「7年振りか?」
「違うわ。7年半振りよ」
秘書に案内され執務室に入って来た女は感じのいい微笑みを浮かべ、パリッとした服装に右手はブリーフケースを持っていて、髪は肩口で切り揃えられメークは薄かったがきちんと紅が引かれていた。
洋服も鞄もこれみよがしのブランドではないが上質なものだった。
司は、そういったものを瞬時に見て取ったが、二人が付き合い始めた高校生の頃、彼女はブランドには興味を示さなかったが、今のそれは女性雑誌の副編集長としての装いなのか。
司は牧野つくしが副編集長を務める雑誌を見た。
若い女性がターゲットの雑誌の中身はブランド品で溢れ、今年の色はこれだと流行りを作り出すことが彼女の仕事だ。
そしてその中にはパリやミラノやニューヨークといった最先端のファッションを生み出す街へ旅する特集記事も組まれていて、牧野つくしも海外出張を当然のようにこなしているはずだ。
司がニューヨークで大学生だった頃。牧野つくしが彼の元を訪れたのは一度だけ。
まだあの頃は頬を赤らめどぎまぎとした態度が多かったが、こうして再会した牧野つくしは、物怖じしない大人の女性になっていた。
「変わってないな」
長い間記憶の奥にしまっていた言葉は、そんな言葉ではなかったはずだが、開口一番出たのはその言葉。
「そう?でも道明寺副社長も変わっていませんね?」
彼女はそう言ったが人は司を変わったと言う。
かつて問題児の御曹司と呼ばれた男は確かに変わった。
18歳で日本を離れニューヨークで暮らし始めたが、今もこの街で暮らし任された事業を景気の浮き沈みに関係なく成功させてきたのは、血筋と鉄の女と呼ばれる母親から受け継いだ手腕だと言われているが、それには努力という言葉もあった。
彼女と別れた時、がむしゃらという言葉だけで突っ走ろうとした。そして自分自身を見失い幾つかの選択肢の前で最悪の状況を選んでしまった20代前半があった。
それは実に愚かな己の姿。あの頃の司は心が淀みぐらついていた。そして7年、いや7年半前彼女と別れた後ずっと申し訳ないと思いながら生きてきた。そして彼女が幸福であることを祈り持てる力の全てを使い彼女を見守り続け、そこにあったかもしれない二人の人生について思いを巡らせたこともあった。
そして司が30歳となり副社長になった今。
かつての恋人がニューヨークまで取材に訪れることは、凍えついていた運命の歯車が再び回り始めたということか。
司は17歳で彼女と巡り合ったことを運命だと思っていた。率直な言葉で頑なだった司の心を解かすことが出来たのは彼女だけ。だから二人の人生がまたどこかで交差することを心のどこかで願っていた。
そして出会った年齢のことを考えれば、30歳の自分など遥か彼方の年であり、その頃には二人はとっくに結婚していると考えていた。
あの時、司の迷いが「私がいると邪魔になる?」と言わせたが、司は二人の恋は終った恋ではないと思っている。
それは彼女が司と別れてから誰とも付き合おうとしないこと。
そしてその事が、彼女がまだ司の事を思っているからという司の自惚れだとしても、司も彼女以外の女性を欲しいとは思わなかった。
司は執務デスクの下でスノードームを手にしていたが、引き出しを開けそれを入れると立ち上がった。
「いや。俺は変わった。少なくともあの頃より体重が2キロ増えた」と言って応接ソファに座るように促した。
***
秘書はコーヒーをテーブルに置くと出て行った。
「道明寺副社長。お忙しい中、貴重なお時間を割いていただき、うちの雑誌の取材を受けて下さってありがとうございます。秘書の方からお約束のお時間は30分とお伺いしていますので、早速ですが始めさせていただきたいと思いますがよろしくお願いいたします。今回のインタビューの内容はバレンタインデー特集のひとつですが、世界有数の企業である道明寺ホールディングスの副社長の結婚に対するお考えをお聞かせいただきたいと思います」
まるで過去のことに拘りはないといった様子で話す女は出版社に入社した同期の中では出世頭と言われていて、販売部数が落ち目と言われる出版業界に於いて月に25万部を売り上げる。
だから周りは彼女の意見を訊きたがり、彼女の意向が記事に反映されていく。今は副編集長だがいずれ編集長になることは間違いないと言われていた。
