「牧野先輩。ここ数日嬉しそうな顔をしてますけど何かあったんですか?」
桜子は講義が終わって研究室に戻って来たつくしにコーヒーを運んで来ると訊いた。
「え?そう?」
「ええ。そうですよ。私と先輩はもう何年付き合ってると思ってるんですか?それに先輩は考えてることが顔に出やすいんです。だから今までも、ああ何か考えてるとか心ここにあらずだってこともありましたよ?でもここ数日の先輩はどこか嬉しそうな顔をしてます。それが学問の方なのか。それともプライベートなことなのか知りませんけど、人は嬉しいことがあれば誰かに聞いて欲しいと思いますから、もし聞いて欲しいことがあれば聞きますから話して下さいね」
ここ数日嬉しそうな顔をしている。
それは、夜の電話の男性が中華料理のデリバリーを手配してくれた翌日から始まったはずだ。
今まで名前を呼ぶことがなかったその人を偽名とは言え杉村さんと呼び、つくしは自分を長谷川と名乗ることに決めた。
そしてあの日から次に電話をかける日まで一週間。その間に胸の奥に育ってきたものは、徐々に発酵したと言える杉村に対しての感情だ。
呼び名が『あなた』から名前に変われば親しみが感じられ、ふたりの話題は広がった。
それは、それまではプライバシーが明かされることがないようにと気を使いながら、つくしが一方的に話しをすることが多かった。
だが今は互いに最近読んだ本の話や興味があるものは何か。好きな食べ物は何かといった話をするようになった。それはつくしの一方通行ではなく杉村からの話もあった。そして話してみればふたりには様々な共通点があった。そうなれば、もっと早く話していれば良かったと思えた。
「ねえ先輩。もしかして恋をしてる。そうじゃないですか?」
「え?」
「違いますか?女性は恋をすると内面から輝きを放つと言われます。今の先輩は少し前の先輩とは違います。もしかしてお正月休みの間に何かあったんですか?でも先輩はインフルエンザで寝込んでいたんですよね?」
インフルエンザで臥せっていた話はしていたが杉村の話はしなかった。
何しろふたりは会ったことがないのだから話せなかったこともあるが、つくしに対しては心配症な桜子に話せば言われる言葉は分かっているからだ。
その人はどこの誰ですか?
何をしている人ですか?
先輩のことどれくらい知っているんですか?
だがそんなことを訊かれても答えることは出来なかった。
だから話せなかった。
「先輩?ぼんやりしないで私の質問に答えて下さい」
「え….うん……」
桜子の尋問口調は有無を言わせない強さがある。それは昔からそうだったが、30代も半ばを迎えればより強く感じられた。
「先輩がそうやって言葉に詰まるということは図星ですね?お正月休みの間に何かあったんですね?先輩は好きな人がいる。そうですね?それって若林建設の専務ですか?それとも道明寺副社長ですか?」
キラリと光った瞳は、返事を訊くまでこの尋問を止めないと言っているが、好きになった人は電話だけの男性でどこの誰かなど全く分からない男性であり、その人が誰であるかの手がかりと言えば、東京都内の固定電話の番号とメープルの中に入っている中華料理店だけ。そこから調べようと思えば調べることは出来るかもしれない。けれど、相手が自ら話そうとしないことを調べることで心が安心するのかと言えばそうではない。
つくしは自分の眼で見たもの。自分の耳で聞いた事を信じる人間だ。
「先輩?」
心配そうな顔になって桜子が訊いてくる。
つくしは桜子がそんな顏をする理由を知っている。それは桜子があの事を自分のせいだと思っているから。だから本当は桜子がこれ以上心配することがないようにしたい思いはある。だが杉村のことは、まだ自分の胸の中にそっと仕舞っておきたかったが、心配する友人に正直に答えた。
「あのね桜子。気になる人がいるの。だけどその人とのことはこれからなの。だから今は話せないの。それから何かあったら相談するから。だからごめんね」
