冬だというのにコートを着れば汗ばむといった暖かい午後。
つくしは研究室でぼんやりと窓の外を眺めていた。
夜の電話の男性から、道明寺副社長の話を訊いてあげてもいいのでは、と言われたが、そう簡単にはいかなかった。
男性には言わなかったが、いきなりキスをされたこともだが、経済界のサメといわれる道明寺司という人物はつくしにとって強烈過ぎるからだ。
その強烈さというのが、学問というつくしの世界になかったに過ぎないと言われれば、そうなのかもしれないが、突然キスをされ驚き、じっと注がれる視線に頬が熱くなりながらも、なんとか目を合わせ気持ちに応えることは出来ないと言って応接室を後にした。
だが廊下へ出た途端エレベーターを目指し小走りで駆け出していた。
あの時危険だと思ったから自然と駆け出していた。
そうだ。コロンの香りに混じるのは危険な香りだった。
サメという高次捕食者の摂餌行動は種類によって違い、大物を狩る種類もいれば、ジンベイザメやメガマウスのように大きいプランクトンを一挙にろ過して食べるものもいて、深海で暮らすカグラザメのように生物が死んで上から落ちて来た時にそれを食べるものもいる。
そして道明寺司という人物は、間違いなくアザラシやオットセイといった大物を狩るホホジロザメだ。
だがサメはいつでもお腹を空かせているのではない。
平均してサメ類は年間で自分の体重の5倍ほどのエサを食べている。それはサメと同じく高次捕食者で同等の大きさであるイルカがサメの7倍と言われる摂餌量に比べれば少なかった。
そしてイルカはサメが1週間に食べる量を1日で食べてしまうが、それは哺乳類であるイルカは恒温動物でエネルギーを多く使用するからだが、サメは変温動物で水温に体温を合わせることが出来るため、沢山のエネルギーを必要としない。
だから冷たい所に棲んでいるサメは代謝が激しくない。つまり餌はあまり必要ない。
だからそれを考えれば、道明寺副社長のあの行動は、たまたまお腹を空かせていて身近に女性がいないことからああいった行動を取ったのではないか。餌に飢えていたサメの本能がそうさせたに過ぎないとも言えた。だから本気ではないと思った。けれど電話の男性は、自分と同じ35歳の男の好きだという意志表示は遊びではなく真剣なはずだと言った。
そしてそんな話をしながら知ったのは、電話の男性は結婚願望がないということ。
そのことがどこか寂しく感じられたのは、その人に対してときめく気持ちがあったからだ。
電話の男性になら話すことが出来た道明寺副社長に対する考え。
だがそれは相手が誰だか分からないからこそ言えることがあった。
それは顔も知らない赤の他人であり、どこかですれ違ったとしても分からないのだから言えるという安心感がそうさせたのだろう。
しかし電話だけの相手に自分の人生の全てを語るということまでは出来なかった。
それはつい口にしてしまった男性と付き合う事は勇気がいるということだが、電話の向こうにいる男性はそのことには触れなかった。
それがプライバシーを重視しようと言った言葉がそうさせたとしても、訊いて欲しいという思いと、訊かないで欲しいという思いが半々あったが、訊かれなかった以上相手はそのことに興味がないということだ。だから話すことはなかったが、つくしが多少のときめきを持っていたとしても、相手は単なる話し相手としか考えていないということになる。
だがそれでもいいと思えるのは、今の自分は落ち着くべき場所に落ち着いていて人生に不満はないからだ。
いや。だが誰でも幾らかの不満というものはある。それは小さかったり大きかったりと色々だが、そのことを嘆いたところで何も変わることはない。
それに現実と対峙して生きて行くことを決めたのだから過去を嘆くことはしない。
つらい気持ちになったこともあったが、嘆くくらいなら活き活きと自分らしく生きていく方が幸せだと思っている。そして時は移ろうのではなく積み上がっていくものであり、もう間もなく35歳の誕生日を迎えるが、年を取ることに対して嫌だという思いはなかった。
けれど、どんな人間でも時に愚痴を吐きたくなることもあるはずだ。
それでも愚痴を吐いたところで何かが変わるということはない。
