともありますからねぇ。
お返事遅くなりましたが、コメント有難うございました^^
おはようございます^^
春とはいえ数日前は寒さで震えておりました。
冬のコート類を早々にクリーニングに出したことを悔いた日でした。
さて舞台はアメリカに移りました。
ある意味司にとってはつくしを一人占めできる状況です。
この旅でつくしの頑なな気持ちが解けるのでしょうか。
プライベートジェットを持つ男‼いいですよね~。
でもそんな男を無視する女がここにいますが、ふとした事がきっかけで物事が思わぬ方向に進むこともありますからねぇ。
お返事遅くなりましたが、コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.13 19:52 | 編集
