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2019
01.13

理想の恋の見つけ方 59

お客様です。と言われ誰と訊いた時、桜子の口から出たのは若林和彦の名前。
つくしは部屋を出ると学生部屋にいる和彦に会いに行ったが、そこにいる和彦は好意の色をにじませた瞳でつくしを見て笑った。

「牧野先生。突然お邪魔して申し訳ございません。近くまで来たのもですから、というよりも出張帰りなんですが予定よりも早く戻ったので時間が空いたんです。だから立ち寄らせていただきました。どうぞこれはお土産です」

そう言って和彦が差し出したのは大きな箱。
そこに書かれているのはキリル文字と言われるロシア語だったが、箱に描かれているのは誰が見ても分かるチョコレートの絵であり、文字が理解出来なくても中身がチョコレートであることは一目瞭然だった。

「和彦君。ロシアに行ってたの?」

遠慮しないで受け取って下さいと言う和彦に、ありがとうと言って箱を受け取るとつくしは訊いた。

「ええ。ロシアと言ってもウラジオストクですがね。あちらでの仕事がありましてね。その打ち合わせです。それにしてもやはりロシアは寒いですね。同じ冬でもこうして東京に戻って来てみればこの暖かさですから大陸と日本では明らかに寒さの質が違いますね」

成田から2時間弱で行くことが出来るロシア極東の街ウラジオストクは、建設ラッシュだと言われ、準大手ゼネコンである若林建設も海外での仕事を多くこなしているが、その中にはロシアの仕事もあった。

「それにしても、ロシア人は生活のすべてにおいてゆっくりとしているので、なかなか思うように物事は運びませんが、郷に入っては郷に従えと言いますから彼らのペースでということになるんですが、それでは建物が完成するにはいつになるかといったところがありましてね。そんなことは日本じゃ考えられませんが、ロシアではそれが当然の事のように受け止めているところがありますから色々と大変です」

つくしも海外のサメの研究者と一緒に調査をしたことがあるから、和彦の言いたいことは十分伝わった。国が違えば考え方も生活のスタイルも違うのは当然で、のんびりとした研究者もいれば、せっかちな研究者もいる。
だが、サメの謎に迫る人間としてサメに向ける情熱は同じということもあり、意見を述べ合うことはあっても揉めることはない。
だがそれは学問の分野だからであり、国を跨いだビジネスとなれば、そうはいかないことは理解出来た。

「和彦君ロシア語出来るの?」

頭が良かった和彦のことだからロシア語をマスターしていたとしても不思議ではないと思い訊いた。

「まさか!英語なら話せますがロシア語はハラショーとスパシーバ。素晴らしいとありがとうだけですよ。だから通訳なしでは成り立たないことが多いんですよ。でも酒を飲むときだけは通訳は必要ありませんがね。あっちはウォッカの本場ですからみんな強いんですよ。それにロシア人はウォッカのように強い酒が大好きなんです。だから普段は無口なロシア人もウォッカを飲めばどんちゃん騒ぎです」

和彦はそう言ったが、つくしの研究者仲間のひとりにロシア人男性がいて、その男性は食事になればウォッカを水のように飲んでいた。

「知ってるわ。コニャックやテキーラも好きでしょ?ペットボトルにコニャックを入れてるロシア人を知ってるから」

「え?ペットボトルにコニャックですか?」

「うん。自家製コニャックだって言うの。それで飲むたびに延々と乾杯を繰り返すのよ?何をそんなに祝うのかって訊いたら健康に乾杯から始まって、今日みんなで会えたことに。それから美味い食事にありつけたことに。家族のために。サメに出会えたことに。それから….とにかく何でもいいから乾杯するのよね?」

和彦の言う通りで、つくしの知るロシア人男性は酒を飲めば賑やかになった。

「そうです。それで乾杯を繰り返すたびにグラスの中を一気飲みですからね?日本みたいにちびちび飲んでいたら男らしくないって怒られます。それにしてもいったい何杯飲むんだって思うんですが、それでも次の日はケロっとして仕事に出て来るんですから彼らの肝臓はどうなっているのかって思いますよ」

