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2019
03.04

理想の恋の見つけ方 90

「杉村だ。俺が電話の男の杉村だ」

司は胸のポケットに飾ってあったバラの花を取るとテーブルの上に置かれている『進化と適応』の上に置いた。そして彼女が何か言うのを待った。
それは周囲にいる人間からすればハッとする光景。ラウンジに居合わせた客は道明寺司がメープルのラウンジに現れたことにまず驚いた。何故ならここは彼のホテルではあるが、彼のような人間が日曜日の昼間に大勢の人がいるラウンジで誰かと会うなど思いもしないからだ。
そして彼が迷うことなくひとりの女性の元へ歩み寄ったとき客の視線はその女性に向けられたが、そこに流れた数秒の無言の時間はラウンジにいる人間の全てが黙って二人を見ているということ。
それは単なる興味から来るものなのだが、そんな興味を抱かせるだけの人間が彼らの前にいるのだから見るなという方が無理だ。

そして司の視線は牧野つくしに向けられているが、そこに見たのは戸惑いの表情であり訳が分からないと言った顔。だがそれは一瞬のことで、すぐに彼女の身体が緊張するのが分かった。そして表情が冷たく強張ったものに変わったのは全てを理解したということだ。

司は自分が牧野つくしと会うことを決めた時点で得るものと失うものを計算した。
そして失うものよりも得るものの方が大きいはずだと思った。
それは嘘をついていたことを謝り、どうして自分が他人のフリをして彼女と電話の関係を続けたのかの理由を説明すれば理解してもらえると思ったからだ。
だから見つめ合った数秒が過ぎ司が口を開こうとしたとき冷たい声が流れ出した。


「いいえ。杉村さんじゃないわ。あなたは杉村さんじゃない。道明寺副社長。あなたは道明寺司ですよね?…..こんなことをして楽しいですか?別人のフリをしたり、私の研究に興味があるようなフリをしたり、私のことを好きだと言ったり..….私みたいな人間をからかうのは楽しいですか?……..一体あなたは…..」

電話では打ち解けていた女の顔は硬く、そしてそれは准教授として司に接していた時にも見られなかった顔。冷静さを保ってはいるが声が震えたようになり言葉は所々で詰まり最後まで続かなかった。だから司は口を開いた。

「牧野_」

だが名前を言いかけたとき、目の前の牧野つくしは立ち上がると司の眼をじっと見た。
そして最後に吐き出されたのは、「…..最低….」の言葉。
だから司は同意の言葉を言いかけた。

「ああ。俺は最_」

だが同意する間もなく牧野つくしの平手打ちが頬に飛んで来た。
それは女にしては強い力で頭が大きく横に動いた。
そしてラウンジで息をのんだ大勢の客を尻目に今度はテーブルに置かれたグラスを掴み中に残っていた氷を司の顔に向かってぶちまけた。
水が無い分、濡れることは無かったが、それでも氷から溶け出した水がグラスの底にあってそれがスーツに散った。

都会の人間は他人に興味はない。物見高くないと言われるが、恐らくことのことはすぐに広まるはずだ。何しろ今目の前で繰り広げられていることは滅多に見られない光景であり、その当事者はこのホテルの母体である道明寺ホールディングスの副社長である道明寺司だからだ。

だが司は構わなかった。それに女に殴られることが不名誉だとか醜態だとは思わなかった。
それは、今まで恋をしたことがなかった男が恋をした女がどんな女であるかを世間に知ってもらうには丁度いいからだ。
それにこの状況は、二人が痴話げんかをしていると思ってもらいたいくらいだった。
そして司は言葉を失っている女に言った。

「俺は嘘をついた。だから今のは当然のことをされたと思っている。けど俺はお前のことは本気だ。その気持ちに嘘はない。これは杉村じゃなく俺が言っている。この道明寺司が」

だが目の前に立つ女は司の頬を打った手に握られたままだったグラスをテーブルに置くと椅子に置かれていた鞄を手に取った。
そして今度は震えることなく、ゆっくりと確かな声で司に言った。