つくしがそう言うと、桜子は分かったといった顔をしたが、それはぱっと見た目は派手に見えても道理には煩い女が見せた納得の表情だった。そんな表情をしたのは今までつくしがごめんねと言った時、それ以上何を訊いたところで答えてもらえないと分かっているからだ。
そしてそれが意思の強い女が見せる断固たる表情だから尚更何も言えなかった。だがつくしのそんな表情に何故かホッとしたような顔つきになって「分かりました。何か相談事があったら言って下さい。私が力になれることや出来ることがあるならどんなことでもお手伝いしますから」と言った。
「うん。分かったわ」
つくしはそう答えコーヒーを飲み終えると立ち上がった。
「桜子。私これから施設管理棟のへ行って来るわ。それから図書館にも行くから暫く戻ってこないから」
つくしのいる研究室から施設管理棟は歩いて5分の場所にあり、図書館はやはりそこから5分の場所にあることからコートを着て外へ出た。
4階建ての古く貫禄がある施設管理棟の玄関は工事中のため、3階にある設備管理部へ向かうには屋外階段を上らなければならなかった。
ゆっくりとした足取りで階段を上がり3階の踊り場に立つと下から冷たい風が吹いて来た。
古めかしい目の前の扉を開け建物に入り、廊下を目的の場所へ向かうが、途中で忙しそうに書類封筒を抱えて歩く女性職員とすれ違い挨拶を交わすと、少しして背後で扉が閉まる音が聞えた。

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桜子は講義が終わって研究室に戻って来たつくしにコーヒーを運んで来ると訊いた。
「え?そう?」
「ええ。そうですよ。私と先輩はもう何年付き合ってると思ってるんですか?それに先輩は考えてることが顔に出やすいんです。だから今までも、ああ何か考えてるとか心ここにあらずだってこともありましたよ?でもここ数日の先輩はどこか嬉しそうな顔をしてます。それが学問の方なのか。それともプライベートなことなのか知りませんけど、人は嬉しいことがあれば誰かに聞いて欲しいと思いますから、もし聞いて欲しいことがあれば聞きますから話して下さいね」
ここ数日嬉しそうな顔をしている。
それは、夜の電話の男性が中華料理のデリバリーを手配してくれた翌日から始まったはずだ。
今まで名前を呼ぶことがなかったその人を偽名とは言え杉村さんと呼び、つくしは自分を長谷川と名乗ることに決めた。
そしてあの日から次に電話をかける日まで一週間。その間に胸の奥に育ってきたものは、徐々に発酵したと言える杉村に対しての感情だ。
呼び名が『あなた』から名前に変われば親しみが感じられ、ふたりの話題は広がった。
それは、それまではプライバシーが明かされることがないようにと気を使いながら、つくしが一方的に話しをすることが多かった。
だが今は互いに最近読んだ本の話や興味があるものは何か。好きな食べ物は何かといった話をするようになった。それはつくしの一方通行ではなく杉村からの話もあった。そして話してみればふたりには様々な共通点があった。そうなれば、もっと早く話していれば良かったと思えた。
「ねえ先輩。もしかして恋をしてる。そうじゃないですか?」
「え?」
「違いますか?女性は恋をすると内面から輝きを放つと言われます。今の先輩は少し前の先輩とは違います。もしかしてお正月休みの間に何かあったんですか?でも先輩はインフルエンザで寝込んでいたんですよね?」
インフルエンザで臥せっていた話はしていたが杉村の話はしなかった。
何しろふたりは会ったことがないのだから話せなかったこともあるが、つくしに対しては心配症な桜子に話せば言われる言葉は分かっているからだ。
その人はどこの誰ですか?
何をしている人ですか?
先輩のことどれくらい知っているんですか?
