「ねえ。さっきトイレで見たんだけどね?」
「え?なに?なに?何を見たの?」
「それがさぁ……さっきトイレに入ったら牧野さんが泣いてたのよ!だからびっくりしちゃって….」
「え?牧野さんがトイレで泣いてた?何それ一体どういうこと?何かあったの?」
「知らないわよぉ。でも明らかに泣いた後で眼も鼻も赤かったの。でも彼女はそれを必死に隠そうとしてたけど、あれは絶対に泣いた後だったわ!うん。断言できるわ!」
「でもさぁあの牧野さんがトイレで泣くなんてよっぽどの何かがあったってことよね?…..もしかして部長に何か言われたとか?」
「まさか!あの牧田部長が牧野さんを泣かすようなことを言うと思う?部長って髪の毛は薄いけど女子社員を泣かすような物の言い方はしない人よ?」
「そうよね…....髪の毛薄いけど牧田又蔵部長は女の子には優しいものね。だとしたら誰よ?誰が牧野さんを泣かせたのよ?」
「うん….それが思いつかないのよね。だって海外事業本部ってさ、チームワーク重視よ?だからもし誰かがミスしても酷く叱るってことはないのよ。それよりもどうしてミスをしたかの根本を解決し問題をクリアにしていく。そんな体質の部署だからあの中の誰かに何かを言われたから泣いていたとは考えにくいのよ」
「ふ~ん。海外事業本部ってそうなんだ」
「そうよ。だってあの事業部は支社長の眼が光ってるって噂があるの。だからパワハラとかセクハラとか絶対に許されない部署よ?だからこそ牧野さんがトイレで泣いていたってことは何かあったんじゃないかって思うのが当たり前でしょ?」
「そうよね…..会社のトイレで女子社員が泣く理由は仕事以外ないわよね…..」
司は決して暇を持て余しているのではない。
だが何故か足は牧野つくしが仕事をするフロアへ向いていた。そして何気なくエレベーターを降り、何の気なしに廊下を歩いていたが、曲がり角に差し掛かった時、飲料の自動販売機が設置された休憩室から聴こえた「牧野」と言う名前に足が止まった。そして中で談笑する女達の話題が人気アイドルグループの活動中止前のコンサートがどうのこうのと別のものに変わるまでそこにいた。
道明寺ホールディングス株式会社日本支社。支社長道明寺司。
人生に恋は必要ない。恋ほど男がバカになるものはない。女は醜い生き物と言っていた男がひとりの女性と恋におちたのは高校生の頃。
そしてそれ以来ずっとその女性のことを愛していて、彼女が悲しむ顔など見たくなかった。
だから牧野がトイレで泣いていたという話に胸が張り裂けそうになり、我が事以上に哀しみが溢れた。
「….牧野が泣いていた」
最愛の人が会社のトイレで泣く。
司に対してはS体質ではないかという女だが心の奥には少女がいる。
だからそんな女が会社で泣くということは、紛れもなく社内で何かがあったということ。
だがその何かは、女性社員たちの会話でも分からなかった。だから司は真相を確かめるべく、その足で海外事業本部へ向かおうとした。
「牧野…何があったんだ?」
だがそこでいつも彼女から言われていることを思い出した。
『道明寺。会社で二人の関係は絶対に秘密だからね?だから用もないのに私の部署に来ないでくれる?』
司は道明寺財閥の後継者で、道明寺ホールディングスの次期社長で、イケメンで金持ちで独身で背が185センチある。
そんな男は今すぐ彼女の傍に行きたい。這いつくばってでも行きたい。五体投地しても行きたいのに、その人から言われた用もないのに私の部署に来ないでくれる?が呪文の様に彼の足を廊下に引き留めた。
「牧野。俺は一体どうすればいいんだ?」
司は悩んだ。
彼女との約束は出来る限り守りたい。
それに男として一度決めた約束をそう簡単に破る訳にはいかなかった。
だが最愛の人がトイレで泣いていたということに心のざわめきが止められなかった。
つまり、こんな状況で仕事なんぞ手につくはずがない。
「部長。何ですかその….ウサギは?」
「いや。私もよく分からんのだが、さっきいきなり広報室からこのウサギをそちらの事業部に預けますのでよろしくと言われたんだが、どうしたらいいものか困ってるんだよ」
「どうしたらって部長、ウサギの着ぐるみですよ?どうしてうちの事業部にウサギの着ぐるみが預けられるんですか?」