「道明寺副社長。別人格の人間を演じるのがお上手ですね。それだけの演技力があれば他の女性でもいいんじゃないですか?」

その確かな声は静かな表情に変わった女の口から出た声。
そして司は、女の手が赤いバラを取り払い『進化と適応』を鞄に入れる様子を見ていた。

「私はあなたに興味はありません。前にも言いましたよね?それに遊びなら他の女性として下さい」

「俺は本気だと言ったが聞こえなかったか?」

「いえ。聞こえました。だから何ですか?この俺が、道明寺という大きな会社の副社長の俺が言うんだから嘘はないと?でもあなたは嘘をついていたじゃありませんか?それも数ヶ月に渡ってです。あなたは間違い電話をかけた女が財団の研究助成事業に応募した女と同一人物だと知ったのはいつですか?どのタイミングで私が間違い電話の女と同一人物であるか知ったか知りませんけど、とにかくあなたは私と電話の女が同じであることは知っていたんですよね?だってあなたのような立場の人が間違い電話をかけて来ただけの女に興味を抱くことはないはずです。だから私と電話で話をすることを望んだのは何らかの意図を持っていたということですよね?それにしても身体が弱い男を装うことには抵抗があったでしょうね?だってあなたはどう見ても健康そうです。それにしゃがれた声まで…..。でも私の方もいい加減気づいても良かったんですよね。それなのに気付かなかったんですから、先入観というのは恐ろしいということです。私はよく言われます。相手の言うことを鵜呑みにしてはダメだって。全ての人が真実を語っているとは限らないって。過去にはお人好しだって言われることもありました。今はそれを悔しいほど実感しています」

今では理路整然とした口調でまっすぐ司を見つめ話す女は、冷静さを取り戻し、ついさっき平手打ちをした女とは違い准教授の顔をしていた。
司は、これ以上ここで何か言ったとしても、牧野つくしは聞く耳を持たないと分かっていた。
それに流石にこれ以上のことをここで話し込みたくはなかった。
だからここを出て他の場所で話をしようと言った。

「詳しい話は別の場所でしないか?」

「いえ。結構です」

鞄を手にした女は、これ以上話はしたくないといった風で言葉を継いだ。

「道明寺副社長。私の研究に5千万を出して下さったのは私をからかう為のお金ですか?あなたにとって5千万は大したお金ではないのでしょうけど、返せとおっしゃるならお返しします」

「いや。返す必要なない」

「そうですか。ではあのお金は研究費用として使わせていただいていいんですね?私の研究は凶暴な深海ザメの研究ですけど、あなたは経済界のサメでしたよね?誰があなたのことをそう呼び始めたのか知りませんが、サメは獲物を弄ぶことはせず一気に仕留めます。あなたもそうなんでしょうけど、目新しい獲物はからかいたくなるということですね?」

司は牧野つくしに嫌味を言われても仕方がないのだが、そこで一通り語った彼女の表情が変わったのを見た。それは怒ったところでエネルギーの無駄とでもいうのか。小さく息を吐いた後の表情。

「もういいです。きっとあなたは退屈だったんですよね?だからたまたま間違い電話をかけてきた相手が財団の研究助成事業に申し込みをした人物と同じだったことで何か面白いことが出来るとでも考えたんですよね?」

「いや。そうじゃない。俺の話を訊いて欲しい。だから場所を変えよう」

司はそう言ったが、彼女が口にしたことは紛れもない事実なのだが、その話をこれからしようとしたが、牧野つくしは首を横に振った。

「すみません。道明寺副社長。私は今あなたのお話を訊きたいという気になれません。大変申し訳ないんですがこれで失礼させて頂きます。今後お仕事の件で何かありましたら、ご寄付を頂いている以上きちんと対応させていただきます」

そして鞄を手にラウンジから出て行った。












時計の針は午後2時5分を差していて、思ったよりも早く家に帰ってきたと思った。
池に石を投げ込めば波が広がるが、少し前に頭の中に広がったのは混乱という名の波。
その波に押し流されるように自宅に戻った。
そして部屋に入れば電話のメッセージランプが点滅していることに気付き再生ボタンを押した。

