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2019
04.06

理想の恋の見つけ方 111

「川上真理子のことだが、あの女は逮捕された翌日、署内で外国人の男にスパナで頭を強打され開頭手術を受け集中治療室にいる」

「え?」

「頭蓋骨が陥没してかなり広範囲に損傷を受けた。この先あの女がどうなるかだが、障害が残ると言われている。だが未だに意識は戻らず集中治療室から出る目途は立ってない」

司は牧野つくしの顔を見ていた。
そしてその顔に浮かぶ感情を読み取ろうとしていた。
物事は何事も突然知らされることになる。だから誰でも予期せぬことに驚くのだが、人は自分を傷つけようとした人間に対し哀れむことが出来るのか。
そして牧野つくしの顔に浮かんだのは不安そうな表情。だがそれは当たり前の感情と言えた。
一般市民の誰もが警察署の中でそのようなことが思うとは考えてもいない。だからその思いが自然に口を突いた。

「どうしてそんなことに?署内ですよね?警察の中でそんなことが起きるなんて…」

だが署内とは言え、日本の警察署の入口に金属探知機が置かれていることはない。
だから誰でも簡単に何かを持ち込むことが出来る。
そしてスパナのような小さな工具も、行われたであろう所持品検査から何らかの形で漏れたとしたら、その理由が問われるはずだが人間誰しもミスはある。それにその外国人男性が誰かからスパナを受け取ったとしても不思議ではない。現に道具を使って警察から脱走するという事件もあった。

「ああ。あの女は署内で移動中に突然殴られた。殴った外国人の男は六本木の盛り場を根城によからぬ商売をしている男だ。自分が扱ってる商品に手ぇ出して幻想でも見たって話だ。
それからあの女の自慢のキレイな顔は、腫れ上がって別人のようになっていた」

司は秘書から報告を受けていたが、事実を確認するため病院に赴き真理子の顔を見た。
集中治療室で寝ている女の頭は白い布で覆われ顔は腫れ上がり、目と鼻と口は顔に埋もれるような状態で全くの別人だった。そして身体には何本ものチューブが繋がれ自慢の美貌は今では見る影もなかった。

司は、そんな状態の女に同情するつもりはない。
人の命を奪おうとした女が自業自得とも言える立場に陥っただけのことであり、ざまあみやがれ、と言いたい気持ちだった。だが司の話を訊いていた女は何か考えるような表情になり言った。

「お気の毒に…あの。川上…いえ。彼女はどうなるんでしょう?意識が回復しないということは、これから先もその状態が続くということでしょうか?」

意識がない状態が長く続くということは半死半生。
この先あの女がどうなるか。生命を維持するだけの状態になるとしても、それは神のみぞ知るとしか言えなかった。

「さあな。この先どうなるかは医者も分からないそうだが、お前にとってあの女は憎んでも同情する価値もない女のはずだが?」

と言った司に返された言葉は、「でも、お気の毒だと思います」
「気の毒?」
意外な答えに司は思わず聞き返した。
そして司の顔を見つめる女は、「そうです。気の毒だとは思いませんか?私は罪は罪として償ってもらえればそれでいいんです。だから彼女がそんな状態になったことを気の毒としか言えません」と言った。

「はい、お待ちどうさま!豚肉とニラともやしの春雨炒め卵乗せ定食ふたつね!今日は牧野先生がお友達を連れて来てくれたからオマケしといたから。ほらこれ。春巻きふたつ。牧野先生は春巻きも好きでねぇ。よく出前でも頼んでくれるの。お友達の先生も気に入って下さると嬉しいねぇ」

賑やかな女将は二人の前に料理を置くと、「ゆっくり召し上がれ。それにしても彼氏とのデートなら、もっとおしゃれな店に行けばいいのにねぇ。でも牧野先生はそういった店が苦手なんだろうねぇ」と言って笑った。

「女将さん!ち、違います!この人は彼氏じゃありません!」

「そうかい。そうかい。そんなに強く言わなくてもいいから。とにかくうちの店でよかったらまた彼氏を連れておいで!」

そう言って女将は厨房に戻って行ったが、つくしは目の前の男が微動だにせず自分をじっと見ていることにグラスを掴むと水を飲み干したが、それを見ていた司はクスッと笑った。