海外事業部長に呼ばれたつくしが応接室で見たピンク色のウサギの着ぐるみは、大きな耳がピンと伸びた状態で部長の隣でじっとしていた。
「いやそれが広報部長もはっきり言わんのだよ。とにかくこのウサギの着ぐるみをそちらに預けますからよろしくとしか言わないんだ。だが確かこのウサギは何年か前の社員の健康増進キャンペーンの時のマスコットとして使われていたような気がするんだよ。うちは社員の健康管理には気を使っている。健康寿命を延ばそう。適度な運動。適切な食生活。禁煙。生活習慣病の予防をすることが社員の健康に繋がると私も会社のサポートのおかげでなんとか禁煙に成功したんだが……。まあとにかくこのウサギを眠らせておくのは勿体ない。海外事業部に預けるからそちらで何か使い道を考えてくれってことだ」
「は、はぁ……」
「そこでだ牧野くん。このウサギの世話は君にお願いしたい」
「はぁ?」
「いや、だから君がこのウサギの面倒を見てくれないか?」
「面倒を見るって…..部長。ウサギと言っても本物じゃないんですよ?ニンジンを与えるとか遊んでやれとかじゃなくてこのウサギ……いえ、こちらのウサギの中には誰か人が入っている訳ですから、その人の面倒を見ろということですか?」
つくしは海外事業部長の隣でじっとしているウサギを見たが、ウサギは何の反応も示すことなく、ただじっと彼女の方を見ていた。
「そうだな。そういうことになる。だからよろしく頼むよ。私はこれから会議に出なきゃならないのでね」
「え?ちょっと牧田部長?待って下さい!頼んだよってウサギの着ぐるみ相手にどうすればいいんですか!それにこの中の人は誰なんですか?広報室から来たってことは広報の人なんですか?ちょっと部長!!」
と言ったが部長はおおらかに「じゃあ頼んだよ牧野くん!あとはよろしく!」と笑って応接室からとっとと逃げて行った。
「もう…..信じられない。何なのよ一体。それに着ぐるみの世話だなんて何をすればいいのよ….」
つくしは目の前のウサギの眼を見たが、プラスチックで出来た眼は当たり前のように反応がない。
「ねえ。それよりあなた誰?広報室の人なの?」
と、つくしはウサギに訊いたが眼と同じで反応はなかった。
だがここは応接室で誰もいないのだからウサギが普通に口を利いても良さそうなものだが、中に入っている人間は何も答えなかった。
「あのね。ウサギさん。あなたは誰なのよ?別にここはイベント会場じゃないんだから喋ってもいいのよ?それにしてもどうして海外事業本部にピンクのウサギが居るのか不思議でしょうがないわよ。ねえ?あなたもそう思うでしょ?それにしても広報も預けますからそちらで使い道を考えてくれって全く意味不明よ」
つくしはひとしきりブツブツと文句を言ったが、やがて諦めたように、
「いつまでもここに居てもしょうがないわね。じゃあウサギさん。私について来てくれる?」
と言うとウサギを従えて部屋を出た。

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「え?なに?なに?何を見たの?」
「それがさぁ……さっきトイレに入ったら牧野さんが泣いてたのよ!だからびっくりしちゃって….」
「え?牧野さんがトイレで泣いてた?何それ一体どういうこと?何かあったの?」
「知らないわよぉ。でも明らかに泣いた後で眼も鼻も赤かったの。でも彼女はそれを必死に隠そうとしてたけど、あれは絶対に泣いた後だったわ!うん。断言できるわ!」
「でもさぁあの牧野さんがトイレで泣くなんてよっぽどの何かがあったってことよね?…..もしかして部長に何か言われたとか?」
「まさか!あの牧田部長が牧野さんを泣かすようなことを言うと思う?部長って髪の毛は薄いけど女子社員を泣かすような物の言い方はしない人よ?」
「そうよね…....髪の毛薄いけど牧田又蔵部長は女の子には優しいものね。だとしたら誰よ?誰が牧野さんを泣かせたのよ?」
「うん….それが思いつかないのよね。だって海外事業本部ってさ、チームワーク重視よ?だからもし誰かがミスしても酷く叱るってことはないのよ。それよりもどうしてミスをしたかの根本を解決し問題をクリアにしていく。そんな体質の部署だからあの中の誰かに何かを言われたから泣いていたとは考えにくいのよ」
「ふ~ん。海外事業本部ってそうなんだ」