『道明寺だ。まき_』

名前を訊いた時点でメッセージを止めたが、道明寺司にすれば家の電話番号を調べることなど簡単なことだと思った。そして留守番電話を通して聞こえた声は、今まで携帯電話から聞こえていた声と同じはずだ。だがまさか杉村が道明寺司だとは思いもしなかった。
そして耳に残った声は、つくしの名前を呼んでいるのが分かったが、その先を聞こうという気にはなれなかった。だからメッセージは消去した。
そして今感じること。それは今日は疲れたということ。
ただそれだけだった。



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コメント
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dot 2019.03.04 06:13 | 編集
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dot 2019.03.04 07:01 | 編集
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dot 2019.03.04 08:03 | 編集
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dot 2019.03.04 08:20 | 編集
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dot 2019.03.04 14:35 | 編集
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dot 2019.03.04 14:44 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
平手打ちに氷りが飛んで来た!(≧◇≦)
グラスに水が殆ど無かったことは残念でしたねぇ。
つくしは怒って当然です。
そして司も平手打ちをされても当然だと思っていますから、甘んじて受け入れています。
でもその後で話し合いが出来る。そんなことを考えていたようですが甘い!
さて司。どうするのでしょう。
はい。これからが正念場です。ここから先は誠実さを示すしかありませんが、受け入れてもらえるのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.03.04 22:29 | 編集
ふ*******マ様
おはようございます^^
言うべきことを言った女は立ち去りました。
え?グラスに水が、もう少し残っていれば良かったですか?(≧▽≦)確かに(笑)
そして怒りが引いた後のつくしはどうなるのか。
声だけの相手だったとはいえ、心を寄せ始めていた男性だった杉村。
杉村イコール司ですが、嘘をつかれていた、騙されていたと知った女の心は傷ついています。
司は先ずは会うことから始めなければ。でも会ってもらえるのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.03.04 22:38 | 編集
み***ん様
おはようございます^^
つくしはショックでしょうねぇ.....
身体に傷を持つ女は、心にも傷を負っていました。
そしてやっと男の人に心を許そうとしていたところでこの事実。
本当に司はなんということをしてくれたんでしょう。
でも、司はつくしの足の傷を見ても何も言わなかったんですよね.....。

そうなんです。いつの間にか90話(;^ω^)
やっと夜の電話の男の正体が分かったという状況です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.03.04 22:46 | 編集
う****ち様
こんにちは^^
平手を喰らっても絵になる男(≧▽≦)
グラスの氷をぶちまけられてもカッコいい男(≧▽≦)
そう言えば『出逢いは嵐のように』の道明寺邸でのBBQ時はレモネードをぶっかけられてましたね?(笑)
本当ですね!アカシア司を濡らすのが好きかもしれません(笑)
そして事実を知ったつくし。ええ。それはもう穏やかなシーラカンスも怒ります。
それにしても赤いバラを目印にする男は反省が見られない!ワハハ!そうですよね。気取ってる場合か?(笑)
それよりも「豚肉とニラともやしの春雨炒め卵乗せ」を皿に盛って持って来いですよね?(;^ω^)
傷ついたシーラカンス。深海の巣穴に返りました。
サメ司はどうやってシーラカンスつくしを誘いだすのか?う~ん。深海ですから『出逢いは~』のように犬は出てきません。
その代わりリュウグウノツカイとかダイオウイカとか深海に棲む仲間たちに協力を求めるのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.03.04 23:02 | 編集
と*****ン様
水をぶっかけられても動じない男。
ええ。彼は道明寺司ですからひと目など気にしません(笑)
むしろ見てくれ、ですからね(笑)
そしてつくしが帰って一人残された後も華麗に踵を返したのは間違いありません(笑)
でもつくしは傷ついています。そして傷つけたのは司。
惚れた女の心を自分に向けることは出来るのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.03.04 23:10 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2019.03.04 23:29 | 編集
J****n様
いつもお読みいただきありがとうございます。
スマートフォン版の文字の大きさについてですが、只今利用しているテンプレートでは、ご要望にお応え出来ないようです。
遠近両用メガネを愛用しているアカシアも読みづらく、J****n様にもご不便をおかけしますがご理解をいただければ幸いです。
アカシアdot 2019.03.06 22:57 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
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