川上真理子が司に向けたのが復讐の炎だとすれば、牧野つくしが司に向けたのは頑なで冷やかな態度。それは司が他人を装い電話の関係を続けていたことを許さないという気持ちの表れだ。
司はこれまで感情や情熱に身を任せることは無かったが今は違う。
恋は惚れた方の負けと言うが、それは言い得て妙で人を好きになる感情を知れば驚くような発見もあった。
司は自分の性格を知っていて、女に優しくするということが苦手だった。
それに世間で言われるように女に対してニヒルで冷たい男だった。
そして女を信じない。恋愛を信じなかった男は過去の傷を癒すような言葉を口にするような男ではない。だが今の司が抱いているのは優しい気持ちであって決して彼女を傷つけようとしているのではない。
そして牧野つくしに伝えたいのは、どんな傷も癒えない傷はないということ。
それが心の傷であれ、身体の傷であれ、牧野つくしという人間を好きな男の前では神経質になる必要はないと言いたかった。
乾いた唇に唇を重ねた瞬間、牧野つくしは一瞬の出来事に何も出来ずにいた。
そんな女から全てを奪うのは簡単だ。だが今の司は相手から与えられるもの以外を奪おうとは思わなかった。
だからそれ以上のことはせず、彼女の傍を離れると腕時計を一瞥し、「今日はゆっくり休め」とだけ言って病室から出たが、時刻は5時半を過ぎたところで夜明け間近だった。
司は一旦ペントハウスに戻りシャワーを浴び出社するつもりでいた。
そして仕事をこなし、終われば病院に戻るつもりでいたが、バスルームを出て部屋に戻ると夜中に病院で別れた西田が待っていた。
その顔に何の表情も浮かんでいないのはいつものこと。
それに司も男がどこで何をしているかなど気に留めたことはなかったが、司が望むような対応をするのが秘書の務めだと心得ていて、後ろに撫で付けた髪と銀縁眼鏡はいつも通りの変わらぬスタイルだ。
「先ほど警視総監と電話で話をいたしました。川上真理子ですが大怪我をしたようです」
「怪我?」
「はい」
「いつの話だ?」
司はバスローブを脱ぎワイシャツを身に着けボタンを留めながら秘書に訊いた。
「はい。今朝の話だそうです。牧野様の誘拐は六本木で起きた事件ですから取り調べは麻布署で行うことになりますが、川上真理子は署内を移動中に廊下ですれ違った外国人男性から突然頭を殴りつけられたそうです」
いつも冷静な口調の男はそこまで言うと黙った。
それは司がシャツの袖口に留めるカフスボタンを選んでいたからだ。
「それで?怪我の具合は?」
司は選んだカフスボタンを留めながら先を促した。
「その男はスパナで川上真理子を殴りました。側頭部をかなりの力で強打された川上真理子は病院に運ばれましたが、頭骸骨陥没骨折とのことで開頭手術が行われるそうです。ですが何故男がスパナを持っていたのかは謎ですが相手は外国人です。意味不明の言葉で騒ぎ立てていたそうです」
牧野つくしが食事をしていたのは、六本木のイタリアンレストランであり純然たる飲食店だ。だが六本木は外国人が多い街だ。客のほとんどが外国人だけの店もある。
そういった店では良からぬ商売をする人間もいて、金と欲望だけが際立っていた。
そしてそこにたむろする人間の目はギラギラしているか、死んでいるかのどちらかだが、果たして川上真理子を殴った男の目はどちらだったのか。だがどちらの目だろうが司には関係ない。
「それであの女はどうなる?」
両袖のカフスボタンを留めた男は次にネクタイを選ぶと結び始めた。
「はい。脳挫傷で障害が残ることになる。それが総監のご意見です」
司はそれだけ聞けば充分とばかり、上着に腕を通すと最後に時計を嵌め言った。
「そうか。あの女がどうにかなったとして機嫌を損ねる人間はいるか?」
「いえ」
西田が短くそう答えると司は「出社するぞ」と言って部屋を出た。