前もって取材したい内容は知らされていたが、今こうして改めて彼女の口から出た結婚に対する考えを訊かせてくれ。それはまさに司が7年半前に牧野つくしに言いたかったことだ。
『少しの間だが待っていて欲しいと。時間がかかるかもしれないが待っていて欲しいと』
本当ならあの時はそう言うべきだった。だが口を突いた言葉はそうではなかった。
だが今なら言える。
「結婚に対する考えか?」
「ええ。世の中の女性はあなたのような有名人の結婚に対する考えを知りたいと思っています。あなたはうちの雑誌の読者にとっては結婚対象となる年齢です。世の中にはあなたと結婚するとどんな人生を歩むのかと考える女性は多いです。ですからお聞かせいただきたいんです。あなたは結婚についてどうお考えなのかをです」
司の真正面に座る女は、真っ直ぐ彼を見つめ視線を外すことは無かった。
だから司も彼女の眼をしっかりと見つめて答えた。
「結婚は未熟な二人が結ばれて成長する関係だ。もし男の方が未熟ならその男より未熟じゃない女と一緒にいることで人として成熟していく関係だ。馴れ合いになって相手に嫌な所が見えても一生その人と共に過ごす。それが結婚だと思う。いや。俺の場合は俺の嫌な部分に馴れてもらうことになる。傲慢な所があるかもしれない。それを叱ってくれる女と結婚したいと思っている」
司はそこまで言って一旦口を閉じた。そして再び口を開くと今の自分の思いを伝えた。
「牧野。俺は取り返しが付かないことを言った。あの時お前に言った言葉はお前を傷付けた。
顔も見えない相手に冷たい言葉を言った。俺はあの時のことを忘れたことがない。牧野俺は_」
「お前のせいじゃない。これは俺自身の問題だ。あなたはそう言ったわ」
司の話は牧野つくしの放ったかつて司が口にした言葉で遮られた。
「いいのよ。気にしないで。あなたは道明寺司で、その名前が求めることをするためにこの街に来たんですもの。ビジネスが優先されるのは当たり前のこと。だから悪いとは思わないで。私とあなたは元々別の世界の人間だったんですもの。それに社会に出て間もない年齢の頃にはよくある話でしょ?社会人になると学生時代に付き合っていた相手が幼稚に感じてしまうって。それに社会に出て自分の置かれる立場を認識してみれば、それまでと違った何かが見えて来る。……だから私も同じ。大学を卒業して社会に出れば視野が広がって色々な事が見えて来たの。だから気にしないで。きっと私たちは同じ人生を歩む人間じゃなかったのよ」
牧野つくしの口から出た言葉は司にとって何の慰めにもならなかった。
司と同じように年齢を重ねた女はかしこい。それは彼女の仕事ぶりを見れば、元来の頭の良さが発揮されていることは十分理解出来るのだが、司にしてみれば若かった二人のじゃれ合いが懐かしかった。
それに達観したような言葉を言われるよりも罵ってもらえるほうが良かった。
ビジネスの世界では当たり前のように見る取り澄ました表情ではなく感情をあらわに言って欲しかった。
そうすればすぐにでも土下座をしてあの時のことを許して欲しいと言えた。
だが今司の前にいる女は、10代でもなければ20代前半の女でもない。出版社でバリバリと仕事をこなす副編集長だ。
だが彼女がここにいるのは、仕事だからここに来た。それだけだとは思いたくない男がいた。

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「違うわ。7年半振りよ」
秘書に案内され執務室に入って来た女は感じのいい微笑みを浮かべ、パリッとした服装に右手はブリーフケースを持っていて、髪は肩口で切り揃えられメークは薄かったがきちんと紅が引かれていた。
洋服も鞄もこれみよがしのブランドではないが上質なものだった。
司は、そういったものを瞬時に見て取ったが、二人が付き合い始めた高校生の頃、彼女はブランドには興味を示さなかったが、今のそれは女性雑誌の副編集長としての装いなのか。
司は牧野つくしが副編集長を務める雑誌を見た。
若い女性がターゲットの雑誌の中身はブランド品で溢れ、今年の色はこれだと流行りを作り出すことが彼女の仕事だ。
