司はこのまま理にかなったステップに進むべきかどうか考えた。
なんとも皮肉だな。
せっかく牧野とこうして二人でいるのに、多分この扉の向こうには西田がいるはずだ。
このままでいたら牧野は俺の硬直したものに気づくはずだ。
牧野のシャンプーだかなんだかの香りが俺の頭をくらくらさせる。
それにこいつの潤んだような大きな瞳を見ていたら、俺は自分を見失いかねない状況に陥っていた。
このまま牧野をつかんでキスしたいと思った。
司はほほ笑みを消した。
つくしの目を見つめたまま片手で顎を支えた司は親指を彼女の唇に這わせた。
まるで自分のために唇を開いてくれというように・・・
つくしは司を見あげている。
少しだけ開いたつくしの唇からため息とも吐息ともとれるようなかすかに湿り気を含んだような息がもれた。
司がつくしの顔を少しだけ傾けた。
その顔に窓から差し込む朝の光があたったとき、司はつくしの顔にほほ笑みが浮かぶのを見た気がした。
司はつくしの唇に顔をよせていた。
彼は自分のすぐそばにあるつくしの唇を見ていた。
牧野の唇の感触は知ってる。どんな味がしてどんなに柔らかいかも。
知っているからこそ今ここでやめたくなかった。
そのとき、扉の向こうにいるであろう西田の足音が聞こえた。
司はぴたりと動きを止めた。
彼は思わず呻きそうになっていた。
あの男、わざと派手に音を立てて歩いていやがる。
司は顔を上げ、優しい眼差しでつくしを見下ろした。
「このへんでやめておくか・・」
司はそう呟くとつくしに触れていた手を離し、いったんぎゅっと握りしめてから力を抜いた。
そして司は急いで服を着るとひと呼吸おいて言った。
「よし、行くぞ」
「いつまでもここにいたら西田が呼びにくる」
司は朝の光を浴びてぼうっとしているつくしを残し扉を開くと、西田が待つリビングルームへと向かった。
心臓がバクバクしていた。
つくしもばかじゃない。
彼がつくしを欲しているのと同じくらいつくしも彼を意識していた。
つくしはハッと我に返るとくるりと振り向き、司を追って部屋を後にした。
****
司は朝の空気を深く吸い込み、吐き出した。
この仕事が終われば俺の心は満たされるはずだ。
ただし、それは仕事の面でだ。
あと1週間か。
牧野の近くにいても正気を失わないようにしなきゃなんねぇ。
司はホテルのエントランスで車を待っていた。
ようやく未開発鉱区での開発許可がおりたんだ。
これからは現地法人が主体となっての開発となる。
司はこの事業がこの先道明寺にとって重要な部分を占めることになると確信を得ていた。
携帯電話が振動している。
司は上着の内ポケットから電話を取り出して見た。
あきらからメールが届いていた。
『プロセスを怠れば地獄をみるぞ!』
あきら、そりゃ自分のことじゃねぇのか?