「そうよ。だってあの事業部は支社長の眼が光ってるって噂があるの。だからパワハラとかセクハラとか絶対に許されない部署よ?だからこそ牧野さんがトイレで泣いていたってことは何かあったんじゃないかって思うのが当たり前でしょ?」
「そうよね…..会社のトイレで女子社員が泣く理由は仕事以外ないわよね…..」
司は決して暇を持て余しているのではない。
だが何故か足は牧野つくしが仕事をするフロアへ向いていた。そして何気なくエレベーターを降り、何の気なしに廊下を歩いていたが、曲がり角に差し掛かった時、飲料の自動販売機が設置された休憩室から聴こえた「牧野」と言う名前に足が止まった。そして中で談笑する女達の話題が人気アイドルグループの活動中止前のコンサートがどうのこうのと別のものに変わるまでそこにいた。
道明寺ホールディングス株式会社日本支社。支社長道明寺司。
人生に恋は必要ない。恋ほど男がバカになるものはない。女は醜い生き物と言っていた男がひとりの女性と恋におちたのは高校生の頃。
そしてそれ以来ずっとその女性のことを愛していて、彼女が悲しむ顔など見たくなかった。
だから牧野がトイレで泣いていたという話に胸が張り裂けそうになり、我が事以上に哀しみが溢れた。
「….牧野が泣いていた」
最愛の人が会社のトイレで泣く。
司に対してはS体質ではないかという女だが心の奥には少女がいる。
だからそんな女が会社で泣くということは、紛れもなく社内で何かがあったということ。
だがその何かは、女性社員たちの会話でも分からなかった。だから司は真相を確かめるべく、その足で海外事業本部へ向かおうとした。
「牧野…何があったんだ?」
だがそこでいつも彼女から言われていることを思い出した。
『道明寺。会社で二人の関係は絶対に秘密だからね?だから用もないのに私の部署に来ないでくれる?』
司は道明寺財閥の後継者で、道明寺ホールディングスの次期社長で、イケメンで金持ちで独身で背が185センチある。
そんな男は今すぐ彼女の傍に行きたい。這いつくばってでも行きたい。五体投地しても行きたいのに、その人から言われた用もないのに私の部署に来ないでくれる?が呪文の様に彼の足を廊下に引き留めた。
「牧野。俺は一体どうすればいいんだ?」
司は悩んだ。
彼女との約束は出来る限り守りたい。
それに男として一度決めた約束をそう簡単に破る訳にはいかなかった。
だが最愛の人がトイレで泣いていたということに心のざわめきが止められなかった。
つまり、こんな状況で仕事なんぞ手につくはずがない。
「部長。何ですかその….ウサギは?」
「いや。私もよく分からんのだが、さっきいきなり広報室からこのウサギをそちらの事業部に預けますのでよろしくと言われたんだが、どうしたらいいものか困ってるんだよ」
「どうしたらって部長、ウサギの着ぐるみですよ?どうしてうちの事業部にウサギの着ぐるみが預けられるんですか?」
海外事業部長に呼ばれたつくしが応接室で見たピンク色のウサギの着ぐるみは、大きな耳がピンと伸びた状態で部長の隣でじっとしていた。
「いやそれが広報部長もはっきり言わんのだよ。とにかくこのウサギの着ぐるみをそちらに預けますからよろしくとしか言わないんだ。だが確かこのウサギは何年か前の社員の健康増進キャンペーンの時のマスコットとして使われていたような気がするんだよ。うちは社員の健康管理には気を使っている。健康寿命を延ばそう。適度な運動。適切な食生活。禁煙。生活習慣病の予防をすることが社員の健康に繋がると私も会社のサポートのおかげでなんとか禁煙に成功したんだが……。まあとにかくこのウサギを眠らせておくのは勿体ない。海外事業部に預けるからそちらで何か使い道を考えてくれってことだ」
「は、はぁ……」
「そこでだ牧野くん。このウサギの世話は君にお願いしたい」
「はぁ?」
「いや、だから君がこのウサギの面倒を見てくれないか?」
「面倒を見るって…..部長。ウサギと言っても本物じゃないんですよ?ニンジンを与えるとか遊んでやれとかじゃなくてこのウサギ……いえ、こちらのウサギの中には誰か人が入っている訳ですから、その人の面倒を見ろということですか?」
つくしは海外事業部長の隣でじっとしているウサギを見たが、ウサギは何の反応も示すことなく、ただじっと彼女の方を見ていた。