そしてつくしは、あのことが起こる以前の自分も後の自分も何も変わったとは思っていない。
ただ、こうして自分の気持が和んでいるのは、電話の向こうから話しかけてくれる人が自分にとってのセラピストのように思えたからだ。
それは人というのは、何か悩んでいることがあるとすれば、話を訊いてもらえることだけでも違うということだ。
だが自分は一体何がしたいのか。
夜の電話の男性に対しての思いは初めの頃とは変わって来ていた。
そしてその男性からは決して会うことを求めないと言われたが、この先も会わずにどれほど関係を育んでいくことが出来るのか。果たして自分は会わずにいることが出来るだろうか。会わないままの繋がりといったものを、いつまで続けることが出来るのか。
もしつくしが電話をかけることを止めた時、その人はかけてくるだろうか。いつの間にかそんなことを考え始めていた。
そしてその人に若林和彦の思いを受け入れることは出来ないと言ったが、まだ当の本人に告げられずにいた。
「つくし」と、つくしは断固とした口調で自分自身に言った。
「断るなら早くするべきよ。和彦くんなら6歳も年上の女じゃなくてもっと若い女性がお似合いだって言えばいいのよ。いくら時間をかけて考えてくれと言われたからってどんなに時間をかけても答えは変わらないんだから」
そしてそう言って口に出したとき、ドアがノックされ「どうぞ」と、言ったが、ドアが開かれ顔だけを覗かせた桜子は、「先輩。お客様ですがどうしますか?」と言った。

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つくしは研究室でぼんやりと窓の外を眺めていた。
夜の電話の男性から、道明寺副社長の話を訊いてあげてもいいのでは、と言われたが、そう簡単にはいかなかった。
男性には言わなかったが、いきなりキスをされたこともだが、経済界のサメといわれる道明寺司という人物はつくしにとって強烈過ぎるからだ。
その強烈さというのが、学問というつくしの世界になかったに過ぎないと言われれば、そうなのかもしれないが、突然キスをされ驚き、じっと注がれる視線に頬が熱くなりながらも、なんとか目を合わせ気持ちに応えることは出来ないと言って応接室を後にした。
だが廊下へ出た途端エレベーターを目指し小走りで駆け出していた。
あの時危険だと思ったから自然と駆け出していた。
そうだ。コロンの香りに混じるのは危険な香りだった。
サメという高次捕食者の摂餌行動は種類によって違い、大物を狩る種類もいれば、ジンベイザメやメガマウスのように大きいプランクトンを一挙にろ過して食べるものもいて、深海で暮らすカグラザメのように生物が死んで上から落ちて来た時にそれを食べるものもいる。
そして道明寺司という人物は、間違いなくアザラシやオットセイといった大物を狩るホホジロザメだ。
だがサメはいつでもお腹を空かせているのではない。
平均してサメ類は年間で自分の体重の5倍ほどのエサを食べている。それはサメと同じく高次捕食者で同等の大きさであるイルカがサメの7倍と言われる摂餌量に比べれば少なかった。
そしてイルカはサメが1週間に食べる量を1日で食べてしまうが、それは哺乳類であるイルカは恒温動物でエネルギーを多く使用するからだが、サメは変温動物で水温に体温を合わせることが出来るため、沢山のエネルギーを必要としない。
だから冷たい所に棲んでいるサメは代謝が激しくない。つまり餌はあまり必要ない。
だからそれを考えれば、道明寺副社長のあの行動は、たまたまお腹を空かせていて身近に女性がいないことからああいった行動を取ったのではないか。餌に飢えていたサメの本能がそうさせたに過ぎないとも言えた。だから本気ではないと思った。けれど電話の男性は、自分と同じ35歳の男の好きだという意志表示は遊びではなく真剣なはずだと言った。
そしてそんな話をしながら知ったのは、電話の男性は結婚願望がないということ。
そのことがどこか寂しく感じられたのは、その人に対してときめく気持ちがあったからだ。
電話の男性になら話すことが出来た道明寺副社長に対する考え。
だがそれは相手が誰だか分からないからこそ言えることがあった。