結果よりプロセスが大切だなんて言うが俺はそんな教育は受けてねえ。
結果オーライだ。
けど、今の俺に結果オーライなんて言葉は使えない。
「支社長?申し訳ございませんが迎えの車が来るのが少し遅れているようです」
西田が司の隣で言った。
司は手にした携帯電話を見ながら頷いてた。
そのとき、近くで車が急ブレーキをかける音がした。
司はその音がした方を振り向いて見た。
そのとき彼は気がつかなかったが、司の後ろから一人の男性が近づいて来ていた。
二人に少し遅れてエントランスに着いたつくしは信じられないような光景を目にしていた。
司の背後に近寄った男が上着に隠し持っていたナイフを取り出すとお腹のあたりに構える様な姿勢で彼の真後ろへと近づいていく様子だった。
つくしが悲鳴をあげる暇もないほどの一瞬の出来事だった。
次の瞬間つくしは信じがたいものを目にした。
司は跳ねあがるように身体をねじると男に向かって足を蹴り出していた。
男の身体に足がめりこむような鈍い音がした。
そして鋭利なナイフは音をたててエントランスの床に転がっていた。
蹴られた男は身体を胎児のように丸め身をよじるようにして腹を押さえ床に倒れている。
そしてその周りにはいつの間にか現地の警官の制服を着た男達が駆け寄ってきていた。
司の周囲にいた人間は一瞬なにが起こったのかわからないようだったが、床に落ちているナイフと大勢の警官がパトカーから駆け寄ってくる様子を認めるとなにごとかと興味をしめしたように遠巻きに眺めていた。
「ちっ。こいつが例の環境保護団体の活動家かよ?」
司が忌々しそうに言った。
「そのようです」西田は言った。
「東部の大河原のところの銅山で活動してたんじゃねぇのかよ?」
司は噛みつくように言った。
「どうもこちらへと活動の場を変えたようですね?わたくしがあちらに出向いたとき、この男は既に所在不明でしたので」
「ふん、うちの未開発鉱区のか?」
司はつっけんどんに言った。
「ええ。この男の団体は環境破壊に反対する過激な行動で知られています。この度、道明寺での開発許可申請が受理されたことによって活動の範囲を西部地域に移したようです。現地の警察からも注意喚起を受けていましたので、念のため警備は強化しておりましたが申し訳ございません」
西田はそこまで話すとひと呼吸おいて言った。
「しかし司様、よくこの男が後ろにいたことに気がつかれましたね?」
その言葉には感嘆の響きがあった。
「携帯見てたらこの男の影が映ったんだよ!」
司はそう言って西田を睨んだ。
「おい西田、牧野はどうした?」
司はそういうと自分のまわりの人波をかき分けるようにしてつくしを探した。
つくしは床にへなへなと座り込んでしまっていた。
司はつくしの姿を認めると急いで彼女のもとへと駆け寄ってきた。
司の口が動いている。
たぶん何か言っているのだろうが、つくしの耳には入っていなかった。
こめかみに青筋が浮きあがっているから何か叫んでいるのだろう。
司の顔が少し青ざめて見えるような気がした。
つくしは動悸がしてきた。
「ごめんなさ・・」かすれた声で言った。
つくしの視界が滲んできた。
「おい?牧野?」
「気持ち・・悪い・・」舌がもつれた感じで言った。
司はつくしを抱え上げながら世間には決して聞かせたくない悪態をついていた。

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せっかく牧野とこうして二人でいるのに、多分この扉の向こうには西田がいるはずだ。
このままでいたら牧野は俺の硬直したものに気づくはずだ。
牧野のシャンプーだかなんだかの香りが俺の頭をくらくらさせる。
それにこいつの潤んだような大きな瞳を見ていたら、俺は自分を見失いかねない状況に陥っていた。
このまま牧野をつかんでキスしたいと思った。
司はほほ笑みを消した。
つくしの目を見つめたまま片手で顎を支えた司は親指を彼女の唇に這わせた。
まるで自分のために唇を開いてくれというように・・・
つくしは司を見あげている。
少しだけ開いたつくしの唇からため息とも吐息ともとれるようなかすかに湿り気を含んだような息がもれた。
司がつくしの顔を少しだけ傾けた。
その顔に窓から差し込む朝の光があたったとき、司はつくしの顔にほほ笑みが浮かぶのを見た気がした。
司はつくしの唇に顔をよせていた。
彼は自分のすぐそばにあるつくしの唇を見ていた。
牧野の唇の感触は知ってる。どんな味がしてどんなに柔らかいかも。
知っているからこそ今ここでやめたくなかった。
そのとき、扉の向こうにいるであろう西田の足音が聞こえた。
司はぴたりと動きを止めた。
彼は思わず呻きそうになっていた。
あの男、わざと派手に音を立てて歩いていやがる。
司は顔を上げ、優しい眼差しでつくしを見下ろした。
「このへんでやめておくか・・」
司はそう呟くとつくしに触れていた手を離し、いったんぎゅっと握りしめてから力を抜いた。
そして司は急いで服を着るとひと呼吸おいて言った。
「よし、行くぞ」
「いつまでもここにいたら西田が呼びにくる」
司は朝の光を浴びてぼうっとしているつくしを残し扉を開くと、西田が待つリビングルームへと向かった。
心臓がバクバクしていた。
つくしもばかじゃない。
彼がつくしを欲しているのと同じくらいつくしも彼を意識していた。
つくしはハッと我に返るとくるりと振り向き、司を追って部屋を後にした。
****
司は朝の空気を深く吸い込み、吐き出した。
この仕事が終われば俺の心は満たされるはずだ。
ただし、それは仕事の面でだ。
あと1週間か。
牧野の近くにいても正気を失わないようにしなきゃなんねぇ。
司はホテルのエントランスで車を待っていた。
ようやく未開発鉱区での開発許可がおりたんだ。
これからは現地法人が主体となっての開発となる。
司はこの事業がこの先道明寺にとって重要な部分を占めることになると確信を得ていた。
携帯電話が振動している。
司は上着の内ポケットから電話を取り出して見た。
あきらからメールが届いていた。
『プロセスを怠れば地獄をみるぞ!』
あきら、そりゃ自分のことじゃねぇのか?