そしてその中にはパリやミラノやニューヨークといった最先端のファッションを生み出す街へ旅する特集記事も組まれていて、牧野つくしも海外出張を当然のようにこなしているはずだ。
司がニューヨークで大学生だった頃。牧野つくしが彼の元を訪れたのは一度だけ。
まだあの頃は頬を赤らめどぎまぎとした態度が多かったが、こうして再会した牧野つくしは、物怖じしない大人の女性になっていた。
「変わってないな」
長い間記憶の奥にしまっていた言葉は、そんな言葉ではなかったはずだが、開口一番出たのはその言葉。
「そう?でも道明寺副社長も変わっていませんね?」
彼女はそう言ったが人は司を変わったと言う。
かつて問題児の御曹司と呼ばれた男は確かに変わった。
18歳で日本を離れニューヨークで暮らし始めたが、今もこの街で暮らし任された事業を景気の浮き沈みに関係なく成功させてきたのは、血筋と鉄の女と呼ばれる母親から受け継いだ手腕だと言われているが、それには努力という言葉もあった。
彼女と別れた時、がむしゃらという言葉だけで突っ走ろうとした。そして自分自身を見失い幾つかの選択肢の前で最悪の状況を選んでしまった20代前半があった。
それは実に愚かな己の姿。あの頃の司は心が淀みぐらついていた。そして7年、いや7年半前彼女と別れた後ずっと申し訳ないと思いながら生きてきた。そして彼女が幸福であることを祈り持てる力の全てを使い彼女を見守り続け、そこにあったかもしれない二人の人生について思いを巡らせたこともあった。
そして司が30歳となり副社長になった今。
かつての恋人がニューヨークまで取材に訪れることは、凍えついていた運命の歯車が再び回り始めたということか。
司は17歳で彼女と巡り合ったことを運命だと思っていた。率直な言葉で頑なだった司の心を解かすことが出来たのは彼女だけ。だから二人の人生がまたどこかで交差することを心のどこかで願っていた。
そして出会った年齢のことを考えれば、30歳の自分など遥か彼方の年であり、その頃には二人はとっくに結婚していると考えていた。
あの時、司の迷いが「私がいると邪魔になる?」と言わせたが、司は二人の恋は終った恋ではないと思っている。
それは彼女が司と別れてから誰とも付き合おうとしないこと。
そしてその事が、彼女がまだ司の事を思っているからという司の自惚れだとしても、司も彼女以外の女性を欲しいとは思わなかった。
司は執務デスクの下でスノードームを手にしていたが、引き出しを開けそれを入れると立ち上がった。
「いや。俺は変わった。少なくともあの頃より体重が2キロ増えた」と言って応接ソファに座るように促した。
***
秘書はコーヒーをテーブルに置くと出て行った。
「道明寺副社長。お忙しい中、貴重なお時間を割いていただき、うちの雑誌の取材を受けて下さってありがとうございます。秘書の方からお約束のお時間は30分とお伺いしていますので、早速ですが始めさせていただきたいと思いますがよろしくお願いいたします。今回のインタビューの内容はバレンタインデー特集のひとつですが、世界有数の企業である道明寺ホールディングスの副社長の結婚に対するお考えをお聞かせいただきたいと思います」
まるで過去のことに拘りはないといった様子で話す女は出版社に入社した同期の中では出世頭と言われていて、販売部数が落ち目と言われる出版業界に於いて月に25万部を売り上げる。
だから周りは彼女の意見を訊きたがり、彼女の意向が記事に反映されていく。今は副編集長だがいずれ編集長になることは間違いないと言われていた。
前もって取材したい内容は知らされていたが、今こうして改めて彼女の口から出た結婚に対する考えを訊かせてくれ。それはまさに司が7年半前に牧野つくしに言いたかったことだ。
『少しの間だが待っていて欲しいと。時間がかかるかもしれないが待っていて欲しいと』
本当ならあの時はそう言うべきだった。だが口を突いた言葉はそうではなかった。
だが今なら言える。
「結婚に対する考えか?」
「ええ。世の中の女性はあなたのような有名人の結婚に対する考えを知りたいと思っています。あなたはうちの雑誌の読者にとっては結婚対象となる年齢です。世の中にはあなたと結婚するとどんな人生を歩むのかと考える女性は多いです。ですからお聞かせいただきたいんです。あなたは結婚についてどうお考えなのかをです」