にほんブログ村
司はこれまで感情や情熱に身を任せることは無かったが今は違う。
恋は惚れた方の負けと言うが、それは言い得て妙で人を好きになる感情を知れば驚くような発見もあった。
司は自分の性格を知っていて、女に優しくするということが苦手だった。
それに世間で言われるように女に対してニヒルで冷たい男だった。
そして女を信じない。恋愛を信じなかった男は過去の傷を癒すような言葉を口にするような男ではない。だが今の司が抱いているのは優しい気持ちであって決して彼女を傷つけようとしているのではない。
そして牧野つくしに伝えたいのは、どんな傷も癒えない傷はないということ。
それが心の傷であれ、身体の傷であれ、牧野つくしという人間を好きな男の前では神経質になる必要はないと言いたかった。
乾いた唇に唇を重ねた瞬間、牧野つくしは一瞬の出来事に何も出来ずにいた。
そんな女から全てを奪うのは簡単だ。だが今の司は相手から与えられるもの以外を奪おうとは思わなかった。
だからそれ以上のことはせず、彼女の傍を離れると腕時計を一瞥し、「今日はゆっくり休め」とだけ言って病室から出たが、時刻は5時半を過ぎたところで夜明け間近だった。
司は一旦ペントハウスに戻りシャワーを浴び出社するつもりでいた。
そして仕事をこなし、終われば病院に戻るつもりでいたが、バスルームを出て部屋に戻ると夜中に病院で別れた西田が待っていた。
その顔に何の表情も浮かんでいないのはいつものこと。
それに司も男がどこで何をしているかなど気に留めたことはなかったが、司が望むような対応をするのが秘書の務めだと心得ていて、後ろに撫で付けた髪と銀縁眼鏡はいつも通りの変わらぬスタイルだ。
「先ほど警視総監と電話で話をいたしました。川上真理子ですが大怪我をしたようです」
「怪我?」
「はい」
「いつの話だ?」
司はバスローブを脱ぎワイシャツを身に着けボタンを留めながら秘書に訊いた。
「はい。今朝の話だそうです。牧野様の誘拐は六本木で起きた事件ですから取り調べは麻布署で行うことになりますが、川上真理子は署内を移動中に廊下ですれ違った外国人男性から突然頭を殴りつけられたそうです」
いつも冷静な口調の男はそこまで言うと黙った。
それは司がシャツの袖口に留めるカフスボタンを選んでいたからだ。
「それで?怪我の具合は?」
司は選んだカフスボタンを留めながら先を促した。
「その男はスパナで川上真理子を殴りました。側頭部をかなりの力で強打された川上真理子は病院に運ばれましたが、頭骸骨陥没骨折とのことで開頭手術が行われるそうです。ですが何故男がスパナを持っていたのかは謎ですが相手は外国人です。意味不明の言葉で騒ぎ立てていたそうです」
牧野つくしが食事をしていたのは、六本木のイタリアンレストランであり純然たる飲食店だ。だが六本木は外国人が多い街だ。客のほとんどが外国人だけの店もある。
そういった店では良からぬ商売をする人間もいて、金と欲望だけが際立っていた。
そしてそこにたむろする人間の目はギラギラしているか、死んでいるかのどちらかだが、果たして川上真理子を殴った男の目はどちらだったのか。だがどちらの目だろうが司には関係ない。
「それであの女はどうなる?」
両袖のカフスボタンを留めた男は次にネクタイを選ぶと結び始めた。
「はい。脳挫傷で障害が残ることになる。それが総監のご意見です」
司はそれだけ聞けば充分とばかり、上着に腕を通すと最後に時計を嵌め言った。
「そうか。あの女がどうにかなったとして機嫌を損ねる人間はいるか?」
「いえ」
西田が短くそう答えると司は「出社するぞ」と言って部屋を出た。

にほんブログ村
- 関連記事
-
- 理想の恋の見つけ方 109
- 理想の恋の見つけ方 108
- 理想の恋の見つけ方 107
スポンサーサイト
Comment:2
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

司*****E様
おはようございます^^
司は信頼を回復することが出来るのか。
今度は間違わないようにつくしに近づくことが出来るのでしょうかねぇ。
それにしても署内で襲われた真理子。
天罰なのか。それとも司が裏で仕組んだのか?
ビジネスは裏表があると言っていましたが、どうなんでしょうねぇ。
そして物事は知る必要がないこともありますので、その辺りは....。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
司は信頼を回復することが出来るのか。
今度は間違わないようにつくしに近づくことが出来るのでしょうかねぇ。
それにしても署内で襲われた真理子。
天罰なのか。それとも司が裏で仕組んだのか?
ビジネスは裏表があると言っていましたが、どうなんでしょうねぇ。
そして物事は知る必要がないこともありますので、その辺りは....。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.02 23:11 | 編集