「お前。変わってるな」

「何がですか?」

聞き返す女の様子は司が笑ったことにムッとした表情を浮かべていた。

「おしゃれな店が苦手なことですか?そんなこと今ここで関係ない_」

「洒落た店が苦手なことを言ってるんじゃない。自分を海に落とそうとした女を心配する。それが変わってるって言った。下手すりゃ死んでいたとしてもおかしくはない。それなのに真面目な大学の先生は犯罪者の心配までするのかってな」

司はあの日のことを思い出し彼女の言葉を遮るように言った。
それは惚れた女が自分のせいで殺されるかもしれない状況に置かれたことを悔いての発言。
そして今の自分の気持ちを率直に言った。

「犯罪者の心配をするなら俺のことも許してくれ。俺が嘘をついた。お前を騙した。そのことが許せないと言うが、あの女の罪を許せるなら俺のことも許してくれ」

「か、勝手な解釈をしないで下さい。それに私が川上真理子さんのことを気の毒だと思うのは、彼女が犯罪者だったとしてもそれは別です。身体に傷を負うことは、心に傷を負うことと同じだとは考えないんですか?たとえその人が罪を犯した人だとしても、傷付いて嬉しい人はいません。彼女も自分がどうしてこうなったのかと考えたとは思いませんか?
それに人の不幸を喜ぶような人間は人から大切にはされません。道明寺副社長。人から大切に思われたいなら人を大切に思う心が必要だと思いませんか?」

司が放ったあの女の罪を許せるなら俺のことも許してくれ。
それは随分と図々しい言葉だが今は全く自分を信用してない女に、そんな言葉を投げつけて何と答えるか。それが知りたかったから口にした。

「人から大切に思われたいなら人を大切に思う心が必要か」

「そうです。人から大切に思われたいと思うなら同じ思いを人に返す。その思いがなければ人から愛される人間にはなれません」

そして返された言葉は牧野つくしが薄情ではないことを語っていた。
つまり牧野つくしという女は、相手がどんな人間だろうと少しでも自分に係わりがあった人間に対し何もなかったように切り捨てることが出来ないということ。
それは情に厚いということだが、そんな人間は人の好意の全てを簡単には切り捨てることが出来ない。そして彼女の言葉は、おためごかしなどではなく心から川上真理子を気の毒だと思っていた。

司は牧野つくしがお人好しだという認識を深めたが、昔の司ならお人好しを見れば皮肉を込めた笑いで一蹴したはずだ。だが今は彼女のそのお人好しさが愛おしく思えるのだから、やはり司にとって牧野つくしという女は何ものにも代えがたい存在だということだ。
そして、牧野つくしが係わりたくないという司に対して真摯な態度で向き合っていることに、やはりこの女はお人好しでクソ真面目でひたむきさと不器用さを持つ女だと思った。

「牧野つくし」

司は低い声で名前を呼んだ。

「な、なんですか?」

その声は司の声の低さに何を言われるのかと構えた声。

「俺たちはここに食事に来たんだろ?それならとりあえず出されたものを食べようじゃねぇか。箸を持て。それから食え。それがここの女将が一番喜ぶことだろ?」

その時の牧野つくしの表情は、言われなくても分かってますといった顔をしていたが、箸を持った女は好物だと言われる料理を口に運び、「美味しい」と呟いていた。




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コメント
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dot 2019.04.06 09:44 | 編集
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dot 2019.04.06 09:58 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
罪を憎んで人を憎まず。原作の彼女はまさにそうでしたよね?
そして人から大切にされたいのなら人を大切に思う心が必要。
つくしの言葉は司の心にどのように響いたのでしょうねぇ。
恋という感情を初めて抱いた男は、学ばなければならない事が沢山ありそうな気もしますが、その気になれば出来るはずです!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.04.06 22:49 | 編集
花**り様
美しい羊羹ですねぇ。食べるのが勿体ないですね。
桜の花は日本人の心を揺さぶりますが、こちらのお菓子も心を揺さぶります!

罪を憎んで人を憎まず。
そんな女に俺の罪も許せという男は、牧野つくしという女が真っ直ぐな女だと再認識したようです。
「豚肉とニラともやしの春雨炒め卵のせ」!美味しかったですか?良かったです!
そして司も口にすることになったこの料理ですが、つくしが好きな料理ならきっと彼も好きなはずですね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.04.06 23:10 | 編集
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