司の真正面に座る女は、真っ直ぐ彼を見つめ視線を外すことは無かった。
だから司も彼女の眼をしっかりと見つめて答えた。
「結婚は未熟な二人が結ばれて成長する関係だ。もし男の方が未熟ならその男より未熟じゃない女と一緒にいることで人として成熟していく関係だ。馴れ合いになって相手に嫌な所が見えても一生その人と共に過ごす。それが結婚だと思う。いや。俺の場合は俺の嫌な部分に馴れてもらうことになる。傲慢な所があるかもしれない。それを叱ってくれる女と結婚したいと思っている」
司はそこまで言って一旦口を閉じた。そして再び口を開くと今の自分の思いを伝えた。
「牧野。俺は取り返しが付かないことを言った。あの時お前に言った言葉はお前を傷付けた。
顔も見えない相手に冷たい言葉を言った。俺はあの時のことを忘れたことがない。牧野俺は_」
「お前のせいじゃない。これは俺自身の問題だ。あなたはそう言ったわ」
司の話は牧野つくしの放ったかつて司が口にした言葉で遮られた。
「いいのよ。気にしないで。あなたは道明寺司で、その名前が求めることをするためにこの街に来たんですもの。ビジネスが優先されるのは当たり前のこと。だから悪いとは思わないで。私とあなたは元々別の世界の人間だったんですもの。それに社会に出て間もない年齢の頃にはよくある話でしょ?社会人になると学生時代に付き合っていた相手が幼稚に感じてしまうって。それに社会に出て自分の置かれる立場を認識してみれば、それまでと違った何かが見えて来る。……だから私も同じ。大学を卒業して社会に出れば視野が広がって色々な事が見えて来たの。だから気にしないで。きっと私たちは同じ人生を歩む人間じゃなかったのよ」
牧野つくしの口から出た言葉は司にとって何の慰めにもならなかった。
司と同じように年齢を重ねた女はかしこい。それは彼女の仕事ぶりを見れば、元来の頭の良さが発揮されていることは十分理解出来るのだが、司にしてみれば若かった二人のじゃれ合いが懐かしかった。
それに達観したような言葉を言われるよりも罵ってもらえるほうが良かった。
ビジネスの世界では当たり前のように見る取り澄ました表情ではなく感情をあらわに言って欲しかった。
そうすればすぐにでも土下座をしてあの時のことを許して欲しいと言えた。
だが今司の前にいる女は、10代でもなければ20代前半の女でもない。出版社でバリバリと仕事をこなす副編集長だ。
だが彼女がここにいるのは、仕事だからここに来た。それだけだとは思いたくない男がいた。

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Comment:2
コメント
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司*****E様
おはようございます^^
7年振りという男と7年半振りという女(笑)
どの時点で別れたと決めたのか。それぞれの思いは違ったということでしょうかねぇ(笑)
つくしはバリバリのキャリアウーマンになっていましたが、努力と人望で副編集長の地位を掴んだことは間違いないでしょうねぇ。
そしてつくしの口から出た言葉は強がりなのでしょうか。
本当はまだ司のことが好き!
その答えは後編でお確かめ頂けると思います。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
7年振りという男と7年半振りという女(笑)
どの時点で別れたと決めたのか。それぞれの思いは違ったということでしょうかねぇ(笑)
つくしはバリバリのキャリアウーマンになっていましたが、努力と人望で副編集長の地位を掴んだことは間違いないでしょうねぇ。
そしてつくしの口から出た言葉は強がりなのでしょうか。
本当はまだ司のことが好き!
その答えは後編でお確かめ頂けると思います。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.02.16 21:21 | 編集