「そうだな。そういうことになる。だからよろしく頼むよ。私はこれから会議に出なきゃならないのでね」
「え?ちょっと牧田部長?待って下さい!頼んだよってウサギの着ぐるみ相手にどうすればいいんですか!それにこの中の人は誰なんですか?広報室から来たってことは広報の人なんですか?ちょっと部長!!」
と言ったが部長はおおらかに「じゃあ頼んだよ牧野くん!あとはよろしく!」と笑って応接室からとっとと逃げて行った。
「もう…..信じられない。何なのよ一体。それに着ぐるみの世話だなんて何をすればいいのよ….」
つくしは目の前のウサギの眼を見たが、プラスチックで出来た眼は当たり前のように反応がない。
「ねえ。それよりあなた誰?広報室の人なの?」
と、つくしはウサギに訊いたが眼と同じで反応はなかった。
だがここは応接室で誰もいないのだからウサギが普通に口を利いても良さそうなものだが、中に入っている人間は何も答えなかった。
「あのね。ウサギさん。あなたは誰なのよ?別にここはイベント会場じゃないんだから喋ってもいいのよ?それにしてもどうして海外事業本部にピンクのウサギが居るのか不思議でしょうがないわよ。ねえ?あなたもそう思うでしょ?それにしても広報も預けますからそちらで使い道を考えてくれって全く意味不明よ」
つくしはひとしきりブツブツと文句を言ったが、やがて諦めたように、
「いつまでもここに居てもしょうがないわね。じゃあウサギさん。私について来てくれる?」
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司*****E様
お久しぶりの御曹司。
忙しい男だというのに、なぜ社内をうろつく?(笑)
そして小耳に挟むのは、つくしの話。
どうやらいとしの牧野つくしの事になると、自分を見失うようです。困った男ですね?(笑)
コンサート!そうでしたか。
色々と話題になっているので、女子社員の話題に取り入れてみました。
復活当選。当たるといいですねぇ(^-^)
コメント有難うございました。
お久しぶりの御曹司。
忙しい男だというのに、なぜ社内をうろつく?(笑)
そして小耳に挟むのは、つくしの話。
どうやらいとしの牧野つくしの事になると、自分を見失うようです。困った男ですね?(笑)
コンサート!そうでしたか。
色々と話題になっているので、女子社員の話題に取り入れてみました。
復活当選。当たるといいですねぇ(^-^)
コメント有難うございました。
アカシア
2019.03.10 22:56 | 編集

ふ*******マ様
相変わらずの御曹司。
そして泣いているつくし。何故泣いているのか?
答えは後編で分かりますが、この季節ですからねぇ。
単純な答えです。( ・∇・)
ホント答え合わせは必要ないくらい単純なお話です(*^^*)
コメント有難うございました。
相変わらずの御曹司。
そして泣いているつくし。何故泣いているのか?
答えは後編で分かりますが、この季節ですからねぇ。
単純な答えです。( ・∇・)
ホント答え合わせは必要ないくらい単純なお話です(*^^*)
コメント有難うございました。
アカシア
2019.03.10 23:08 | 編集

い*****く様
いつも食べたくなるお名前有難うございます!
まさか御曹司がっ?
この御曹司、好きな女のためならどんなこともします(笑)何しろM体質ですから。
ウサギはすぐ発情する(≧∇≦)
確かに危険ですね。どうなるんでしょう。そちらは後編でお確かめ下さい。
コメント有難うございました。
いつも食べたくなるお名前有難うございます!
まさか御曹司がっ?
この御曹司、好きな女のためならどんなこともします(笑)何しろM体質ですから。
ウサギはすぐ発情する(≧∇≦)
確かに危険ですね。どうなるんでしょう。そちらは後編でお確かめ下さい。
コメント有難うございました。
アカシア
2019.03.10 23:18 | 編集

ま**ん様
ワハハ(≧∇≦)
そんなことがあるのか。ないのか。
続きは後編でお確かめ下さい。
コメント有難うございました。
ワハハ(≧∇≦)
そんなことがあるのか。ないのか。
続きは後編でお確かめ下さい。
コメント有難うございました。
アカシア
2019.03.10 23:22 | 編集