結果よりプロセスが大切だなんて言うが俺はそんな教育は受けてねえ。
結果オーライだ。
けど、今の俺に結果オーライなんて言葉は使えない。
「支社長?申し訳ございませんが迎えの車が来るのが少し遅れているようです」
西田が司の隣で言った。
司は手にした携帯電話を見ながら頷いてた。
そのとき、近くで車が急ブレーキをかける音がした。
司はその音がした方を振り向いて見た。
そのとき彼は気がつかなかったが、司の後ろから一人の男性が近づいて来ていた。
二人に少し遅れてエントランスに着いたつくしは信じられないような光景を目にしていた。
司の背後に近寄った男が上着に隠し持っていたナイフを取り出すとお腹のあたりに構える様な姿勢で彼の真後ろへと近づいていく様子だった。
つくしが悲鳴をあげる暇もないほどの一瞬の出来事だった。
次の瞬間つくしは信じがたいものを目にした。
司は跳ねあがるように身体をねじると男に向かって足を蹴り出していた。
男の身体に足がめりこむような鈍い音がした。
そして鋭利なナイフは音をたててエントランスの床に転がっていた。
蹴られた男は身体を胎児のように丸め身をよじるようにして腹を押さえ床に倒れている。
そしてその周りにはいつの間にか現地の警官の制服を着た男達が駆け寄ってきていた。
司の周囲にいた人間は一瞬なにが起こったのかわからないようだったが、床に落ちているナイフと大勢の警官がパトカーから駆け寄ってくる様子を認めるとなにごとかと興味をしめしたように遠巻きに眺めていた。
「ちっ。こいつが例の環境保護団体の活動家かよ?」
司が忌々しそうに言った。
「そのようです」西田は言った。
「東部の大河原のところの銅山で活動してたんじゃねぇのかよ?」
司は噛みつくように言った。
「どうもこちらへと活動の場を変えたようですね?わたくしがあちらに出向いたとき、この男は既に所在不明でしたので」
「ふん、うちの未開発鉱区のか?」
司はつっけんどんに言った。
「ええ。この男の団体は環境破壊に反対する過激な行動で知られています。この度、道明寺での開発許可申請が受理されたことによって活動の範囲を西部地域に移したようです。現地の警察からも注意喚起を受けていましたので、念のため警備は強化しておりましたが申し訳ございません」
西田はそこまで話すとひと呼吸おいて言った。
「しかし司様、よくこの男が後ろにいたことに気がつかれましたね?」
その言葉には感嘆の響きがあった。
「携帯見てたらこの男の影が映ったんだよ!」
司はそう言って西田を睨んだ。
「おい西田、牧野はどうした?」
司はそういうと自分のまわりの人波をかき分けるようにしてつくしを探した。
つくしは床にへなへなと座り込んでしまっていた。
司はつくしの姿を認めると急いで彼女のもとへと駆け寄ってきた。
司の口が動いている。
たぶん何か言っているのだろうが、つくしの耳には入っていなかった。
こめかみに青筋が浮きあがっているから何か叫んでいるのだろう。
司の顔が少し青ざめて見えるような気がした。
つくしは動悸がしてきた。
「ごめんなさ・・」かすれた声で言った。
つくしの視界が滲んできた。
「おい?牧野?」
「気持ち・・悪い・・」舌がもつれた感じで言った。
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