「それで司。お前はその准教授にいきなりキスしたのか?」
「ああ。そうだ」
「いいか司。お前が今まで付き合って来た女はそれで喜ぶが、その先生は仮にもお前のブレーンだろ?それなのにその女にいきなりキスするのはどうかと思うぞ?それにな司。俺たちは人間で動物じゃない。本当にその女に惚れたならそれなりの順序があるはずだぞ?」
あきらは近くまで来たから寄ったと言って決済書類に目を通していた司の元を訪ねた。
そして訊かされた話と親友のとった行動を咎めるというよりも呆れていた。
そして呆れついでに訊いた。
「それで実際どうだったんだ?」
「何がだ?」
「だからキスだよ、キス。会社の応接室のソファでキスしたんだろ?女の反応はどうだったんだ?」
副社長応接室で呼び出した牧野つくしにキスをするという今までの司なら考えられない行動をあきらは信じられない思いで訊いていたが、司のような男にキスされた女の態度に興味があった。
「二度とこんなことをしないでくれと言われた」
「そうか…..学者先生は若林建設の専務にも興味が無ければお前にも興味は無しか」
「ああ。はっきりそう言われた。それに俺に限らず他の男とも付き合うつもりはないと言われた」
切れ長の二重瞼の眼は鋭さを持って他人を見る。
そしてその視線を向けられた人間は弾かれたように目を伏せる。
そんな男が女の前で柔和に変わるところなど見たことが無かった。だからどんな顔で女にキスをしたのかと思うも、まず相手に拒否されるということを経験したことがない男の顔に浮かんだ表情を想像したとき、牧野つくしという女性に拍手を送りたい気持ちになっていた。
それは道明寺司という男にすれば、女は自分に靡くのが当たり前だと思っていたことに対して計算違いをしていたということになるからだ。
「なあ司。この前ここで言ったよな?俺たちは本物の恋愛をしたことがない。俺たちは人の愛し方を知らねぇって。だから女の愛し方は…..いや。俺たちが女と交わしてきたのは愛じゃない。ただのセックスだ。だからその調子で学者先生に迫ったところで本気にされるとは思えねぇな」
あきらがこの前ここでと言ったのは、『もしかするとその女がお前の運命の女かもしれねぇな』と自身が口にしたことを確かめようと、美作商事と道明寺が共に投資を決めたペルーの銅鉱山開発の書類を手に司の元を訪れたことを言っていた。
その時、恋をしたことがない親友の気持に変化をもたらす女が牧野つくしという大学の准教授ではないか。そして恋に落ちたところが見たい。進展があれば教えてくれと言ったが、まさか本当に恋に落ちるとは思わなかった。これまで親友の人生の中で一度も口にしたことがない言葉を訊くとは思わなかった。それはあきらでさえ思う手垢の付いた使い古された惚れたという言葉だが、あきらもその言葉を誰かに言ったことはなかった。
そして親友が口にしたのは、牧野つくしという女は人当たりがいいのだが強情さがあるということだ。それは鉄か石のような意思を持っているということだが、決して尖ったところがある人間ではないということだ。
道明寺司という男もそうだが、あきらにしてもビジネスに於いては人の言葉の真偽を見定めることが重要だと知っている。そして強情さがある女に惚れたという男は、その女を振り向かせることに決めたらしいが、果たして上手くいくのかという思いがあった。
「それにな司。俺は学者先生がお前の運命の女かもしれねって言ったが、お前本当にその女に惚れたのか?単に何か新しい刺激が欲しいからその女をモノにしようとしてんじゃねぇのか?だってそうだろ?どの女にも二面性があることを確かめるためその女の研究に寄付をしてブレーンに加えた。それに名の知れない電話の男になりきって女の本性を暴いてやろうって思ったんだろ?それが本気でその女に惚れたとすれば一体何がそうさせた?」
他人の前で胸中を吐露しない男は、幼馴染みであり親友のあきらの前では実にあっさりと言った。
「匂いだ」
「匂い?けどお前は女の香水が嫌いだろ?それなのにその女の匂いってどういう意味だ?その女がお前の好きな香りを纏っていたってことか?」