それは顔も知らない赤の他人であり、どこかですれ違ったとしても分からないのだから言えるという安心感がそうさせたのだろう。
しかし電話だけの相手に自分の人生の全てを語るということまでは出来なかった。
それはつい口にしてしまった男性と付き合う事は勇気がいるということだが、電話の向こうにいる男性はそのことには触れなかった。
それがプライバシーを重視しようと言った言葉がそうさせたとしても、訊いて欲しいという思いと、訊かないで欲しいという思いが半々あったが、訊かれなかった以上相手はそのことに興味がないということだ。だから話すことはなかったが、つくしが多少のときめきを持っていたとしても、相手は単なる話し相手としか考えていないということになる。
だがそれでもいいと思えるのは、今の自分は落ち着くべき場所に落ち着いていて人生に不満はないからだ。
いや。だが誰でも幾らかの不満というものはある。それは小さかったり大きかったりと色々だが、そのことを嘆いたところで何も変わることはない。
それに現実と対峙して生きて行くことを決めたのだから過去を嘆くことはしない。
つらい気持ちになったこともあったが、嘆くくらいなら活き活きと自分らしく生きていく方が幸せだと思っている。そして時は移ろうのではなく積み上がっていくものであり、もう間もなく35歳の誕生日を迎えるが、年を取ることに対して嫌だという思いはなかった。
けれど、どんな人間でも時に愚痴を吐きたくなることもあるはずだ。
それでも愚痴を吐いたところで何かが変わるということはない。
そしてつくしは、あのことが起こる以前の自分も後の自分も何も変わったとは思っていない。
ただ、こうして自分の気持が和んでいるのは、電話の向こうから話しかけてくれる人が自分にとってのセラピストのように思えたからだ。
それは人というのは、何か悩んでいることがあるとすれば、話を訊いてもらえることだけでも違うということだ。
だが自分は一体何がしたいのか。
夜の電話の男性に対しての思いは初めの頃とは変わって来ていた。
そしてその男性からは決して会うことを求めないと言われたが、この先も会わずにどれほど関係を育んでいくことが出来るのか。果たして自分は会わずにいることが出来るだろうか。会わないままの繋がりといったものを、いつまで続けることが出来るのか。
もしつくしが電話をかけることを止めた時、その人はかけてくるだろうか。いつの間にかそんなことを考え始めていた。
そしてその人に若林和彦の思いを受け入れることは出来ないと言ったが、まだ当の本人に告げられずにいた。
「つくし」と、つくしは断固とした口調で自分自身に言った。
「断るなら早くするべきよ。和彦くんなら6歳も年上の女じゃなくてもっと若い女性がお似合いだって言えばいいのよ。いくら時間をかけて考えてくれと言われたからってどんなに時間をかけても答えは変わらないんだから」
そしてそう言って口に出したとき、ドアがノックされ「どうぞ」と、言ったが、ドアが開かれ顔だけを覗かせた桜子は、「先輩。お客様ですがどうしますか?」と言った。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
つくし。過去に何があったのか!|д゚)
見知らぬ人になら話せるかもしれないという気持ちを持っていますので、夜の電話の男性が訊けば話したかもしれませんね?
しかし彼は、司は訊きませんでした。
道明寺司と夜の電話の男性は同一人物ですが、ひとりはサメ。そしてもうひとりは穏やかな印象ですが、つくしはふたりが同一人物であることに気付くのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
つくし。過去に何があったのか!|д゚)
見知らぬ人になら話せるかもしれないという気持ちを持っていますので、夜の電話の男性が訊けば話したかもしれませんね?
しかし彼は、司は訊きませんでした。
道明寺司と夜の電話の男性は同一人物ですが、ひとりはサメ。そしてもうひとりは穏やかな印象ですが、つくしはふたりが同一人物であることに気付くのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.01.12 20:51 | 編集