だがそんなことを訊かれても答えることは出来なかった。
だから話せなかった。
「先輩?ぼんやりしないで私の質問に答えて下さい」
「え….うん……」
桜子の尋問口調は有無を言わせない強さがある。それは昔からそうだったが、30代も半ばを迎えればより強く感じられた。
「先輩がそうやって言葉に詰まるということは図星ですね?お正月休みの間に何かあったんですね?先輩は好きな人がいる。そうですね?それって若林建設の専務ですか?それとも道明寺副社長ですか?」
キラリと光った瞳は、返事を訊くまでこの尋問を止めないと言っているが、好きになった人は電話だけの男性でどこの誰かなど全く分からない男性であり、その人が誰であるかの手がかりと言えば、東京都内の固定電話の番号とメープルの中に入っている中華料理店だけ。そこから調べようと思えば調べることは出来るかもしれない。けれど、相手が自ら話そうとしないことを調べることで心が安心するのかと言えばそうではない。
つくしは自分の眼で見たもの。自分の耳で聞いた事を信じる人間だ。
「先輩?」
心配そうな顔になって桜子が訊いてくる。
つくしは桜子がそんな顏をする理由を知っている。それは桜子があの事を自分のせいだと思っているから。だから本当は桜子がこれ以上心配することがないようにしたい思いはある。だが杉村のことは、まだ自分の胸の中にそっと仕舞っておきたかったが、心配する友人に正直に答えた。
「あのね桜子。気になる人がいるの。だけどその人とのことはこれからなの。だから今は話せないの。それから何かあったら相談するから。だからごめんね」
つくしがそう言うと、桜子は分かったといった顔をしたが、それはぱっと見た目は派手に見えても道理には煩い女が見せた納得の表情だった。そんな表情をしたのは今までつくしがごめんねと言った時、それ以上何を訊いたところで答えてもらえないと分かっているからだ。
そしてそれが意思の強い女が見せる断固たる表情だから尚更何も言えなかった。だがつくしのそんな表情に何故かホッとしたような顔つきになって「分かりました。何か相談事があったら言って下さい。私が力になれることや出来ることがあるならどんなことでもお手伝いしますから」と言った。
「うん。分かったわ」
つくしはそう答えコーヒーを飲み終えると立ち上がった。
「桜子。私これから施設管理棟のへ行って来るわ。それから図書館にも行くから暫く戻ってこないから」
つくしのいる研究室から施設管理棟は歩いて5分の場所にあり、図書館はやはりそこから5分の場所にあることからコートを着て外へ出た。
4階建ての古く貫禄がある施設管理棟の玄関は工事中のため、3階にある設備管理部へ向かうには屋外階段を上らなければならなかった。
ゆっくりとした足取りで階段を上がり3階の踊り場に立つと下から冷たい風が吹いて来た。
古めかしい目の前の扉を開け建物に入り、廊下を目的の場所へ向かうが、途中で忙しそうに書類封筒を抱えて歩く女性職員とすれ違い挨拶を交わすと、少しして背後で扉が閉まる音が聞えた。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
偽名とは言え名前が呼べる。でもその男性は道明寺司。
え?司が庶民の食べ物を食したことがあるのか?(笑)
そうです。つくしの行きつけの中華料理店と司の贔屓にしている中華料理店は違うかもしれませんが、チャーハンはどこの中華にもありますから、例え高級な具材が使われているチャーハンでもチャーハンはチャーハンですからねぇ(笑)
そして桜子は、つくしの変化に気付きました。つくしに対しては心配症な桜子。
何を心配しているのか。明らかになる日は近いと言えば近いんですよ(笑)でももう少しかかりそうです。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
偽名とは言え名前が呼べる。でもその男性は道明寺司。
え?司が庶民の食べ物を食したことがあるのか?(笑)
そうです。つくしの行きつけの中華料理店と司の贔屓にしている中華料理店は違うかもしれませんが、チャーハンはどこの中華にもありますから、例え高級な具材が使われているチャーハンでもチャーハンはチャーハンですからねぇ(笑)
そして桜子は、つくしの変化に気付きました。つくしに対しては心配症な桜子。
何を心配しているのか。明らかになる日は近いと言えば近いんですよ(笑)でももう少しかかりそうです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.01.26 22:03 | 編集