女にベタベタされるのも香水も嫌い。
あきらはそんな男を虜にした匂いがどんな匂いなのか知りたかった。
「いや。違う。牧野つくしは香水を付けてない。何の匂いも付けてねぇ。だが香ったんだ。色のない香りがな」
髪を耳に掛けるちょっとした仕草と色のない香り。
その香りが何であるか分からなかったとしても、司には感じたものがあった。
そしてあの時見つめた唇の色は淡い桜色の口紅が塗られていた、と司は思い出していた。
「ふーん。つまりお前にしか分かんねぇ香りがしたってことか」
と、あきらは言ったがそれが恋に落ちた男だけが感じ取ることが出来る何かだとすれば、あきらには分からなかった。
「まあお前が本気なら俺は応援してやるが、本気じゃないなら止めとけよ。学者先生は今までお前が相手にしてきた女達とは違う。会ったことはなくても真面目だってことは分かる。
前に言ったと思うが弱音も愚痴も一切吐かない。俺が言いたいのは、そんな女を傷付けることだけは止めろってことだが、本気なんだな?」
「ああ」
返された短い言葉と、あきらに向けられた眼差しは、今まで見たことがない眼差しだった。
そして司は考えていた。そろそろ牧野つくしから夜の電話の男宛に電話が掛かってくるはずだと。そしてあの日の躊躇いを含まない司に対しての拒否の姿勢に隠されたものが何であるかを知るために、電話が掛かってくる夜を待っていた。

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「ああ。そうだ」
「いいか司。お前が今まで付き合って来た女はそれで喜ぶが、その先生は仮にもお前のブレーンだろ?それなのにその女にいきなりキスするのはどうかと思うぞ?それにな司。俺たちは人間で動物じゃない。本当にその女に惚れたならそれなりの順序があるはずだぞ?」
あきらは近くまで来たから寄ったと言って決済書類に目を通していた司の元を訪ねた。
そして訊かされた話と親友のとった行動を咎めるというよりも呆れていた。
そして呆れついでに訊いた。
「それで実際どうだったんだ?」
「何がだ?」
「だからキスだよ、キス。会社の応接室のソファでキスしたんだろ?女の反応はどうだったんだ?」
副社長応接室で呼び出した牧野つくしにキスをするという今までの司なら考えられない行動をあきらは信じられない思いで訊いていたが、司のような男にキスされた女の態度に興味があった。
「二度とこんなことをしないでくれと言われた」
「そうか…..学者先生は若林建設の専務にも興味が無ければお前にも興味は無しか」
「ああ。はっきりそう言われた。それに俺に限らず他の男とも付き合うつもりはないと言われた」
切れ長の二重瞼の眼は鋭さを持って他人を見る。
そしてその視線を向けられた人間は弾かれたように目を伏せる。
そんな男が女の前で柔和に変わるところなど見たことが無かった。だからどんな顔で女にキスをしたのかと思うも、まず相手に拒否されるということを経験したことがない男の顔に浮かんだ表情を想像したとき、牧野つくしという女性に拍手を送りたい気持ちになっていた。
それは道明寺司という男にすれば、女は自分に靡くのが当たり前だと思っていたことに対して計算違いをしていたということになるからだ。
「なあ司。この前ここで言ったよな?俺たちは本物の恋愛をしたことがない。俺たちは人の愛し方を知らねぇって。だから女の愛し方は…..いや。俺たちが女と交わしてきたのは愛じゃない。ただのセックスだ。だからその調子で学者先生に迫ったところで本気にされるとは思えねぇな」
あきらがこの前ここでと言ったのは、『もしかするとその女がお前の運命の女かもしれねぇな』と自身が口にしたことを確かめようと、美作商事と道明寺が共に投資を決めたペルーの銅鉱山開発の書類を手に司の元を訪れたことを言っていた。
