FC2ブログ
2019
01.24

理想の恋の見つけ方 65

手の中の小さな機械のディスプレイに電話番号は表示されず相手が誰だか分からなかった。
いつも桜子からは、非通知の番号に出る必要はないと言われるが、この電話を無視しようとは思わなかった。

「もしもし?」

『もしもし。私です。今いいですか?』

電話の相手は、つくしが週に一度の約束で電話をかけている男性だった。
だが自分からはかけないと言っていた男性がどうしてかけて来たのかという思いが一番に頭を過った。何故なら今までの会話から感じられた男性のきっぱりとした話ぶりは、自分の言葉に自信を持ち、一度口にしたことは絶対であり、約束は守られるべきであるといった社会的な常識を強く意識させる話し方をしていたからだ。
だからそういった強い意思を持つ男性が何故電話をしてきたのか。

「あ、あの…」

言い淀んだのは予期せぬ電話なこともだが、『今いいですか』といつも自分が口にする言葉が相手の口から出たからだ。だからどう返事をしようかと言葉を探したが、口を突いたのは、
「え?ええ…大丈夫です。でもあの_」という途切れた言葉だった。
それは、これから近くのコンビニへ食べ物を買いに行こうとしていたからではない。
ただ、自分からは電話をかけないと言った男性が電話をかけてきたことに驚いたとしか言えず、言葉に詰まった。
けれど、それを驚きであり疑問と捉えると同時に淡い期待といったものが生じていた。
それはもしかすると、男性はつくしが暫く電話をかけなかったことを心配したと言うこと。
電話だけの相手だが、音沙汰がないことを気にしてくれたということだ。

『私から電話をかけることはないと言ったのに何故電話をかけて来たのか?あなたはそれを考えている。違いますか?』

それはまさにつくしが言いたかった言葉だが、男性は何も答えないつくしに言葉を置き換え再び訊いた。

『あなたは私からはかけないと言ったがどうして電話をしてきたのかを考えている。そうですね?』

まさにその通りだ。
何故自分から電話をかけてきたのか。だがら「ええ」と答え男性の言葉を待った。

『暫くあなたからの電話がなかったものですから心配になりましてね。どうしているのかと思ったんです。何しろ私にとって週に一度のあなたからの電話は楽しみだった。だから自分からはかけることはないと言ったがこうしてかけてしまいました。だがもしかするとあなたはもう私と話がしたくない。だから電話をかけるのを止めたのなら私はあなたに電話をするべきではなかったということになります。つまり私たちが電話で話をするのはこれが最後ということです』

男性の声は、いつもと同じでしゃがれていたが、久し振りに聞くその声は古くからの友人の声のように耳に響いた。そしてその声はつくしに安心感を与えた。
だから電話で話をするのは、これが最後だと言われたことにすぐさま否定の言葉を口にした。

「違います。ち、違うんです。クリスマスから年末にかけてお忙しいと思ったんです。
だからお電話しませんでした。それから年末にインフルエンザに罹って寝込んでいたんです。だから年が明けてから電話をしようと……思っていたんです」

一瞬言葉に詰まったのは、咳が出そうになったからだ。
だがそれをなんとか呑み込み言葉を継ぎ最後まで言った。

『そうでしたか。それは大変でしたね。インフルエンザとなるとかなりの高熱が出たのではないですか?』

「え?ええ。でも幸い近くに病院があるので駆け込みました。それに比較的手当てが早かったこともあったので熱は出ましたが翌日には徐々下がり始めました。ですから思ったほどではなかったんですが、でも身体は海の底に沈んでいるように重かったんです。だからずっと海の底に横たわっていました」

『海の底ですか?』

「ええ。そうです。海の底に押さえつけられている。そんなことは実際にはあり得ませんしもちろん経験したこともありませんが、身体がだるくて何もする気になれませんでした。だから電話をかけることが出来ませんでした。本当はかけたかったんです。話をしたかったんです。…..その....色々とです」

色々と話がしたかった。
それは道明寺副社長のことだが、そのことをある人から好意を寄せられているが困っていると話した。すると、その人が真剣なら話を訊いてみてはどうかと言われた。
つくしは強引な男性には慣れていない。だが電話の男性からの言葉に話を訊くだけならという思いを持った。
だから話を訊いた上できちんと断ればいいと思っていた。
けれど、道明寺副社長が自分の前に現れた若い男性を牽制するという行為は好ましいとは言えなかった。
だから話を訊くまでもなく自分の思いを伝えた。

__私はひとりでいたいんです、と。

だがこの思いは既に伝えていた思いであり、それを再び口にしただけだ。

『そうでしたか。もしかすると私はあなたに見限られたのではないかと思いましたが、そうではなかったということですね?』

「そんな。見限るなんてこと_」

そこまで言って急に今まで感じたことがない想いが心に宿った。
今紛れもなく心の中に存在しているのは夜の電話の男性であり、若林和彦でもなければ道明寺司でもなく、名前も知らなければ、どんな人間かも分からない男性。
今までピントが合わない。壊れていると言われていたカメラの露出が補正されたように、ひとつのことに焦点が合いフラッシュが焚かれた。
それは、まるで滅多に見ることが出来ないと言われている幻のサメに出会ったような気持ちだ。
だがサメと言えば経済界のサメと呼ばれる男性の姿が頭を過ったが、その人ではない。
それなら電話の男性を何と言えばいいのか。会ったことがないのだから例えることは出来なかったが、深海に棲む大きな緑色の眼に細く長い身体をした群れを作らないヨロイザメのように思えた。

ヨロイザメの顎は小さいが頑強で噛む力が非常に強いサメであり、深海における強力な捕食者だ。だが生息域が深海であるため人間に直接的な被害が及ぶことはないが、準絶滅危惧種だ。まさに電話の男性のようにひと目に触れることはなく、静かに暮らしていて、道明寺副社長のように広い海を回遊し、目の前にいる獲物の全てを喰らおうとするホホジロザメではない。そうだ。好きだからといっていきなりキスをするようなことはしないはずだ。

その人が心の中に入ってくる。電話の男性が心の中に入ってくるのが感じられた。
会ったこともなければ名前も知らない人だが、まさに初めてヨロイザメを見た時のように、その人が心の鍵を開けて入ってくる。長い間心の中に入って来る人はいなかったが、それは自分が傷つくのが嫌だから受け入れることが出来なかった。だが、この人は違うという漠然とした思いがあった。心が動くとはこういうことを言うのだろうか。だから電話で話しをすることを止めたくなかった。

『どうかしましたか?』

「え?いえ。なんでもありません」と答えたが、なんでもないは嘘だ。
心の中に宿ったのは、声だけの男性を好きになっている気持ちだった。





にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2019.01.24 06:11 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2019.01.24 11:51 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
このつくしはサメの研究者らしく誰でもサメに例えるようですが、自分も海の底に沈んでいたと例えるような女性です。
そして電話だけの男性に恋ごころを抱いたようですが、それとはまた別の何かを心の中に抱えているようです。
さあどうするのでしょうねぇ。
凶暴なホホジロザメの男と深海に棲息するヨロイザメの男。
ヨロイザメが実はホホジロザメだったと知る日が来るのでしょうかねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.01.24 22:34 | 編集
と*****ン様
腹ペコつくしちゃん!(≧▽≦)
司。何とかしてあげて下さい!
本当ですよね~。病み上がりの身体で片道10分。往復20分かけて買い物に行くのは辛いですからねぇ。
きっと何とかしてくれる....そう思いたいです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.01.24 22:39 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top