寒い土地だからこそ身体が暖まるアルコール度数が高いものが好まれると分かっているが、研究者仲間の男性の飲みっぷりは、まるでサメが獲物を飲み込む姿にも見えた。
そして和彦のロシアでの話は暫く会っていないロシア人の研究者を思い出させたが、彼がそんな話をするためにわざわざ研究室に立ち寄ったとは思わなかった。
つまり和彦がここを訪れたのは、つくしに自分の思いを告げたことに対しての返事を求めているということだ。
だから桜子がコーヒーをお淹れしましょうかと訊かれたが断わり、和彦を構内にあるカフェテリアに誘った。







最近の大学の施設投資は食堂や売店といったものにも向けられていて、つくしの大学も2年前に食堂の改修を終えファミレス風のカフェテリアになっていた。
そしてそこは昼休みなら食事をする学生で溢れているが、午後の講義の真っただ中ともなればその姿は少なかった。
だから空いている席は沢山あったが、ふたりはその中で入口から一番遠く周りに誰もいない席にコーヒーを手に腰を降ろした。
そしてそこで先に口を開いたのはつくしだ。


「和彦君。あのことだけど…..」

はっきり断ろうと決めてはいたが、あのことと言葉を濁し言い淀んでしまうのは和彦を傷つけてしまうのではないかと思うからだ。
それは誰だって自分を否定される言葉など訊きたくはないからだ。
だからなるべく傷つけないようにと思い言葉を選ぼうとしていた。
だがこういった状況は初めてであり、浮かべる表情はどんな表情をすればいいのか。そもそも恋愛は不得意な分野だ。だが顔で思いを伝えるのではないのだからとなんとか頭を回転させ、よそよそしくなく丁寧に言葉を継ごうとした。

「あのね、和彦君。私はあなたのことを弟のように思ってるの。だから弟に対する愛情って家族に対しての愛情であって恋とは違う感情だと思うの。つまりそれは動物に例えると…..そうね、海の中の動物じゃ説明しにくいから陸上の動物で例えるけどね。それは_」

と、そこまで言って再び言葉に詰まったが、和彦の顔に浮かぶ表情と言えば、ただ黙ってこちらを見ているといっただけで大きな変化は見られなかった。そしてつくしが詰まった言葉の先を引き取った。

「牧野先生。動物に例える必要はないです。僕の告白は初めから失敗していましたから。
僕は先生に会ってからも先生の事を先生としか呼べないでいる。もし恋人になって欲しいなら先生ではなく牧野さんと呼ぶべきでした。もしくはつくしさんです。それなのに僕は中学生の頃と同じで牧野先生と呼んでしまった。これじゃあ先生も僕のことを恋人にしようだなんて思わないですよね?いつまでたっても僕のことは教え子の中学生としか見れませんよね?」

そこまで言って和彦は複雑な笑いを浮かべた。
だからその言葉と表情につくしは自分が言いたいことは分かってくれたと思い「和彦君。ごめんね」と言ったが和彦は、でも、と言葉を継いだ。
そして複雑な笑みを浮かべていた顔には冷静さが浮かび、声は初めて訊く暗い声がした。

「牧野さん。僕は今日からあなたのことを牧野さんと呼びます。あなたは僕の初恋の人です。たとえ思いが叶えられなかったとしても、それは一生変わりません。だからこそ僕はあなたを諦めたくない」





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コメント
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dot 2019.01.13 11:15 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
ロシア土産を手につくしの元を訪れた若林和彦くん。
そしてつくしを諦めたくないと言いました!
つくしどうする?恋愛偏差値が低い女はこんな時どう対処すればいいのか悩みますよね?
相手は6歳年下で、かつて家庭教師をしていた男性。
さあ、つくしはそんな男の言葉にどうするのでしょうねぇ。
ハッキリ断ることが出来るのでしょうか?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2019.01.14 20:28 | 編集
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