その時、恋をしたことがない親友の気持に変化をもたらす女が牧野つくしという大学の准教授ではないか。そして恋に落ちたところが見たい。進展があれば教えてくれと言ったが、まさか本当に恋に落ちるとは思わなかった。これまで親友の人生の中で一度も口にしたことがない言葉を訊くとは思わなかった。それはあきらでさえ思う手垢の付いた使い古された惚れたという言葉だが、あきらもその言葉を誰かに言ったことはなかった。
そして親友が口にしたのは、牧野つくしという女は人当たりがいいのだが強情さがあるということだ。それは鉄か石のような意思を持っているということだが、決して尖ったところがある人間ではないということだ。
道明寺司という男もそうだが、あきらにしてもビジネスに於いては人の言葉の真偽を見定めることが重要だと知っている。そして強情さがある女に惚れたという男は、その女を振り向かせることに決めたらしいが、果たして上手くいくのかという思いがあった。
「それにな司。俺は学者先生がお前の運命の女かもしれねって言ったが、お前本当にその女に惚れたのか?単に何か新しい刺激が欲しいからその女をモノにしようとしてんじゃねぇのか?だってそうだろ?どの女にも二面性があることを確かめるためその女の研究に寄付をしてブレーンに加えた。それに名の知れない電話の男になりきって女の本性を暴いてやろうって思ったんだろ?それが本気でその女に惚れたとすれば一体何がそうさせた?」
他人の前で胸中を吐露しない男は、幼馴染みであり親友のあきらの前では実にあっさりと言った。
「匂いだ」
「匂い?けどお前は女の香水が嫌いだろ?それなのにその女の匂いってどういう意味だ?その女がお前の好きな香りを纏っていたってことか?」
女にベタベタされるのも香水も嫌い。
あきらはそんな男を虜にした匂いがどんな匂いなのか知りたかった。
「いや。違う。牧野つくしは香水を付けてない。何の匂いも付けてねぇ。だが香ったんだ。色のない香りがな」
髪を耳に掛けるちょっとした仕草と色のない香り。
その香りが何であるか分からなかったとしても、司には感じたものがあった。
そしてあの時見つめた唇の色は淡い桜色の口紅が塗られていた、と司は思い出していた。
「ふーん。つまりお前にしか分かんねぇ香りがしたってことか」
と、あきらは言ったがそれが恋に落ちた男だけが感じ取ることが出来る何かだとすれば、あきらには分からなかった。
「まあお前が本気なら俺は応援してやるが、本気じゃないなら止めとけよ。学者先生は今までお前が相手にしてきた女達とは違う。会ったことはなくても真面目だってことは分かる。
前に言ったと思うが弱音も愚痴も一切吐かない。俺が言いたいのは、そんな女を傷付けることだけは止めろってことだが、本気なんだな?」
「ああ」
返された短い言葉と、あきらに向けられた眼差しは、今まで見たことがない眼差しだった。
そして司は考えていた。そろそろ牧野つくしから夜の電話の男宛に電話が掛かってくるはずだと。そしてあの日の躊躇いを含まない司に対しての拒否の姿勢に隠されたものが何であるかを知るために、電話が掛かってくる夜を待っていた。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
え?(笑)あきら君の存在を忘れていた?可哀想に...(´Д⊂ヽ
司がつくしに感じた匂い。しかし香水を付けていないつくしに匂いを感じ取るとは、まさに野獣です(笑)
きっと彼だけに分かる何かがあったということでしょう。
そしてあきらの色々な心配をよそに、つくしからの電話を待つ男でした^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
え?(笑)あきら君の存在を忘れていた?可哀想に...(´Д⊂ヽ
司がつくしに感じた匂い。しかし香水を付けていないつくしに匂いを感じ取るとは、まさに野獣です(笑)
きっと彼だけに分かる何かがあったということでしょう。
そしてあきらの色々な心配をよそに、つくしからの電話を待つ男でした^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.01.10 21:56 | 編集
